( 287189 ) 2025/04/30 04:54:18 1 00 2024年4月末にトヨタの株価は3638円だったが、2025年4月25日には2690円と1000円以上下落している。 |
( 287191 ) 2025/04/30 04:54:18 0 00 古賀茂明氏
今から1年前の2024年4月末、トヨタの株価は3638円だった。今年4月25日の終値は2690円と、約1000円の値下がりである。トヨタ以外の日本の自動車メーカーの株価も軒並み下落している。
値下がりの要因はいろいろあるが、最大の要因は、もちろんトランプ関税だ。自動車には25%の追加関税が課され、すでに実施されている。国・地域ごとに課される相互関税の上乗せ分の実施が90日間停止されたのに比べ、自動車メーカーは厳しい状況に置かれている。
この関税を撤回させるために、日本政府は、アメリカのトランプ政権とこれから必死の交渉を行うわけだ。
しかし、トランプ大統領の“Make America Great Again”政策の根幹にあるのが、古き良き時代のアメリカのイメージだ。自動車産業はその象徴だから、今後の交渉は一筋縄ではいかないだろう。
おそらく、自動車以外のことで大きく譲歩するか、あるいは、米国債売却をちらつかせるなど、トランプ氏を激怒させる可能性のある強硬策をとるかどちらかしかない。ただし、その場合も、自動車について米側に何の成果もなしということでは済まないのは確かだ。
解決の糸口になるのが、米国政府が今年3月に発表した2025年版の「外国貿易障壁報告書(NTE)」の日本に関する記述(計11ページ)だ。
自動車関連部分はそのうち約1ページで、これを読んでみると、米国の安全基準を日本の安全基準と同等のものとして認めろということが柱である。トランプ大統領も、4月20日にSNSで日本の「ボウリング・ボール・テスト」を保護主義的技術基準の代表例として特掲してみせた。
1期目にも、日本に米国車を輸出する際に、「ボウリングの球を6メートルの高さから車のボンネットに落とし、少しでもへこんだら不合格になる。われわれはとんでもない扱いを受けている」と主張していたことが報じられているが(もちろん、全くのフェイク)、この時は、ホワイトハウスの報道官が「冗談」だと軽く否定して終わっていた。今回もまた同じ主張を繰り返しているが、このことが示すように、米国には、日本に本気で要求できる自動車分野での大きなタマがないのが実情だ。
ただし、日本側が対応した方が良いと思われるものもある。
日本が補助金の対象としているEVの充電規格CHAdeMO(チャデモ)が世界の標準から取り残されているので、欧米車が参入しにくい環境を作っているというのは事実だ。これは改める必要があるだろう。また、テスラの急速充電器が高速道路に設置されていないこともすぐに改善すべき点だ。
■米との交渉で浮上しない「軽自動車」
さらに、EVなどクリーンエネルギー自動車への補助制度で、燃料電池自動車だけが最大255万円の補助を受けられる点が、事実上水素自動車を販売している日本メーカー(トヨタ)向け補助金になっていて不公平だというのもそのとおりなので、EV並みの最大85万円に引き下げるべきだ。
しかし、この程度の「改善」でトランプ大統領が満足するとは考えられない。
いろいろ考えたが、思いつくのはジョークばかりだ。たとえば、石破茂首相が、記者会見を開いて、「トランプ大統領の要望を受け入れ、ボウリングテストを廃止した」と発表するのはどうだろうか。「石破はいい男だ」と評価してもらえるかもしれない。
実は、こうした非関税障壁の見直しが米側から持ち出されるのはいつものことだ。私が経済産業省にいる頃も度々そうしたことがあった。特に私が課長補佐時代に関わった1989年に始まった日米構造協議では、かなり多くの障壁が取り除かれた。当時の米側の指摘の中にはもっともだと感じるものも多く、私は、日米の事務レベル交渉の場で、他省庁に改善を求める発言をして霞が関でめちゃくちゃ叩かれた覚えがある。当時は、日本側にもかなりの非があったのだ。
その後、TPPなどを含めさまざまな交渉の場で同じようなやり取りが行われ、日本側の制度はかなり改善された。したがって、残っている問題は、上記のEV関連のように最近出てきた問題か、以前から米側が言っているがほとんど言いがかりに近いような話ばかりである。
つまり、日本側は、譲歩しようにも譲歩できないので、極めて厳しい状況にあるということになる。笑い話のような話だが、農業のように相手の言い分が正しく、日本の消費者にも恩恵が及ぶというような譲歩のタネがない。
そもそも、誰もが知っているとおり、米国の自動車を欲しいと思う日本の消費者は極めて限られている。「本来、自動車とはこういうものだ。だから文句を言わずに買え」というが如き米国の態度には、反感を覚える人の方が多いかもしれない。
そんな中で、今回、米国の報告書を見て気づいたことがある。それは、軽自動車の話が出ていないことだ。私が交渉に携わっていた頃は、何回も、「日本の軽自動車規格は、世界でも例がなく、そのために特別な開発が必要になるため、外国車にとって大きな非関税障壁になっている。税金が特別に優遇されているのも事実上の外国車差別だ。これを直ちに撤廃せよ」という極めてもっともな要求が突きつけられた。しかし、軽自動車は、日本の庶民の生活に根付いているもので、これをなくすとなると、自動車メーカーはもちろん国民からの反発が予想されるため、コメを守るのと同じように、米側に対しては、これはいくら言っても無理だと門前払いを続けてきた。
■中国BYDが日本の軽自動車市場に参入
しかし、トランプ大統領の相互関税というバズーカ砲を炸裂させながら行われる今回の交渉では、きっとこの要求が出てくるだろうと私は予想していたので、それが入っていないことは意外だった。もちろん、国土交通省や経済産業省はほっと胸を撫で下ろしているに違いない。
そんな微妙な時期に、驚くべきスクープ(日本経済新聞、4月21日配信)が入ってきた。世界で唯一テスラと互角に戦う中国のBYDが、2026年にも日本の軽自動車市場に独自開発のEVを投入するというのだ。
BYDは24年にバッテリーEVを約176.5万台販売し、テスラの約178.9万台に肉薄した。テスラとBYDは2強と言って良いだろう。BYDは、テスラと違い、EVだけでなく、PHVも販売しているが、これを合わせた販売台数は約427万台(うち乗用車販売425万台)でトヨタ以外の日本メーカーを全て抜いて、世界6位まで上がった。24年10~12月期の販売台数は約152万台で、ステランティスも抜いて、トヨタ292万台、フォルクスワーゲン250万台、現代・起亜183万台、GM174万台に次ぐ5位になっている。BYDはガソリン車を販売していないので、驚くべき数字だ。
BYDの強みは、航続距離や充電時間などでEVに不満を持つ消費者に世界最高性能を実現したPHVを提供できることだ。24年の乗用車販売でも、EVが約176.5万台(12.1%増)に対して、PHVが248.5万台(72.8%増)と驚異的な伸びを示している。
BYDのPHVは航続距離2100キロを誇り、トヨタなどをはるかに引き離している。エンジン性能も世界最高レベルだ。追いつくには数年かかるだろう。その間に、BYDはEV・PHVの二刀流販売戦略で日本車の牙城であるアジア市場をはじめ世界進出を急速に展開すると見込まれる。トヨタなどはHVで稼ぐ戦略をとってきたが、HVよりも性能が高く、しかも価格も同程度のPHVが出てきたことで、HV中心の日本メーカーはBYDに駆逐される恐れさえ出てきた。
それは日本市場も例外ではない。BYDは、25年末にPHVを日本で販売すると発表している。BYDは日本では、EV販売でまだテスラと日産にかなり引き離されているが、トヨタはすでに上回っている。PHVを投入すれば、EVとの相乗効果で一気に販売が加速する可能性がある。日本のHV陣営にとっては、それだけでかなりの脅威だ。
しかし、日本の自動車市場は特殊で、軽自動車が販売台数で4割近くを占める。したがって、残りの6割の市場だけで争ってもBYDは日本メーカーに勝つことは難しい。
そこで、今回の報道にあったように、軽自動車EVを投入して本格的に市場攻略を目指すことにしたのだ。軽自動車をゼロから開発する海外メーカーが出てくると誰が予想できただろうか。しかも、BYDが日本市場に参入してからわずか2年で軽自動車の販売を発表したのは驚き以外の何ものでもない。日本市場を攻略しようとする並々ならぬ決意が伝わってくる。
■トヨタのEVは実質「中国車」になる?
ここで、米国と中国の自動車メーカーを比較してみよう。米国は、自分が作った車を日本向けに改良する意欲など全く持たず、ごく一部の車を除き、日本の基準、規格を米側に合わせろと居丈高に要求する。そして、米国車が売れないのは日本側がズルをしているからだと騒ぎ立てる。バカデカくて燃費の悪い左ハンドルの車を買えと日本の消費者に迫っているのだから始末が悪い。
一方、BYDは、極めて製造コストがかかる、日本でしか通用しない軽自動車をゼロから巨額の投資をして超スピードで開発し、さらにEV・PHVの性能と利便性の高さで日本の消費者にアピールしようとしている。
戦わなくても勝敗はわかる。
石破首相は、トランプ大統領に、「アメリカ車を売る方法を教えます」と囁いてみれば良い。「どうやればいいんだ」と聞かれたら、「BYDを紹介するので、彼らに教えを請えば良い」とアドバイスしてはどうか。
また冗談になってしまったが、それくらいしか米国車の販売を飛躍的に伸ばす方法はないのではないか。
実は、日本にはこんな話をして笑っている余裕はない。
私が指摘したいのは、今回紹介したBYDが凄いという話だけではない。電池、素材、部品など、日本がリードしていた自動車産業のエコシステム全般で中国に追い越され、自動運転、AI利用と5G・6Gを前提としたインフラ整備、クルマのスマホ化と生活のスマート化の一体的推進、ドローンやロボットとの融合など自動車関連で中国の先行を許した分野ではさらに引き離される現実がある。
詳しく見れば見るほど、その深刻さは増していく。
今後、トヨタなどが中国で製造販売するEVは、表は日本メーカーの車ということになっているが、中身を見れば、主要部品、自動運転を含む中核システム全てを中国企業に頼って作ることになる。それはほとんど中国車と言って良い。
今一番必要なことは、トランプ自動車関税をはるかに超える大きな危機がまさに自動車業界を襲っているということを直視することだと思うが、トランプ関税にばかり目を奪われて、日本政府にその余裕はなさそうだ。
トランプ台風一過。気づいてみれば、もっと大きな津波にのみ込まれていたということにならなければいいのだが。
古賀茂明
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