( 273619 )  2025/03/10 06:14:09  
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鉄道行政には鉄道の線路配線や列車ダイヤを考慮した運輸計画を行う専門家が少なく、自治体は鉄道に関する情報の非対称性によって発言力を失っている可能性がある。

神奈川県では鉄道要望をまとめる組織があり、要望は鉄道事業者に直接伝えられているが、十分な議論が行われているとは感じられない。

要望内容が実現された際、JRは線区全体の利便性向上を考慮して決定しており、選択停車方式を取り入れることも検討されている。

反面、専門家や市民の意見をより取り入れ、より効果的な鉄道計画を立てる必要があるとの意見もある。

(要約)

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鉄道(画像:写真AC) 

 

 交通行政には道路や土木計画の専門家が多くいても、鉄道行政に携わる人々のなかで、鉄道の線路配線や列車ダイヤといった運輸計画の本質的な議論を行える専門家は少ない。 

 

 そのため、自治体は 

 

「鉄道に関する情報の非対称性」 

 

によって、発言力を失っていると筆者(北村幸太郎、鉄道ジャーナリスト)は京葉線通勤快速廃止問題を通じて感じている。結果として、地域全体のグランドデザインを描き、鉄道事業者と意見交換を行うことができず(またはできていたとしても、本質的な議論には至っていない)、交通技術的な議論なしに要望をそのまま鉄道事業者に渡していることがよく見られる。このような状況を象徴する例が、2023年春に起こった 

 

「東海道線快速アクティー廃止」 

 

だと筆者は考えている。今回は、神奈川県の鉄道要望をまとめる団体とJRとのやり取りの流れ、および快速アクティー廃止後の状況について取り上げる。 

 

快速アクティー停車要望のページ(画像:北村幸太郎) 

 

「神奈川県鉄道輸送力増強促進会議」という団体を聞いたことがあるだろうか。この団体は行政の関与のもと、県内の各市町村からの要望を取りまとめ、県内の鉄道事業者へと伝える役割を担っている。しかし、その要望内容を見る限り、議論や精査が十分に行われているようには感じられない。むしろ、そのリストがそのまま鉄道事業者に渡されているだけのようにも見える。 

 

 この団体は快速アクティー廃止前、少なくとも2016年以降、毎年以下のような要望リストをJRに手渡していた。 

 

・快速アクティーの1時間あたりの本数の増加 

・快速アクティーの運行時間帯の拡大 

・快速アクティー等の辻堂駅への停車 

・快速アクティー等の大磯駅への停車(2019年追加) 

・快速アクティー等の二宮駅への停車 

・快速アクティー等の鴨宮駅への停車 

 

これらの要望は、快速アクティーの増発や運行時間帯の拡大を求めつつ、当時の快速アクティーの 

 

「通過駅全駅に停車を求める」 

 

という矛盾した内容だった。もしすべてが実現すれば、普通列車に変わってしまうだろう。なぜ、どれか1駅に絞るという議論がなかったのだろうか。 

 

 

神奈川県鉄道輸送力増強促進会議の要望がすべて実現した場合の停車駅案内(画像:北村幸太郎) 

 

 神奈川県の担当者は次のように説明している。 

 

「自治体ごとの要望をそのままJRに渡しているわけではありません。また、これは会としてまとめているのではなく、東海道線沿線の市町がすべて参加している東海道線部会でまとめており、JRとも意見交換をさせていただいています」 

 

 しかし、この要望内容について、読者のなかには“支離滅裂”に感じ、具体的に何を求めているのかわかりづらいと感じる人も多いのではないか。例えば、東海道線の東戸塚駅停車の要望も含まれているが、実現すれば少なくとも東戸塚だけは通過列車となるだろう。 

 

 このような要望活動について、JR東日本はどのように考えているのだろうか。同社コーポレートコミュニケーション部門にコメントを求めたところ、次のような回答があった。 

 

「ダイヤ改正にあたっては、線区全体の利便性向上に向けて、沿線自治体からのご要望のほか、お客さまからの声、社員の声、また各列車・各区間のご利用状況等を総合的に勘案して、実施内容を決定しております。頂戴しましたご意見については、ダイヤ改正の際の参考とさせていただきます」 

 

東海道線JRによる改善後時刻表(画像:北村幸太郎) 

 

 この要望を受けて、JRは神奈川県鉄道輸送力増強促進会議に対して「長距離利用者のために設定した列車である」と説明するとともに、緩急接続による改善が行われたことを伝えた。改善内容は次のとおりである。 

 

・2018年3月のダイヤ改正により、列車順序を変更。下りでは、快速アクティーの後に湘南新宿ライン快速(東海道線内各駅停車)が入り、藤沢で乗り換えて辻堂に行けるようになった。 

 

・快速アクティーと普通列車の待ち合わせ駅を国府津から平塚に変更し、大磯、二宮の2駅も利用できるようにした。 

 

・さらにその後のダイヤ改正で、東京方面から来る快速アクティーと、新宿方面から来る平塚行き普通列車(湘南新宿ライン快速)が戸塚駅に同時入線する形に変更。この接続により、新宿~小田原間の所要時間が23分短縮された。 

 

・上記の施策により、湘南新宿ライン特別快速と合わせ、湘南新宿ライン快速から戸塚で快速アクティーに乗り継ぐ方法が可能となり、増発なしで新宿~小田原間で特別快速が毎時2本に増発されたのと同等の利便性が提供された。 

 

・上りの一部時間帯では、大船駅で湘南新宿ライン特別快速と東京方面の普通列車の待ち合わせを実施し、快速アクティーに乗り換える方法と合わせて、増発なしで快速アクティーが毎時2本に増発されたのとほぼ同等の利便性が実現された。 

 

このように、JRは実質的に通過駅への新規停車と同等の利便性を確保し、乗り継ぎを考慮した有効本数ベースでは、下りでは特別快速が1時間に2本、上りでは快速アクティーが1時間に2本と同等の利便性を確保した。 

 

 しかし、神奈川県鉄道輸送力増強促進会議は引き続き、快速アクティーの停車要望を続けていた。最終的には、コロナ禍を受けた運行体系の見直しのなかで、JRから 

 

「関係自治体からの快速アクティー停車要望を踏まえて(中略)2023年3月のダイヤ改正におきまして、快速アクティーを普通列車に置き換えることにより大磯・二宮・鴨宮駅の停車回数を増やしました」 

 

と回答された。この結果、快速アクティーの辻堂、大磯、二宮、鴨宮への停車は実現したが、速達効果が最も高かった小田原市にとっては、少し複雑な結果となったことだろう。 

 

 

快速アクティー増発要望のページ(画像:北村幸太郎) 

 

 これについて、神奈川県の担当者は次のように述べていた。 

 

「要望内容について、特に市民や部内から疑念の声が上がったことはありませんし、こんなはずじゃなかったという苦情も寄せられていません」 

「結果として、普通列車化が皆にとって良よいことだというJRの判断だと思います。小田原市にも意見を聞いてみてはいかがでしょうか。」 

 

そこで、小田原市都市部地域交通課にも問い合わせた。 

 

「快速アクティーの減便や通勤快速の運転取りやめについて、小田原駅や国府津駅の利用者は速達性の低下を指摘されていますが、普通電車の運行によって、鴨宮駅や二宮駅を利用する市民には利便性が向上したと考えられます。また、平塚駅以西への普通電車の増発についての要望が受け入れられた成果ともいえます。東日本旅客鉄道株式会社は、以前から「利用状況を見極めつつ全体的な利便性向上に努めてまいります」と回答しており、コロナ禍による鉄道利用者の減少も考慮に入れた上で、今回のダイヤ編成が検討されたと理解しています。なお、神奈川県鉄道輸送力増強促進会議の要望項目は、各駅ごとに独立したものとなっています。具体的な例として、東海道新幹線の「ひかり号」のように、便ごとに停車駅が異なる運行についての要望があると認識しています。この度のご指摘は、神奈川県鉄道輸送力増強促進会議(東海道線部会)で要望内容を検討する際の参考として活用される予定です。今後も鉄道輸送力の増強や利便性向上に向けて、さまざまな視点から要望をしていく考えです」 

 

 これに対して、JRの対応には一定の評価が示されている。そして、今回のコメントから明らかになった重要な新事実として、快速アクティーの停車駅追加要望は、すべての通過駅に停車させるのではなく、 

 

「列車によって停車駅が異なる選択停車方式」 

 

で実現を考えていたという点が挙げられる。確かに、東海道線でもJR東海管内では名古屋~豊橋間の快速列車が、時間帯や列車によって停車駅が異なる場合がある。 

 

 だが、JR東海の東海道線快速や新幹線「ひかり」のように、元々通過駅が多ければその理屈も理解できるが、そもそも4駅しか通過しない快速アクティーにそれを求めるのは、速達性を考えると無理があるのではないか。 

 

 また、要望書からは選択停車方式による実現を望んでいるようには読み取れないとも感じる。皆もよかったら、神奈川県鉄道輸送力増強促進会議のウェブサイトを一度見てみてほしい。 

 

 

快速アクティー選択停車のイメージ(画像:北村幸太郎) 

 

 神奈川県鉄道輸送力増強促進会議のウェブサイトには、2024年版の要望一覧が線区ごとにアップされている。今回の東海道線に対する内容を見ると、 

 

・快速アクティー復活のお願い 

・湘南新宿ライン特別快速の辻堂駅への停車 

・湘南新宿ライン特別快速の二宮駅への停車 ←NEW!! 

・湘南新宿ライン特別快速の鴨宮駅への停車 

 

選択停車方式による要望とは記載されていない書面を見てきた立場からすると、全通過駅への停車要望をして普通列車化された後に、再び快速アクティーの復活を要望することには少し驚きを感じざるを得ない。 

 

 取材前にこの内容を見た筆者は、思わず驚いてしまった。また、湘南新宿ライン特別快速に関しても、東海道線内の通過駅4駅のうち3駅に停車を求めている点が気になる。もしかすると、2026年には大磯駅もその要望に加わる可能性もあるだろう。特別快速についても、小田原市の担当者のコメント通りであれば、選択停車が前提となるかもしれないが。 

 

 JRが行った緩急接続などによる通過駅への速達性の改善は、本来は県側が道路交通の設計や信号制御の検討をやるのと同じように、線路配線や列車が詰まりやすいポイントなどの条件を勘案してダイヤ案を練ってから要望すべきものであったはずだ。鉄道の運輸計画に詳しい専門家、例えば 

 

・鉄道アナリスト 

・鉄道事業者でダイヤ作成を担当していたOB 

 

などを1都道府県にひとりは採用し、県全体で議論し最適解をJRに提言する力を付けるべきだろう。 

 

 しかし、こんな反論もある。 

 

 交通技術的な検討とは関係なく、地元の政治家が実現政策として行っている部分や、不動産開発の面で快速停車の有無がブランディングに影響を与えるといった意見もある。しかし、例えば神奈川県の小田急、京王、東急なども沿線価値の向上に努めているが、闇雲に急行停車駅を増やして、ほとんど通過駅のない急行を作るようなことはしていない。きちんと緩急接続を活用して対応している。 

 

 政治家への評価については、政治家や市民が列車ダイヤに対するリテラシーを高め、快速の新規停車を評価基準にするのではなく、緩急接続を含めた施策によって、所要時間が何分短縮されたか、目的地への接続や追い抜きを考慮した実質的に利用できる本数、すなわち 

 

「有効本数」 

 

が運行本数に占める割合をどこまで高めたか、この2点を政治的な実績・評価に繋げるべきだろう。これこそが鉄道利便性を評価する本質的な議論だ。 

 

 

 
 

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