( 274961 ) 2025/03/15 06:31:26 0 00 (c) Adobe Stock
「楽しい日本、これを国民の皆様方と共につくり上げていきたい。『今日より明日は良くなる』と実感し、自分の夢に挑戦し、自己実現を図っていける。そういう活力ある国家であると考えています」。そう石破茂総理大臣が語ったのは2025年1月6日の年頭記者会見だ。しかし、今のところ何も楽しくはない。多くの国民が期待を寄せた「103万円の壁」見直し議論は思うように進まず、米の価格は上がり続けた。そしてガソリン税の暫定税率廃止も与党は動かない。
女優の東ちづる氏もXで「楽しい日本」について疑問を呈した。「高校授業料無償化を巡り『高校教育は、国民全体の負担で賄うべき』と?が負担するのではなく。予算編成の見直しではなく?この現状に不安だらけの私たち国民が負担?施政方針演説で打ち出した『楽しい日本』からどんどん遠くなっています。税金を納めることに、もはや違和感しかないです」。
経済誌プレジデントの元編集長で作家の小倉健一氏がこの問題を解説するーー。
石破茂首相は、メガネをかける、かけないといった単なる見た目の問題だけでなく、自身の「設定」をしばしば忘れてしまうようだ。顔が怖いという評判を気にして、度の入っていないメガネをかけていると言うのだが、報道写真を見ると、かけたりかけなかったりと一貫性がない。筆者がインタビューをした際には、メガネをかけていなかった理由を尋ねると、「今日はいいでしょう」と言われた。なぜ「今日はいい」のかは不明だが、自身の見せ方に対する意識があまりに場当たり的であることがうかがえる。
同じことが政策にも表れている。
石破首相は、施政方針演説や年頭記者会見で「楽しい日本」を掲げた。強さや豊かさといった先人の築いた功績の上に、世界平和のもと、すべての人々が安心と安全を感じ、多様な価値観を持つ一人ひとりが、今日より明日が良くなると実感し、夢に挑戦し、互いに尊重し合いながら自己実現を図る——そうした活力ある国家を目指すと述べた。
しかし、最近の発言を追うと、次のようなものがある。これで国民が「楽しい日本」を実感できると本気で考えているなら、驚きだ。
「国家のためには、受けないことでもやらなければならない。受けることばかりやっていると国は滅びる」
「つらいこと、苦しいことであっても、いかにしてそれが必要なのかということを、国民に誠心誠意お願いしていく。(そうすれば)あの人の言うことは聞いてみようという思いを持っていただける」
(いずれも3月8日の自民党会合での発言)
こうした「つらい日本、苦しい日本」発言に対し、自民党内からも公然と批判の声が上がるようになった。
<小林鷹之元経済安全保障担当相は「首相は『楽しい日本』というが、楽しい日本をつくるための具体的な道筋が、きょうはあまり感じられなかった」と指摘。「自民としてどういう国づくりを目指すのか、どういう骨太の政策を打ち出すのかといったメッセージを発信することが重要だ」と述べた>(産経新聞、3月9日)
「楽しい日本」と言いながら、苦痛を強いるような発言を続ける首相。国民が本当に楽しいと感じる政策を示せなければ、言葉だけのスローガンに終わるのは避けられない。
石破首相のいう「つらいこと、苦しいこと」とは、増税のことを指している。しかし、減税が歳出削減を伴わないと効果を十分に発揮できないという条件があるのとは対照的に、増税は経済成長に対して一貫して「有害」である。これは、日本銀行が2000年に発表した調査レポートにも明記されており、最近では著名なエコノミストによっても同様の検証が行われている。歴史的にも、増税が経済成長を促した事例は存在しない。
国民負担率が高まれば、家計は直接的な打撃を受け、経済成長は統計的に有意に鈍化する。これは過去のデータからも明らかであり、財政再建を理由に増税を推し進めることは、経済全体の活力を奪う結果にしかならない。
筆者は石破首相に直接、「減税には財源が必要だとするが、自民党では赤字国債の発行や増税の議論しか出てこないのか。国民が求めているのは無駄遣いの削減、すなわち歳出削減ではないのか」と問いただした。
しかし、石破首相の回答は、次のようなものだった。
「無駄なものというのが本当に誰にとっても無駄なものであれば、とっくに削減されているはずだ。ある人にとって無駄なものが、別の人にとっては必要なものになる場合が多い。例えば、7割や8割の国民が『これは無駄だ』と感じるものがあれば、そういったものから削減する議論が進む。しかし、すべての人にとって無駄だと言えるものは非常に限られている」(みんかぶマガジン、1月17日)
しかし、自民党がこれまで明らかに政策効果のない事業を数多く実施してきたことは、国民の誰もが知っている。
少子化のスピードが加速した「異次元の少子化対策」、こども家庭庁の創設による肥大化する予算、教育費の税負担の増大。どれも具体的な成果を上げたとは言い難い。石破首相が強くこだわる「地方創生」についても、成功すると本気で考えている政治家や官僚に出会ったことはない。
結局、石破首相の言う「別の人にとっては必要なもの」という「別の人」とは、自民党を支持する各種団体や、ばらまき政策の恩恵を受けて喜ぶ一部の人々なのだろう。国民が石破首相に求める「つらいこと」「苦しいこと」とは、無意味な税金の浪費を削減することにほかならない。石破首相と自民党周辺のレントシーカー(政治的影響力で利益を得ようとする集団)こそ、苦しみ、つらい思いをするべきである。
石破首相は「楽しい日本」を目指すと言いながら、歳出削減に言及することなく、増税を続けている。しかし、増税が国民の生活を本当に楽しくするのか、考える必要がある。アメリカで行われた研究(『個人課税の変化と財政的幸福度:減税・雇用法からのエビデンス』2024年)では、連邦準備制度理事会「家計経済と意思決定調査(SHED)」とニューヨーク連邦準備銀行/エクイファックスの消費者信用パネル(CCP)を用いて、個人所得税の減税が、米国の世帯の財政的幸福度にどのような影響を与えたかを実証的に分析している。
アメリカでは、2017年に「税制改革法(TCJA)」という法律ができて、多くの人の所得税が減った。税金が減った人は「生活が快適だ」と感じる割合が増えた。たとえば、所得税が1%減ると、「生活が快適」と答える人が1.5%増えた。減税によって手元に残るお金が増えたことで、生活が楽になったのだ。税金が減ると、お金を使う人も増える。お店で買い物をしたり、新しいものを買ったりする人が増え、経済が活発になる。
さらに、税金が減った人は、新しくクレジットカードを作ることが多くなった。所得税が1%減ると、新しいクレジットカードの口座を作る人が0.03人分増えた。クレジットカードが増えると、もっとお金を使えるようになり、経済の流れがよくなる。また、税金が減ったことで、住宅を買う人も増えた。所得税が1%減ると、家を買う人の割合が0.6%増えた。家を買う人が増えると、建築業や不動産業も活発になり、働く人の仕事が増える。
学生ローンの負担も減った。税金が減ると、学生ローンを持つ人が0.6%減ることがわかった。つまり、税金が減った分で、借りていたお金を早く返すことができたのだ。借金が減ると、将来の生活も安心できるようになる。
これらのデータからわかるのは、減税が人々の生活を楽にし、経済を活発にするということだ。逆に、増税をすればどうなるのか。お金が手元に残らなくなり、買い物をする人が減る。クレジットカードを作る人も減り、家を買う人も減る。そうなると、経済が停滞し、仕事が少なくなってしまう。これは、日本でも同じことが起きる。
理由を聞いても全く理解できないが、石破首相がどうしても特定の税を増税する必要があると言うのなら、国民の負担を大幅に減らす別の減税が不可欠だ。たとえば、国民民主党と合意した「103万円の壁の178万円への引き上げ」がある。公党同士で合意した以上、速やかに実現すべきだ。
所得制限など、新たな壁を次々と設けることを「楽しい」と感じるのは、石破首相と自民党の宮沢洋一税調会長だけだ。国民にとっては何の楽しさもない。日本社会にとって必要な改革を何一つ行わず、ただ税金を上げることしか考えない首相がいる限り、日本人が楽しくなることはない。日本を楽しくするためには、首相を替えるか、首相が考えを改めるかのどちらかしかない。
小倉健一
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