( 296211 )  2025/06/03 06:20:20  
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ドラマ『対岸の家事』は、自分で決めた人生を生きる専業主婦の物語であり、家事を通じて現代の孤独を描いている。

主人公の村上詩穂が、“家族のための家事”を仕事として大切にし、専業主婦を選ぶ理由などが描かれている。

また、時代が求める「ロールモデル」に振り回される女性たちの姿も描かれており、社会の価値観と女性の社会進出の変化が描かれている。

(要約)

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6月3日に最終話を控えたドラマ『対岸の家事』が毎話反響を呼んでいる(出所:TBS公式サイト) 

 

 自分で決めた人生だから、弱音は吐けないし、逃げられない。 

 

 今を生きる人が少なからず抱えるそんな閉塞感を、丁寧に解きほぐしていくドラマ『対岸の家事〜これが、私の生きる道! 〜』(TBS系)が佳境に入っている。 

 

 多部未華子主演×家事ジャンルといえば、多部が家事の苦手な主人公を演じたドラマ『私の家政婦ナギサさん』(TBS系、2020年)が思い出されるが、『対岸の家事』は打って変わって、家事が得意な専業主婦の物語である。 

 

 すっかり共働きが主流になった今の時代。現代社会における“家事労働”を、仕事ドラマとして描いた本作の魅力を掘り下げたい。 

 

■家事を通じて、現代の孤独を描いている 

 

 多部未華子演じる村上詩穂は、2歳の娘を育てる専業主婦。居酒屋店長をしている夫・虎朗(一ノ瀬ワタル)と3人で暮らしている。 

 

 パパ友やママ友がいない詩穂は、子どもと2人きりで過ごす時間が長い。誰に愚痴を言うわけでもないが、「誰でもいいから大人と話したい」と、内心では孤独を感じていた。 

 

 そんなある日、詩穂の住むマンションの隣の部屋に、2人の子どもがいる多忙なワーキングマザー・長野礼子(江口のりこ)が越してきて新たな風が吹く。 

 

 さらに育休取得中のエリート官僚・中谷達也(ディーン・フジオカ)とも近所の公園で知り合い、詩穂の日常に変化が。 

 

 知り合いができて喜んだのも束の間。礼子からは「専業主婦は絶滅危惧種」なんて陰口をたたかれ、中谷からは「女性が家事だけに専念できる余裕は、この国にはもうないんです」などと理論で詰められて面食らう。 

 

 しかし、強気に見えた2人はそれぞれ家庭でワンオペなことも多く、家事育児に追い詰められている状況にあった。そんな2人のピンチを詩穂が救ったことをきっかけに、ゆるやかに助け合える関係になっていく。 

 

 生き方や考え方が異なる“対岸”の相手であっても、困っている様子が見えたら迷わず駆け寄って手を差し伸べること。詩穂が実践するそんな姿勢は作品の主題でもあって、孤独を抱える個人をとにかく見逃さないという切実な思いに満ちている。 

 

 

■それでも彼女が専業主婦を選ぶのは… 

 

 家事育児の話がメインではあるが、決して子を持つ夫婦だけの物語ではない。妊活中に年配女性からハラスメントを受ける女性や、病を抱えた飼い犬を世話する独身男性など、さまざまな悩みを抱える人を広い視野でとらえた、立体的な人物描写が光る。 

 

 その中でも目を引くのはやはり主人公・詩穂の、穏やかでいて芯のあるキャラクターだ。 

 

 「“家族のための家事”を仕事にすること」を何より大切に思っている彼女は、自分が心地よくいられる生き方として、専業主婦を選択している。あくまで“家族のための家事”であるところがポイントで、その信念には職業的なプロ意識が感じられる。 

 

 専業主婦が少なくなった時代に肩身の狭い思いをすることがあっても、その一点は変わらない。 

 

■「手に職があるのに」と言われても… 

 

 とはいえ詩穂も一人の人間で、自分の生き方に迷いがないわけではない。 

 

 そもそも彼女が専業主婦を選んだ理由は「2つのことを同時にできないから」だと序盤で語られるが、その考えに至った根本は過去にあった。母を亡くした高校時代、家事を父に背負わされて学業との両立に苦労した経験に基づいており、どこからが彼女の自己選択かを判断するのは難しい。 

 

 また、厚労省で共働き支援をしている中谷の同僚から「手に職があるのに、復職しないなんてもったいない」(詩穂は元美容師なのだ)と言われたときは、専業主婦の無職扱いにモヤモヤしつつ、仕事復帰の選択肢を考えることもあった。 

 

 しかし、それでも詩穂は最終的に、変わらず専業主婦でいることを選ぶ。自分の家事をちゃんと受けとってくれる今の家族が一番大事なのだと、晴れやかな表情で語っていた。 

 

 自分のありたい自分をわかっている人の姿は美しい。専業主婦でなくても胸打たれたが、彼女に勇気づけられる当事者はきっとたくさんいることだろう。 

 

 専業主婦の立ち位置がそうであるように、時代が変われば、一般的とされる価値観も変わる。ただ生きたいように生きている個人が、あるときは模範的だと世間から持ち上げられ、あるときは物珍しく見られて風当りがつらくなることもある。 

 

 だから結局のところ大切なのは、自分にとって心地がいいと言える生き方を、誰よりも自分がわかっていてあげることではないかと、詩穂を見ていると感じる。専業主婦でいられる彼女は恵まれている、と思う人へのカウンターとなるエピソードも9話では描かれた。このドラマはどこまでも隙がない。 

 

 

 時代と価値観の流動性といえば、“ロールモデル”を議題に上げた6話のエピソードも印象深かった。 

 

■時代が求める「ロールモデル」に振り回される女性たち 

 

 あるとき礼子の会社で講演会が予定され、ロールモデルとなる社員を登壇者として選出する話が持ち上がる。そこで礼子は、かつて同じ部署でお世話になった先輩であり、社内で女性初の管理職でもある陽子(片岡礼子)を推薦。 

 

 しかし男性の部長から「彼女(独身だから)、ワークはあるけどライフはないでしょ」と突き返されてしまう。それどころか、むしろ今の時代に合っているのはワーキングマザーである礼子のほうだと逆指名を受けることになるが、当然本人は納得いかず……という展開が描かれた。 

 

 結婚して女性が家庭に入るのが当たり前だった時代から、女性の社会進出が進み、やがてワーク・ライフ・バランスが重視される時代へ。はたらく女性を取り巻く環境は、特に社会の価値観とともにめまぐるしく変化してきた。 

 

 このエピソードの中で詩穂が口にした、「ロールモデルという言葉で誰かに役割を押し付けてる」という台詞が突き刺さる。耳障りはよい言葉だが、全体の代表のような形で押し付けられる場合はいい迷惑ということだ。 

 

 自分が思う生き方を選んだとしても、あのとき選ばなかった道への後悔が頭をよぎることは誰だってあるだろう。本作はその迷いをも決して否定はしない。 

 

 ただそんなときは、「体験できなかったことも、一つの体験」という5話の名言を思い出すのもいいかもしれない。 

 

 そのように、後々自分を救ってくれるような言葉がたくさんあるドラマだった。残すところあと1話。最終話が待ち遠しいが、名残惜しい。 

 

白川 穂先 :エンタメコラムニスト/文筆家 

 

 

 
 

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