( 299321 )  2025/06/15 04:51:26  
00

郵便局における不祥事や問題について報じられ、西日本新聞による取材では高齢者をターゲットにした強引で不正な保険の勧誘などが明らかになっている。

特に、郵便局員に課せられた保険契約の厳しいノルマにより、高齢者が不要な契約を結ばされる事例が取り上げられている。

日本郵政グループでは不正な保険勧誘問題が発覚し、業務停止命令が出されたが、その後も問題が絶えず、厳しいノルマや労働条件が残っている。

郵便局員には販売ノルマが課され、達成困難な目標が設定され、配達員たちが自ら買い取る「自爆営業」なども行われていた。

民営化後の郵便局では労働環境の過酷さや理想とのかけ離れが問題視されている。

(要約)

( 299323 )  2025/06/15 04:51:26  
00

「ブラック企業」顔負けの郵便局(写真:HiLens/イメージマート) 

 

 郵便局の不祥事や問題が次々と報告されている。郵便局の問題を報じてきた西日本新聞には、被害者の悲鳴や郵便局の内部告発が対応しきれないほど舞い込むようになったという。『ブラック郵便局』(新潮社)を上梓した西日本新聞記者の宮崎拓朗氏に聞いた。(聞き手:長野光、ビデオジャーナリスト) 

 

 ──郵便局による、高齢者をターゲットにした、極めて強引で時に不正も混じる保険の勧誘について書かれています。 

 

 宮崎拓朗氏(以下、宮崎):私が取材した中で最も悪質だと感じたのは、山口県の30代の男性のケースです。保険の契約をしたのは軽度の認知症を持つ男性の母親で、母親の家を郵便局員が何度も訪問し、繰り返し不必要な保険の契約を結ばせていたのです。 

 

 男性が母親に保険について聞いても「郵便局の人に任せているから」と答えるばかりで、本人は何も理解していませんでした。家の中を調べると、次々と保険の契約書が見つかり、1年間で11件もの保険の契約を結ばされていました。 

 

 1カ月で5件も新しい契約をさせられていた月もありました。母親の口座からは1年間で200万円以上の保険料の支払いがあり、ついに貯金残高はゼロになっていました。 

 

 高齢の方が不必要な契約を結ばされ、その子どもが異常に気づいて声を上げるケースを他にも複数取材しました。こうした問題の背景には、郵便局員に課せられた厳しい保険契約のノルマがあったと思います。 

 

 郵便局員に取材をすると、ノルマが達成できないと研修会に呼び出されてつるし上げられたり、土下座を強要されたりするといった実態が明らかになりました。「厳しい圧力に耐えかねてお客さまを騙してしまった」と涙を流しながら告白する郵便局員もいました。 

 

 また、一部ではありますが、基本給とは別の営業手当が目的で、不適切な営業を繰り返して、かなり稼いでいた局員がいたことも事実です。 

 

 ──「乗り換え契約」や「2年話法」といった巧妙な保険契約についても書かれています。 

 

 宮崎:「乗り換え契約」とは、古い保険を解約して新しい保険に入り直すことです。 

 

 世の中の情勢や加入者のライフスタイルの変化によって必要な保険が変わることもありますから、客が望むのであれば乗り換えることには何も問題はありません。ただ、保険の乗り換えには、解約による損失や保険料の値上がりなどのデメリットが伴うことがあります。 

 

 当時の郵便局では、局員が営業実績を稼ぐために、こうしたデメリットを十分に説明しないで乗り換えを勧めるケースが相次いでいました。新しい客を見つけるのは手間なので、既存の客に営業することで手っ取り早く契約を結んで営業ノルマを達成したいという郵便局員側の事情がありました。 

 

 

■ 乗り換え契約の際に使われる「2年話法」 

 

 宮崎:「2年話法」は「乗り換え契約」の際に使われる営業トークの一種で、契約してから2年後に乗り換え契約をさせる営業手法のことです。 

 

 郵便局では契約が2年以内に解約されてしまうと、担当者がもらった営業手当を返納しなければならないというルールがあるため、返納を免れるために、担当局員が「まずは2年間加入してみましょう」などと言って、2年経つと乗り換えを促すのです。2年ごとに何度も乗り換えさせる悪質なケースもありました。 

 

 この他にも、古い契約の解約時期を遅らせることで古い保険と新しい保険を一定期間同時に入らせ、その間、二重に保険料を取るという客の意向に沿ったとはとても思えない契約も数万件に上ることが取材で明らかになりました。 

 

 ──2019年7月31日に日本郵政の社長が記者会見し、およそ18万3000件あまりも顧客に不利益になった保険の契約があったと明らかにしました。同年12月27日には、金融庁と総務省が、日本郵政グループに対し、保険の新規販売を禁じる3カ月間の業務停止命令を出し、日本郵政、かんぽ生命、日本郵便の3社長が会見を開いて退任したと書かれています。不正な保険の勧誘はなくなったのでしょうか?  

 

 宮崎:3カ月の業務停止命令が出た後も、日本郵政グループは1年間にわたって保険営業を自粛しました。その間に、再発防止の仕組み作りや社員の研修などを続けました。間違いなく状況は改善されたと思います。 

 

 しかし、後に現場の局員から「ノルマの達成を求める厳しい指導が復活した」という声も寄せられています。 

 

 2024年には、郵政グループが、本来の目的以外には使ってはいけないゆうちょ銀行の顧客情報を保険の営業などに不正に流用した問題も発覚しています。流用した顧客情報の数はおよそ1000万人分です。 

 

 郵政グループは問題が発覚するたびに再発防止策を発表し、その件に関しては改善されるのですが、過剰なノルマなど根本的な問題が残ったままなので、形を変えて不祥事が次々と出てきます。 

 

 ──販売ノルマを課された配達員が、年賀はがきを売り切れなくて、自分で大量の余り分を買う「自爆営業」に関して書かれています。 

 

 

■ 強引な根性論がまかり通る企業風土 

 

 宮崎:年賀はがきは郵便局の主力商品です。郵便局の配達員や窓口担当の局員には、1人当たり数千枚にも上る販売ノルマが課されていました。なかなかノルマが達成できないので、手っ取り早い方法として、局員が自分のお金で年賀はがきを購入する。これが「自爆営業」です。自爆営業は広く横行していた問題です。 

 

 自爆営業をする一部の局員は、出費を減らすために、金券ショップに持ち込んで自分が購入した年賀はがきを換金していました。年賀はがきを販売する時期になると、金券ショップに年賀はがきがずらりと並ぶ状況が当たり前になっていました。 

 

 ある郵便局員は、多い年には1万枚を自腹で購入し、合計でおよそ60万円あまりも自爆営業をしていました。そして、できるだけ高く買い取ってくれる金券ショップを探して換金に行っていたそうです。 

 

 金券ショップに行くと、自分と同じように年賀はがきの入った箱を抱えている、他の郵便局員だと思われる人と出くわすこともしばしばあったそうです。 

 

 そういった人たちは、マスクやサングラスで顔を隠して売りに来ていたそうです。自腹で買ってそれを換金する行為は社内では禁止されていたので、コンプライアンス違反になってしまうからです。 

 

 報道後、こうした年賀はがきの販売ノルマは廃止されました。ある局員は「ようやく自爆営業をしなくてよくなった」「これまでに100万円ぐらい身銭を切りました」と打ち明けました。 

 

 ──ゆうパック商品の物販、お歳暮、お中元、母の日などの歳時の商品など、年賀はがき以外にも販売ノルマを課せられていた商品は多々あったと書かれています。 

 

 宮崎:会社に商品がある以上、営業目標を設定するのは当然で、社員に努力を求めることもおかしなことではありません。しかし、達成不可能な目標を設定したり、ノルマを達成できないと厳しく叱責したり、つるし上げたりすることは問題です。 

 

 配達員は配達だけでせいいっぱいで、合間に商品の営業をする時間はなく、そもそも達成不可能なことをやらされているという印象を受けました。強引な根性論がまかり通る企業風土に問題があると思います。 

 

 魅力的な商品を開発して販売を伸ばそうとするのが本来あるべき発想で、売れない責任を個々の現場の社員に負わせるやり方がおかしいのだと思います。 

 

 

■ 郵政民営化が理想からかけ離れたのはなぜか?  

 

 ──亡くなった配達員の置かれた過酷な労働環境と、その配達員の異動先だった「さいたま新都心郵便局」について書かれています。 

 

 宮崎:さいたま新都心郵便局は、首都圏でも有数の郵便物を取り扱う拠点局です。2007年の郵政民営化の前から、合理化のモデル局に位置づけられていました。たとえば、仕分け作業にかかる時間をストップウオッチで測って効率アップを求めるといったことも行われていたといいます。 

 

 私は取材を通して、お亡くなりになった配達員の妻、Kさんからお話を伺いました。彼女の夫は20年ほど別の郵便局に勤めていましたが、民営化前年の2006年にさいたま新都心郵便局に異動になりました。40代半ばの配達員でしたが、休みの日も住宅地図を見ながら慣れない地域の地理を必死に頭に叩き込んでいたそうです。 

 

 彼の年賀はがきのノルマは年7000〜8000枚に増え、上司の指導も非常に厳しかったそうです。 

 

 当時さいたま新都心郵便局では、配達員がミスをした場合、朝礼で数百人の同僚の前で台に立たされて、謝罪をさせられるという慣例がありました。この台は「お立ち台」と呼ばれていました。 

 

 こうした過酷な現場でKさんの夫は精神的に追いつめられ、休職と復職を繰り返し、何度も別の局に異動させてほしいと希望を出していましたが、聞き入れられませんでした。 

 

 そして2010年12月のある朝、職場の4階から飛び降りて、お亡くなりになりました。私がこの本を書こうと思った1つの理由は、Kさんのお話を聞いたからです。 

 

 ──「民営化の実情は理想とはかけ離れたものになっている」と書かれています。郵政民営化が間違っていたのか、民営化後の移行プロセスが間違っていたのか、どう思われますか?  

 

 宮崎:民間にできることは民間に任せ、民間の感覚を取り入れて経営の効率化やサービスの向上を図るのが民営化の趣旨でした。 

 

 ところが、民営化が始まった後、全国の小規模郵便局の局長たちのほとんどが入っている「全国郵便局長会」が政治に働きかけることで、民営化に逆行するような法改正が行われました。 

 

 全国におよそ2万4000ある郵便局を統廃合しないで維持し続けたい。これが全国郵便局長会の要望です。実際に、郵政民営化の後も、郵便局の数はほとんど変わっていません。 

 

 すべての郵便局を維持するためには、年間およそ1兆円がかかっていますが、その巨額の維持費を稼ぐために、現場に厳しいノルマを課したり、配達現場にコストカットを求めたり、前述のとおり局員に対する厳しい労働管理が行われたりする事態につながっていると思います。 

 

 私個人の考えですが、民間であろうが、国営であろうが、時代に合わせて組織は形を変えるべきで、郵便局も時代に合った合理化が進められて当然だと思います。 

 

 ところが、局長会の強い主張もあって、郵便局網を今の形で存続させることが前提となり、合理化の議論すら行われていない状況です。その結果、現場にしわ寄せがいっていることが問題だと思います。 

 

 宮崎拓朗(みやざき・たくろう) 

ジャーナリスト 

1980年生まれ。福岡市出身。京都大学総合人間学部卒。西日本新聞社北九州本社編集部デスク。 

2005年、西日本新聞社入社。長崎総局、社会部、東京支社報道部を経て、2018年に社会部遊軍に配属され日本郵政グループを巡る取材、報道を始める。「かんぽ生命不正販売問題を巡るキャンペーン報道」で第20回早稲田ジャーナリズム大賞、「全国郵便局長会による会社経費政治流用のスクープと関連報道」で第3回ジャーナリズムXアワードのZ賞、第3回調査報道大賞の優秀賞を受賞。 

 

 長野光(ながの・ひかる) 

ビデオジャーナリスト 

高校卒業後に渡米、米ラトガーズ大学卒業(専攻は美術)。芸術家のアシスタント、テレビ番組制作会社、日経BPニューヨーク支局記者、市場調査会社などを経て独立。JBpressの動画シリーズ「Straight Talk」リポーター。YouTubeチャンネル「著者が語る」を運営し、本の著者にインタビューしている。 

 

長野 光/宮崎 拓朗 

 

 

 
 

IMAGE