( 295918 ) 2025/06/02 05:38:32 0 00 退職代行サービス業者とはLINEでやりとりをしていた(写真:筆者撮影)
社会的に注目を集める「退職代行サービス」。ゴールデンウィーク明けには、新卒社員などから多くの依頼が殺到したと報じられた。「仕事をすぐ辞める“責任感のない若者”」――そんな印象で語られがちな退職代行だが、ハラスメントやメンタル不調で追い詰められた人には文字どおり命綱になるケースもある。 退職代行業者を介した宣伝的な情報発信を除くと、利用者自身の声は意外と少ない。本連載では、退職代行サービスで会社を辞めてから一定期間が経過した当事者に取材。なぜ退職代行を利用するに至ったのか、その後の人生やキャリアをどのように切り拓いているのか掘り下げる。
本記事は後編です。前編:『「会社のトイレで泣いていました…」新卒入社3カ月で退職代行を利用した彼女の決断』
■涙が止まらなくなった
人文系の大学院を修了した後に大手企業のグループ会社に就職した瑠奈さん。上司から飲み会で体型のことを揶揄されるなどしているうちに涙が止まらなくなった。
ある日、自宅でも涙が止まらない娘を見た母親は退職を勧めた。
「もう会社に行かなくてもいいよ。いま話題になっている退職代行を使って辞めたら?」
しかし、母親からの言葉を受けた当初、瑠奈さんは会社を辞めることには抵抗があった。
「『入社した会社を短期間で辞めるのは社会人としてどうなんだろう?』と疑問に思っていたんですよ。それに退職代行なんて利用したら上司に何て怒られるかわからないですし……」
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戸惑う瑠奈さんを見て、母親は「とりあえず調べてみなよ」と言葉を続けた。「見るだけ見てみよう」と思った瑠奈さんはスマートフォンで「法律事務所 退職代行」と検索。最初に表示されたサイトを見た瞬間、自分が本当は「会社を辞めたい」と思っていることに気づいた。
「もう限界かもしれない……。今週で会社を辞めよう」
瑠奈さんは、退職代行サービスを提供している法律事務所の公式LINEアカウントに登録し、翌日から会社を辞める手続きを始めた。
■トラブルが怖くて法律事務所に退職代行を依頼
退職代行のサービスの提供者は、民間企業・労働組合(労働組合の提携企業)・法律事務所の3つがあり、それぞれ請け負うことのできる業務が異なる。
民間企業は依頼者に代わって退職の意思を企業に伝えることはできるが、退職日や有給消化の交渉はできない。
労働組合(労働組合の提携企業)は、依頼者の退職意思を伝えることに加えて、退職日や有給消化の交渉も可能だ。ただし、企業との交渉が揉めて訴訟へ発展した場合、別途法律事務所へ依頼する必要がある。
法律事務所は、申し込むプランによっては、法的なトラブルへの対応を依頼することができる。
瑠奈さんは「会社とトラブルに発展したら怖い」と不安を抱いていたため、法律事務所に退職代行を依頼。有給消化や離職票送付など退職に伴う会社とのやり取りや交渉を法律事務所が代行する2万5000円のプランを申し込んだ。
「『退職代行を使って辞めたらどんな目に合うかわからない』と追い詰められたような考え方を持っていました。法律事務所なら『会社から訴えられた時に守ってくれそう』と思ったんです」
瑠奈さんが勤めていた企業の規模や業態を考えると、退職の交渉で揉めることは少ないように思える。ただ、上司への相談は精神的な負荷も高い。入社3カ月目で社内に相談相手もいない状況では、退職代行の活用もやむをえなかった。
退職代行に申し込みをした瑠奈さんは、自身の退職に向けた準備を始める。「翌週から出社しない」と決めていたので、その週のうちにパソコンにログインIDとパスワードを書いた付箋を張り、さらに更衣室のロッカーに置いていた私物を持ち帰った。
「翌週にはお客さんを訪問する予定もあったんですよね。上司を含め数人で訪問する予定だったんですけど、同行する方に必要な書類を渡しておきました。何も伝えずに辞めることに対しての後ろめたさがあったんですよね……。可能な限り、迷惑をかけないようにしようと思っていました」
■退職の交渉は勤務先とのやり取りを代行してもらう
「そのときの法律事務所とはこんな風にやり取りをしていました」
瑠奈さんが見せてくれたLINEの画面には退職するまでの記録が残っていた。瑠奈さんが最終出社日と決めた金曜日の夜中には「退職の通知」と表題がついた文書が届いている。文書の右上には法律事務所と数名の弁護士の名前が記載されていて、その上に四角形の社印が押されていた。
迎えた月曜日、法律事務所は瑠奈さんの勤務先へ退職の意思を電話で伝え、退職の通知書を送付したという。
「スマートフォンに1回だけ着信があったんですけど、心臓が止まるかと思いました。それ以降会社からの連絡はありませんでした」
翌日からは退職に必要な手続きを進めた。会社から法律事務所に連絡が入り、法律事務所から瑠奈さんに必要な手続きを案内する。瑠奈さんは退職日までの数週間の間に退職届の記入などを行った。そして、無事に退職日を迎えることができた。
「退職してからしばらく休んでそれでもメンタルが治らなかったら心療内科に通おうと思っていました。ただ、1カ月くらい休養したら、ご飯を食べられるようになって、元気になりました。それから次に向けて動き始めました。それから1カ月が経った頃に退職代行のサポート期間が終了したんですけど、そこで『無事に退職できたんだ』と心の底から安心できました」
■転職活動で内定を取れず方向転換
転職活動を開始した瑠奈さんは、ハローワークや転職サイト、転職エージェント経由で約20社へ応募した。しかし、内定を獲得することはできなかった。「次が決まるのかな……」と心配になったときに改めて自分の働き方を考えた。
「興味のある業界で最低限の給料をいただけるような働き方をしたいと思って、出版業界を目指したんです。ただ、一度正社員として働いて失敗しているし、なかなか選考も受からなかったので、まずはアルバイトとして働こうと思いました」
そこで興味のある出版業界のアルバイトの求人に応募した。
「次に正社員で失敗したらどうしようって不安もあって、なかなか選考も受からないので、とりあえずアルバイトとして働こうと思ったんです。もしダメだったとしてもすぐに身を引けるなと思って。それで出版社で週に5日8時間働くようになりました」
現在の職場は風通しがよく、働きやすさを実感しているという。
「出社時間が遅い人もいますし、アルバイトしながら夢を追いかけている人もいます。以前の職場は規則で固められていました。明文化されていない慣習も多かったんです。例えば、オフィスカジュアルでの出社が許可されているのに1年目は必ずスーツを着ないといけませんでした。そのことに疑問を持つ自分は社会人として失格だと思っていたのですが、そうではないことに気づきました」
■「正社員にならないか」との誘いもあったが…
瑠奈さんは人文系の大学院を修了しているため、出版社で本に携われることに楽しさを覚えているそうだ。ただ、好きな業界であっても、正社員として働く不安はいまだに残っている。
「いまの職場で働き始めて3カ月が経った頃、『正社員にならないか?』と誘っていただいたんです。ただ、プライベートでやりたいこともあるので断りました。最初、正社員で働いていたときに好きなことができなくなってしまって、その状態になるのが怖かったんです。もう半年くらいアルバイトとして働いたら、契約社員や派遣社員など固定給をいただける働き方へ変えたいと思っています」
最後に「退職代行を使用してどうでしたか」と尋ねると「使ってよかったです」と瑠奈さんは即答した。
「辞めるときは引き継ぎをして、お別れもしっかり告げたいと思っていたので、退職代行を使うなんて予想していませんでした。ただ、限界が来ると使わざるをえないんですよね。自分の身は自分で守らないといけないので、メンタルを壊すくらいならサービスを活用したほうがいいと思います」
中 たんぺい :フリーライター
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