( 276399 )  2025/03/20 07:00:21  
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安倍元首相が選挙演説中に銃撃され、死亡した事件から3年が経過し、山上徹也被告の初公判はまだ行われていない。

立花孝志党首も路上で襲われるなど、政治家に対する暴力事件が相次いでいる。

日本では政治家が無防備に見えることが問題で、選挙中の安全性が懸念されている。

日本と比べて米国でも政治家への襲撃は続いており、候補者や政治家の安全対策が重要となっている。

(要約)

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立花氏提供 

 

 安倍晋三元首相が選挙演説中に銃撃され、死亡した事件から3年あまり。殺人などの罪で起訴された山上徹也被告の初公判はいまだ日程が決まらず、衆人が見守る中で起きた重大事件にもかかわらず“真相”は見えないままだ。2年前には岸田文雄前首相の演説会場で爆発物が投げ込まれる事件が発生し、今年3月にも政治団体「NHKから国民を守る党」の立花孝志党首が東京・霞が関の路上で男に襲われ、負傷した。立花氏は自身のユーチューブチャンネルで攻撃が2回もあったことを明かした上で、今後スタッフや聴衆にまで危害が及ぶ可能性があることから「ぼくはもうこの先、ファンの方々と握手することできないですよ。街頭に立つことすらできないんですよ」と語った。なぜ政治家に対する襲撃が相次ぎ、事件を防げないのか。テロリズムは、企業活動の停滞や物的損失などの経済的被害ももたらす。経済アナリストの佐藤健太氏が解説するーー。 

 

「あちらのロータリーの端に見える場所から男が飛び出し、いきなり安倍元首相を襲ったんですよ」。3月半ば、筆者は奈良市の近鉄大和西大寺駅北側を訪ねた。まず驚いたのは、元首相襲撃事件の「現場」が何事もなかったかのように変わっていることだ。付近の有名コーヒーチェーン店で地元住民を聞くと、事件後の再整備に伴い車道が舗装されたという。「献花はどこに?」と尋ねると、交差点の歩道にある花壇に案内された。付近に住む40代男性は「なぜ安倍氏が襲われ、命を失わなければならなかったのか。なぜ奈良だったのか。何にもわからないまま時間だけが過ぎてきた」と振り返る。元首相の慰霊の場としては、あまりに寂しい“現場”と言える。 

 

 事件当時、あらゆる専門家やコメンテーターらが銃撃を防げなかったことの理由を分析し、SPと奈良県警の連携や経験の不十分さ、現場となったロータリーにおける警備の難しさといった持論を披露した。その多くは理解できるものなのかもしれないが、筆者は「決定的」な部分が欠けているように感じてきた。それは誤解を恐れずに言えば、警備対象となる要人であれ、普通の政治家であれ、あまりに日本の政治家たちは「無防備」のように映ることだ。 

 

 たしかに安倍元首相の選挙演説中、周囲にはSPや地元警察、自民党関係者を含めて多くの「目」があった。ただ、その大半は人気が高かった元首相に向けられ、よもや現場に「襲撃犯」が現われているとは思っていない。 

 

 

 警察当局は辺りを警戒しているのは当然だが、むしろ当時はガードレールで囲まれていた場所だったからこそ容易には「襲撃犯」が近づけないという関係者の思いもあったのではないか。さらに銃規制が厳しい日本において手製の「銃」が製造され、犯行に使用されることは考えにくいとの「常識」も警備の観点からは邪魔となったはずだ。 

 

 もちろん、いかに警備を万全にしようとしたところで“完璧”を求めることは難しい。それは米国のドナルド・トランプ大統領が2024年7月、米ペンシルベニア州での選挙集会中に会場から約150メートル離れた建物の屋根から男に銃撃され、耳を負傷した暗殺未遂事件からもわかる。この事件では集会に参加していた1人が死亡、2人が負傷した。 

 

 現地メディアの報道などによれば、トランプ氏の警備には警護隊や地元警察が大量に投入され、対狙撃手やドローンなども配置されて警戒にあたっていた。ただ、集会場に入るには厳しい検査が実施されていたが、一方で会場外でのチェック体制は甘かったとされる。まだ現職大統領ではなかったものの、過激な言動で毀誉褒貶がつきまとう前大統領に対しても銃撃がなされ、あと数センチ弾がズレていれば致命的な負傷に至っていたことを考えると極めて恐ろしい事件だ。1963年にパレード中のジョン・F・ケネディ大統領が銃撃された暗殺事件や、ロナルド・レーガン大統領に対する暗殺未遂事件などが起きた米国でも「政治家に対するテロ」は続いている。 

 

 それぞれの事件の背景や原因は、いまだ明らかになっていないものも少なくない。ただ、筆者には米国よりも日本の方が「政治家は危険」であると見える。その最たる理由は、「有権者との距離」にある。安倍元首相銃撃事件の直後、知人のSPに話を聞いたのだが、まず日本の政治家は「自分たちの方から人々の輪に入っていく」ことが多い。選挙演説を見に行ったことがある人はわかるだろうが、たとえ警護対象である要人であっても演説した後には集まった有権者の方に足を運び、握手や記念撮影などに応じる姿が目立つ。 

 

 当然ながら、SPや地元警察、党関係者が目を光らせることになるが、大勢の人々すべてに対応するのは無理がある。最近は持ち物検査やフェンスで囲むなどの「防衛策」を講じている例もみられるものの、集まった人の「票」を期待する政治家は自分たちの方から近づいて距離を縮めるケースが多いのだ。 

 

 事実として、安倍元首相を襲った男は背後から小走りで接近し、演説中の元首相を銃撃した。 

 

 

 和歌山の漁港で岸田前首相の方に手製の爆発物を投げ込んだ男はやや距離のある場所から犯行に及んでいる。 

 

 いずれも握手や記念撮影などの際に起きた事件ではないものの、やはり「人との距離」が防衛上重要なのではないかと映る。あの時に持ち物検査が実施され、安全面の確認がなされていればと思うと残念でならない。 

 

 言うまでもなく、首相経験者は退任後もSPがつく警護対象者だ。その意味では攻撃対象とされるリスクは高いと言えるが、筆者はより注意しなければならないのは警護対象ではない「一般の政治家」と考える。選挙になると、告示日(公示日)や投票日前日には大物議員の応援演説がなされるケースが多いが、それ以外は候補者本人と応援スタッフだけの場合も少なくない。自前で「警備」用スタッフを用意している人はレアだろう。 

 

 もちろん、警備対象者でなければ警察当局による周辺の警戒も規制線も通常はない。すぐ目の前を人々が行き交う中でマイクを握り、それこそ有権者を見つければ自分から接近して握手や記念撮影に応じる。仮に選挙活動が妨害されることがあれば法令違反として扱うことはできるが、こうした状況は選挙中の安全性から見れば極めてリスクが高いものだろう。ただ、現在のところ何ら防衛策はないのが実情だ。 

 

 3月14日に起きた 政治団体「NHKから国民を守る党」の立花党首に対する襲撃事件は、そのリスクの高さをあらわしている。千葉県知事選に立候補した立花氏は街頭演説のため東京・霞が関を訪問。集まっていた人々と握手や記念撮影などに応じていた。そこで1人の男が刃物で立花氏の頭部などを切りつけ、負傷することになった。男は殺人未遂容疑で現行犯逮捕されたが、男との距離や武器を考えれば極めて危険性が高かったと言える。 

 

 犯行に及んだ男は立花氏の発信や政治姿勢に対する不満を口にしていると報じられているが、政治家に対する不満が暴力・テロに結びつく社会の恐怖を感じさせるには十分だ。警察当局には「警護対象者」ではない候補者や政治家をいかに守るのかといった点を早急に検討してもらいたい。 

 

 最近はSNS上で「演説場所・時間」を事前告知するケースが多い。普通に考えれば、支持者が集合しやすくなる貴重な情報なのだが、逆に言えば襲撃犯がピンポイントで犯行計画を立てることにもつながる。SNS上における「人との距離」をどうするかも考えていく必要があるだろう。 

 

 

 選挙中に公平な報道を余儀なくされている新聞やテレビといったオールドメディアと異なり、SNS上では他候補・陣営を攻撃する“誹謗中傷合戦”もみられる。主張がエスカレートしていけば、相手候補は攻撃対象となってしまう例が増加している。かねてより公職選挙法が時代遅れと指摘されてきたが、ここは時代に即した法改正をさらに進めるべきだろう。それは単にSNS規制につなげるというのではなく、むしろ政治家や候補者がいかに安全で自由な活動をできるのかに主眼を置くべきだ。 

 

 言論が暴力で封殺されるわけにはいかない、テロは絶対に許されてはならないというのは簡単だ。それよりも実効性のある「公平な選挙」を確保するために与野党の垣根を越えて、ただちに解決策を見いだすべきタイミングを迎えている。 

 

佐藤健太 

 

 

 
 

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