( 288596 ) 2025/05/05 06:17:50 0 00 日本橋店外観とスタッフ(画像:武田信晃)
バッテリー式電気自動車(BEV)の普及は、一時に比べて勢いを失っている。とはいえ、ガソリンが有限である以上、脱炭素に向けた大きな流れが止まったわけではない。
だが、日本市場においてBEVの存在感は依然として希薄だ。日本自動車販売連合会が2025年4月に発表した同年3月の燃料別・メーカー別登録台数(乗用車)によれば、全体の販売台数は28万8234台。そのうちBEVはわずか4010台で、シェアは1.4%にとどまる。
さらに注目すべきは、その4010台のうち3303台、つまり82.4%が輸入車である点だ。国内で販売されているBEVの大半が海外ブランドという構図が浮かび上がる。
例えば、ドイツの高級車ブランドであるアウディも、日本でのBEV拡大に苦戦している。だが、同社はショールームの開設や充電インフラの整備を通じて、日本の消費者との接点を増やし、着実に市場浸透を図っている。
シェーパース・ブランド・ディレクター(画像:武田信晃)
アウディ ジャパンは2025年4月18日、日本橋高島屋S.C新館1階に都市型ショールーム「Audi City 日本橋」を開設した。2024年12月にオープンした銀座店に続く展開である。
同社のブランド・ディレクター、マティアス・シェーパース氏は
「銀座に近い立地だが、雰囲気は異なる。高島屋とのブランド協業に大きな意義を感じており、最も期待している」
と語る。高島屋が抱える良質な顧客層、特に外商との親和性が高い点は見逃せない。
ただし、この施設はあくまでマーケティング拠点であり、販売機能は持たない。営業スタッフではなく、ブランドの世界観を語るスペシャリストを配置している。セールス色を排除し、訪問者が構えずに入れる空間を意識した構成だ。
気軽に入ってもらいたいとの意図から、入口や床に段差は設けていない。ショールーム内には、写真家・蜷川実花氏とコラボしたAudi Q4 e-tronのラッピングカー(展示は5月30日まで)を展示。くつろげるソファや関連グッズ、巨大ディスプレーによる車両映像など、小売店舗のような構成になっている。
まず店内に足を運んでもらう。その第一歩がなければ、ブランドの世界観も伝わらない──その思想が空間設計に色濃く反映されている。
芝公園のチャージングハブの外観(画像:武田信晃)
東京タワーを正面に望む「Audi charging hub芝公園」が、4月24日に開業した。世界で8拠点目、日本国内では2024年4月に稼働を開始した紀尾井町に続く2拠点目となる。
施設1階には、最大出力150kWの蓄電池型急速充電器を1基設置。2台同時の充電が可能だ。対象はアウディ、ポルシェ、フォルクスワーゲンの各オーナーによるプレミアムチャージングアライアンス(PCA)に限らない。テスラや日産を含む、全てのEVに対応している。
PCAに属さないEVオーナーは、PowerX(パワーエックス)アプリをダウンロードし、Audi charging hubの会員登録を行うことで利用できる。紀尾井町の充電施設では、サービス開始以降、累計利用回数が2500回を超え、約4割がPCA以外のユーザーだったという。
アウディが狙うのは、EV購入を検討する潜在顧客のバッテリー切れ不安の払拭だ。芝公園という都心立地も活かし、利便性の高さをアピールする。ブランド・ディレクターのマティアス・シェーパース氏は次のように述べている。
「ドイツはアウトバーンで高速走行が前提だが、日本は速度制限があり街乗り中心。実はドイツ以上に日本の方がBEVと相性がよい」
2025年1月時点でのドイツにおけるBEVシェアは約17%。一方で日本は2%未満にとどまる。「日本には、ドイツを超えるポテンシャルがある」と同氏は見ている。
施設2階には、50平方メートルのラウンジを併設。充電を開始すると、ユーザーのスマートフォンにQRコードが送信され、それを使って入室する仕組みだ。とくに深夜帯の安全確保にも配慮した設計となっている。
東京電力エナジーパートナーの「EV DAYS」が行った調査によれば、EV充電中の過ごし方について、1位は「特に何もしていない」(247ポイント)、2位は「買い物」(218ポイント)、3位は「食事・お茶」(160ポイント)という結果だった。そうした背景もあり、ラウンジの設置には明確な狙いがある。ビジネスパーソンであれば、メール確認などに充てることで時間の有効活用が可能だ。
なお、ラウンジの利用はアウディオーナーに限定。特別感を演出することで、顧客満足度の向上とブランドの差別化を図っている。
スマホに送られてきたQRコードを使って2階のラウンジに入室(画像:武田信晃)
アウディは2022年から「Audi Sustainable Future Tour」と題した全国プロモーションを展開してきた。テーマはSDGs。BEVに対する理解促進を狙った取り組みだ。
一度BEVに乗れば、内燃機関(ICE)車には戻れないほど性能が進化していると、アウディは自信を見せる。しかし、日本市場におけるBEV理解度は依然として高くないという。
「日本の自動車メーカーが積極的にBEVを売ろうとしていない現状では、輸入車メーカーだけで市場を動かすのは難しい」
と関係者は語る。銀座、日本橋、芝公園などでの拠点整備や、レクサスとの急速充電網の提携など、これまでの準備が本格化するのは2025年だ。今後は、これらの布石が実を結ぶことが期待されている。
BEVの普及と充電インフラの拡充は「鶏と卵」の関係にある。どちらか一方が先行しても意味はない。現在、サードパーティーによる急速充電施設の展開は鈍く、自動車メーカー自身が対応を迫られているのが実情だ。
日本人とドイツ人の両親を持つシェーパース・ブランド・ディレクターは、日本人が保守的な国民性を持つことをよく理解している。だからこそ安心を作り出すことが何より重要だと語る。アウディは今後も、日本人の信頼を得るために地道な努力を続けていく方針だ。
スウイング式アームを採用すること(AUDI AG 特許取得)で、車の向きを気にせずに充電可能(画像:武田信晃)
これまでBEV市場はテスラの一強だった。しかし、イーロン・マスク氏の政治的な発言や、AI市場で価格破壊を引き起こしたDeepSeekと同様、BEV分野でもBYDが価格競争を仕掛けたことで、その体制に変化が生じている。
日本ではいまだに中国製品を軽視する風潮が残るが、「まだ大丈夫」という油断の隙を突かれ、技術的に追いつかれた部分もある。
注目すべきは、全固体電池の開発動向だ。トヨタが2027年にも実用化を目指すとされる中、BYDも同年からの投入を発表している。
アウディは、テスラやBYDとはポジションが異なり、直接的な競合ではない。しかし、仮にBYDのバッテリーが数年後も劣化しにくいと評価されれば、BEV市場全体の信頼性が高まり、需要の拡大やリセールバリュー(再販価値)の下支えにもつながる。アウディにとっても追い風となる可能性がある。
問題は、中国という異なるイデオロギーを持つ国の製品をどう捉えるかだ。iPhoneのように中国製でも日本で受け入れられた例はある。では、自動車においても同様の現象が起こるのか。それが今後の焦点となる。
ラウンジ内の様子。奥に東京タワーが見える(画像:武田信晃)
トランプ関税について尋ねると、
「日本市場は世界的に見て経済も政治も安定しており、ルールに基づいてビジネスが行われている。市場からの信頼は今後さらに高まるだろう」
と語った。また、ドイツと日本の間に関税はほとんど関係ないため、日本への直接的な影響は少ないとも述べた。
安定したビジネス環境は大きなメリットであり、これが前述の通り、アウディの取り組みの成果を生み出しつつある理由だ。
アウディはプレミアブランドとして差別化を徹底しており、BEVの使いにくいという先入観を払拭することが重要だと考えている。そのため、顧客との接点を増やす努力を続けていく決意を示した。
武田信晃(ジャーナリスト)
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