( 294657 ) 2025/05/28 07:02:48 0 00 「農政トライアングル」の構造を壊す農政改革とは(イラスト/井川泰年)
コメの品不足・価格高騰が続いている。政府が備蓄米を放出しても、収束の気配が見られない。経営コンサルタントの大前研一氏は、「今回の米騒動は、農業政策・食料政策を根本から見直す好機でもある」という。日本の農業改革には何が必要か、大前氏が提言する。
* * * 「令和の米騒動」が収束しない。農林水産省は政府備蓄米を3月に約21万t、4月に約10万tを放出し、今後も7月まで毎月放出する方針を打ち出した。しかし、それでもコメの価格はほとんど下がらず、5kgの平均価格は前年同期と比べて2倍以上の高値が続いている。
農水省の調査では、3月に放出した備蓄米のうち4月13日までにスーパーなどの小売店に届いたのは、わずか1.4%の3018t。この状況が続けば夏の参院選で与党にとって大きなマイナス要因になるから、石破茂首相は自民党に対策をまとめるよう指示した。
コメの品不足・価格高騰の原因は複数あると思う。
まず、備蓄米の入札参加条件が大規模な集荷業者に限られ、しかも買い取ってから1年以内に同量を買い戻さねばならないからだ。
この条件を満たせる集荷業者はJA(農業協同組合)以外にはほとんどない。だからJAに95%もの備蓄米が集まり、精米や包装、輸送などの調整に時間がかかって流通に目詰まりが起きているのだ。そのため、政府は買い戻す時期を5年以内に延長する方針を固めたが、こんな条件をつけること自体が理解不能だ。
もう1つは、JAを介さずにネットで直接販売する農家が増えたことである。たとえば、私の知り合いの農家の場合は消費者や飲食店などからスマホやパソコンに注文が来て、JAに出すよりも高い値段で売れている。その日に精米した分が売れ残っても、近くの「道の駅」に持っていけば、すぐに売り切れるという。
そうなると、お客さんの反応を肌で感じられて値段も自分で決められるから、安い値段でしか買わないJAには回さなくなる。そのため、JAルートに流れるコメの供給量が少なくなって値段が上昇しているのだ。
さらに、自民党が参院選対策で“票田”のコメ農家を儲けさせるためにJAと組んで流通量を制限し、米価を上げたという見方もある。もしそうだとすれば、参院選までコメは品不足と高値が続くことになるが、想定以上に値上がりして高値が続いてしまい、江藤拓・前農水相の「コメは買ったことがない」という失言もあって参院選に悪影響を及ぼしかねなくなったため、石破首相は焦っているようだ。
そもそも、日本の農業にはJAが生む歪みがある。
農水省の統計によると、ふだん仕事として主に自営農業に従事している基幹的農業従事者は約111万人(2024年)だが、JAの組合員数は約1021万人(2023年度)もいる。
なぜか? 農家でなくてもJAの組合員になれば大きな恩恵を得られるからだ。
たとえば農機具の購入や施設の整備などに対して政府から様々な補助金や助成金が出ている。ガソリンや肥料、農薬も安く買えるし、JAバンクの住宅ローンやマイカーローンの金利は他の金融機関よりも低い。
そして、農家の最大のメリットは「相続税の猶予・免除」である。農地にも相続税は課税されるが、納税猶予制度があり、相続人が農業を受け継いで一生涯(一部地域では20年間)農業を続ければ、納税猶予された相続税を納めなくてよくなるのだ。サラリーマンのささやかな経費控除とはケタが違うのである。
1960年の農業従事者数は1273万人で、全産業就業者数の28.7%を占める“大票田”だった。だから自民党は農家を優遇したのである。それが2023年には7分の1の181万人にまで減少し、全産業就業者数に占める割合はたったの2.7%になった。
それでも農家に対する数々の多大な優遇政策は温存されている。この歪み=不公平を是正しなければ、日本の農業は健全で強い「産業」にはならない。
今回の米騒動は、農業政策・食料政策を根本から見直す好機でもある。日本には戦後から続く農水省・自民党・JAが複雑に絡み合いながら利害を共有し、時に政策を歪めてきたとされる「農政トライアングル」という構造がある。
それがもたらす問題点は、農家に納税者負担で補助金を出して「減反」させ、コメの生産量を意図的に減らして高価格を維持しつつ、その一方で圃場整備事業(耕地区画の整備、用排水路の整備、土層改良、農道の整備など)に膨大な税金を費やし、減反しながら農地を増やすという矛盾した政策を続けてきたことである。
結果、農業の大規模化・効率化・生産性の向上は進まず、既得権益が強いため若手農家や新規参入者が不利になって世代交代も進んでいない。実際、2024年の基幹的農業従事者の平均年齢は69.2歳で、65歳以上が79.9%を占めている。この構造を壊さなければ、日本の農業に未来はない。
では、どうすればよいのか? まず、都道府県数の10倍以上の507(2024年4月1日時点)もある農協の集約だ。協同組合ではM&Aもままならないので、株式会社化することを検討しなければならない。
農畜産物の販売や生産資材の供給を担当しているJA全農も株式会社化して機能別に分割し、これまで培ってきた技術と品質を武器に世界で勝負すべきである。
そして、農政改革を断行しなければならない。その具体策は2つある。1つは、農水省を経済産業省に吸収・合併し、農業を「産業」として伸ばすことだ。もう1つは、今の農水省は需要者(消費者)のための役所ではなく、供給者のための“農民漁民省”になっているから、新たに需要者のための「食料省(胃袋省)」を設置して、世界中から安全・良質・廉価な食料を長期的・安定的に調達することだ。
政府は「食料安全保障」と称して食料自給率(国内の食料全体の供給に対する国内生産の割合を示す指標)の向上を唱えているが、それはまやかしだ。
日本の食料自給率(2023年度)はカロリーベースで38%である。コメは自給率100%だが、それ以外の食料は輸入頼みで、たとえば小麦は同18%、畜産物は同17%でしかない。つまり、それらの輸入が途絶えたら日本はジ・エンドであり、しょせん「食料安保」は空念仏にすぎないのだ。
また、戦争が起きると食料自給率が低い日本は食料が枯渇すると言われるが、それ以前に石油の輸入が止まったら石油備蓄は240日しかないので、その後は経済活動全般がストップし、農機具1つ動かせなくなる。食料安保に意味はないわけで、石油やガスを輸入に頼る日本は、ただただ戦争をしなくて済む外交政策を展開するしかないのである。
とにもかくにも、昭和の時代から進化していない怠慢な農政は速やかにオールクリアし、ゼロベースで刷新しなければならないのだ。
【プロフィール】 大前研一(おおまえ・けんいち)/1943年生まれ。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長、本社ディレクター等を経て、1994年退社。ビジネス・ブレークスルー(BBT)を創業し、現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める。最新刊『日本の論点2025-26』(プレジデント社)、『新版 第4の波』(小学館新書)など著書多数。
※週刊ポスト2025年6月6・13日号
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