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インドネシアでは、無償給食プログラムが実施されているが、財政や運営面で課題が浮かび上がっている。

給食に関する食中毒の報告や汚職リスクの懸念もあり、運営体制の改善が求められている。

一方、日本では給食費の負担や自治体財政の逼迫から給食運営が困難になっており、インドネシアへの支援への反発もある。

日本政府や外交専門家は、中国との競争視点からもインドネシアへの支援が重要であると説明している。

(要約)

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インドネシアの給食のようす - 筆者撮影 

 

 ※本稿は、じゃかるた新聞(2025年3月25日、26日、27日)の記事を再編集したものです。 

 

■大規模な“国家プロジェクト”が始まった 

 

 石破茂首相は2025年1月にインドネシアを訪問し、同国の無償給食プログラムへの支援を表明した。これに対し、日本国内では「なぜ日本の学校給食や子どもの貧困問題を先に解決しようとしないのか」という批判の声が広がった。だが、インドネシア現地で実態に迫ってみると、中国という大国の存在が見えてきた。 

 

 インドネシアのプラボウォ・スビアント政権の肝入りの政策、無償給食プログラム「Makan Bergizi Gratis(以下MBG)」は、1月初めの開始から4カ月が経過した。幼児から高校生、さらには妊婦・授乳婦までも対象とし、1日1万ルピア(約90円)相当の食事を無料提供するという壮大な構想だ。栄養改善を目指す国家プロジェクトとして期待が高まる一方、当初から懸念されていた財政・運営面で早くも課題が浮き彫りになっている。 

 

 「給食があるのはうれしい」。ジャカルタ市内の小学校でMBGで提供された給食を食べた生徒は記者にこう話した。メニューはポピュラーなインドネシア料理のアヤムゴレンや、ゆで卵、野菜などだ。経済的な事情から家庭で昼食を取れなかったり、食事内容が偏っていたりするといった事情から、教師によると、この小学校では「味はまずまずだが、給食が毎日あるのは良いことだ」との評価が定着しているという。 

 

■「国家予算の1割」という試算も 

 

 インドネシアは近年、経済成長を続けているものの、幼児期の発育不良(スタンティング)率は27%前後と依然高い水準にある。そんな中、プラボウォ大統領は昨年の選挙期間中から「全国の児童・妊産婦に栄養豊富な食事を保証する」と公約を掲げており、政権の目玉政策としてきた。 

 

 ただ、この政策は当初から財政不足に悩まされてきた。1人あたり1万5000ルピア程度の単価を想定していたが、財源確保の難しさから1万ルピアに圧縮。それでも、今年度予算では約71兆ルピア(約7100億円)が計上された。その後、さらに予算が171兆ルピア(約1.7兆円)に増額され、財政の持続可能性に重大な影響を与えるとの懸念が出てきた。今後、対象範囲を全国8300万人規模に拡大していく計画だが、その場合、予算は国家予算の約1割に当たる450兆ルピア(約4.3兆円)まで膨らむとの試算もある。 

 

 MBGの最大の特徴は、貧富の区別なく全児童・全妊産婦に無償提供する「ユニバーサル給付」の考え方だ。しかし、財政専門家などからは「支援が本当に必要な層へ重点化すべき」との指摘が根強い。実際、インフレや人口増加を考慮すると、今の単価や予算規模で続けることは難しいとの分析が多く、「所得に応じた負担も検討するべき」という声が政府内部からも上がり始めている。 

 

 

■「食中毒」が各地で報告されている 

 

 プラボウォ政権は予算効率化で浮いた306兆ルピア(約3兆円)の大部分をMBGに投入している。ここで削減された予算には道路維持など公共事業や新首都ヌサンタラ(IKN)移転など重要な事業がいくつも含まれている。 

 

 これらを犠牲にしてまで現政権がMBGを進めることに対して、「栄養不足の解消という理念は正しいが、犠牲が多すぎる」(インドネシア政府関係者)といった批判も高まっている。「MBGを最も喜ぶ地方の低所得者層の政治的支持を取り付けることが狙い」(同)という見方もあるが、様々な課題を抱えるインドネシアでどこまでMBGを最重要政策として続けられるか。政権の動向に国内外からの注目が集まっている。 

 

 「無償給食プログラム(MBG)」では、子どもたちが食後に嘔吐や下痢を訴える事例が各地で報告されている。栄養不足を解消するためにインドネシア全土の児童・生徒に無料で栄養バランスの取れた食事を提供するという壮大な政策だが、保護者や教育現場に不安が広がるなど運営体制に懸念の声が上がっている。 

 

 代表的な事例は、北カリマンタン州や中部ジャワ州で生じた集団食中毒とみられるケースだ。いずれもメインのおかずに使用された鶏肉の加熱不足や傷みなどが疑われ、子どもたちが吐き気や腹痛を訴えた。幸い重症者や死亡例はないものの、保健所が現地調理施設へ立ち入り検査を実施するなど、早急な対応を迫られる事態となった。 

 

■背景には「大規模調理の経験不足」 

 

 さらに、南スマトラ州では給食にウジ虫が混入していたとされる深刻な案件が伝えられ、SNS上で瞬く間に拡散。「ご飯が腐り、魚のフライから異臭がした」とする保護者の声も報じられた。この件を受け、県当局はプログラムを一時停止し、警察が捜査を開始する事態に発展した。 

 

 問題が相次ぐ背景として、国家栄養庁(BGN)は「大規模調理の経験不足」を挙げる。家庭規模の調理しかしたことのない業者や主婦が、一度に数百食から千食以上を作るケースがあり、十分な温度管理や輸送ルートの確保が追いついていないとの指摘がある。 

 

 同庁のダダン・ヒンダヤナ長官は「新規業者には少量から始めてもらう方針を検討している」と述べ、衛生管理と調理技術の研修強化を急ぐ。 

 

 もっとも、この施策自体は栄養状態の改善に寄与すると期待されているだけに、政府や議会からは「一部の事故だけでプログラム全体を失敗と断じるべきではない」という擁護の声も根強い。国会でも「子どもの安全を最優先しつつも、事業そのものは意義が大きい。現場の衛生基準を厳しくチェックし、再発防止策を徹底するべきだ」と主張する声も出ている。 

 

 

■“中抜きが生じやすい”との批判も 

 

 MBGをめぐっては、運営体制の未熟さだけでなく汚職リスクの懸念も浮上している。運営はBGNが地方行政や教育・保健機関と連携し、調理・配達・会計を一括管理する仕組みだが、多数の下請け・中間業者が絡むことで不透明な契約や資金の中抜きが生じやすいとの批判が出ており、専門家からは「今後5年で最も汚職リスクの高いプロジェクトになる可能性がある」と警戒する声も上がる。 

 

 実際、南ジャカルタでMBG拠点を運営する財団による資金不正疑惑が今月に入り発覚した。BGNが拠点運営のために送金した資金が、再委託先の中小ケータリング事業者へ支払われず、約2カ月分、延べ6万5000食相当の運営費が未払いとなった。金額は総計9億7500万ルピア(約1000万円)に上るとされ、事業者側は「2カ月間、一切の支払いを受けずに自己資金で食材や人件費を賄った」と訴えている。 

 

 本来、調理現場へは1食あたり1万5000ルピアが支払われる契約だったが、財団は一方的に1万3000ルピアへ減額したうえ、さらに2500ルピアを手数料として天引きする行為も密かに行っていたという。結果的に、現場には1万500〜1万2500ルピアしか回らないうえ、その金額さえ未払いのままだった。ケータリング事業者が支払いを求めると、財団側は逆に備品費などを理由に追加費用の請求を押し付けるという「逆ギレ」の対応をとり両者の対立は決定的となった。 

 

■衛生管理の徹底と汚職対策が急務 

 

 結果として3月末に共同厨房が運営停止に陥り、一部学校では給食が断続的になってしまった。4月17日には一時再開されたが、依然として資金未回収は解決しておらず、事業者側は「契約継続は難しい」としている。 

 

 政府は監査と運営のデジタル化を徹底するのが汚職防止の手段ではあることを踏まえ、「リアルタイムで配食数や契約情報を把握し段階的に監査を行う」と説明する。ただ、電力やインターネット環境が脆弱な地域では紙の記録に頼らざるを得ず、不正対策が形骸化するリスクを否定できない。 

 

 子どもに栄養を届けるというMBGの理念自体は高く評価されているのは確かだ。しかし、その政策理念が「危険な給食」と化して国民に害を及ぼさないようよう、当局には早急な衛生管理の徹底と汚職を封じる体制整備が強く求められている。 

 

 

■なぜ日本より先にインドネシアなのか 

 

 冒頭にも述べたが、このインドネシアの無償給食プログラムに石破茂首相が支援を表明したところ、日本国内では批判の声があがった。背景には、日本が物価高や自治体財政の逼迫が続く中で給食の運営が困難になっている現状がある。 

 

 日本の公立小中学校では、学校給食に関する負担が「食材費は保護者負担、設備費や人件費は自治体負担」という形で長年続いてきた。文部科学省の推計によると、全国の公立小中学生(約870万人)の給食費を完全無償化する場合、年間4800億円ほどの財源が必要になる。2023年時点で自治体独自の施策により給食費を完全無償化している例は全体の3割前後にまで増えたが、実施の有無や範囲は地域によってばらばらだ。自治体の中には「一度無償化に踏み切ったが、財源不足で継続が難しい」と頭を抱えるケースもある。 

 

 また、少子高齢化で自治体の税収が伸び悩む中、学校給食だけでなく保育・医療など子育て関連施策全体に対する国民の要望が強まっている。政府は25年度までに子育て関連へ約5兆円規模を投じる方針を示しているが、その使途としては幼児教育・保育の無償化や高等教育支援などが優先され、給食費無償化まで十分に手が回っていないのが現状だ。22年の厚生労働省データでは、日本の子どもの貧困率は13%超とされ、家庭の経済状況によっては「学校給食が一日の主な栄養源」という児童も少なくない。 

 

■インドネシアと中国は“給食支援”で合意 

 

 一方で、日本政府や外交専門家は「今回のインドネシア支援は日本の国益にもかなう」と説明する。中国は「一帯一路」構想を通じて東南アジアへの投資や援助を加速させている。インドネシアのような人口大国で教育・医療インフラ整備に強く関われば、政治・経済両面でより存在感を高める可能性がある。 

 

 もし日本が支援に消極的な姿勢をとれば、中国の影響力がさらに拡大し、市場参入や外交交渉で日本企業・日本政府が不利な立場に立たされる恐れがある。 

 

 インドネシアは昨年11月、北京で中国と無償給食プログラムに対する支援協力で合意した[中国国際電視台(CGTN)「Full Text: Joint Statement between the People's Republic of China and the Republic of Indonesia」]。中国は2011年から21年に農村4000万人を対象に無料給食を実施し、累計1472億元(約32兆円)を投下した実績を持っており、その目的もインドネシアと同じ子供の栄養状況を改善し就学率を高めるという点で共通している。さらに、中国が得意とする大量調達、冷蔵輸送ノウハウは広大な国土を抱えるインドネシアにとっては魅力だろう。 

 

 また、中国は中央集権の集中型運営がプログラムの拡大の過程で資金の不正利用や汚職の温床になった経験も持っており、監査のノウハウもインドネシアが参考にしやすい。実際、プラボウォ大統領は北京の学校給食現場を視察し「モデルケース」と評価している。 

 

 

 
 

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