( 272494 )  2025/03/06 07:13:45  
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2026年から高校の授業料が無償化される見通しになり、受験生の選択肢が広がる一方、公立校離れや教育格差の拡大などの懸念もある。

私立高校の授業料無償化によって異なる学校間の教育質の格差や教育費用への影響が議論されている。

教育アナリストは、高校統廃合や低年齢の受験戦争につながる可能性も指摘している。

(要約)

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(c) Adobe Stock 

 

 2026年度から私立を含め高校授業料が無償化される見通しとなった。受験生の選択肢が広がると歓迎の声があがる一方、公立校離れや教育格差の拡大などを懸念する向きもある。経済アナリストの佐藤健太氏は「進路の幅が広がるのはたしかだが、高校の統廃合や受験戦争の低年齢化につながる可能性がある」と指摘する。少子化が加速する日本で高校生はどこに向かうのか。 

 

 一歩前進したところ、その先は暗闇だった―。2月25日、石破茂首相(自民党総裁)と公明党の斉藤鉄夫代表、日本維新の会の吉村洋文代表(大阪府知事)による高校授業料無償化に関する合意内容は「その先」にあるものに不安を感じさせる。 

 

現在の就学支援は、世帯年収が「910万円未満」の家庭を対象に年間11万8800円(公立・私立を問わず)が支給され、私立に通学する子供がいる家庭は「590万円未満」(世帯年収)の場合に年間39万6000円が上限となっている。この制度を改め、2025年度はまず「年収910万円の壁」を撤廃し、所得制限がなくなる。そして、2026年度からは私立を対象にした「年収590万円の壁」も見直し、支給上限は45万7000円に引き上げられる見通しとなった。 

 

 石破首相は2月26日の衆院予算委員会で「収入の多寡で教育に差がないようにする。質の高い教育を受けられることも目指していかなければならない」と説明。維新の吉村代表も「少子化と言われている中、行きたい学校に行けるようにした方が学校同士も切磋琢磨し、教育の質が上がっていくと思う」と意義を強調する。 

 

 高校授業料の無償化が子供たちの進路の幅を広げるのは間違いない。私立に通いたくても家庭の事情を理由に通学を諦める人は減ることだろう。ただ、石破首相が言及した「教育の差」や「質の高い教育」という言葉には、どうしても違和感を覚えてしまう。その理由は大きく分けて3つある。 

 

 1つ目は、「教育の格差」は本当に是正に向かうのかという点だ。親の収入の多寡が子供の環境に大きな影響を与えるのは論をまたない。幼稚園から大学まで全て私立に行った場合と、逆に国公立のみで進んだケースを比べると費用は3倍近くもの差が生じるといわれる。子供がたとえ私立進学を希望しても、やむにやまれず公立に進むケースは珍しくない。 

 

 

 ただ、群馬県の山本一太知事は2月26日の記者会見で「子育て世代の負担が減るということについて言えば良いことなんだと思う」とした上で、「私立も全部無償化になったら、その余った分のリソースはきっと塾に投入される。むしろ収入の差が如実にあらわれるような、ややアンフェアな状況が作られるんじゃないかということを指摘する人もいるし、私学無償化するよりは公立をもっと充実させるべきじゃないかという意見もある」との声を披露した。 

 

 つまり、私立の授業料が「浮いた分」は通塾費用に回る可能性があるというわけだ。その意味では、高校授業料の無償化は親の収入による格差の是正には必ずしもつながらないと言える。私立の中高一貫校進学をにらめば、私立高の授業料を考えなくても良い分、中学受験に向けて小学生時代に通塾させる親が多く現われるだろう。小学生の学習塾費用は決して安くはなく、受験戦争の低年齢化に拍車をかけるとの見方もある。 

 

 2つ目は、「質の格差」だ。高校授業料の無償化は公立と私立の競争が激化し、教育の質向上につながることも期待されている。ただ、阿部俊子文部科学相は2月18日の記者会見で「私立高校の授業料支援の拡充に伴って、私立高校の進学を希望する生徒が増加する、公立高校の進学者数が減少する可能性がある」と述べている。 

 

 2024年度の「学校基本調査」によれば、地方自治体が設置者である公立高校は全国に3438校あり、生徒数は約189万人。年間授業料は11万8800円だ。これに対し、学校法人が設置している私立高は1321校で生徒数は約101万人。文部科学省が昨年12月に発表した調査結果によれば、私立高校の授業料平均額は45万7331円となっている。 

 

 すでに無償化を進める大阪府と東京都を見れば、阿部文科相の指摘はもっともだ。大阪府が発表した今年1月末時点の進路希望調査によれば、3月に卒業見込みの生徒の公立高希望者の割合は56.17%で、前年同時期から3ポイント減となった。70校以上で定員割れの可能性があるという。公立離れは深刻と言える。 

 

 東京都は私立を含め高校授業料の実質無償化(所得制限なし)を2024年度から実施。1月8日に東京都教育委員会が発表した進学希望調査によると、公立中学3年生の全日制高校志望者のうち都立高志望率は約30年ぶりに6割台となった。「私高公低」の流れをどう考えるかがポイントだ。 

 

 

 もちろん、公立校も特色を発揮し、学校同士で切磋琢磨していくべきだとの意見はあるだろう。ただ、それは本当に現実的なのだろうか。何より、公立校は独自財源がない中で私立に立ち向かえるだけの「特色」を発揮するのは容易ではない。設備面、人材面などもしかりである。率直に言えば、石破首相の言う「教育の質」を公立校が上げたいといったところで具体的にできることは限られているのではないか。むしろ、生徒の確保が困難になっていく公立校は統廃合に向かうことになる。 

 

 そして、3つ目は「コスト」の問題だ。2026年度から支給限度額が45万7000円に引き上げられるといっても、これは私立授業料の全国平均額だ。もちろん、これ以上に高い学校はある。だが、授業料の無償化に伴って私立が授業料を「便乗値上げ」するとの懸念も尽きない。大学を見ても授業料を引き上げる傾向がみられている。 

 

 石破首相は便乗値上げに関して「そういうことがないよう、よく注意する」と述べているが、本当にそれは担保されるのだろうか。私立高の教員に話を聞けば、「授業料の無償化に伴って浮いた分は、別の名目で徴収して施設整備の充実などに充てていきたい」との声も漏れる。私立はそうしたことが可能でも、公立校はできない。世帯所得による格差を事実上容認するのが“国策”ならば、何らかの手を打つことが必要だろう。 

 

 石破首相の無責任さは財源論を見ても明らかだ。無償化に伴う関連予算が5000億円超になるとの見通しだが、その財源について、首相は「歳入・歳出両面の措置を徹底的に行い、安定的かつ恒久的な財源を見いだすことは政府の責務だ」と強調している。ただ、具体的なものは何も示さずに3党合意に突き進んだ。 

 

 懸念されるのは、首相が示す「安定的かつ恒久的な財源」という点だ。一言でいえば、授業料の無償化とは国民が払った税金をばら撒くということに過ぎないが、その原資となる「安定的」「恒久的」な財源となれば、誰もが思いつくのは「増税」の可能性ではないか。岸田文雄前政権時代に決まった防衛費の大幅増に伴う増税プランを思い返しても、「教育増税」が国民にのしかかることも想定されるところだ。ちなみに医療費の患者負担に月ごとの限度を設けた「高額療養費制度」の見直しについては「2025年夏に想定していた引き上げについて、いったん『凍結』する最終調整」(読売新聞)に政府は入った。見直しが実施されれば、社会保障費が200億円弱抑制されると見込まれていた。 

 

 住んでいる地域によって授業料負担に差が生じ、子供たちが進みたい道を断念する要因となるのは悲しいものだ。親の所得が教育格差につながる現実を踏まえながら、それを極力抑える方策も必要である。その意味からは教育無償化は未来を生きる子供たちに重要な施策となるだろう。 

 

ただ、人口減と少子化が進む中、一国の宰相の立場からは公立と私立はどうあるべきと考えているのか、財源をどうするのかといった授業料無償化の「先」にあることもパッケージで示して欲しかったと言える。 

 

佐藤健太 

 

 

 
 

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