( 296413 ) 2025/06/04 05:48:49 0 00 小泉進次郎農林水産大臣 Photo:JIJI
小泉進次郎農林水産大臣の主導により、5キログラムあたり2000円台での備蓄米の店頭販売が始まった。転売ヤーによる買い占めを危惧する声も多く、大手フリマアプリでは備蓄米を転売禁止にする動きが出ているが、効果はあるのか――。(フリー編集・ライター 山野祐介)
● 「5キログラム2000円」の備蓄米で コメの価格は下がるのか
政府が備蓄米30万トンを随意契約で売り渡す方針を示したことを受け、産経新聞は『備蓄米、随意契約で放出も値下げ効果は不透明 最悪のシナリオは転売ヤーに狙われ高値継続』というタイトルの記事を配信した。
記事の内容は小泉進次郎農水相がプッシュする「5キログラム2000円」という備蓄米の価格設定が、あくまで備蓄米のみが商品化された際の想定価格であり、実際の販売方法は小売業者に一任されていることから、コメの高値が継続することを懸念する内容である。
そして、もう一つの高値継続要素として挙げられているのが「転売ヤー」の存在だ。
同記事は「最悪のシナリオは残った備蓄米が転売ヤーに買い占められ、一般のコメ価格の値下がりにつながらない事態が起きること」としている。
● 「転売ヤー」を コメ高騰の要因にするのは間違い
同記事では横浜市の輸入食品店で「備蓄米がブレンドされているとみられる5キロ入りのコメが十数袋積み上げられていた」ことを、コメを大量購入した転売ヤーの例として挙げ、楽天グループのフリマアプリ「ラクマ」をはじめとする大手のフリマアプリでは「備蓄米が含まれるとみられるコメが多数出品されている」とし、「小売事業者に対策を任せている今回の随意契約の方式では、転売を防ぎきるのは難しい。消費者が求める値下げ効果が実現するか、先行きは見えない」と締めている。
この記事だけを読むと、転売ヤーに買い占められてコメの価格が高止まりすることが、消費者にとって最大のリスクのように思える。Yahoo!ニュースでも配信されたこの記事には「確かに転売はさらに横行しそう」「転売ヤーに大損をさせることが必要ですね」とのコメントもついている。
だが、果たして本当に「転売ヤーに狙われるとコメの高値が継続する」のだろうか?
私はそうは思わない。産経新聞の記事は根拠に乏しく、「転売ヤー」を高騰の要因とすること自体が間違っており、アクセス数を稼ぐために無理やり転売ヤーを悪者にした記事であると考えている。
まず第一に、ボリュームの検証がない。
● 日本人が1日に消費する コメの量は…
農林水産省によれば、2025年7月から26年6月までの日本人1人当たりの年間米消費量(推計値)は53.8キログラム。これに令和7年の日本の総人口(推計値)である約1億2320万8000人を掛けると、コメの年間需要見通しは約663.4万トンとなる。これを365(日)で割ると約1万8175トンとなり、「日本人が1日に消費するコメは約1万8175トン」と推測できる。
産経新聞の記事の通り、「備蓄米が含まれるとみられるコメが多数出品されている」のであれば、「5キログラム2000円のコメ」が放出される前から転売ヤーがコメをターゲットに売買していると考えるのが自然である。
Yahoo!オークション(ヤフオク)における5月30日時点からの過去180日間において落札された「米 5キログラム」の落札件数は6833件、「米 10キログラム」での落札件数は6534件となっている。仮に1落札につき表記通りの重量が1袋落札されていると仮定すると、ヤフオクでは1日あたり約550キログラム(0.55トン)のコメが落札されていることになる。
● ヤフオクで1日に流通するコメの量は 日本人の消費量の0.003%
先ほど試算した1日あたりの推定消費量である約1万8175トンとの比率で考えると、ヤフオクで流通するコメは日本人の消費量に対してわずか0.003%しかないのだ。
さらにフリマアプリの「メルカリ」「ラクマ」でも同様のコメの量が流通していると仮定したとしても、流通するコメの量は約0.009%にとどまる。0.009%という量は、収容人数が6万3700人の埼玉スタジアムでたとえると約6人にあたる。満員の埼玉スタジアムから6人がそっと席を立ったとしても、おそらく誰も気づけないだろう。
先ほどの検索では「2キログラム」や「30キログラム」のコメは検索に入っていないほか、「5キログラム×2袋」というような商品は正しくカウントできていないため、実際にはもう少し流通量が増える可能性もあるが、それでも価格に影響を及ぼすとは到底思えない。
5キログラム2000円のコメが放出されたことを機に流通量が増えることも考えられるが、わずか0.003%の取引しかなされていない個人間取引に大量の出品がされ、大幅に供給が増えた場合はそれに伴って相場も下がることが予想される。そうなると転売してもうまみはなくなる可能性が高い。
● 転売ヤーがメルカリで コメを転売する時の「手取り」は?
そして第二に、転売ヤー視点で見た場合にコメが「美味しい商材」であるかどうかは疑問が残る点だ。メルカリでは備蓄米の出品が禁止となったものの、コメそのものの転売は禁止されていない。
仮に転売ヤーが5キログラム2000円の備蓄米を購入し、袋を詰め替えて5キログラム4000円で転売したとする。この場合、見た目上は購入額の倍で売れるように見えるが、メルカリでは出品者が送料を負担するのが一般的になっている。
宅配便で5キログラムのコメを発送した場合、送料は全国一律で100サイズの1050円(5キログラム以内の送料は850円だが、梱包や外箱などで5キログラムを必ずオーバーする)。これにメルカリの手数料(販売価格の10%)を合わせると、かかる経費は1450円となり、仮に5キログラム4000円で売れても手取りは550円にとどまる。
5000円でコメが売れた場合は手取りが1450円になるが、備蓄米の放出によって相場がある程度下がると考えられる。スーパーマーケットよりも高い価格で個人間取引のコメを買う人はあまり多くない。強気な価格設定では在庫を腐らせてしまうことにもなりかねないし、コメはそれなりに容積があるのでスペースも圧迫する。
「長期で持っていても安心」という商材ではなく、売りが売りを呼んで値崩れを起こす可能性が高い商品だと考える。そのため、転売ヤー視点で見るとコメはあまり美味しい商材とはいえず、ほかの利益率の高い商品を狙ったほうが建設的だといえるのではないか。
● ホットケーキミックスが 「高額転売の餌食に」の嘘
ちなみに、メルカリの表面価格だけを抜き出して「高額転売」と報じる例はコロナ禍でも多く見られた。コロナ禍ではマスクや消毒液のような感染予防にかかわる物品以外にも、ゲームやミシン、ホットケーキミックスなど、巣ごもりを楽しむための商品が人気を集めたことは記憶に新しい。
私が忘れられないのは、「ホットケーキミックスが高額転売の餌食に」という論調で報じられたニュースである。当時市場価格が100円前後だった雪印のホットケーキミックス(150g)2袋が500円で落札されていることを挙げ「2.5倍の価格で高額転売されている」と報じられていたが、これも送料と手数料を考慮すると、単なるボランティアと変わらないことがわかる。
100円のホットケーキミックス2袋を500円で売った場合、手数料を引いて出品者に入るのは450円。しかしホットケーキミックス2袋は300グラムあるため、定形郵便などの送料が安い発送手段は使えない。おそらくもっとも安く上がるのはヤマト運輸「ネコポス」の195円。この送料を引くと手取りは255円となり、もうけはたったの55円。
これで暴利を得ているようなニュアンスの報道をするのはどう考えても無理があると言わざるを得ないのだが、SNSでは「こんなものまで転売のターゲットにするなんて許せない」というコメントが多く見られた。
この2点を鑑みると、そもそもフリマアプリやオークションサイトで利益を得ている転売ヤーはほとんどおらず、5キログラム2000円の備蓄米が放出されたあとも、大きく稼ぐことは難しいと言わざるを得ない。
● コメ卸大手では 仕入れが減って売り渡し価格が上昇
トラブルの際に感情が先行してしまうのはよくあることではあるが、ファクトを検証せずに先入観だけで誤った行為を拡散してしまうのはデマを拡散する迷惑行為としかいえない。
事実とはかけ離れた言説が世間を支配すると、喜ぶのは本当に暴利を貪っている人間だろう。私はフリマアプリやオークションサイトを使って個人間レベルで利益を得ることは難しいと思っているが、もっと上位のレイヤーにいる層がもうけを得ていることまでは否定していない。
たとえば、コメ卸大手のヤマタネが5月13日に開示した2024年度(2024年4月〜2025年3月)のコメを含む食品事業の売上高では、前年度比1.5倍の495億8600万円、営業利益が前年度比3.7倍の23億5100万円であることを明らかにした。しかし販売数量は前年度比で23%減の7万1000トンにとどまっている。
つまり、仕入れが減ったにもかかわらず売り渡し価格が上昇したことで、大幅に利益を伸ばした形になる。しかし、こうした卸業者が「不当に利益を得ている」と批判されることは少ない。それは自由な経済活動の範疇だからだと捉えられているのか、それとも単に「知らないから」なのかは私には判断できない。
また、フリマアプリやオークションサイト以外の販路を持つような「上級の転売ヤー」ともいえる人間が転売で利益を得ている可能性も否定はできない。出所不明の安いコメを大量に仕入れ、飲食店などには相場で販売することで利益を得られる可能性は否定できないが、存在するかを含めて検証することは困難を極めるだろう。
● 1つの要因だけでコメの価格が 大幅に上昇することは考えづらい
しかしながら、コメのように巨大な規模を持つ商品に関しては、少なくとも1つの要因だけで価格が大幅に上昇することは考えづらく、実際には複数の要素が絡み合っている。
仮に私が「自民党さえ消滅すれば、物価も税金も下がって日本は暮らしやすい楽園になる」とか、「子どものスマホを全面禁止すれば、いじめはすべてなくなる」と大声で主張すれば、有識者からは笑いものにされるだろう。これは言うまでもなく、物事の複雑な因果関係を無視して1要素だけに原因を転嫁しているからだ。
しかしながら、転売ヤーに関する言説だけはファクトを無視して無条件に支持される傾向があり、気持ち悪さを覚えることがよくある。
少なくとも、コメを取り巻く状況に関しては、冷静になって状況を見定める必要があるといえるだろう。
山野祐介
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