( 285654 )  2025/04/24 07:15:51  
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株式会社エービーシー・マートは、女優の榎本加奈子さんと畑野ひろ子さんを社外取締役候補にすると発表した。

近年、有名人が大手企業の社外取締役に就任する事例が増えており、女性有名人の起用も増加している。

政府も女性役員の増加を推進しており、それに伴い有名人が起用される傾向がある。

起用される側にとっては、安定収益や名誉、広告塔としての役割がありメリットがあるが、社外取締役にはリスクもある。

社外取締役は経営者と同等の責任を負い、事前にリスクや役割を理解しておく必要がある。

有名人を起用することで企業にも個人にもメリットがあるが、社外取締役の本来の役割を疎かにすることは避けるべきだ。

(要約)

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最近では、シューズだけでなくアパレルも取り揃えた女性をターゲットとする大型店「グランドステージ」を各地にオープンしている(画像:「ABCマート」公式サイトより) 

 

 靴小売チェーンの「ABCマート」を運営する株式会社エービーシー・マートは、女優の榎本加奈子さんと畑野ひろ子さんを社外取締役候補にすると4月21日付で発表した。 

 

 報道によれば、同社は「女性客の感覚やファッションに関する知見があり、店舗運営や商品展開への指摘をもらえる」と説明している。 

 

 SNSでも話題になっているが、「ただのお飾りではないか」という意見もあれば、「馬主繋がりではないか」など、臆測を呼んだり、物議を醸したりしている。 

 

 後者について補足しておくと、榎本加奈子さんの配偶者で元プロ野球選手の佐々木主浩氏は馬主として知られている。同社の創業者で現在最高顧問の三木正浩氏も馬主だ。真偽は定かではないが、榎本さんが「馬主仲間」として取締役に引きたてられたのではないか――という臆測がSNSで拡散されているのだ。 

 

 近年、タレントやアナウンサーが大手企業の社外取締役に就任する事例はいくつか見られているが、なぜそのようなことが起きているのだろうか?  このようなトレンドに問題はないのだろうか。 

 

■2023年に女性有名人の起用が加速した 

 

 2021年には女優の酒井美紀さんが「不二家」の社外取締役に就任している。同年、歌手の島谷ひとみさんも、新型コロナウイルスの抗原検査サービスを行う「ICheck(アイチェック)」の社外取締役に就任した。 

 

 女子マラソン金メダリストの高橋尚子さんは2022年に建設・不動産業を展開する「スターツコーポレーション」、2023年には自動車メーカー「スズキ」の社外取締役に就任している。 

 

 アナウンサーに関しては、元フジテレビアナウンサーで弁護士の菊間千乃さんは「コーセー」など5社の、元TBSアナウンサーの竹内香苗さんは「SBIホールディングス」「ディップ株式会社」の社外取締役に就任。 

 

 そして2023年には、元フジテレビアナウンサーの内田恭子さんが「Smile Holdings(スマイルホールディングス)」、元フジテレビアナウンサー中野美奈子さんが四国電力グループの「四電工」の社外取締役に就任している。 

 

 

 共通している点は、全員が女性であることだ。しかも、2023年以降にこのトレンドが加速している。 

 

 この頃、何があったか。政府が「女性活躍・男女共同参画の重点方針2023」を発表していた。 

 

 そこでは、東証プライム市場上場企業を対象に「2025年を目途に、女性役員を1名以上選任するよう努める」「2030年までに、女性役員の比率を30%以上とすることを目指す」ということが表明されている。 

 

 女性アナウンサーを起用する事例は以前からあったが、有名人を社外取締役に起用する流れは、「女性活躍・男女共同参画の重点方針2023」の発表が後押ししていることは明らかだろう。 

 

■なぜ有名人が社外取締役に起用されるのか?  

 

 年功序列は崩壊しつつあるとはいえ、東証プライム市場上場の企業で、取締役に就任する年齢は50代以降が多い。となると、1990年代以前に就職した人になるのだが、この時代はまだまだ女性が就職に不利な時代だった。 

 

 筆者は1990年代後半に新卒で就職したのだが、同級生の女性は、企業から送られてくる資料の数が明らかに少なかった。しかも、この時代は結婚や出産で退職する女性も少なくなかった。 

 

 女性を取締役として起用したくとも、なかなか社内で人材を見つけるのは難しいというのが実態だろう。各社がそうした状況であれば、他社からヘッドハンティングすることも容易ではない。 

 

 そこで白羽の矢が立ったのが、タレントやアナウンサー、アスリートなどの有名人である。こうした人たちであれば、宣伝効果も高く、「女性を取締役として起用した」と広くアピールすることができる。加えて、就任後も「広告塔」としての役割を担ってくれることが期待できる。要するに「数合わせ」以上の効果が期待できるのだ。 

 

 まとめると、下記の2点が背景にあることが理解できる。 

 

1. 女性取締役の数を増やしたい 

2. 有名人の起用によって、「広告塔」としての効果を狙う 

 2024年には、元サッカー日本代表の中田英寿さんが、PR会社・サニーサイドアップグループの執行役員エグゼクティブオフィサーに就任して話題になった。 

 

 しかし、この例に関しては、同社は中田さんの現役時代にPRを請け負っており、お互いの成功を支え合っているし、中田さんが実業家としても活躍していることを考えると、上記の状況とは異なっていると考えられる。 

 

 

■起用される側にとっての「メリット」 

 

 2024年にデロイト トーマツが行った調査(「役員報酬サーベイ(2024年度版)」)によると、売上高1兆円以上の企業における社外取締役の報酬総額水準は、中央値で1480万円とされている。ただ、この規模の企業は限られているので、上場企業といえども、実際の報酬はもっと低いのが一般的だろう。 

 

 なお、現時点の株式会社エービーシー・マートの取締役8名は全員男性。内、社外取締役は3名で、役員報酬の総額は1200万円である。榎本さんと畑野さんの就任により、女性比率は一気に25%に高まる。女性取締役があと1名就任すれば、2030年までの目標である女性比率30%以上が達成できる。 

 

 1人当たりの平均報酬は400万円となり、企業側の出費は、一部で言われるほどには大きくはないだろう。最も、新任のお2人が左記の金額で引き受けているとは限らないが……。 

 

 では、起用される側にはメリットはあるのだろうか?  

 

 フリーランスや芸能事務所に所属している人にとっては、安定収益を得られることは安心材料になる。それ以上に、「有名企業の社外取締役に就任した」という事実は、格好の箔づけになる。名誉でもあるし、本業へのメリットも大きいだろう。 

 

 しかも、社外取締役であれば、業務の負荷は大きくないし、負わなければならない責任も限定的だ。 

 

 有名人の社外取締役起用は、起用する企業にとっても、起用される個人にとってもメリットのある、「ウィンウィン(win-win)」のやり方だ――ということになるだろう。 

 

 ただし、このような流れには懸念すべき点もある。 

 

■社外取締役になることの「リスク」 

 

 社外取締役に起用されるような著名人は、本業でも成功していることが多い。SNS上では「勝ち組、より肥え太る仕組み」という批判も少なからず見られる。 

 

 榎本さんに関しては、配偶者が佐々木主浩氏であることもあり、「これ以上稼ぐ必要はないだろう」という声もある。 

 

 そして、社外取締役には、思わぬ落とし穴もあることは忘れてはならない。 

 

 元タレント・中居正広さんの性加害に端を発するフジテレビを巡る一連の問題で、フジ・メディア・ホールディングスの株主の男性が、同社の現旧経営陣に233億円の賠償を求める株主代表訴訟を起こしている。訴訟の対象には、社外取締役も含まれている。 

 

 

 2024年に小林製薬が起こした、紅麹サプリの健康被害においても、アクティビスト(物言う株主)で香港系投資ファンドのオアシス・マネジメントが、4人の社外取締役に対して「社外取締役が適切な監督を怠った」と批判、社外取締役を含む7名の旧経営陣に約135億円の損害賠償を求める株主代表訴訟を提起した。 

 

 必ずしも不祥事が起きるとは限らないし、社外取締役に訴訟が提起され、損害賠償が請求されるとも限らない。しかしながら、社外取締役といえども経営者の一端としての責任とリスクを負っていることは確かだ。事前に、起用する側・される側の双方がこの点を自覚しておくことが求められる。 

 

 特に、社外取締役は「社内の利害関係に囚われず、第三者視点から意見を述べる」「専門的な知識や経験を活かして経営陣に助言する」という役割を担っている。 

 

 「女性の取締役を増やす」、「取締役を広告塔として企業をアピールする」ということ自体は悪くはないが、現在重要になっている社外取締役の役割が疎かになってしまうのは本末転倒だ。 

 

 榎本加奈子さんや畑野ひろ子さんについても、社外出身の取締役として、しっかりと経営陣に意見を述べて、ABCマートの今後の成長に貢献してもらうことを願いたい。 

 

西山 守 : マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授 

 

 

 
 

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