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東日本ではPASMOが停滞する中、西日本のJRが開発したICOCAが急速に普及している。

ICOCAは2021年以降、中小規模の地域鉄道・バス事業者によって導入が相次いでおり、導入事業者は2022年3月時点で50社を超えている。

ICOCAは、地域に特化したカスタマイズが可能であり、簡易型ICOCA端末の提供を始めたことで普及が加速している。

JR西日本はICOCAを単なる商品ではなく、ソリューションとして外販しており、中小事業者向けに柔軟に対応。

さらに、モバイルICOCAを基にしたモバイルTOICAやモバイルSUGOCAがJR東海とJR九州で導入されるなど、ICOCAの普及が進んでいる。

(要約)

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Photo:SANKEI 

 

 JR西日本のICカードICOCAの導入事業者が3月で50社を超えた。東日本でPASMOが停滞する一方、ICOCAはなぜ急速に普及しているのか。JR西日本の担当者に話を聞いた。(鉄道ジャーナリスト 枝久保達也) 

 

● PASMO停滞の一方で 急拡大するICOCA 

 

 今や鉄道、バス利用に欠かせないICカード乗車券。とはいえ、導入エリアは大都市が中心で、地方に目を向ければ未導入の路線は珍しくないが、2021年以降、西日本の中小規模の地域鉄道・バス事業者がJR西日本のICカードICOCAを相次いで導入している。 

 

 直近では、広島県の中国バスと鞆鉄道、岡山県の井笠バスカンパニーが3月30日から、和歌山県の明光バスが4日から、また、地方都市の中規模鉄道事業者である愛媛県の伊予鉄グループや、福井県のえちぜん鉄道、福井鉄道も、3月から全線で全国交通系ICカードに対応。導入事業者は今年3月時点で50社を超えるのである。 

 

 では、東日本で同様の動きがあるかというと、関東には民営鉄道・バス事業者が共同で導入したPASMOがあるが、直近5年で新たに導入したのは秩父鉄道、バス事業者の東洋バス、イーグルバス、関越交通サービスなどわずかである。 

 

 中小事業者を巻き込んだPASMOが停滞する一方、JR西日本が開発したICOCAはなぜ急速に普及しているのか。その謎を探るべく、JR西日本デジタルソリューション本部WESTER-X事業部の酒井信弘課長に話を聞いた。 

 

 日本のICカード乗車券はJR東日本が2001年に導入したSuicaから始まった。続いて2003年にJR西日本がICOCA、2004年に関西の民営事業者がPiTaPa、2006年にJR東海がTOICA、2007年には関東の民営事業者がPASMOを導入し、東名阪の都市鉄道はおおむねカバーされた。 

 

 以降は北海道、九州、東北、北陸にICカード乗車券が登場し、2013年に主要10カードを中心とする「全国IC相互利用サービス」が始まったが、導入には一定のコストがかかるため地方への普及は足踏みした。 

 

● 「簡易型IC端末」の 提供により導入が加速 

 

 そこに目を付けたのがJR西日本だ。同社はコロナ禍を受けて2020年10月に「JR西日本グループデジタル戦略」を策定し、11月にデジタルソリューション本部を設立。鉄道事業の構造改革(DX)と社外へのソリューション販売を一体的に進めるオープンイノベーションの取り組みに着手した。その成果は当連載でもたびたび取り上げてきた通りだ。 

 

 デジタル戦略の柱のひとつが、クレジットカード「J-WESTカード」、「モバイルICOCA」、「Wesmo!」をWESTERポイントで結びつける「WESTERワールド」の構築だ。その第一歩がICOCAユーザーの拡大になる。 

 

 ICOCA利用可能エリアは近畿圏から郊外に拡大していったが、2019年以降は設置コストの少ない「車載型IC改札機」型を境線、和歌山線、七尾線などローカル線区への導入に着手した。 

 

 そして、2021年に地域鉄道・バス事業者へのICOCAシステム販売を開始。2022年にコストの少ない「簡易型IC端末」の提供を始めたことで導入が加速した。「簡易型」とは端末を指す言葉であるが、便宜上、地域鉄道・バス事業者向けのものを「簡易型ICOCA」と記したい。 

 

 JR西日本のICOCAサービスはいくつかのタイプがあるが、基本的にはいずれも同じ仕組みだ。Suicaに代表される全国共通ICカード乗車券システムは、ICカードFelicaを中心に構成される。運賃はカードに記録された乗車駅(バス停)情報とリーダ・ライタ端末に内蔵された運賃テーブルから計算し、カードに新しい残高情報を書き換える。 

 

 

 利用記録・残高情報は順次、中継サーバーを介してセンターサーバーに送られる。自動改札機、簡易型自動改札機、車載型改札機など複数形態が存在するICOCAだが、端末の種類が異なるだけで、基本的なシステム構成は同じだ。 

 

 ICカード乗車券システムにコストがかかるのは、Felicaカード、リーダ・ライタ端末、サーバーなどの設備投資が必要だからだ。 

 

 では、なぜ中小事業者が簡易型ICOCAを導入できるのか。酒井氏は地域のニーズに特化した形でカスタマイズされているからと説明する。 

 

 「極端な例でいきますと、例えば、全区間180円というところに、運賃計算の仕組みは要りません。事業者によって必要のない機能をそぎ落とすことで、取り扱いデータを減らすことができます」 

 

● 単なる「商品売り」ではない JR西日本のソリューション外販 

 

 JR西日本のように多数の駅、複数の経路、複雑な営業制度があるとプログラムの構築と検証に費用がかかるが、中小事業者はそうではない。また、利用者数が少ないため、通信回線やサーバー規模、端末の仕様も都市部とは変わってくる。 

 

 「鉄道向けのリーダ・ライタ端末は、通勤時間帯を想定して1分あたり45人以上というハイスペックな処理速度を仕様としていますが、地方に行くとそこまで短時間で処理する必要はないので、物販用レベルの端末でいいんじゃないか」 

 

 しかし、JR西日本は簡易型ICOCAをカタログに載せて「商品」として売り込んでいるわけではない。その理由は当連載の2024年3月4日付「JR西日本の新技術が『日ハムの新球場』に導入された納得の理由」で次のように書いた通りだ。 

 

JR西日本のソリューション外販は、技術をそのままに売り込む「代理店」でも、課題を探る「コンサル」でもない。顧客と話し合いを重ねながら課題を見つけ出し、必要なソリューションを提案。導入にあたっては顧客のニーズにあわせたカスタマイズをしながら実装していく、一気通貫の「課題解決力」と「伴走力」が唯一無二の強みとなる。 

 酒井氏も「今ある仕組みをそのまま売ろうっていう発想は持ってない」として「我々のソリューションを活用していただきたい、使ってくださいというよりは、活用して何かできますよ。なんかできませんか?みたいなスタンスです」と語る。 

 

 

 これを可能にしたのがJR西日本の特殊な立ち位置だ。前述の通り、現行の全国共通ICカードはSuicaから始まったが、2番手のICOCA、3番手のPASMOのみが独自開発だったのに対し、以降はSuicaの仕組みを流用しているという。 

 

 独自開発といってもICOCA、PASMOは同じ仕様で作られているため互換性があり、利用者の視点で違いはないが、システムを独自で組み上げた経験がカスタマイズの自由度に直結している。また、リーダ・ライタ端末についても、グループ会社のJR西日本テクシアが当初からOEM生産している。 

 

 こうしたノウハウを活かして開発し、2025年1月から提供を開始したICOCA Web定期券サービス「iCOMPASS」は、簡易型ICOCAを後押しするキラーコンテンツになった。特に刺さったのがバス事業者だった。経営が厳しい上、人手不足の現状ではバスの定期券売り場の増設は難しい。iCONPASSは「こうした切実な課題をネット販売で解決できないかというところからスタートし、実際にウケた」という。 

 

● ICOCAに「乗った」 JR東海とJR九州 

 

 ここで一旦、iCONPASSの仕組みを整理しておこう。全国共通ICは1種類のバス定期券が搭載できるようになっている(バス事業者が参加していないカードは非対応)が、定期券情報をカードに書き込む必要があるため、定期券売り場や券売機に行かなければならない。 

 

 それに対してiCONPASSは購入時、専用サイトで保有するICOCAカードの固有IDを入力する。利用時は端末にタッチしたカードのIDが定期券に紐づけられているかセンターサーバーに照会する仕組みのためネット上で完結する。標準機能のバス定期券は1枚分の記録容量しかないが、iCONPASSであればICOCAに最大5枚の定期券を紐づけ可能だ。 

 

 JR西日本の「ICOCA輸出」は新たな段階に入ろうとしている。モバイルICOCAのシステムを活用し、JR東海が2026年春に「モバイルTOICA」、JR九州が2027年春に「モバイルSUGOCA」を導入すると3月7日に発表したのである。 

 

 

 JR東海とJR九州がICOCAに「乗った」ことに筆者は驚いたが、酒井氏は「レール1本でつながっているので、もともとそういう土壌がありました。3社で一緒にやることで、効率的なシステム運営や施策のスピード感が期待できます」と説明する。 

 

 モバイルICOCAをベースに作られるモバイルTOICAとモバイルSUGOCAは資金決済法上、ICOCAという扱いだ。ICOCAの名前のまま他社の定期券を発行するのは分かりにくいので、独立したアプリ化した形だが、酒井氏によれば、それぞれにカスタマイズの余地があり今後、独自機能が追加される可能性はあるようだ。 

 

 本家の進化も続く。モバイルICOCAは2027年春に、これまで磁気定期券しか対応していなかったICエリア外でもICOCA定期券が利用できるサービスを導入予定で、モバイルSUGOCAにも展開を予定している。こうした機能が充実することで、さらなる普及が期待できるだろう。 

 

 乗車券システムは今後、カードに情報を記録せず、端末にライタ機能を必要としない、より低コストのセンターサーバー式へ移行していくが、現時点では新型Suicaを導入中のJR東日本に続く事業者は現れていない。 

 

 一方、関東ではJR東日本など8事業者が2026年度以降、関西ではJR西日本が2028年度以降、京阪電鉄が2029年度までにコストのかかる磁気乗車券を廃止してQRコード乗車券に置き換える計画を発表している。QRコード乗車券はセンターサーバー式のシステムであり、現行ICカード乗車券が移行しない理由はない。 

 

 だが、人口減少にさらされた地域鉄道・バス事業者には、次世代システムの標準仕様が確定するまでICカード対応を待つ余裕はない。移行期においてICOCAが果たす役割は小さくないだろう。願はくは東日本でも同様の動きが出てほしいところだが、具体化しないのであれば、いっそICOCAの東日本進出があってもいいのかもしれない。 

 

枝久保達也 

 

 

 
 

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