( 268159 )  2025/02/21 04:20:32  
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高額療養費制度について、自己負担の上限を引き上げる提案に対し、医療費の無駄削減が先だとする意見と、高齢者や重症患者に経済的負担を押し付ける改悪として反対の声がある。

健康保険制度における医療費適正化が議論されており、医療費削減の方法について提言がある。

医療費の削減には、「無価値医療」の排除、窓口自己負担の引き上げ、OTC類似薬の保険外対象化などがあり、これらにより国民の健康を損なわずに2〜7兆円の医療費削減が可能であるという。

(要約)

( 268161 )  2025/02/21 04:20:32  
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厚生労働省(写真/Shutterstock) 

 

多額の医療費がかかってしまっても一定の自己負担額に収めることができる高額療養費制度。この自己負担の上限額を最大月44万円に上げる案が出て、厚労省に非難が殺到している。背景には高齢化による医療費の増大があるが、国民の負担を上げる前に、まずは医療費の無駄を削るべきではないだろうか。医師・医療政策学者でUCLA助教授の筆者が、国民の健康を損なわずに2〜7兆円もの医療費を減らす方法を、確かなエビデンスをもとに提言する。  

 

日本では社会保障費の負担増が社会問題化しており、その中でも医療費の適正化をどのように達成するのかが議論されています。 

 

さらにその中で、最近では、高額療養費制度の自己負担の上限の引き上げが案として浮上しており、社会的弱者である重病患者およびそのご家族に経済的負担を押し付ける改悪であるとして、国民から多くの非難の声が上がっています。 

 

私は高額療養費の自己負担の上限の引き上げは悪手であり、やるべきではないと考えます。 

 

そもそも健康保険(公的医療保険)というのは、(1)予測困難な健康上の問題で、(2)健康上の問題が起きたときに高額の医療費がかかる、という2つの条件を満たすリスクを減らすことが目的です。 

 

この原則から考えると、高額療養費制度こそが日本の健康保険の根幹であり、それを弱体化させることは、医療費が払えずに治療をあきらめる人や、医療費の支払いのために自己破産して生活保護になってしまう家庭を増やす可能性があります。 

 

医療費の増加を抑制したいのであれば、高額療養費制度の対象となっているような、生き死にの問題に面している重症患者(社会的弱者)に負担を強いるのではなく、まずは先に外来を受診している軽症患者さんに、不要不急の医療を控えてもらうべきだと思います。 

 

医療費を削減することが不可避なのであれば、最初に手を付けるべきは、命の危険にさらされていない軽症患者が使っている医療であり、高額療養費制度のように、最重症の患者を守っている制度は最後まで守るべきであることは明らかです。 

 

しかしその一方で、医療費を削減する必要があることも事実です。それでは、どのようにそれを達成するべきなのでしょうか? 

 

大原則としては、「医療のムダを減らすことで、国民の健康を犠牲にすることなく、医療費削減を達成すべき」というのが私の考えです。 

 

つまり、患者さんおよび国民の健康を改善、増進しない(もしくはその効果の小さい)医療サービス(※医療行為だけでなく、薬や医療機器も含む広い概念です。医療機関で受けるサービス全般のことだと理解してください)を減らすことで、患者さんおよび国民の健康に悪影響をおよぼすことなく、医療費を削減する(もしくは医療費の伸びを抑制する)べきだと私は考えています。 

 

これは決して机上の空論ではなく、きちんとエビデンスに基づく医療政策を実装すれば、実現可能な話です。他の先進国ではこのような政策は実際に使われています。 

 

医療費を削減するために私が提案する3つの改革は以下のようなものになります。下記を全て合計すると、国民の健康に悪影響を与えることなく、2.3〜7.3兆円の医療費(国の総医療費の5〜15%相当)を削減することが可能だと考えられます。 

 

1、70歳以上の窓口自己負担割合を一律3割負担とする(1.0〜5.1兆円の医療費削減効果) 

2、OTC類似薬を、健康保険の対象から外す(3200億円〜1兆円の医療費削減効果) 

3、無価値医療を健康保険の対象から外す(9500億円〜1.2兆円の医療費削減効果) 

 

それでは順番に説明していきましょう。 

 

 

1.70歳以上の窓口自己負担割合を一律3割負担とする(1.0〜5.1兆円の医療費削減効果) 

 

現在、日本の医療費の窓口負担割合は、以下のようになっています。 

 

0〜6歳:2割(医療費自己負担ゼロの自治体居住者を除く) 

7〜69歳:3割 

70〜74歳:原則2割(現役並み所得者は3割) 

75歳以上:原則1割(一定以上の所得がある場合は2〜3割) 

 

車やテレビなどの一般的なものが、価格が上がれば需要が減るように、医療サービスも、患者さんが支払う必要のある価格(窓口負担額)が上がれば、受診控えが起こり、需要が減ることが知られています。 

 

東京大学の重岡仁先生が行なった、日本のデータを使った研究でも、70歳になって自己負担割合が3割から1割に減ると、顕著に医療サービスの需要および消費量が増えることがわかっています。 

 

 つまり、自己負担が増えればその逆で需要が減ります。重岡先生の研究では、具体的には医療サービスの窓口負担が10%増加すると、約2%需要が減るという結果でした。 

 

一方で、この重岡先生の研究では、窓口負担の増加によって、大きな健康への悪影響は認めないということもわかりました。 

 

この研究以外にも、日本のデータを用いて窓口負担割合の影響を評価した研究は数多く行われており、それらを総合的に判断すると、窓口負担割合を3割程度まで引き上げても、健康への悪影響はない(あっても小さい)と結論づけることができます。 

 

その理由としては、窓口負担割合の増加で影響を受けるのは主に軽症患者だからです。窓口負担割合を引き上げても、高額療養費制度さえきちんと機能していれば、最終的に患者が負担する医療費は常識的な範囲内にとどまると考えられます。 

 

手術や抗がん剤などの命に関わる医療に関しては、高額療養費制度によってカバーされるため、受診控えはあまり起こらず、一方で、風邪での外来受診など健康に影響のない不必要な医療サービス(※ウイルス感染である風邪には有効な治療はないため、医療機関を受診してもメリットはない)が抑制されるためだと考えられます。 

 

この改革でどれくらいの医療費が削減できるのでしょうか? 精緻な研究は行われていないため、いくつかの仮定を置いた上でざっくりと数字を計算してみますと、70歳以上の高齢者の窓口負担割合を、一律3割に引き上げることで、1.0〜5.1兆円の医療費抑制効果が期待できます(※)。 

 

一点だけ注意が必要です。過去の研究から窓口負担割合を引き上げても、患者の健康への悪影響がない、もしくは小さいことが分かっていますが、これは現行の高額療養費制度の下のでの評価です。 

 

つまり、高額な医療費がかかるような重症患者はしっかりと高額療養費制度で守られており、受診控えが起こらない状況下における影響を見ていることになります。 

 

いま日本で議論されているように、高額療養費制度の自己負担額の上限を引き上げ、この制度が弱体化した場合には、状況は変わってしまい、窓口負担割合を引き上げると(受診控えが起こり)健康被害が出る可能性があります。 

 

この点からも高額療養費制度の重要性が分かります。日本の皆保険制度の根幹である、高額療養費制度さえしっかりと制度を維持しておけば(自己負担額を引き上げなければ)、その他の健康保険制度を変更しても大丈夫だということです。 

 

 

二つ目の改革案です。 

 

2.OTC類似薬を、健康保険の対象から外す(3200億円〜1兆円の医療費削減効果) 

 

OTC医薬品は、薬局やドラッグストアなどで医師の処方箋なしで直接購入できる医薬品で、風邪薬・湿布・胃腸薬・ビタミン剤・うがい薬・目薬・漢方薬などが代表例です。 

 

そしてOTC類似薬とは、OTC医薬品と効果やリスクなど薬の性質が似ていながら、健康保険でカバーされており、処方箋が求められる医薬品のことを指します。 

 

OTC類似薬によって使われている医療費は3200億円〜1兆円の規模であると報告されています。 

 

例えば、日本総合研究所の試算では、OTC類似薬は医療費全体の2.3%を占め、関連する医療費は約1兆円に達すると報告されています。 

 

日経新聞の調査(2016年度のデータ)では、5469億円でした。東京⼤学⼤学院薬学系研究科の医療政策・公衆衛⽣学特任准教授・五十嵐中先生が行なった推計によると、OTC類似薬を保険から外すことで削減できる医療費は、約3200億円でした。 

 

健康保険の対象になることを、保険収載されると言いますが、OTC類似薬が保険収載から外されても、患者はOTC医薬品を比較的安価に薬局やドラッグストアで購入できます。OTC医薬品は一般的に、軽症患者が使う薬であるため、もし受診控えが起きても健康被害はない、もしくは小さいと考えられます。 

 

さらには、OTC類似薬にはそもそも効果がないものも含まれているため、その観点からも需要抑制が健康被害につながらないと考えられます。 

 

例えば、風邪(急性上気道炎)はウイルス感染であり、そもそも総合感冒薬には風邪のウイルスを倒す力や、回復を早める効果はありません。風邪による辛い症状を改善するという「対症療法」としての有効性に関しても、実はエビデンスはありません 。 

 

発熱に対しては解熱鎮痛剤、咳に対してははちみつ(こちらは有効であるというエビデンスがある)などを用いた方がよいとされています。 

 

湿布は年間54億回も処方されており、その医療費は1300億円に達するとも言われています。処方箋1枚あたり70枚もの湿布が処方されており、大量の湿布が保険によってカバーされていることが分かります(※現在は一度に処方できる湿布の枚数は63枚までとなっています)。 

 

湿布は急性期の症状に対して、2〜12週間の短期間の処方に関しては意味があるものの、それ以上の長期にわたる使用に関しては有効性に関するエビデンスが不十分です。 

 

保険収載に残すとしても、短期処方のみを保険でカバーし、長期使用する方に関しては、保険を使わず自己負担で購入するか、OTC医薬品としてドラッグストアで購入して頂くようにするのがよいと思います。 

 

 

3つ目はこちらです。 

 

3、「無価値医療」を健康保険の対象から外す(9460億円〜1.2兆円の医療費削減効果) 

 

日本では、薬や医療機器が承認されると、自動的に保険適用になり、保険収載されます。これは実は日本独自の制度であり、他の先進国ではしばしば、承認された医療サービスのうち、保険収載され、保険でカバーされるのはその一部に過ぎないことが多いのです。 

 

保険収載されるときには限定的なデータがあったものの、その後の複数の研究によって実は有効性が認められないことが明らかになる場合がしばしばあります。日本の制度上は、そのような場合でも、保険収載から外されることは滅多にありません。 

 

一度保険収載されてしまえば、その後のエビデンスの結果に関わらず、多くの場合は恒久的に保険でカバーされ続けるのです。 

 

新しい薬や医療機器は毎年のように開発されています。それらが保険収載される一方で、効果がなくても保険収載から「退場」するメカニズムがないのです。これでは保険収載のリストは長くなる一方で、医療費が高騰するのも無理もありません。 

 

健康上のメリットがないというエビデンスがある医療サービスを、「無価値医療」と呼びます。 

 

全ての医療サービスは下記の4つのいずれかに分類することができます。 

 

1、高価値医療→健康上のメリットが、かかる医療費と比べて、相対的に高い医療サービスのこと(例:糖尿病患者における眼底検査、小児に対する予防接種) 

 

2、低価値医療→健康上のメリットが、かかる医療費と比べて、相対的に低い医療サービスのこと(例:低リスクな手術前の血液検査)。下記の無価値医療を含む。 

 

3、無価値医療→低価値医療の中でも、そもそも健康上のメリットがない医療サービスのこと(例:風邪に対する抗菌薬治療)。高価値医療と低価値医療を区別するためには、健康にどれくらいの金銭的価値があるのかを決める必要があり、それは人それぞれの価値観によって異なる。一方で、無価値医療であるかどうかは、価値観に関係なく、全ての人にとってメリットがない。 

 

4、その他の医療→上記の1〜3のいずれにも該当しない(どちらとも言えない)医療サービスのこと。 

 

私たちの研究チームが過去に行って論文化したパイロット(予備)研究では、32名の各科専門医とともに33個の無価値医療を同定しました。それらは、日本の医療費の1000〜2000億円を占めていると推計されました。 

 

これは暫定的なリストですので、実際には無価値医療の数はもっと多いはずです。  

 

 

 
 

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