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北陸新幹線の新大阪延伸計画について、京都市議会が地下トンネル案に反対する決議を可決。

さらに建設費が高騰し収支計画に影響し、着工条件を満たせない状況に。

与党も慎重な説明を求める決議を可決し、地元の反対が強まっている。

北陸新幹線のルート決定がますます混迷する状況であり、また、事業費が大幅に上昇し、収支計画に大きな狂いが生じている。

(要約)

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Photo:PIXTA 

 

 北陸新幹線の新大阪延伸計画を巡り、京都市議会は6日の本会議で、市内の地下にトンネルを作るルート案に反対する決議案を賛成多数で可決した。さらに収支採算性についても、建設費高騰により見通しが崩れ、着工条件を満たせない事態に陥っている。事業の進展は困難を極めており、北陸新幹線は今、大きな岐路に立たされている。(鉄道ジャーナリスト 枝久保達也) 

 

● 北陸新幹線のルート決定は さらに混迷が予想される事態に 

 

 京都市議会は6日の本会議で、市内の地下をトンネルで通過する北陸新幹線ルート案について、「地下水への影響や、残土処理、文化的建造物への影響」が懸念されるとして、反対する決議案を日本維新の会、国民民主党、共産党などの賛成多数で可決した。 

 

 市政与党の自民党、公明党は同決議に反対したが、事業の国策としての意義を認めた上で、慎重かつ丁寧な説明を国に求める決議案を提出し、こちらも賛成多数で可決した。 

 

 自民党市議団は昨年12月、松井孝治市長に対して「自然環境や生活環境に与える影響・対策の詳細については明らかにされておらず、(略)多くの市民の皆様から不安や懸念の声が寄せられている」として、「地域の声をしっかりと受け止め、地下水、建設発生土、工事車両による交通渋滞、地方の財政負担など、北陸新幹線が有する課題に対し、適切に対応すること」を求める要望書を提出している。今回の決議への対応以上に強い懸念を抱いている印象だ。 

 

 松井市長は2月10日に開催された与党整備新幹線プロジェクトチーム(PT)の委員会にて、北陸新幹線延伸計画について国策上の理解を示しつつも、「必ずしも府民に正しい情報が伝わっていない。科学的知見に基づいた情報を知ってもらうことが大事」であり「市民の理解を得なければ市長としての職責は果たせない」と述べていた。 

 

 今回の両決議についても「考えが重なる部分がある」として理解を示し、改めて国に懸念や課題を解消する対応を求めるとした。また、福井県の杉本達治知事も11日、地元の理解を得るための丁寧な説明を国に求めた。 

 

 与党PTは北陸新幹線のルートを2024年中に決定し、2025年度に着工したい考えだったが、京都の反対で見送っていた。今回、改めて知事、市長から市会まで慎重姿勢を示したことで、ルート決定はさらなる混迷が予想される事態となった。 

 

 

● 建設費が大幅に上昇し 収支計画に大きな狂い 

 

 整備新幹線の着工は以下の5条件を全て満たす必要がある。 

 

 ・安定的な財源見通しの確保 

・収支採算性 

・投資効果 

・営業主体としてのJRの同意 

・並行在来線の経営分離についての沿線自治体の同意 

 

 地元の同意がなければ事業費の地方負担分の支出や、着工が許可されないため、5条件には明記されていないが、地元の同意は全ての前提にある。西九州新幹線の新鳥栖〜武雄温泉間やリニア中央新幹線の静岡工区が進まないのも地元に反対論、慎重論があるからだ。 

 

 では、国の「丁寧な説明」により、京都が納得すれば一気に進むのかというと、そう簡単な問題ではない。現状では条件を満たす展望が描けないからだ。 

 

 与党PTが「小浜・京都ルート」が適切とする中間報告を取りまとめた2016年時点では、敦賀〜新大阪間の工期15年、建設費約2.1兆円で投資効果(B/C)、収支採算性の条件を満たす見込みだった。 

 

 ところが、国土交通省は2024年6月、物価・人件費の上昇や検討の深度化をふまえ、工期は25〜28年、建設費は3.4兆円から最大5.2兆円に達する見込みとの最新の試算を発表したことで、議論は根底から覆った。 

 

 B/Cは所要時間短縮などの「便益」を「事業費」で割るため、分母が2倍となったことで、B/Cは2016年の1.1から0.5前後へ半減。投資に対して半分しかメリットが得られない事業と判定されてしまったのである。 

 

 これまでも着工時に1以上を見込んでいたB/Cが、着工後の事業費増加で1を割ったことはあったが、着工前に0.5では議論以前の問題だ。つまり、5条件を満たせないので新大阪延伸は着工できない。 

 

 与党PT委員長の西田昌司参議院議員は「B/Cが1以下であろうが10あろうが、やるべき事業はやるべき」「なくしたらいい、そんな数字は意味ないから」と放言する。実際に国交省とB/Cの計算方法の変更に向けて調整中というが、1割2割の話ではない。計算方法を変えるだけで便益が2倍以上になるのなら、これまで見送られた事業も黙っていないだろう。 

 

 

● 北海道新幹線の工期延長により 26〜28年度の事業費は年間3700億円に 

 

 では、地元の理解を得て、B/Cもクリアすれば順調に進むかというと、残念ながら現在の財源スキームではかなり困難だ。北海道新幹線とあわせて事業費と財源の関係を見ていこう。 

 

 北海道新幹線新函館北斗〜札幌間延伸工事は2012年に着工し、当初は2035年度の開業を予定していたが、2015年の政府・与党申し合わせで開業予定を5年前倒しした。ところが国の有識者会議は今年3月、一部のトンネル工事が難航しているとして、開業見通しを2038年度に延期、さらに数年単位で遅れる可能性があるとの報告書を発表した。 

 

 報告書は工事の全体像が見えていないとして事業費の見通しは明らかにしなかったが、物価・人件費の上昇、工期延長による増大は避けられない。 

 

 2024年3月開業の北陸新幹線金沢〜敦賀間の事業費が着工時の約1.1兆円から最終的に1.6兆円に膨れ上がった事例をふまえ、約2.3兆円から約3.4兆円へ1.5倍になると仮定しよう。2025年度までに約1.1兆円が投じられているため、残りは2.3兆円。2038年度までの13年間の平均を求めると約1800億円が必要になる。 

 

 北陸新幹線敦賀〜新大阪間はどうか。本命とされる「南北ルート案」の概算事業費3.9兆円をベースに、2026年度に最短で着工し2050年度開業(工期25年)とすると、年平均は約1950億円だ。つまり、2つの工事が並行する2026年度から2028年度は計約3700億円、2039年度から2050年度は1950億円となる。 

 

 次に財源を見ていこう。最初に整備新幹線の財源スキームを確認しておくと、事業費からJRが支払う30年分の貸付料を差し引いた上で、国が3分の2、地方が3分の1を負担する。貸付料は新幹線の開業によって生じるJRの受益の範囲内で設定され、30年間定額で支払われる。 

 

 

● 安定的な財源は年約2000億円で 年間事業費3700億円とは大きな開き 

 

 キャッシュフローの観点では、国の負担分(公共事業費)は約800億円、地方が半分の400億円で計約1200億円が年あたり入ってくる。これに加えてJR各社が支払う貸付料の合計が最大約800億円なので、安定的な財源としては計約2000億円となる。 

 

 ただし、工費は工事の進捗段階によって変わるため、年度ごとの全体の事業費をできる限りならした上で、将来の貸付料収入を担保にした借り入れで変動に対応している。また、既に将来の貸付料を一部で前借りしており、実際に充当できる貸付料はこれより少ないが、話を分かりやすくするため今回は考慮しないこととする。 

 

 以上の通り、事業費約3700億円に対して財源は約2000億円とあまりに開きがある。2039年度以降でようやくトントンであり、前借りの余裕はない。国と地方が現在の倍以上の公共事業費を払っても届かない。 

 

 ちなみに、当初の事業費で計算すると、北海道新幹線は2030年度までに平均約1500億円、北陸新幹線は2025年度から2039年度まで15年間で約1400億円、ピークが約2900億円なので、2031年度以降の貸付料を担保に借り入れれば十分賄える。事業費の増加はそれだけ影響が大きいのだ。 

 

 また、工期の延長は貸付料にも影響する。前述のように、貸付料は30年間の設定で、現時点では31年目以降の取り扱いは決まっていない。公費を投入した事業であるから、貸付料が無料になるとか、JRに施設を譲渡するといったことはなく、改めて31年目以降の貸付料を設定することになるだろう。 

 

 焦点は施設の大規模更新の扱いだ。JR東日本は東北、上越新幹線が開業50年を迎える2031年から2041年にかけて、総額1兆円規模の大規模改修を予定している。最初の整備新幹線である北陸新幹線高崎〜長野間は2027年に開業30年を迎えるが、同様に50年目から改修費用が必要になると仮定すれば、31年目から50年目までの20年間は同水準の貸付料となるだろう。 

 

 しかし、その後の大規模改修を誰の負担でどのように進めるかは未定だ。JRに負担を求めれば受益が減少するため、貸付料が施設保有者の国(鉄道・運輸機構)が負担する場合は公的財源が減少する。 

 

 整備新幹線は2050年度以降、新規建設から維持更新へと新たなフェーズに突入する。敦賀〜新大阪間の工期は最低25年なので、来年度中に着工できなければ2050年度に間に合わない。京都問題と財源問題を解決しなければ、先行きはますます暗くなる。 

 

 しかも、上記は最新の試算のうち、もっとも楽観的なシナリオである。さらなる事業費の膨張、工期の延長があれば、さらに厳しくなる。北陸新幹線延伸事業は重大な岐路を迎えている。 

 

枝久保達也 

 

 

 
 

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