( 282874 ) 2025/04/14 05:47:14 1 00 IT業界出身の小松詩織さんは寿司職人に転身し、銀座の「鮨 銀座おのでら 登龍門」で修業中。 |
( 282876 ) 2025/04/14 05:47:14 0 00 IT業界から寿司職人に転身した小松詩織さん。接客も板についてきた=東京・銀座の「鮨 銀座おのでら 登龍門」(ONODERAフードサービス提供)
生成 AI をはじめとするデジタル技術の導入・普及に伴い、人材に求められるスキルが大きく変わりつつある。日本も同様で、大量のホワイトカラーの減少と「人余り」が同時に起きる社会に突入する過渡期にある。そんな中、ホワイトカラーの仕事を離職し、「手に職をつけるリスキリング」でノンデスクワーカーに移行する潮流が始動している。
* * *
「脱ホワイトカラー」を志向する人々のリスキリングの一つとして注目を集めているのが、ONODERAフードサービスが運営する寿司職人の養成機関「GINZA ONODERA 鮨アカデミー」(東京都世田谷区)だ。同社は海外5店舗を含む22店舗で本格的な江戸前寿司を提供する「鮨 銀座おのでら」などを展開。日本人だけでなく、海外やインバウンドの寿司人気を牽引する成長企業だ。
同アカデミーは国内外で寿司の人気が高まり、寿司職人の需要が急増するなか、世界で活躍できる人材を育成しようと、2017年に開校。以来、3期にわたって250人以上が受講し、参加者は年々増加傾向にある。第3期の受講生は現時点で約160人。平均年齢は46歳。寿司職人を目指す人だけでなく、副業や趣味としてスキルを身に付けたい人も多いという。
食材の選び方からネタの捌き方や握り方まで現役の寿司職人から実践形式で学べるカリキュラムを用意。カウンター客との間合いやコミュニケーションの取り方など、現役の寿司職人ならではのスキルも伝授してもらえるという。
ここには、保険会社の営業職から脱サラして寿司職人を目指す人や、定年後に和食店の開業を目指すメーカー勤務のエンジニア、海外で寿司職人として働くことを志向する若者など、多様な履歴と野心に満ちた人材が集まる。
その一人、小松詩織さん(36)は古書店員やIT企業での事務職経験を経て、昨年2月から半年間受講。その後、ONODERAフードサービスに入社し、東京・銀座の「鮨 銀座おのでら 総本店」(以下、総本店)の近くに22年にオープンした「鮨 銀座おのでら 登龍門」(以下、登龍門)で駆け出しの寿司職人として修業の日々を送っている。
「登龍門」は総本店と同一のネタを使用した若手職人の手による寿司を立ち食いスタイルで割安で提供。従来の「先輩から見て学ぶ」だけでなく、実際にカウンターに立って経験を積むことで若手の寿司職人を育成する狙いもある新しいコンセプトの店舗だ。
小松さんが寿司職人を目指したきっかけは、コロナ禍のテレワークだったという。
「テレワークが4年ほど続いたとき、ずっとこのままでいいんだろうか、と自問するようになりました」
テレワークが始まった頃は早起きして満員電車に乗ったり、メイクしたりすることも少なくなり解放感もあった。しかし、それが続くと徐々に不安が増したという。出社勤務の頃は職場で少し元気がなさそうな同僚がいれば、「大丈夫?」と声をかけて気遣ったり、自分が助けてもらった時には対面で感謝を伝えたりするのが当たり前だった。
「そんな日常がテレワーク勤務で途切れてしまったことで、対面で働く魅力や大切さを改めて実感しました」(小松さん)
会社が当面、出社勤務に戻さない方針を打ち出すと、小松さんは真剣に転職を考えるようになったという。
「コロナ禍では医療関係者などのエッセンシャルワーカーに社会を支えてもらっている現実も痛感し、私も直接人と会って感謝を伝えたり、喜んでもらえたりできる現場のサービスにかかわる仕事をしてみたいと思うようになりました」(同)
そのとき浮かんだのが、子どもの頃から好きだった寿司を提供する仕事だった。小松さんはアカデミーで講師の技術と人柄に魅了され、寿司を握る楽しさを心の底から感じられる体験を得た、と振り返る。
「いろんな業種、職歴、国籍の受講生が興味津々で講師の先生に次々質問を投げかけていましたが、その一つひとつに丁寧に答えられる先生の姿は自信に満ちていました。調理の所作も美しく、『お寿司は楽しい』という記憶があれば、これから先、どれだけつらい試練があっても乗り越えられると思いました」
受講生には「鮨 銀座おのでら」をはじめ日本国内外の他社求人への就職サポートや、「銀座おのでら」各店舗でのアルバイトの道も開かれている。小松さんは受講後、面談を経て、同社に正社員として入社した。「このチャンスは絶対に逃したくない」と意気込んで臨んだ面談では、いきなり実技を要求されても応じられるよう出刃包丁と柳刃包丁を持参した。「面談会場に包丁持参で来た就活生は初めて」と面接担当の親方に笑われたという。
小松さんは現在、「登龍門」でネタの仕入れから仕込み、握りまで任されている。
「初めて握ったお寿司を提供したとき、お客様がぱっと目を見開いて、『おいしい』って言われたんです。その夜は思わず涙しました。私がずっと求めてきたのは、こういう喜びを得られる仕事だったんだと実感しました」
これはテレワークでパソコンとにらめっこを続ける仕事では決して味わえない。そう考えると、感慨もひとしおだったのだろう。
「飲食業はヒューマンオペレーションの典型。繊細さと器用さ、細やかなコミュニケーション能力も求められますが、これは日本人が得意なスキルといえます。中でも、寿司職人はものすごく潜在的競争力が高い分野の一つです。日本の寿司職人がニューヨークやパリなど世界の大都市で年収数千万円稼ぐ事例をよく耳にしますが、それも理にかなっています」
こう評価するのは著書『ホワイトカラー消滅』(NHK出版新書)で、これからは「アドバンス」(高度化・進化)なノンデスクワーカーが新たな分厚い中間層として浮上する、と予見する冨山和彦さんだ。
日本の内需はこれから確実に先細りしていく。そんな中、勢いがあるのはインバウンド需要に支えられた観光業だという。冨山さんはこう強調する。
「近い将来、観光産業が自動車産業を追い抜いても不思議ではありません。観光産業が日本の基幹産業になるという意味において、宿泊業や飲食業は間違いなくエッセンシャルな仕事として認識されていくはずです」
冨山さんが「脱ホワイトカラー」のリスキリングの事例として挙げるのが、ヘアサロン「QBハウス」のスタイリストの職だ。QBハウスは、キュービーネットホールディングス(東京都渋谷区)が手がけるヘアカット専門店。「10分の身だしなみ」というコンセプトを掲げ、主に男性客をターゲットに、カットのみで短時間、低価格のサービスを提供している。
ここに今、大企業のホワイトカラーの経理や総務といった事務職を離職し、スタイリストとして転職する40~50代の女性が増えているという。同社広報は「コロナ以降、人との関わりを大切にする仕事に就きたいと他業種から入社する方が男女問わず増えています。今は全体の1割程度ですが、今後さらに増えると見込んでいます」と説明する。
同社で働く大きな魅力は「定年がない」こと。広報によると、一般企業で事務職として定年まで働いた後、理・美容専門学校に通い、「63歳の新卒」として入社したケースもあるという。
同社は資格を取得したばかりの未経験者を店舗でのアシスタント業務や雑用などを経ず、入社後6カ月間、就業時間の全てでヘアカットサービスのトレーニングができる「ロジスカット研修生」として正社員採用しており、こうした制度が転職者の受け入れを後押ししている面もありそうだ。冨山さんは言う。
「ホワイトカラーが企業で身に付けてきた『スキル』と言えば、その多くは所属する企業固有の処世術です。経験豊かなシニアになるほど、地位が上がるほどそうなっていく。これから求められるのは、その組織の中でのみ通用する処し方や業務ノウハウではなく、個人の技芸あるいは技能です」
さらにこう続けた。
「グローバルな価値をもつ『スーパースキル』を手にできるのはほんの一握りの人でしかありません。丸の内や大手町で働いていたホワイトカラーは、どうしても同じ場所で次の道を探そうとしますが、そもそも人手の余剰感があるグローバル企業で求人はそうそうありません。オフィスの狭い空間で生きてきた人たちは、外に出て、世界に広く目を向けてほしい」
渡辺豪
|
![]() |