( 300826 )  2025/06/20 06:49:49  
00

トランプ大統領が州兵をロサンゼルスに派遣したことが裁判所で争われている。

6月7日の暴動は不法移民の逮捕に端を発し、死者は報道されていないが、400人以上が逮捕された。

トランプ大統領は州兵に出動を命じ、さらに海兵隊にも待機命令を出した。

不法移民問題では、連邦政府と州政府の緊張が高まっており、政治的な対立もある。

アメリカの歴史は暴動が多く、不法移民問題も長年の争点である。

(要約)

( 300828 )  2025/06/20 06:49:49  
00

大統領が州知事に断りなく州兵をロスに送ったことの適切性が裁判所で争われる(写真: Kyle Grillot/Bloomberg) 

 

 6月7日にロサンゼルスで起きた暴動は移民関税執行局(ICE)による強引な不法移民逮捕が原因だ。本記事の執筆時点で、死者に関する報道はないが、放火や略奪が起き、逮捕者は約400人と報じられている。市の一部地域には夜間外出禁止令が出された。トランプ大統領は州兵に出動を命じ、さらに海兵隊にも待機命令を出している。その連邦政府による州兵動員については、連邦政府と州政府との間で緊張感が高まっている。政府の一部局をめぐる争いが、保守派とリベラル派の政治闘争へと発展している。 

 

■アメリカの歴史は暴動の歴史 

 

 まずその背景を見てみよう。 

 

 そもそもアメリカは暴動が多い。アメリカの歴史は暴動の歴史と言ってもいいくらいだ。1960年代以降だけでも大規模な暴動が10件以上発生している。1965年にロサンゼルスで起きたワッツ暴動では43人の死者が出た。1968年にはマーチン・ルーサー・キングの暗殺をきっかけに100を超える都市で暴動が発生し、39人が死に、2万人超が逮捕された。 

 

 1992年にロサンゼルスで起きた暴動は、黒人が4人の白人警察官に暴行され、起訴された警察官が無罪になったことを受けて起こった。63人の死者、2300人を超える負傷者と1万2000人の逮捕者が出た。損壊した建物は1100棟以上に及ぶ。当時のブッシュ大統領(父)は陸軍と海兵隊を動員して暴動を鎮圧している。 

 

 2020年にはミネソタ州で黒人ジョージ・フロイドが警察官に殺害され、50州、2000の都市で暴動が起こった。この暴動で20数人が死亡、1万4000人以上が逮捕された。この暴動を契機に「Black Lives Matter」運動が起こった。人種差別に起因する暴動ではないが、2021年にはワシントンDCで、上院での大統領選挙結果の認証を阻止するためにトランプ支持者が連邦議会に乱入している。 

 

 保守であれリベラルであれ、政策に不満がある場合は抗議行動を起こすことが当たり前のアメリカでは、何かの拍子で抗議行動が暴動に発展することがままある。 

 

 

 今回の暴動のカギとなった「不法移民」はアメリカに約1400万人いる。不法とはいっても、移民として正規の手続きをせずに入国したというだけで、その大多数は正業に就き、税金を払い、犯罪歴のない善良な移民である。日本語では「不法移民(illegal immigrants)」と表現されているが、アメリカでは「書類の整っていない移民(undocumented immigrants)」、あるいは「正規の手続きを経ていない移民(unauthorized immigrants)」と呼ばれている。本記事では、便宜上、「不法移民」を使う。 

 

 不法移民は、アメリカ社会にとっても、アメリカ経済にとっても不可欠な存在だ。農業労働者の40%は不法移民だし、彼らがいなければ、レストラン事業やホテル事業は成り立たない。トランプ大統領もホテル経営で多くの不法移民を使っていた。 

 

 当初、トランプ政権は犯罪歴のある移民を集中的に逮捕し、強制送還してきた。また、新たにメキシコとの国境を越えてきた不法入国者を対象とした。だが、月々の逮捕・強制送還の件数とホワイトハウスの目標である年100万には大きな差がある。 

 

■実績上がらず焦り、強制送還対象者の範囲を拡大 

 

 2〜4月の強制送還は1万1000人〜1万7200人。これに対しバイデン政権は月平均2万3000人だった(過去最高の月3万5000人超はオバマ大統領政権時)。トランプ大統領は、毎日、国境警備の最高責任者トーマス・ホーマン補佐官に電話を掛け、強制送還の数を聞くほど、この問題に対して神経質になっていた。 

 

 いら立っていたのは、不法移民政策の責任者でトランプ大統領の側近中の側近であるスティーブン・ミラー次席補佐官も同じだ。5月21日に当初は1800人としていた1日の逮捕者の目標を3000人に引き上げた。だが、犯罪歴のある不法移民はそれほど多くない。また、新規の不法入国者数は第2次トランプ政権誕生以降、月20万人から1万2000人へと急減している。月20万人の不法入国者がいれば、100万人の強制送還は簡単だったが、犯罪歴のある不法移民だけが対象では、目標を達成できない。 

 

 

 目標達成には、犯罪歴などに関係なく不法移民を逮捕するしかない。ミラー次席補佐官は、ICEに捜査令状や逮捕状がなくても逮捕するように求め、「家具の大手小売業者のホーム・デポやコンビニなどで不法移民と疑われる人物を逮捕する」よう尻をたたいた。目標未達によりICEのケネス・ジェナード強制執行担当部長と国土安全保障省のロバート・ハマー調査部長が更迭されていたため、ICEの職員は目標を達成できなかったら職を失うかもしれないと恐怖感に駆られた。バイデン政権のときは自制していた学校や教会、病院での逮捕も続発した。 

 

 とはいえ、ICEはすべての都市を対象としたわけではない。民主党の支持基盤の州の「聖域都市」と言われる不法移民に対して公共サービスを提供している都市を狙い撃ちしている。聖域都市は、奴隷制度時代に奴隷州から逃亡してきた黒人奴隷の保護から始まった。それが現在では不法移民を保護する役割を果たしていて、保守派は長年、聖域都市を攻撃している。国土安全保障省はトランプ政権の不法移民強制送還を妨害したとして、500の自治体のリストを発表している。 

 

 ロス暴動が起こっている最中の6月12日、連邦下院監督・政府改革委員会で聖域州の知事を招いて公聴会が開かれた。共和党議員は「聖域都市政策は犯罪者の不法移民を連邦政府の執行官から守り、アメリカ人を危機にさらしている」と知事たちを批判した。知事たちが「聖域都市政策がアメリカ人に犠牲を強いているとは思わない」と反論すると、共和党議員は聖域都市に支給されている補助金の打ち切りを示唆した。 

 

■狙い撃ちされた聖域都市ロス 

 

 ロサンゼルスは最大の聖域都市の1つだ。ミラー次席補佐官の命を受けたICEがロサンゼルスを最重要ターゲットとしても不思議ではない。ICEの不法移民摘発は6月6日の早朝に始まった。繁華街、ウエストレイク地区にあるホーム・デポなど人々が集まる商業施設数カ所で執行官が不法移民の逮捕を始めた。 

 

 これは、ミラー次席補佐官の発言と符合する。執行官の行動を見ていた労働組合(SEIU:サービス従業員組合)の委員長が覆面をした執行官に殴り倒され、連邦拘置所に送られた。委員長は不法移民ではない。やがて連邦拘置所の周辺で抗議運動が始まった。デモ隊は警察官と対峙していたが、暴力的な行動は見られなかった。 

 

 

 翌6月7日、国境警備隊がホーム・デポの反対側にあるラテン系住民が多く住む場所に終結した。正午に警察官が数百人のデモ隊に向かって催涙ガスを発射、デモ隊からは投石が始まった。 

 

 8日、午後に数千人のデモ隊がダウンタウンに終結し、デモ隊の一部が暴徒化し、建物や自動車を襲撃した。夜、ニューサム・カリフォルニア知事とバス・ロサンゼルス市長は「抗議を行うことは適切だが、暴力を振るうことは適切ではない」と、デモ隊に自制を求めた。また、ロス市警の所長は「暴力をふるっているのは執行官に反対する者ではなく、いつも暴力をふるうような連中だ」と、暴力は抗議活動とは関係ない人物によって行われていると発言している。 

 

 6月9日、ロス市警は繁華街での集会を禁止すると発表。10日にバス市長は、ダウンタウンの1平方マイルの地域に午後8時から午前6時までの夜間外出禁止令を出した(6月17日に解除)。 

 

 緊張が高まる場面もあったが、暴動が起きたのは極めて限られた地域で、市全体は落ち着いていた。一部のメディアは、暴動の場面を過度に強調したり、「内戦が起こる」などと情緒的に報じたりしているが、暴動は鎮静化し、全国に飛び火する状況ではない。 

 

 焦点は、ロサンゼルスの治安を守る指揮権はニューサム知事にあるのか、トランプ大統領にあるのかに移った。暴動そのものから離れ、政治的な動きを追ってみよう。 

 

 6月7日、トランプ大統領は「ロサンゼルスの無法状態に対処する必要がある」と、2000人の州兵派遣を承認する覚書に署名した。これに対してニューサム知事は即座に「大統領の決定は緊張を高めるだけだ」「大統領の決定は独裁者の行動である」「民主主義は私たちの目の前で攻撃にさらされている」と、トランプ大統領を非難した。これに対してトランプ大統領は「もし州兵を送らなかったら、ロサンゼルスは今、燃えているだろう」と、自分の決定を正当化した。 

 

 

 
 

IMAGE