( 294610 ) 2025/05/28 06:15:52 1 00 新農林水産相の小泉進次郎が、備蓄米を安く販売する取り組みを始め、進次郎バズーカと呼ばれることもある。 |
( 294612 ) 2025/05/28 06:15:52 0 00 スーパー大手ライフのコメ売り場を視察する小泉進次郎農林水産相
「小泉バズーカ」は効くのか。6月初めに備蓄米を5キロ2千円で店頭に並べたいとぶち上げた小泉進次郎・新農林水産相。政府の備蓄米を随意契約で小売りに直接販売し、足りなければ無制限に放出するという。5月21日の就任後は連日メディアに登場し、怒涛のようにメッセージを出し続ける。なりふり構わぬ姿勢は、官邸の命をうけ、デフレ脱却のために異次元の金融緩和策を打ち出し続けた「黒田バズーカ」を彷彿させる。7月の参院選までに結果を出すために、背水の陣で臨む。
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「小泉進次郎です。お元気ですか? また(あなたの)出番がやってきましたよ」
その電話は20日午後に突然かかってきた。驚きながら「ご本人ですか? 出番って?」と聞き返すと「コメですよ、コメ。これを何とかしないと。いくらなんでも今は高すぎますよね。(国民の)コメ離れが起きてしまうでしょう」。
かつて農業や農協問題を取材していた筆者に、強い口調でこう話しかけてきた。
「なんで農業の取材をやめたんですか? 全農(の取材)もやったでしょう」とたたみかけてきた。慌てながら簡単に説明した。
同日午前、経営再建中の日産自動車のイヴァン・エスピノーサ社長が進次郎氏と面会したというニュースが流れた。
筆者は、その確認のために進次郎氏の事務所に連絡した。確認事項をメールしてほしいといわれた。ついでに進次郎氏が自民党農林部会長時代に、筆者が取材していたことも書き込んだ。3時間後に進次郎氏本人から電話がかかってきたのだ。
日産の件で問い合わせをしたのに、いきなりコメ問題を持ち出してきたのが意外だった。 その日の夜に、進次郎氏が農水相に就任とのニュースが流れ、さらに驚いた。
関係者に聞くと、進次郎氏は農水相就任の前から、コメ問題を何とかしないと、とたびたび周辺に話していたようだ。政権や参院選などをにらんで、コメが重要なテーマになると思ったのだろう。
いま思えば、日産の件で問い合わせをしたとき、進次郎事務所の対応が予想外に良かった。確認したい点があれば、進次郎氏に確認すると秘書が言ってきた。日産への対応でも注目を集めた進次郎氏は、自身にプラスになる発信をとても意識しているな、と感じた。そうでなければ、番記者でもない人間に直接電話してこないはずだ。
2024年秋の自民党総裁選では、想定外の3位に甘んじた。衆院選の結果をうけて選挙対策委員長も辞任した。復活の準備をしていたと思う。大手商社出身のスタッフが今の進次郎氏をプロデュースしているようだ。
農林水産省は27日、前日から受け付けを始めた備蓄米の「随意契約」に、同日午前9時までにドン・キホーテやオーケー、楽天グループなど19社から申しこみがあったと発表した。19社の購入申請量の合計は9万824トン。当面の放出枠としている30万トンの3割に相当する。
「進次郎でもだめだったらうち(農水省)もつぶれてしまう。もう選択肢はない。進次郎に乗るしかない」。農水省関係者はこう話す。
進次郎氏や関係者がにらむのは7月20日が投開票日として有力視される参院選だ。「(進次郎氏は)いずれ説明が難しくなる時がくることも考えられる。最初の1~2週間でいかに市場にインパクトを与えられるかが勝負だ」と関係者は話す。進次郎氏も「初日からトップスピードだ」と自分を奮い立たせる。
23日の閣議後会見では、25年産のコメの作付面積(4月末時点)が大幅に増え、コメの生産量が前年より40万トン(需要全体は約670万トン)増える見通しであることも自ら発表した。今年はコメがたっぷりとれますよ、とのメッセージを市場に流した。
日銀の「黒田バズーカ」は10年超でも結果を出せなかった。進次郎氏は2カ月での成果を求められている。
■農協は戦々恐々
進次郎氏に戦々恐々としているのが農協(JA)グループだ。進次郎氏は「組織、団体に忖度しない」と明言する。農協のことだ。進次郎氏は15年10月に自民党農林部会長に就き「JA全農(全国農業協同組合連合会)改革」を手がけた。全農は農産物や資材の販売などを手がける農協グループの巨大商社だ。「民間」相手で、激しい抵抗もあり、玉虫色の結果になった。
大昔から農協側が絶対譲れないのが「米価維持」。コメ兼業農家が組合員で一番多い。農協の金融口座数と連動する。金融収益が農協の生命線で政治力の背景だ。その源泉の米価を下げるというのだから、今後はガチンコ勝負になる。
農協側は進次郎氏のバックに元農水事務次官、奥原正明氏がいるとみる。奥原氏は農協関係者で知らぬものはいない「農協の天敵」だ。農協から金融を分離し、農業に専念させたい考えだった。全農改革でも進次郎氏を支援した。
秋田県の農家だった父親が農協にいじめられたのを目の当たりにして育った菅義偉官房長官(当時)の信頼を得て、農協グループの頂点で農協法上の特別認可法人だったJA全中(全国農業協同組合中央会)を一般社団法人(19年9月から)にしてしまった。「ここまでやるのか」と当時の農協幹部がつぶやいたのを筆者は聞いた。全国組織を生贄(いけにえ)にして、票を持つ現場の農協には手を出さなかったのが奥原氏の知恵だった。今回、進次郎氏に助言しているか奥原氏に聞いたところ「そういうことにはコメントしない」と述べた。
■政府にとっての誤算
政府にとっての誤算は、備蓄米の放出を表明したのに、コメの価格が下がらなかったことだ。市場が反応しなかった。全農やほかの集荷業者が、既に高い価格でコメを買ってしまっていたため、とみられる。安く売ると損が出るためだ。
また、これまで3回行われた備蓄米の入札で、健全な競争が機能したのかと思われる面もある。資格者は約60の団体や企業があったが、応札するのは一けたの団体・企業。応札が不調に終わることもあった。これまでの3回の入札で合計約31万トンが落札されたが9割超が全農だった。
今回、政府が随意契約で価格を決めて備蓄米を販売する方法に切り替えたが、政府内でさや当てもあった。財務省は、随意契約でと農水省に言ってきたのに動かなかった、との報道があった。「農水省側はずっと打診してきたのに、ダメと言ってきたのはあっち(財務省)だ。官邸が動いたら手のひらを返した」と怒りを隠さない。
「コメ買ったことない」発言で更迭された江藤拓前農水相の問題もあったようだ。江藤氏は農水相2回目。大物農水族議員の故江藤隆美氏の長男で、農水族の中では森山裕自民党幹事長に次ぐ格。会議ではパパッと資料をみて、ガーッと指示を出して、官僚らはだまって従わざるをえなかったという。会議もシーンとすることが多く、活発な議論はできない雰囲気だったらしい。
石破茂首相とも不仲だった。「おれは(自民党総裁選で)石破なんかに入れたことない」とうそぶいていた。
昨年夏の対応が問題だったという指摘もある。23年産のコメが問題で、統計では平年並みだったが、一等米比率が極端に少なく品質が悪かった。「スーパーの店頭に並んでいるコメが少なくなっていたのは十分にあり得る。それが根っこにあって、昨年夏ぐらいからコメが足りなくなるといわれた。そこから準備して備蓄米を放出すれば問題なかった」と話す専門家もいる。
■備蓄米以外のコメも下がるか
今後はどうなるのか。程度の差はあるものの、備蓄米の価格は一定の額は下がるだろう、という見方で専門家も一致する。ただ、備蓄米以外のコメは、少なくとも26年産まで下がらないのではないか、との見方が強い。現在コメの平均価格は5キロで4200円程度。石破首相は平均3千円台にしたいと訴えている。
コメの集荷業者は早めにコメを確保したいために25年産のコメの買取価格を昨年より大幅に増やす方向だ。JA全農にいがた(新潟市)は25年産コシヒカリの目標を60キロあたり2万6千円以上とする方針だ。24年産当初より5割高い。全国でこういう傾向で民間の商取引に、政府が介入することは難しい。
24年産も、コメ業者はすでに高いお金で買っており、安く売ると損が出る。
政府としては備蓄米を使ってコメ全体の価格を下げるために最大限の努力を続けることになる。「今に全てを注ぎ込み、参院選後のことは考えていない」と農水省関係者は話す。この秋は、コメが余る恐れもある。コメは保存できるため、生鮮食料品よりは値崩れもしにくく値が下がるかはわからない。
進次郎氏は、21日の大臣就任会見で27年産のコメの生産体制に向けて抜本的な改革の意向も示した。ただ、参院選後も農水相を続けるかはわからない。27年は次の衆院選挙も近くなり、抜本的なコメ制度改革は雲散霧消となる可能性もある。
(元朝日新聞編集委員 小山田研慈)
小山田研慈
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