( 273869 )  2025/03/11 06:29:25  
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AIによって奪われやすい仕事は、難しく複雑な仕事ほど自動化されやすい。

価値のある仕事ほど自動化されやすく、高賃金の知的労働がターゲットとなっている。

AIに精通している者は生産性を高めることができる。

将来AIによって労働の機会が減ると、人は不幸になる可能性もある。

AIが進化する中、人はAIの使い方を理解し、AI時代に適応する必要がある。

(要約)

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/key05 

 

AIに仕事を奪われやすいのはどんな仕事なのか。マネックスグループ取締役でAI研究者、小説家でもある山田尚史さんは「自分はこれだけ難しい仕事をしているのだからしばらくは大丈夫だろう、と思う気持ちもあるかもしれないが、実は、難しく複雑な仕事から自動化されていくかもしれない」という――。 

 

 ※本稿は、山田尚史『きみに冷笑は似合わない。SNSの荒波を乗り越え、AI時代を生きるコツ』(日経BP)の一部を再編集したものです。 

 

■価値のある仕事ほど自動化されやすい 

 

 ここからは、足下5年くらいの話をしていこう。これからの5年でAIがさらに普及していくことは疑いようがない一方で、AIに仕事を奪われるといっても、「自分はこれだけ難しい仕事をしているのだからしばらくは大丈夫だろう」と思う気持ちもあるかもしれない。だが、注意してほしいことがある。実はAIは、難しく、複雑な仕事から自動化されていくかもしれないのだ。 

 

 より正確に言えば、価値のある仕事ほど自動化されやすい、ということである。それがどれくらい複雑かという、複雑性の絶対値にあまり意味はなく、“自動化されたときの価値”を“自動化に必要な投資額”で割った、いわゆるコストパフォーマンスが高いものから自動化されていく。 

 

 その好例がプログラミングである。プログラミングは、とても複雑な頭脳労働だ。人が優秀なプログラマーとして独り立ちするには、何年もの学習と訓練を要する。だからこそ、それを自動化するなどという試みがどれだけ困難かは、考えるまでもない。一方で、ソフトウェア産業が世界中の市場に与えた影響を鑑みれば、それが自動化されたときの価値はほとんど無尽蔵と言っていい。価値が無尽蔵であれば、どれだけ自動化にコストがかかっても、そのコストパフォーマンスも無限ということになる(※1)。 

 

 ※1 数学的には、無限を無限で割ったときの値が発散するとは限らないが、この例においては価値の方が大きいと考えられるからこそ、研究開発が進んでいる。 

 

■AIに精通している者はより大きな生産性を手にする 

 

 多少誇張した表現となったが、実際、プログラミングの自動化には莫大な研究投資がなされている。Github のGithub Copilot、AWS のCodeWhisperer、Google のGemini CodeAssist、GitLab Duo のCode Suggestions などのコーディングアシストツールに加えて、最近ではCognitionのDevin、Google のJules、JetBrain のJunie といった自律的にシステム構築を行うAIエージェントも次々と発表されている。これらのAIエージェントは人間のプログラマーと同じように、日本語や英語といった自然言語で書かれた課題を解析し、コーディングやテスト、デバッグを行い、システムを自動で構築してくれるという。 

 

 ではプログラマーの仕事がなくなるかというと、そういうわけでもない。どう作るかはAIによって自動化できたとしても、何を作るかを決めるのは人間である。そして、AIをどう使うかは、AIに対する理解度、習熟度によって決まるから、AIの仕組みや使い方に精通している者は、より大きな生産性を手にすることになる。また、AIが作ったものが動かない、壊れているというときに、何が原因かを把握し、自分で修正したり修正の指示を出したりするスキルも必須と言えるだろう。だからプログラムへの理解は当然求められるのだが、しかしAIの利用によってコーディングの生産性が爆発的に伸びるのは間違いない。 

 

 

■高賃金の知的労働こそがターゲットとなっている 

 

 マッキンゼー・グローバル・インスティチュートのレポートにも、以下のような記述がある。「前世代の自動化技術は、賃金が所得分布の中間層に位置する職業に与えるインパクトが最も大きい傾向があった。(中略)またマッキンゼーがこれまで作成したモデルでも、業務の自動化により中期的に最も大きな影響を受ける可能性が高いのは、中間所得層の下位20%であることが示唆されていた。一方、生成AIにより最も大きく変化すると考えられる業務は、賃金の高い知識労働者の業務である。なぜなら、これらの業務は、以前は自動化の対象にはなりにくいと考えられていたが、技術的な自動化ポテンシャルが高まったからである」 

 

 これを言い換えると、従来、技術的な限界によって知的労働全ては自動化できないという制約のもと、自動化可能な中で最も経済的インパクトが大きいのは中間所得層の職務であった。しかし、AIの能力が人間に匹敵するとなれば、その制約はないも同然である。そのため、現在は最も経済インパクトが大きいとされる職種、すなわち高賃金である知的労働こそが生産性向上のターゲットとなっているのだ。 

 

■ストリーミング技術の登場は典型的 

 

 技術革新と、産業の破壊的変化、そしてそれに伴う失業は表裏一体だ。先に触れたように、テクノロジーが既存の産業構造を打ち壊すことはディスラプトと呼ばれるが、そうして壊された業界は、収益性で劣後し、やがて消えていく。ストリーミング事業は、技術発展によりインターネット回線の通信速度や帯域が増加したことにより、DVDなどの物理メディアを介する必要がなくなって登場したもので、典型的なディスラプトの一例だ。 

 

 こうした変化は顧客サービスだけでなく、製造業においても見られる。かつて、機械の打ち壊しは反技術ではなく労働条件の改善を求めた運動だったかもしれないが、それでも自動化により手間が減り、ひいては特定の労働に見合うコストが低下することに議論の余地はないだろう。 

 

 AIが全ての産業に影響を及ぼすと聞いて、自分の仕事がなくなるのではと危惧する人、転職に向けて準備を進める人もいるかもしれない。実際、AIが職を奪うというのは、多分に人の目を引くための言説とはいえ、全てが嘘とは言い切れない。 

 

 

■労働の機会が減ることで、人は不幸になるかもしれない 

 

 加えて、これは確証のない、ただの漠然とした不安なのだが、将来的に労働の機会がAIによって減ることで、人は不幸になるかもしれないと私は危惧している。 

 

 かつてアリストテレスは、人間がもともと持っている素質や能力を日々の行為によって開花させ、現実化することを通じて、徳が身に付き、幸福になれると説いた。しかし、未来において労働の総量が半分になってしまうのであれば、労働は(一部のつらい仕事を除いて)徐々に義務から特権的な行為に変わっていくだろう。 

 

 経済界やコミュニティに対して価値を生み出し、貢献を通じて達成感を得ることができる人の数は、今より少なくなっていく。それは、電車や自動車が発達して、人の歩行距離が減少し、生活習慣病のリスクが上がったのと同様、それに伴う利益の享受のためにはやむを得ないことなのかもしれない。しかし、世界への貢献やコミュニティへの奉仕の実感が一部の人にしか得られない世の中が、本当に人々を幸福にするのか、私には想像ができないというのが正直なところだ。 

 

 海外在住の友人のポーカープロによれば、キャッシュゲーム(※2)で生計を立てているプロの中でも、なんだか虚しくなってやめてしまう人が一定数いるという。ポーカーで稼ぐ能力は十分にあるし、その能力が落ちたわけではないのに、ただお金を稼ぐという行為を続けることに耐えられなくなるらしい。もちろん飽きもあるだろうが、そこからトーナメントでの入賞を目指す人もいるそうなので、ポーカーが嫌いになったわけでもないのだろう。当然のことであるが、人はお金さえ得られれば何をしても満足できるわけではない。生産的なことや歴史に残る偉業、そして何かを成し遂げた達成感を求めるのは、人間の性であろう。 

 

 ※2 大会などで賞金を競うのではなく、テーブルの上で現金と交換可能なチップを直接やり取りするゲームのこと。なお、日本の刑法では、賭博として違法行為にあたる可能性があります。 

 

■「貢献してる感」を得られる仕事を生み出すかもしれない 

 

 あるいは、AIが労働を半減させた世の中においては、人は「貢献してる感」を得られる本質的でない仕事をあえて生み出し、従事することで代替するのかもしれない。それは運動の必要性が減った今の世界において、ランニングで運動不足を解消していることに似ていると思う。移動ではなく運動そのものを目的として行われるそれは、一見して不要な行為に思えるが、ちゃんと価値があり、当人に利益をもたらすものだ。 

 

 そもそも今現在だって、あえてエレベーターではなく階段を使うように、本当なら自動化すれば一瞬で終わる仕事を1日かけて手作業で行い、自尊心を保っている人がいてもおかしくはない。かくいう私だって、経済的な観点では、この本の原稿はライターに発注するか、口頭で話した内容をAIで書き起こして要約した方が効率的だ。自分の手でキーボードを打ち、原稿を磨き込むよりも、その時間で別の仕事をした方がよほど稼げるだろう。 

 

 

■PCが使えるのと同様に、AIを理解してほしい 

 

 しかし、私はこの本を自分の手で書けることに喜びを見出している。だから、それが非合理的だとわかったうえで、これからも手を動かし続けるだろう。そして、個人の幸福という面ではそうした行いも悪くはないと思うのだが、一方で会社単位、国単位でそういう人が増えてくると、そうした組織が会社間や国際的な競争では劣後していくことも認めざるを得ない。 

 

 こうした未来に向けて、私はできるだけ多くの人、特に経営者にはAIの仕組みそのものを理解してほしいと考えている。少なくとも、どうすれば使えるかを学ぶのは必須であろう。これは、仕事を始めるうえで、PCやメールを使えるようにしましょう、と言っているのとほぼ変わらない。そう聞けば、至極当たり前のことではないだろうか。 

 

 かつてチャールズ・ダーウィンが言ったとおり、「最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一、生き残るのは変化できる者である」。インターネットが産業構造を変革させたように、AIによって変革する環境で生き残るには、AIがある社会、AIの利用を前提にした業務や人生に適応することが必要である。 

 

 

 

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山田 尚史(やまだ・なおふみ) 

マネックスグループ取締役兼執行役・小説家 

神奈川県横浜市出身。1989年生まれ。開成中学校・高等学校を卒業後、東京大学理科一類から工学部に進学、松尾研究室でAI技術を学ぶ。2011年、ソシデア知的財産事務所に入所。12年、株式会社AppReSearch(現PKSHA Technology)を設立し、同社代表取締役に就任。21年6月よりマネックスグループ取締役、22年4月より同社取締役兼執行役。23年10月に「第22回『このミステリーがすごい!』大賞」大賞を『ファラオの密室』(宝島社)で受賞。 

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マネックスグループ取締役兼執行役・小説家 山田 尚史 

 

 

 
 

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