( 264819 )  2025/02/13 18:04:00  
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2018年時点でつみたてNISA口座数が倍増して2509万になっており、新NISAが「貯蓄から投資へ」の流れを加速させたとされる。

しかし、元大蔵官僚の野口氏は新NISAへの盲信に警鐘を鳴らしており、新NISAの税制上の特典や資産運用の優位性について議論している。

(要約)

( 264821 )  2025/02/13 18:04:00  
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 2018年時点で1254万だったつみたてNISA(旧制度)口座数は、2024年9月にはおよそ倍の2509万にまで伸長した。岸田文雄政権下で始まった新NISAが「貯蓄から投資へ」を一気に加速させた格好だ。 

 

 本記事の読者のなかにもNISAを利用している人は少なくないだろう。しかし、元大蔵官僚の野口悠紀雄氏は、新NISAを盲信する危険性について警鐘を鳴らす。ここでは、同氏の著書『 終末格差 健康寿命と資産運用の残酷な事実 』(角川新書)の一部を抜粋。現在は経済学者、経済評論家として様々な活動に取り組む野口氏の見解を紹介する。(全2回の1回目/ 続き を読む) 

 

◆◆◆ 

 

©AFLO 

 

 新NISAがどれほど有利なものかを判断する場合、次の2つを区別して考える必要がある。 

 

 (1)新NISAによる税制上の特典は、どの程度の大きさか? 

 

 (2)資産を預金ではなく株式投資や投資信託などで運用するのは、どの程度有利か? 

 

 まず、(1)の問題について考えよう。 

 

 日本の税制では、株式や投資信託などから得られる収益については、総合課税ではなく、分離課税を選択することができる。税率は所得金額によらず、一律に20.315%(所得税率が15%、住民税率が5%、復興特別所得税率が0.315%)。新NISAを選択すれば、これがゼロになる(成長投資枠で240万円、つみたて投資枠で120万円、合計年間360万円まで非課税で投資することができる)。 

 

 これは確かに税制上の優遇措置なのだが、その大きさはどの程度のものだろうか? 

 

 新NISAの投資限度額は1800万円なので、毎年、順次積み立てていく場合を考えれば、平均残高が900万円だ。収益率が3%であるとすれば、収益は27万円。分離課税を選択した場合の税額は、5.5万円である。新NISAを選択すればこれがゼロになるのだが、これは、目の色を変えるほどの大きな利益とは考えられない。 

 

 しかも、新NISAを選択した場合には、「損失の繰越控除」という税制上の特典を失うことに注意が必要だ。株式の投資はリスクが大きいため、株式や投資信託などを売却した場合に生じた損失のうち、その年に控除しきれない損失金額が残る場合がある。こうした場合には、翌年以降3年間にわたって、株式等の譲渡所得から譲渡損失の繰越控除ができる。こうすれば、平均的な税負担が低くなる。これはリスク投資に関してはかなり重要な措置なのだが、新NISAを選択した場合には、その特権を放棄することになる。 

 

 以上を考慮すると、新NISAは、さほど大きな税制上の特権を与えているとは思えない。 

 

 

 新NISAが長期的な貯蓄の手段として有利なものであるかどうかは、様々な条件に依存しており、確実とは言えない。このことを考えると、最近のNISAブームが異常なものであることを否定できない。 

 

 ブームになっている大きな理由は、新NISAの有利性が大きく宣伝されているからだろう。金融機関が新NISAを大々的に宣伝するのは、当然のことだ。金融機関にとっては、預金を受け入れても手数料は発生しないが、株式投資や投資信託への投資であれば手数料収入が期待できるからだ。金融機関が新NISAの導入を大きな商機と考えていることは間違いない。 

 

 銀行預金を宣伝する銀行はない。手数料をとれないからだ。それに対して、新NISAには、巨額の宣伝費が投入されている。手数料をとれるからだ。まずこのことをしっかり理解する必要がある。 

 

 個々の投資者の資産がどうなるかに、金融機関が本当に深い関心を寄せているかどうか、分からない。沢山売れて手数料収入が入ればよいと考えているのかもしれない。 

 

 また、政府は、公的年金が不十分なので、新NISAで資産形成することを求めているようにも見える。しかし、これで必ず老後資金が確保できるというわけではない。 

 

 つぎに、前記(2)の問題、つまり、「株式投資などは預金に比べてどの程度有利なのか?」という問題を考えよう。 

 

 株式投資などの平均収益率は、預金などの安全資産の利率に比べて高い。しかしこれは、株式投資の収益が確実ではなく、大きく変動すること、場合によっては損失を被る場合もあることなどのためのもので、当然のことだ。安全資産との収益率の差は、「リスクプレミアム」と呼ばれる。 

 

 収益の不確実性が大きくなるほど、リスクプレミアムは高くなる。だから、平均的な期待収益率が高いからといって、格別有利な投資対象ということにはならない。 

 

 資産保有者の立場から見て、リスクのある運用が必ずしも望ましいわけではない。 

 

 ファイナンス理論の最も重要な結論は、「期待収益率だけを見て資産選択をしてはいけない」ということだ。 

 

 

 なぜリスクプレミアムが発生するのだろうか? その理由を、簡単な数値例で説明しよう。 

 

 いま、500万円の貯蓄を持っている人がいるとする。その人に、2つのチャンスが提供されたとする。 

 

 第1のチャンスを選べば、500万円が確実に550万円になる。だから、収益率は10%だ。 

 

 第2のチャンスでは、収益に不確実性があり、2分の1の確率で資産が4500万円になるが、2分の1の確率で0円になる。平均的な収益は3500万円であり、平均収益率は700%だ。 

 

 では、人々はどちらを選ぶだろうか? 多くの人は、平均収益率が低いにもかかわらず、第1のチャンスを選ぶだろう。なぜなら、第2のチャンスを選ぶと、資産が0になってしまう危険があるからだ。そうなった場合には生活が立ち行かなくなり、極めて困難な状況に陥る。そうした状態は避けたいと、多くの人が考えるだろう。 

 

 つまり、第2のチャンスで資産が4500万円に増える可能性があることは魅力だが、それよりも、資産が0になる事態を避けたいと考えるだろう。経済学では、このことを「限界効用が逓減的である」と表現する。 

 

 ここで、第3のチャンスが提供され、それは2分の1の確率で資産が900万円になるが、2分の1の確率で200万円になるものだとしよう。 

 

 この場合の平均的な収益は100万円で、平均的な収益率は20%だ。この場合には、資産がゼロになるという最悪の状況は避けられる。そのため、多くの人々は、第3のチャンスは第1のチャンスと同じものだと評価したとしよう。 

 

 その場合、収益率が10%でリスクのないチャンスと、平均収益率が20%でリスクのあるチャンスが同じように評価されていることになる。平均収益率の差である10%は、リスクを取ることに対する報酬だ。これを「リスクプレミアム」という。 

 

 リスクと平均収益率のどのような組み合わせがよいかは、年齢や生活の余裕度、貯蓄額など、様々な条件に依存する。いちがいに、高リスク高収益が望ましいとは言えない。 

 

 どの程度のリスクを取れるかは、個人の事情によって違う。年齢が若ければ、損失をこうむっても、後で取り返せるかもしれない。しかし、高齢者になっては、取り戻すだけの時間の余裕がないかもしれない。 

 

 一般に、高齢者はより安全を重視すべきだろう。老後のための貯蓄もそうだ。余裕があれば、その余裕の部分をリスクの高い投資にまわすということは考えられるが、基本は安全資産を保有する必要がある。 

 

 

 預金などの名目資産の保有額を、減少させるだけでなく、さらに進んでマイナスにしたらよいという考えもある。つまり、借入をして投資をするのだ。個人であれば、住宅ローンを借りてタワーマンションに投資するといったことだ。 

 

 平均的に言えば、借入をして実物資産に投資すれば、利益が得られる。なぜなら、実物資産の収益率はローンの利率よりも高いからだ。 

 

 企業は、銀行借入や社債の発行で得た資金を実物資産に投資しているので、利益を得られる。その株主も、この利益の一部を得られる。 

 

 ただし、これは平均的にそうなるということであって、個々の場合を見れば、こうした投資のすべてが利益をもたらすわけではない。場合によっては損失が発生する場合がある。その場合には借り入れを返済することができなくなる。 

 

 企業の利益はさまざまな要因によって影響される。だから、すべての企業やすべての株主が、あらゆる場合に、必ず利益を得られるわけではない。 

 

 個人が住宅ローンという名目負債を負って住宅という実物資産を購入する場合も、購入した住宅がどの程度値上りするかは、地域や住宅の種類などによって大きく異なる。そもそも、値上がりするかどうかさえ、定かではない。仮に値下がりすれば、住宅ローンを返済することができなくなるかもしれない。 

 

 このように、貯蓄から実物資産投資に移行することが、どんな場合も望ましいことであるとはいえない。 

 

老後に必要な貯蓄額が2000→5000万円になる可能性がある…だけじゃない! 日本の年金制度が抱える“恐ろしすぎる現状”とは へ続く 

 

野口 悠紀雄/Webオリジナル(外部転載) 

 

 

 
 

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