( 265326 ) 2025/02/14 18:04:14 0 00 Photo:PIXTA
国債最大の保有主体である日銀が、長期的に保有残高を大幅に減らす見込みだ。そうした状況の中、長期金利への影響のカギを握るのが海外投資家の国債保有比率である。高いリスクプレミアムを満たすために「長期金利の上昇」が予想されるが、果たして……。本記事では、そんな金融政策を進める中での課題とリスクについて解説していく。※本稿は、熊谷亮丸『この一冊でわかる 世界経済の新常識2025』(日経BP)の一部を抜粋・編集したものです。
● 国債の中長期的見通し 日銀の保有国債残高は減少へ
2013年4月の量的・質的金融緩和の導入以降、政府が国債の供給を増やしても、日銀が大規模な買い入れを実施したため、長期金利は上昇しにくかった。だが、国債の最大の保有主体である日銀は、長期的に保有残高を大幅に減らす見込みだ。
日銀が保有する国債の中長期的な減少ペースを捉えるため、減額計画で示された2025年度末までの見通しに加え、減額計画で示されていない2026年4月以降の国債買い入れ額については、上限(2026年3月の月額2.9兆円程度を維持)と下限(一定の資金供給ニーズを考慮しつつ同0.9兆円程度まで減額を継続)を想定し、2040年末までの日銀の保有国債残高の先行きをバンドで示したものが図表7・8だ。
2030年代中頃までは比較的早いペースで保有国債残高の減少が進むが、その後、減少ペースは鈍化する見込みだ。国債買い入れ額の上限ケースにおける保有国債残高は2040年末時点で254兆円程度、下限ケースで119兆円程度と試算される。
● 国債発行残高は増加の見込み カギは海外投資家の国債保有比率
日銀の保有国債残高は大幅に減る見込みだが、こうした状況でも国債が円滑に発行されるには、他の主体が国債保有を増やす必要がある。その際、長期金利への影響を検討する上でとりわけ重要なのは、海外投資家の国債保有比率(以下、海外保有比率)だ。
国債発行が国内投資家の需要を上回れば、海外投資家の需要の増加が必要になる(増加しないと国債を発行できない)。
だが一般的に、海外投資家は国内投資家よりも高いリスクプレミアム(リスクを
引き受けることに対して要求する追加の収益率)を求める傾向が強いため、海外保有比率が高まると長期金利が上昇しやすい。
そこで、以下では国債の供給と国内需要について3つのシナリオを設定し、国債の需給バランスの先行きを示した上で、海外保有比率の変化が先行きの長期金利に与える影響を示す。
まず、国債の供給について検討すると、国債発行残高(ストック)は毎年の国債発行額(フロー)と償還額によって決まる。
そこで、政策的経費を税収などでどの程度賄えているかを示す指標である国・地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス。以下、PB)について、「(1)財政健全化が進んで2027年度にPBが均衡する場合(「PB:0%」シナリオ)」「(2)大和総研の中期見通しにおける予測期間の最終年度(2033年度)のGDP比▲3%程度で横ばいの場合(「PB:▲3%」シナリオ)」「(3)財政が一段と悪化し、2027年度以降のPBが同▲5%となる場合(「PB:▲5%」シナリオ)」という3つのシナリオを用意した。
内閣府が試算した2023年度のPBの実績見込みは同▲2.9%であるため、(2)は直近の財政状況が長期的に継続したシナリオともいえる。それぞれのシナリオに整合的な国債発行額と償還額を試算すると、いずれのシナリオでも国債発行残高は増加していく見込みだ。
だが、2040年度の水準を比較すると、「PB:▲5%」シナリオでは2600兆円程度となる一方、「PB:0%」シナリオでは1800兆円程度にとどまる(「PB:▲3%」シナリオでは2300兆円程度)。
● 国債の供給は拡大するものの 国内需要との間に差が
政府はPB黒字化を目指しているが、仮にPBを長期的に均衡させることができれば、国債発行額の抑制を通じて長期金利の安定化に大きく寄与することになろう。
いずれのシナリオでも国債の供給拡大が見込まれる一方、国内需要の増加幅は限定的となる可能性がある。「日銀」による需要(保有残高) は前掲図表7・8で示した通り、減少していく見込みだ。
「その他主体」の保有残高の見通しについては、「保険・年金基金」などの国債保有が名目GDPの拡大に合わせて増加していくと仮定して機械的に試算すると、「日銀」と「その他主体」の合計は2040年時点で足元の水準を下回る可能性が高い。
すなわち、日銀による国債保有減少の影響は大きく、足元での国債の保有構成を前提とすると、国内主体を中心とした国債保有の増加余地は小さい。
もっとも、日銀は銀行などから国債を大量に購入することで量的緩和を進めてきたことを踏まえれば、銀行には足元の保有割合分以上に保有残高を増加させる余地がある。
その余地を正確に把握することは困難だが左三川・阿部・高椋・廣芝(2024)や関(2023)(注1)などを参考に足元での「銀行などの潜在需要」を330兆円と仮定し、名目GDPの伸び率で機械的に延伸した上で、「(1)潜在需要が100%実現する場合(「国内消化余地:大」)」「(2)同60%実現する場合(「国内消化余地:中」)」「(3)同20%実現する場合(「国内消化余地:小」)」という3つのシナリオを想定した。
潜在需要が最大限に発現する場合でも、「日銀」と「その他主体」の需要の合計は2040年度時点で1600兆円程度であり、財政健全化の取り組みが最も進むシナリオ(「PB:0%」シナリオ)でさえ、供給が国内需要を上回る状況となる。
国債の需給が一致するという前提に立てば、国内需要を上回る分の供給に対応するには海外部門の需要を増加させて賄う必要がある。国債の供給と国内需要との差から、2040年度時点の国債の海外保有比率の上昇幅を試算したものが図表7・9だ。
国債の国内消化余地が大きいほど、また財政健全化への取り組みが進展するほど、海外保有比率の上昇が抑えられている。
(注1)左三川郁子・阿部眞子・高椋草美・廣芝大慧(2024)「日銀を待ち受ける巨大バランスシートとの闘い」日本経済研究センター、2023年度金融研究班報告(3):8年ぶりのマイナス金利解除、2024年3月19日 関浩之(2023)「国債の安定消化」第3回 国の債務管理に関する研究会、2023年6月2日 ● 財政健全化が遅れれば 長期金利は7%に達する可能性も
一般的に海外部門は比較的高いリスクプレミアムを要求する傾向にあることから、その需要を満たすためには長期金利の上昇が必要である。
すなわち、海外保有比率が高まるほど、長期金利に対する上昇圧力が強まるということだ。大和総研の試算では、海外保有比率が1%pt高まると長期金利は0.07%pt上昇する。こうした関係を前提に、財政シナリオ別に長期金利の先行きを試算した結果が図表7・10だ。
財政健全化の取り組みが遅れるほど、国債の供給が増加し、海外保有比率が高まるため、長期金利への上昇圧力が強まる。
各シナリオにおける実質GDPへの影響を大和総研のマクロモデルを用いて試算すると、2040年時点で「PB:0%」シナリオではベンチマーク比▲4.0〜▲1.0%、「PB:▲3%」シナリオでは同▲5.6〜▲2.9%、「PB:▲5%」シナリオでは同▲6.5〜▲3.9%となった(図表7・10)。リスクプレミアムの上昇が実体経済に大きな悪影響を及ぼす可能性が示唆される。
● 日本経済に負の影響が大きい 長期金利の上昇リスクに警戒が必要
実質GDPの内訳への影響としては、個人消費への影響は比較的小さいと予想される。金利上昇の影響は、ローンを組んで購入することの多い自動車など一部の費目に限られるためだ。
長期金利の上昇は、企業収益の減少や景気の悪化を通じて、労働需要を減少させる。結果として、実質賃金と雇用者数の双方に減少圧力がかかることから、実質雇用者報酬を下押しする効果を持つ。半面、家計は金融負債よりも資産を多く持つことから、長期金利の上昇は純利息収入を押し上げ、実質可処分所得の減少を緩和する。
一方、設備投資への影響は大きいと考えられる。長期金利の上昇によって企業の資金調達環境が悪化することに加え、景気の悪化による企業収益の減少も設備投資を下押しする方向に作用するためだ。
大和総研のマクロモデルでは十分に反映されていないものの、設備投資の大幅な減少は資本ストックの増加を抑制することで、潜在成長率を下押しするとみられる。これは自然利子率の低下を招き、金融環境を引き締め的にすることで設備投資をさらに減少させるだろう。
「設備投資の二面性」(需要と供給の双方に影響するという設備投資の性質)を考慮すれば、長期金利の上昇は需要の抑制だけでなく、供給能力の低下という経路でも日本経済に大きな負の影響を与える恐れがある。
以上のように、今後は日銀が国債保有を減少させていくことで、海外投資家の国債保有割合が上昇する可能性が高く、長期金利が上昇するリスクには警戒が必要だ。
日銀が金融政策の正常化を進める中で金利上昇リスクを抑制するためにも、政府は財政健全化を着実に進め、国債発行の増加を抑制することが重要である。
熊谷亮丸/久後翔太郎/山口 茜/中村華奈子
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