( 294892 ) 2025/05/29 06:31:04 0 00 Photo:Diamond
セブン-イレブン(以下、セブン)が5月から展開している「お値段そのまま!人気商品増量祭」は、キャンペーンという名の「裏切り」だ。そんな小さなことで……と思うかもしれないが、セブンの良質な商品に期待していただけに、失望した人たちも多い。セブンが挽回するために、今何をすべきか提案しよう。(イトモス研究所所長 小倉健一)
● 期待外れのセブン、キャンペーンが逆効果
とみ田監修豚ラーメンのチャーシュー1枚、冷たいまま食べるチキン南蛮のタルタル2倍、コールスローサラダのコーン2倍……。一応は「増量」だが、見た目も満足感も誤差の範囲でしかない。SNSでは「焼け石に水」「気づかないレベル」と揶揄され、「セブンはケチ」「上げ底の再来」「ショボすぎて笑う」などと冷笑の嵐が吹き荒れた。
一方、ファミリーマートはファミチキを40%ほど増量させるキャンペーンを昨年展開したり、ローソンもプレミアムロールケーキを47%増量したりして拍手喝采を浴びた。
セブンも実際に増量しているのだが、「増やしたのはタルタルチキンのタルタルソースの方」というセコい話で、客が「どこが変わったのか」と戸惑ってしまう状況だった。
商品パッケージに貼られた「増量シール」がなければ、誰も気づかなかったかもしれない。つまり、同キャンペーンは、演出過剰としか言いようがなく、すべてを台無しにしてしまったのだ。
このような「期待外れの体験」によって生まれた感情が起こす行動について、マルセル・ゼーレンベルグらが1999年に発表した論文『サービス提供とあるべき姿の比較:後悔と失望に対する行動反応(Comparing Service Delivery to What Might Have Been)』が核心を突いている。同研究では、サービスに対して感じる「失望」は、口コミでの否定的共有という形で顧客行動に直結することを明らかにした。企業側に失望させた責任があると認識された場合、行動に結びつきやすいというわけだ。
つまり、「セブンはケチだった」「これで増量なのか」といった投稿がSNS上で爆発的に拡散したのは、まさにこの構造による。消費者は「自分の選択ミス」ではなく、「企業が裏切った」と感じたときに、その怒りを外部に伝播させるのだ。セブンの増量施策は、失望の連鎖を生み、その失望が可視化され、SNS時代にあって、さらに燃え広がった。
● タルタル増量したけど、信用は激減
セブンの「人気商品増量祭」がもたらした感情は失望だけではない。もう一つ、企業にとって致命的な影響を及ぼす感情がある。それが「後悔」である。
「ファミマにしておけばよかった」「ローソンのほうが満足できた」という声は表に出にくいが、購買行動そのものに直接反映される。これは“静かな離脱”であり、企業にとって最も恐るべき反応である。同研究では、「後悔」が顧客の乗り換え行動につながることを示している。
《後悔は、サービス提供者の乗り換え傾向に直接的な影響を与える。顧客は『間違った選択をした』と感じ、自分の失敗を修正したくなる》
つまり、セブンのタルタル増量や枝豆7倍といった“演出に偏った増量”は、派手さだけを追い、顧客の実感を置き去りにした。
その結果、派手さと満足度が一致したローソン、ボリュームの分かりやすさで評価されたファミリーマートに対して、「セブンを選んで失敗した」と顧客が感じ、静かに流出している。表立ったクレームよりも、無言の離脱の方が、企業にとってははるかに深刻なダメージである。
本来、価格据え置きで量を増やす施策は、感謝と信頼を得るための手段だったはずだ。だが、期待をあおっただけで内容が伴わなければ、逆効果に転じる。タルタルが増えた分、信頼は減ってしまったのだ。
もう「タルタルソースだけ増やして終わり」の時代ではない。顧客が感じるのは、量ではなく誠意である。セブンが次に“本当に増やす”べきなのは、商品の中身ではなく、期待に応える力そのものである。
セブンの担当者たちは、インフレが重くのしかかる昨今にあって、「増量」という言葉に着目したのだろうが、国民の最たる関心事項は「お米価格の高騰が続いている」ことだ。生活者にとって主食のコスト増は、パンや麺とは異なる切実さを伴う。
だが、コンビニ業界ではこの窮地に正面から応えた戦略は乏しい。目立つのはスイーツや揚げ物の増量セールやドリンク無料クーポン。たしかに一時的な話題にはなるが、国民の最も深刻な実感とずれたキャンペーンは、やがて飽きられる運命にある。
今、もし創業者である鈴木敏文氏がセブンを率いていたらどうしていただろうか。
● 今求められるのは「おにぎり2つ買えば1つ無料」?
鈴木氏は常に「顧客の立場」に立つことの重要性を説いていた。
《新しいサービスを考えるときにも、「どう発想するのか」とよく聞かれますが、これも、何か特別なことを考えているわけではありません。「こういうものがあれば便利だな」という思い付きでやっているんです。(中略)便利なものであれば、あったほうがいい。まったく難しい話ではありませんよね》 (『トップの意思決定 日本のビジネス界を牽引する15人に聞く』イースト・プレス、齊木由香著)
今の時代にとって「便利なもの」とは何か。高騰するお米に対し、価格面での負担を直接的に軽減する手立てではないか。
鈴木敏文氏の考えに従えば、例えば「ごはんが安く手に入る」と言った方向性が顧客の心をつかむであろう。
例えば、おにぎりの最低価格商品が1個140円と仮定して、期間限定でおにぎり・お弁当・白米パック商品のうち1点を140円引きにする『セブンのごはん無料キャンペーン』やってみてはどうか。
名目上は「無料」と打ち出しつつも、セブンにとっては、ただの140円引きセールであるというのが肝だろう。調べた限りでは、この半年間で、セブンにおいて、10円引きや一部に増量セール、値段据え置きという企業努力はあったが、大きく「おにぎりが無料になる」と打ち出したキャンペーンはなかった。
もちろん、140円であっても粗利を圧迫するのでは?という懸念はある。だが、現実にはドリンク1本無料クーポンなどと比べて、売り上げ的に大きな差があるわけではない。
この構造を理解すれば、話は単純である。「おにぎりを2つ買えば1つ無料」といったキャンペーンは、利益の目減りを一時的に受け入れるかわりに、売り上げと滞留時間を伸ばす起爆剤となりうる。鈴木氏ならば、短期的な粗利の圧迫に一喜一憂することはないはずだ。
むしろ、キャンペーンによって来店頻度を上げ、「また来たい」「買ってよかった」という感情を持たせることで、長期的な顧客接点の増加を重視する。その感覚は、前掲書にある鈴木氏の言葉にも表れている。
《自分が不便だと思ったことは、ほかの人だって不便と感じるわけです。一つずつ「こうしたら便利だろう」と考えてやっていれば、自分が思ったほどではないにしても、いまよりは便利になるはずです》(同書)
目先の原価や値引率よりも、「いま、何に困っているか」を捉え、「こうあったら便利だ」という感覚を、商品と価格で具体化すること。それこそが、セブンの創業者・鈴木敏文氏が最も得意とした「発想のジャンプ」だった。
増量でもクーポンでもない、コメの高値という本丸に挑む企画こそ、今求められている「次のセブン」ではないのだろうか。
小倉健一
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