( 282366 ) 2025/04/12 06:57:14 0 00 トランプ相互関税は一部停止しているが撤回されてはいない。株式市場は「最悪のシナリオ」をほとんど織りこんでいない(写真:ブルームバーグ)
アメリカのドナルド・トランプ大統領が意気揚々と「相互関税政策」を打ち出したのは4月2日のことだ。
だが、世界の株式や債券などの市場は大混乱に陥っている。ほぼ全地域・全品目に対する一律関税が10%賦課されることに加えて、国ごとに貿易赤字などを理由に関税が上乗せで課され、EU(欧州連合)は20%、日本は24%など、多くの大国や地域に対して、大幅な関税が賦課されることになった(その後、トランプ政権は9日、一部については90日間の一時停止を発表)。
■懲罰的政策で関税率は1930年代と同じ水準まで上昇
貿易相手国の高い関税率への対抗として「相互関税」を課すというのは表面上のフレーズにすぎない。実際には、貿易相手国に対して、ほぼ一律に懲罰的な関税を課す驚愕の政策である。アメリカの平均関税率(関税収入/輸入)は約20%と、ジャンプする格好で上昇するとみられる。現在2%台の関税率が、1930年代と同様の水準まで上昇すると見込まれ、歴史的な政策転換である。
スコット・ベッセント財務長官は、GDP成長率3%を実現しつつ、財政赤字の国内総生産(GDP)比3%に削減、そして大幅な原油増産の3つを、トランプ大統領に提言したとされている。経済成長を実現させるためには、適切に金融財政政策が行われることが大前提になるが、実際には大規模な関税政策だけが早々に始まる緊縮的な経済政策が発動される。ホワイトハウスの中での、ベッセント財務長官の地位は実際にはとても低いのではないか。
一方、この4月から実現する見込みの追加関税の金額は、6000億ドル規模に達すると試算される。これはアメリカのGDPの約2%に相当する。
■関税実施でもアメリカの赤字はあまり減少しない
関税引き上げによって、大幅な増税政策が実現することになり、企業・家計部門の所得を大きく減らすので、アメリカの2025年の成長見通しを筆者は大きく下方修正した。常時アメリカの高関税の状況が続けば、世界の貿易活動を停滞させて、グローバルに展開する世界中の大企業の行動を、大きく制約するだろう。
確かにアメリカでは1980年代以降、経常収支の赤字が続いているものの、先進各国の中では最も高い経済成長を実現した。ただ、トランプ大統領らは、経常赤字や貿易赤字によって、アメリカ経済が衰退しているという思い込みを抱いているようだ。10%を超える各国への関税賦課算出の根拠として、アメリカは各国に対する貿易赤字を輸入額で割った数値を用い、それに基づいて大幅な関税を賦課しているとみられる。
では、相互関税政策でアメリカの経常赤字や貿易赤字は目に見えて減少するのだろうか。実際には関税率を大きく引き上げて、海外からの輸入を減らそうとしても、それは難しい。
アメリカが貿易赤字であるのは、自動車産業などの競争力が低いこと、そして消費が堅調なので輸入の高い伸びが続いていることが大きな要因だ。そして、貿易赤字が続いているからこそ、アメリカの家計は今まで消費水準を高められたというのが実情である。
仮に、関税引き上げで貿易赤字が減るとすれば、アメリカの消費を抑制して、輸入を減らすことによってでしか実現しない。これは同国の家計にとって、極めて痛みが大きい選択肢だ。
政府が関税率をどの程度上げるかわからない情勢では、外国の企業だけではなく、アメリカの企業にとっても不確実性が極めて高い状況なので、企業による設備投資の多くが先送りされる。トランプ政権の高関税政策が続けば、成長産業と期待されたAI関連の設備投資拡大に期待するのはかなり難しくなる。
また、トランプ政権が掲げる大幅な関税賦課は、貿易収支の改善はもちろん、肝心のアメリカの製造業を復活させる効果もない。経済的にはアメリカ企業の競争力を衰退させる、経済合理性に乏しい「自傷的政策」と位置付けられる。
では、トランプ政権は、なぜこうした政策を採用したのか。上記のような事情をまったく理解せずに、中西部の「ラストベルトの復活」という妄想を実現することが、自らの政治的な使命であると思い込んでいるのかもしれない。あるいは、経済成長を軽視してでも、安全保障が最優先事項なので、貿易活動を大きく抑制した方が「アメリカが偉大になる」と認識している可能性もある。
4月3日以降、アメリカを中心に世界各国の株式市場が乱高下を繰り返している。これは、割高になっていたメガテック株などがPER(株価収益率)などでみたバリュエーション(企業価値評価)調整をしたというよりも、アメリカを含めて世界経済全体が失速して、企業利益が減益に転じるシナリオが現実味を帯びてきたことで説明できる。自傷的な政策に舵を切ったトランプ政権の対応が、世界経済の大不況をもたらすという帰結を適切に織り込んだ値動きだろう。
アメリカ株市場が乱高下する中で、トランプ大統領は、前出のように4月9日には相互関税の上乗せ部分について、一部の国・地域に90日間の一時停止を許可すると発表した。金融市場の混乱をうけた対応とみられるが、時間をかけて、結局は今後20%への関税率引き上げは実現するのではないか。
■深刻な景気後退シナリオまでは織り込んでいない市場
アメリカ経済は、4〜6月にほぼゼロ成長に失速すると筆者は予想している。労働市場にも悪影響が及び、失業率は4%台後半に大きく上昇し始めるだろう。経済活動の変調を目の当たりにして、夏場にかけてトランプ政権は自傷政策の大幅な修正を余儀なくされるかもしれない。
また、大幅な株安をうけて、FRB(連邦準備制度理事会)が利下げに転じるとの観測も高まっている。ただ、2020年のコロナ禍直後ほどの経済活動の大収縮が起きない中で、FRBが利下げに転じるには、失業率上昇などのハードデータを確認した後になるだろう。FRBが利下げに転じる時期は早ければ6月会合が想定されるが、市場参加者が期待する政策転換が、早期に実現する可能性は低いと筆者は身構えている。
もしトランプ政権が、大幅な株安などをうけても、なお高関税政策を修正しなければどうなるか。その場合はアメリカ経済はいよいよ深刻な景気後退に陥り、世界経済全体がマイナス成長に至る大不況に至るだろう。アメリカ株をはじめ世界の株式市場は大きく下落したが、このシナリオまではほとんど織り込んでいないようにみえる。
(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません。本記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)
村上 尚己 :エコノミスト
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