( 266274 )  2025/02/16 17:54:30  
00

都市の移動を支える路線バスが、なぜ後部に段差があるのかについて考察する。

一般的な乗用車やトラックがエンジンを前方に配置するのに対し、路線バスはエンジンを後部に配置することでエンジン冷却性能や乗降のしやすさを向上させる。

段差は単なる設計上の都合だけでなく、乗車定員の増加や運行事業者の経済性向上といった利点もある。

地方では低床バスの導入が進まない理由も道路環境や経済性に起因しており、最近では電動バスや自動運転技術の進化により、段差のない新しいバスの可能性が広がっている。

(要約)

( 266276 )  2025/02/16 17:54:30  
00

路線バス(画像:写真AC) 

 

 都市の移動を支える路線バス。車内に乗り込んだとき、後方に向かう途中で突如現れる段差に違和感を覚えたことがある人は多いだろう。 

 

 なぜバスの後部は階段のように盛り上がっているのか――これは単なる設計上の都合なのか、それとももっと深い理由があるのか。 

 

 この疑問を解明するには、単なる車両設計の問題として見るのではなく、バスという移動手段がどのように進化してきたのか、そして都市の交通インフラや経済にどんな影響を与えてきたのかを考える必要がある。 

 

 本稿では、バス後部の段差の理由を深く掘り下げ、路線バスが抱える技術的・経済的な課題に迫る。 

 

 最も直接的な理由は 

 

「エンジン配置」 

 

にある。一般的な乗用車やトラックは、エンジンを車両の前方に搭載しているが、路線バスの多くは後部にエンジンを配置している。このため、エンジンや変速機を格納するスペースが必要になり、結果として床面が高くなる。 

 

 しかし、それだけで段差が生まれるという説明だけでは不十分だ。なぜ、バスのエンジンは前方ではなく後方に配置されるのか。それには、バスの運行効率や経済性に関わる重要な理由がある。 

 

 かつて、日本の路線バスの多くはエンジンを前方に配置する「ボンネットバス」や「ツーステップバス」が主流だった。これらは運転席の横にエンジンを置くことで、車内の床を比較的フラットに保つことができた。しかし、この方式には決定的な欠点があった。それは、乗降のしやすさだ。 

 

 都市部では高齢者やベビーカー利用者、障害者の移動の自由を確保することが求められ、1990年代以降、ノンステップバス(低床バス)の導入が進められた。このノンステップバスでは、乗降口から車内前方にかけて床を低くし、ステップを排除する必要があった。そのため、エンジンを前方に配置する従来の方式では対応が難しくなり、エンジンを後部に移す「リアエンジン方式」が主流となった。 

 

 

路線バス(画像:写真AC) 

 

 リアエンジン方式は、単に乗降の利便性だけでなく、経済的な面からも合理的だった。 

 

 エンジンを後部に配置することで、整備時に運転席を取り外さずに作業できる。また、バスは路線によって頻繁にエンジンを停止・再始動するため、エンジンの冷却性能を確保しやすいリア配置は過熱リスクを低減する。 

 

 さらに、エンジンを後部に置くことで、前輪駆動ではなく後輪駆動となり、加速時の安定性が向上する。これにより、乗客の快適性が向上するだけでなく、タイヤの摩耗を抑え、整備費用の低減にも寄与する。 

 

 前方にエンジンがあると、その分だけ客室が狭くなる。しかし、リアエンジン化することで、乗車定員を増やすことができ、運行事業者にとっても採算性の向上につながる。 

 

 このように、リアエンジン方式の採用は、単に段差を生む要因ではなく、乗降のしやすさや経済的な合理性を追求した結果だった。 

 

 すべてのバスがノンステップ化されているわけではない。都市部ではノンステップバスが普及しているが、地方では今も多くのツーステップバスが運行されている。これは地方のバス運行が都市部とは異なる課題を抱えているからだ。 

 

 まず、道路環境が異なる。都市部は舗装道路が整備されているため、低床バスが走りやすいが、地方では坂道や悪路が多く、低床バスでは車体底部が接触しやすい。このため、段差のあるバスが依然として使用されている。 

 

 次に、経済性の問題がある。地方では都市部に比べてバス利用者が少なく、新車導入のコスト負担が大きい。そのため、耐久性の高いツーステップバスが長年使われ続けている。 

 

 また、車両の転用も影響している。多くの地方バス会社は都市部で使用されたバスを中古車として購入し、転用している。このため、都市部で新型のノンステップバスが普及する一方で、地方では「段差のあるノンステップバス」が増えている。 

 

 近年、電動バスや燃料電池バスの開発が進んでいる。これらの車両では、従来のディーゼルエンジンに比べてエンジンルームのスペースが不要になり、設計の自由度が増している。特に電動バスでは、モーターを車軸付近に分散配置できるため、床面のフルフラット化が可能になる。 

 

 さらに、自動運転技術の進化により、バスの設計思想自体が変わる可能性もある。運転席を不要とするデザインが実現すれば、バス全体の構造を抜本的に見直すことができ、段差のないバスが主流になるかもしれない。 

 

路線バス(画像:写真AC) 

 

 路線バスの後部段差は、単なる設計上の都合ではなく、利便性と経済合理性を両立させるための「選択」だった。しかし、バスの技術は進化し続けており、今後この段差が不要になる可能性もある。 

 

 都市部と地方、ディーゼルと電動、そして新たなモビリティの形──バスは単なる移動手段ではなく、社会の変化を映し出す鏡でもある。後部の段差という小さな疑問から、バスという存在が持つ深い意味を再発見することができるだろう。 

 

宮川紀章(バスライター) 

 

 

 
 

IMAGE