( 282629 )  2025/04/13 06:14:22  
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従業員への福利厚生は労働意欲を高め、企業への貢献を促す重要な要素だが、提供方法によっては税務上のルール違反になり、予期せぬ税負担が生じる可能性がある。

飲食店で働くAさんの事例を通じて、飲食店への税務調査の実態を紹介している。

Aさんはまかないや住居を提供され、その結果現物給与と見なされ税金を支払うことになった。

法的な規定を守ることが重要で、経営者は税務の専門家である税理士に相談し、適切な対策を取るべき。

(要約)

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(※写真はイメージです/PIXTA) 

 

従業員への福利厚生は、労働意欲を高め、企業への貢献を促す重要な要素です。しかし、その提供方法によっては、税務上のルールを逸脱し、予期せぬ税負担が生じる可能性があります。特に、多くの人がアルバイト時代に食べたことのある「まかない」も注意が必要で……。本記事では事例とともに、飲食店への税務調査の実態について、木戸真智子税理士が解説します。※プライバシーのため、実際の事例内容を一部改変しています。 

 

44歳のAさんは、東京の下町の飲食店で長年アルバイトをしていました。大学卒業直後は、正社員として働いていました。ちょうどAさんが就職活動をしていた時期は就職氷河期。思い描いていた職種にはつけず、卒業ギリギリで内定をもらった会社へ入社することに。しかし希望をしていた職種ではなかったことと、厳しいノルマやパワハラなどもあり、3年目のときに体調を崩して入院してしまいました。 

 

「俺には合わない」と痛感したAさん。家族の勧めもあり、退職して、その後は派遣社員としてさまざまな職場に勤めてきました。派遣社員だったことから、賞与もなく安定しているとはいえない状況。しばらく実家に住んでいたのですが、Aさんの兄が結婚して同居することになり、Aさんは入れ替わるように実家を出て一人暮らしを始めました。 

 

こうした生活を数年続けていましたが、派遣の契約が切れてしまうことに。Aさんは家賃や生活費の支払いもあるなか、この先どうしたらいいかと焦ります。そんなとき、たまたまみつけたある飲食店のアルバイト募集の張り紙。時給は1,200円。すぐに応募しました。次の派遣の仕事が決まるまで働かせてほしい、と切に伝えたところ、雇ってもらえることになりました。Aさんの新しい職場での生活がスタートします。 

 

働きはじめると、飲食店の仕事が思いのほか合っていたようで、仕事で初めて充実感を感じます。店主とも関係が良好なこともあり、居心地のよい職場です。初めこそ転職活動を行っていましたが、段々とそれもやめて、44歳までアルバイトを続けてきました。 

 

店主も真面目に働くAさんのことを信頼していました。働きはじめて数ヵ月が経ったころ、Aさんが家賃や生活費の事情を話した際、店主がそれならばと、飲食店の2階の住居スペースが空いているから引っ越したらいいよといってくれました。Aさんは当時ガスも水道も止まり、非常に困り果てた状況だったので、店主の温情に甘え、引っ越すことにしました。 

 

 

さらに働きやすくなったAさんは、店主とともに忙しく働いていました。 

 

地元で愛されている古くから続くお店なので、ランチや夜の時間帯は大変混みあいます。店主もAさんも食事をとることがなかなかできません。なんとか隙間時間をみて、店主がまかないを作ってくれていました。毎回とてもおいしい食事を振る舞ってくれて、それらはたびたび常連客の裏メニューになることも。Aさんもまかないが毎日の楽しみの一つでした。そんなAさんの様子をみて、店主も嬉しそうでした。 

 

そんななか、順調だったお店に、少し陰りがみえはじめます。 

 

近くに出店したチェーン店が原因です。安くて画一的なメニューが魅力で、常連客ですらそちらにも足を運ぶように。通う頻度がこれまでより減ってしまい、全体の客数や売上も少しずつ減っていきました。 

 

そこに加えて原材料、特にお米の高騰が追い打ちをかけるようにやってきます。店主も頭を悩ませるようになりました。というのも、店主は食材に強いこだわりがあり、店主の故郷である地方から取り寄せた食材をふんだんに使ったメニューを展開していたためです。これは譲れない条件だったため、安価なものに切り替えることを店主は望みませんでした。 

 

そのため、チェーン店に負けないような新メニューを作ろうと、さらに食材を多く仕入れて試作品を作り、余った食材はAさんも一緒にまかないとして食べて、どうにか常連客を取り戻そうと頑張っていました。 

 

そんなある日、店主に一本の電話が。税務調査の連絡です。これまで税務調査といったら10年以上前に一度経験したくらいで、どんな形で終わったかもよく覚えていません。なにか指摘されて税金を払ったような記憶があるものの、それがどんな内容だったかは忘れていました。 

 

ただ、こんなに経営が大変なときに税務調査のためにお店をお休みにしないといけないことは本当に打撃だと感じました。 

 

そうして迎えた当日。店主は調査官と対面し、Aさんもお店がお休みなので、付き添いとして立ち会います。 

 

調査官はお店のことや毎日の流れなどを熱心に聞いてきました。店主は「意外だな」と感じます。税務調査といえば、帳簿や領収書をじっくりみて過ごすものだと思っていたためです。実際、うろ覚えですが以前の税務調査はそんな様子だった記憶があります。しかし、今回の調査官はまったく違うのです。 

 

帳簿の確認はそこそこに、店内を見学したり、歩き回っていろいろ質問したり。穏やかな雰囲気で熱心に聞いてくれるので、店主もお店に興味をもってくれているのかもしれないと嬉しくなり、試作品のことや新メニューのこと、そして、Aさんとの関係なども詳しく話しました。調査官は頷きながら聞き、質問を重ね、とても和やかに調査の時間が流れていきます。 

 

店主もAさんも、税務調査といったら厳しい表情で帳簿や領収書などをくまなくチェックするというイメージがあったので、緊張して挑んだはずが拍子抜け。よさそうな調査官で当たりだなと思ったほどでした。 

 

しかし、そんな空気は15時を過ぎていくと少しずつ失われていきます。これまで穏やかに話していた調査官も少し無口になってきました。なんとなく違和感を覚えていたところに、思いもよらない展開が待っていたのです。 

 

税務調査官からの「まさかの指摘」 

 

店主やAさんが嬉しそうに話していたまかないや、Aさんが2階に引っ越してきた経緯の話に対して、これらがすべて現物給与になるというのです。 

 

Aさんは朝も昼も夜も、当たり前のようにまかないを食べて過ごしていました。そして、2階の住居も店主の厚意で家賃を支払うことなく住まわせてもらっていました。店主はAさんが一生懸命いろいろと尽くしてくれているのに、昇給もできないし賞与を支払うこともできないので、それくらいはしてあげたいという強い気持ちがあったのです。また、このお店は賃貸で1階と2階込みでの家賃だったので、わざわざわけてAさんに請求する必要もないだろうと思っていました。 

 

しかし、調査官はこれらの行為を継続的なやりとりであったと判断し、3年間遡って指摘します。その額は店主もAさんも想像もしなかった金額でした。 

 

 

お店は都内にある人通りの多い立地でもあったため、高めの家賃設定でした。この社宅部分が現物給与として指摘されて3年分、そしてまかないも合わせると現物給与としては総額約400万円に。その分の源泉徴収税額を支払うことになりました。その額は約80万円。あまりの大金に言葉が出ません。 

 

調査官に快くすべてを話したあとだったので言い訳する余地もありません。店主は最初こそ反論してみたものの、なすすべもなくうなだれました。そして、調査は終わります。 

 

「俺、昨日も店主の厚意のまかないを食べたのに」とAさんはやるせない気持ちになります。店主は修正申告を行いました。 

 

そしてここから、Aさんにまで予想だにしなかったことが起きます。 

 

現物給与とされたため、Aさんの給料からもこれまで徴収してこなかった税金を徴収しなければならなくなりました。そのため、いままでを大きく下回る手取りになってしまいます。それでもどうにかしていくしかないと思った数ヵ月後。 

 

Aさんはお店の定休日に実家に帰省していました。実家からお店に戻り、様子を覗くと 

、道具一式が持ち去られていました。嫌な予感がして店主に電話するも、つながりません。店主の自宅にも行ってみましたが、もぬけの殻となっていました。 

 

店主は諸々の影響により家賃が支払えなくなり、さらに借金も嵩んでしまい、夜逃げしたようです。 

 

ようやく自分に合った職場に出会えたと思って長年勤めてきたはずが、思いもよらぬ結末。Aさんは、職場も住む場所も一気に失い、生活基盤をなくすこととなってしまいました。 

 

現物支給に該当する「まかない」 

 

飲食店における無料のまかないの提供は、従業員への経済的利益の供与とみなされ、原則として1ヵ月当たり3,500円を超える場合、給与課税の対象となります。例外的に非課税となるケースもありますが、全従業員への提供や勤務時間内の飲食など、厳しい条件を満たす必要があります。また従業員への住居提供も、家賃相当額が現物給与として課税対象となる可能性があり、適切な処理が求められます。 

 

善意で行われた行為であっても、税務上の取り扱いを誤ると予期せぬ税負担が生じるリスクがあります。経営者は税務の専門家である税理士に相談するなど、適切な対策を講じることが不可欠です。 

 

木戸 真智子 

 

税理士事務所エールパートナー 

 

税理士/行政書士/ファイナンシャルプランナー 

 

木戸 真智子 

 

 

 
 

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