( 301595 ) 2025/06/23 05:37:18 0 00 株価が急落したBYD、なぜ「一律値下げ」戦略を採用したのか? Photo:JIJI
中国EVの雄・BYDが5月に打ち出した大幅な「一律値下げ」が波紋を呼んでいます。株価は急落、業界全体に不穏な空気が広がっています。しかし、これを機に「中国産EVは終わった」と考えるのは早計かもしれません。背景には、中国経済の減速やアメリカの動き、そしてかつて世界を席巻した日本の自動車業界と重なる兆しが…。表面的な騒動の裏にある“真の戦略”を読み解きます。(百年コンサルティングチーフエコノミスト 鈴木貴博)
連載『今週もナナメに考えた 鈴木貴博』をフォローすると最新記事がメールでお届けできるので、読み逃しがなくなります。 ● 「破壊的な価格競争」は失策か? BYDが利益と株価を手放した理由
5月26日に香港市場で中国の電気自動車大手BYDの株価が▲8.6%と急落しました。きっかけは、この5月にBYDが中国市場で仕掛けた大幅な価格競争です。
BYDは株価急落の直前まで、売り上げも好調で株価も過去最高値を記録していたのです。一方で、BYDは今年はかなりストレッチした目標を置いています。具体的には世界販売台数550万台を目指しているのですが、4月末時点での販売台数は138万台と、3分の1の期間が過ぎた時点での達成率は25%にとどまっています。
そこで値引きで販売力を加速させようとしたのですが、その経営判断に投資家が懸念を抱いた形です。さらに投資家だけでなく業界からも悲鳴があがっています。この競合他社を巻き込んだ価格競争は持続的ではなく、これをきっかけに中国の自動車業界は淘汰され再編が起きるだろうというのです。
実際、株価が急落したのはBYDだけではありません。値下げに追随したことで、吉利汽車、長城汽車、小鵬やニオなど主要な自動車会社の株価も軒並み下落しました。
中国の自動車市場は曲がり角に来ているのでしょうか?中国産のEVの勢いはここで止まるのでしょうか?そしてEVバブルは崩壊するのでしょうか?状況をまとめてみたいと思います。
まず最初に今回の価格競争について整理します。
BYDはこの5月、自社が販売する22のモデルについて、「夏だけの一律価格」として6月末まで価格を引き下げると発表しました。たとえばエントリーモデルのシーガルの場合は、最低価格が6万9800元(約140万円)から5万5800元(約110万円)に変更されました。
シーガルは日本車で言うとトヨタのヤリスや日産のノートのような小型車です。このシーガルは、6月からヨーロッパ市場でも「ドルフィン・サーフ」の名前で2万3000ユーロ(約385万円)で販売されることになっています。
以前、私はBYDの価格についてダイヤモンド・オンラインの連載で、中国での価格と輸送費や関税を含めた日本での販売価格は約1.6倍の差があると書かせていただいたことがあります。それと比較してみるとヨーロッパ市場で385万円の小型車が中国市場では140万円というのは、中国での価格が格段に安い設定になっていると思います。
BYD車全体で大幅な値下げ攻勢だという状況になれば、年間550万台という販売台数目標は達成できるかもしれませんが「利益はどうなるんだ」と投資家が不安を感じるのは無理もないかもしれません。
ただこの値下げ攻勢、もう少し深い事情があるように思えます。
実は、中国経済は全体で失速し始めています。中国本土での不動産バブルの崩壊以降、中国の経済成長率はじりじりと下落基調です。それを下支えするために、中国政府は耐久消費財の買い替えに補助金を出す政策を打ち出しています。自動車もその対象です。
ところが最近、一部の地方でこの補助金の財源が枯渇し始めたと報道されているのです。トランプ関税による輸出減速もあいまって、結果として2025年後半は中国経済が多いに冷え込むことが懸念されています。
これは私の推測ですが、BYDも他の自動車メーカーもこのことを強く意識しているのだと思います。外部のアナリストが「この価格競争は破壊的だ」と警告しても、確信犯でそれに立ち向かっているわけです。
その結果、起きることは中国市場での業界再編です。中国市場には現在、100を超える自動車メーカーが存在しますが、破壊的な価格競争が起きればその大半が淘汰されるでしょう。
若い読者の方はご存じないと思いますが、日本の自動車産業も同じ経験を経ています。1950年代には日本にも30以上の自動車メーカーが存在しました。たとえば東急グループには「東急くろがね工業」という自動車メーカーがあって、主に三輪トラックを製造していましたし、オフィス家具メーカーのオカムラもミカサという国産車を製造していました。
業界再編の結果、日産自動車と合併したプリンス自動車の主力車スカイラインは、その後「走りの日産」を象徴する車になりました。一方でさまざまなメーカーから発売されていた車たち、具体名を挙げればフジキャビン、オオタ、アキツ(三輪トラック)、オートサンダル、ライラック(自動二輪)など技術的には期待された車の多くは1960年代に消えていく運命となりました。
これと同じ淘汰と再編が中国の自動車市場でも起きるでしょう。日本でも1970年代までにトヨタ、日産、ホンダ、三菱、マツダ、スズキ、ダイハツ、スバル、いすゞの9社体制に業界は再編されました。これと同じことが中国市場でも起きるとすれば、中国の自動車メーカーも10社以内に淘汰されていくことになるでしょう。
● 「中国産EVは終わり」は早合点 見えた!「中国車独り勝ち」のシナリオ
では、逆にそのような流れが起きたほうが業界トップのBYDにとって有利なのでしょうか?実はそうとも言えません。BYDは確かに中国を代表する自動車メーカーに成長しました。しかしBYDがテスラと決定的に違うのは、BYDはまだ時価総額21兆円程の会社に過ぎないということです。
同じ土俵の上でのBYDの最大のライバルであるテスラは、トランプ氏とマスク氏が決裂して株価が暴落した後でもまだ時価総額は148兆円です。資本市場からテスラが圧倒的に高く評価されているのと比較すると、BYDはテスラ以上の世界販売台数を実現していながら時価総額がトヨタの半分に過ぎないのです。
これはBYDの車を所有している私の立場で感じることですが、BYDの車は確かに乗りやすい。いい車です。しかしトヨタと同程度に過ぎない。テスラのように圧倒的な次世代感はありません。
ここで言うテスラの次世代感とは車の良しあしの話ではありません。ひとつは製造にかかわる設計思想です。ギガファクトリーで製造するテスラ車の圧倒的な生産性の高さは異次元のものです。もうひとつは、ソフトウェアをダウンロードするたびに性能が向上するSDV車としてのテスラのこれまでの実績です。
テスラと比較してみると、中国市場ではこの尺度での次世代車ではまだ勝ち組が確定していません。BYDの工場は確かに自動化・ロボット化は日本以上に進んでいますが、車のボンネットを開けるとまだ部品点数がかなり多いことがわかります。ソフトウェアもダウンロードには対応していますが、自動運転としての技術は日本車並です。
逆の言い方をすれば、競合の新エネ車メーカーや小米やファーウェイなどのIT大手がBYDに代わって台頭するリスクは小さくない。勝ち組がBYDになるのか、それとも他の新興自動車メーカーになるのかはまだわからない。それがBYDの時価総額が21兆円にとどまっている最大の理由でしょう。
そのような不安定な競争市場で、足元ではお互いが利益を削り合う価格競争が始まっています。BYDから見れば今はシェアを金で買うことで、競争相手の数を減らす戦略に専念している形です。
ではここで中国車の勢いは止まるのでしょうか?日本車やドイツ車、アメリカ車にとってこの状況は好機と言えるのでしょうか?
ここが一番重要な点ですが、中国市場は世界でも突出して次世代車へと需要のハンドルが大きく切られています。足元の中国市場では新車販売の過半数がEVとプラグインハイブリッドの新エネ車です。特にこの5月は、新エネ車比率が54.7%で1月以降で最高の水準に到達しています。
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