( 270106 ) 2025/02/26 05:03:29 0 00 石北本線(画像:写真AC)
2016年3月、北海道の北東部、オホーツク管内の内陸部のほぼ中央にある遠軽町の旧白滝駅が廃止された。この駅は、ひとりの女子高生が利用するためだけに存続が決まったが、彼女が卒業するとともにその役目を終えた。
「たったひとりのために駅を残した」
という話は、美談として国内外のメディアに大きく取り上げられた。しかし、この出来事を単に「温かい配慮の象徴」として片付けてよいのだろうか。
旧白滝駅の存続決定には、鉄道事業のあり方や地域社会の構造が影響しており、その背景には複雑な要素が絡んでいる。この事例を掘り下げることで、その本質的な問題に迫りたい。
旧白滝駅は、JR北海道・石北本線の無人駅として長年利用されてきた。かつては周辺に集落が存在していたが、過疎化が進んだ結果、利用者は減少。2001(平成13)年には定期列車の停車が朝夕の2本に削減され、ほぼ通学用の駅となっていた。
この駅が全国的に注目されたのは、2015年に報じられた女子高生ひとりだけが利用する駅という話題だった。JR北海道はこの駅をすぐに廃止するのではなく、利用者である女子高生が高校を卒業するまで維持することを決めた。
確かに、この判断には地域住民や利用者への配慮があった。しかし、果たしてそれは単なる「美談」として語られるべき話だったのだろうか。
旧白滝駅のあった位置(画像:OpenStreetMap)
この出来事が美談として広がった背景には、いくつかの要素がある。
まず、鉄道が地方のライフラインとしての役割を果たしているという認識がある。日本では鉄道は単なる交通機関にとどまらず、地域の命綱ともいえる存在だ。特に地方では、バスやタクシーが十分に整備されていない場合が多く、鉄道の存続自体に大きな意味がある。そのため、「ひとりのために駅を残した」という話は、「公共サービスとしての鉄道の理想的なあり方」として受け入れられやすかった。
次に、鉄道会社に対する「冷徹なビジネス組織」という先入観が影響している。地方路線の廃止が相次ぐなかで、多くの人々は鉄道会社を「採算ばかり考え、地方を切り捨てる存在」と捉えがちだ。しかし、このケースでは「女子高生のために鉄道を残した」という点が、そのイメージを覆すものとして受け入れられた。「企業が利益よりも利用者のために動いた」という構図は感動を生みやすく、そのため、海外メディアでも「日本の鉄道会社の温かい決断」として紹介された。
最後に、ストーリー性が大きな要素だ。この事例が注目された最大の理由は、女子高生がひとりで利用していた駅という点だ。もしこの駅を利用していたのが
「ひとりの中年男性」
だったら、果たして同じように報じられたのだろうか。若者、特に女子高生が「たったひとりで電車を待つ」というイメージが象徴的な印象を生み、人々の関心を引きつけたことは間違いない。
しかし、改めて考えたいのは、旧白滝駅の存続決定が本当に「よいこと」だったのかという点だ。
鉄道の維持にはコストがかかる。駅の維持費や、運行が赤字であれば、鉄道会社にとっては大きな負担となる。このケースでは卒業までの期間限定だったため、特別な措置として認められた。しかし、本来であれば、このような状況が発生する前に「より適切な交通手段」が用意されるべきではなかったか。
例えば、早期にスクールバスの運行を検討したり、既存のバス路線を柔軟に活用するなどの手段が取られていれば、「たったひとりのために鉄道を維持する」必要はなかっただろう。
「ひとりのために駅を残した」という話は感動的だが、それは逆に
「地方の公共交通が機能していない」
ことの裏返しでもある。もしこの駅が本当に必要であれば、女子高生の卒業後も存続していたはずだ。しかし実際にはすぐに廃止された。つまり、もともと地域全体の交通ネットワークのなかで、この駅が適切に機能していなかった可能性が高い。
こうした問題が「温かい決断」という美談に包まれることで、本質的な課題が見過ごされる危険性がある。
JR北海道は慢性的な赤字を抱えており、多くのローカル線が存続の危機にある。この状況の中で、採算が取れない駅をひとりのために残すという決定は、果たして適切だったのか。
鉄道を維持することの価値は確かにあるが、それを単発の「特例」として扱うのではなく、長期的な視点で「どのように地域の交通を維持するか」を議論する必要がある。
電車を待つ女子高生のイメージ(画像:写真AC)
旧白滝駅の話には確かに感動的な側面がある。
しかし、それだけで終わらせるのは危険だ。地方の交通手段が本当に適切だったのか、なぜ駅が必要だったのか、他に選択肢はなかったのか、この決定は鉄道会社や地域社会にとって持続可能だったのかという疑問を持つことが、本当に重要だ。
美談の裏にある課題を見落とさず、地方交通のあり方を考える――旧白滝駅のケースは、そのための貴重な材料を提供しているのかもしれない。
清原研哉(考察ライター)
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