( 297323 ) 2025/06/08 03:10:04 0 00 備蓄米の販売が始まった小売り大手の視察を終え、記者団の取材に応じる小泉進次郎・農林水産相=2025年6月1日
随意契約による政府備蓄米の販売が大手のスーパーやコンビニエンスストアで始まった。政府は米店にも備蓄米2万トンを割り当てたが、米店からは怒りの声が上がっている。
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■米屋をバカにするな
「小泉進次郎農林水産相は、我々のことを『町のお米屋さん』と親しげに言っていますが、私には『米屋をバカにするな』という気持ちがあります」
そう憤りを語るのは東京近郊の老舗米店の店主、中村真一さん(仮名)だ。
「政府が我々に差し出したのは、『これは残り物でしょ』と思わざるを得ない、一番古い米でした」(中村さん、以下同)
政府は今年3月以降、令和6(2024)年産から順に備蓄米を放出してきた。
■割り当てられたのは古古古古米
収穫から時間が経てば、米の質は経年劣化していく。農水省は5月30日に開始した米店向けの契約枠の受け付けを6月2日午後5時で中止したが、今回、米店に割り当てられた備蓄米は令和3(21)年産。新米の食品表示基準に基づくと「古古古古米」だ。
受け付け開始から締め切りまで、わずか2日足らず。迷わず、中村さんは申請を見送った。
「私の店はおいしくて安心して食べられるお米を提供してきたつもりです。令和3年産米については、『5キロ1800円程度で安いけれど、品質は大丈夫なの?』と懸念するお客さんが多い。クレームが相次ぐような事態になれば、店の信用に傷がついてしまう」
■たった2カ月で売れるのか
今回、備蓄米を申請しなかった理由は他にもある。
米店を対象とした引き渡し数量は最低「原則10トンまたは12トン」。さらに「買い受け者が8月末までに販売を終了すること」と、期限が農水省から示されている。
「もし、仮に10トンを仕入れたとして、ここまで古い米を約2カ月で売り切ることができるのか。そんな米屋の不安を見越したからこそ、『共同購入も可能』となっているのでしょう。大手スーパーなら売れなくてもかすり傷で済むでしょうが、零細米店にとってはリスクの高い商品です」
だが、農水省が申し込み受け付けを中止した理由は、米店向けに設定した2万トンの上限に達した可能性があるからだ。
「売る米がない米店は、『令和3年産でも仕方ない』と、申し込んでいるのが実情ですよ」
■米問屋頼みの米屋は苦境
中村さんの店で扱っている米の多くは、問屋から仕入れたものではなく、農家から直接買いつけた米だ。中村さんは「今年も米騒動が起こるのは確実」と予測して、昨年秋から米を買い増ししてきた。
だが、米問屋に頼る米店も少なくない。昨年秋、米不足はいったん沈静化したが、今年に入ってから再燃し、どこの米問屋も品薄の状態が続いている。
「これまでは、問屋に『米がなくなったから、頼むよ』と言うだけで済んだ。そんな米屋はいま、つらい状況に置かれていると思います」
■仕入れ値の高い「江藤米」いまだ届かず
今回こそ備蓄米の入手を見送った中村さんだが、3月に一般競争入札で放出された令和5(23)年産の備蓄米を4月に申し込んでいる。だが、その米はいまだ店には到着しておらず、入手できるのは6月10日以降だという。
江藤拓前農水相在任時に放出された備蓄米は仕入れ値が高いため、5キロ3000円台で売らざるを得ない。
「それが到着して店頭に並べる前に、随意契約による『小泉米』が2000円前後でスーパーにバーンと出てしまった」
中村さんは全国の米店が直面している事態をこう解説する。
「今回の放出に先んじて、春に申し込んだ各地の米屋は、『この米をどうすればいいのか?』と途方に暮れている状況です」
■「買戻し」提案に絶句
ただし、こうした状況を見越して、政府は「買い戻しを検討している」と表明していた。それについて記者が尋ねると、「買い戻し、ってねえ……」と言って、押し黙った。
詳しく聞けば、「江藤米」を一介の米店が入手するには、大きな手間と苦労が伴ったという。順を追って説明する。
政府が3月の2回の入札で放出した備蓄米約21万トンのうち、5月11日までに小売店に届いた米は12.9%にすぎない。
農水省は5月、「米の不足感を踏まえると、備蓄米の流通に関して一段のスピードアップが必要」としたが、中村さんは、人ごとのような国の姿勢にも怒りをあらわにする。
「国は『備蓄米を放出しましたから、後はあんたら米屋がやってね』という感じで、丸投げでしたから」
■行き当たりばったりの「小泉米」
備蓄米の流通が目詰まりを起こしていることについて、小泉農水相は6月1日、「5次卸とか5次問屋とかあまりにも多い」と指摘した。だが、中村さんの説明は全く異なる。
3月に放出された備蓄米のうち、約94%を全国農業協同組合連合会(JA全農)が落札した。
■倉庫や配送の手配で1カ月
中村さんらが加盟する県の米穀小売商業組合は当初、地元の中堅卸売会社に県内ぶんの備蓄米を売り渡してもらえるよう、JA全農に打診した。しかし、「きっぱりと断られました」。
「理由はわかりません。おそらく、JA全農とパイプを持った卸売会社でないとダメなのでしょう」
JA全農は全国トップクラスの大手卸売会社に備蓄米を卸している。
「うちの組合は大手卸売会社と取引のある県内の仲卸業者を探して、備蓄米を受けてもらいました。その際に米を保管する低温倉庫や配送トラックも手配しなければならない。それだけで、1カ月以上かかりました」
■入札の備蓄米は倉庫代や送料が上乗せ
随意契約による備蓄米の平均売り渡し価格は60キロ1万1556円(税込み)で、引き渡し場所までの送料は全て国が持つ。一方、中村さんらが購入した入札による備蓄米の、大手卸売会社の販売価格は同約2万2000円(同)で、そこに倉庫代や送料が上乗せされる。
「これらの費用負担は全て米屋持ちで、前払いです。随意契約による備蓄米と比べて、ずいぶん不公平だと思いますよ」
同様の事態は少なくとも九州、四国、沖縄など、他の地方や県でも起こっているという。備蓄米の倉庫の多くが東北にあるため、送料の負担も大きい。
■本当に返せるのか、手間や費用は?
「これまでの手間たるや、大変なものでした。それを今度、小泉農水相は『要らなかったら返してください。買い取りますよ』と言う。いったん受け取った備蓄米を返すことが本当に可能なのか、いったいどれだけの手間や費用がかかるのか」
随意契約による備蓄米の放出は、決定から店頭に並ぶまで、確かに凄まじい速さだった。だが、「スピードを重視するあまり、十分な制度設計がされず、『行き当たりばったり』で放出された」と、中村さんは嘆く。
ともあれ、備蓄米は消費者の手に渡りだした。大手スーパーなどに並ぶ令和4(22)年産の備蓄米については、「十分食べられる」という声がSNSに上がる一方、「古米臭がしておいしくない」という声もある。今は価格と珍しさで注目されているが、備蓄米を「おいしい」と食べている人はどれだけいるのか。
もうすぐ店頭に並ぶ令和3年産米はどうなるのか、消費者も米店も日本中が注目している。
(AERA編集部・米倉昭仁)
米倉昭仁
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