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日本における博士課程への進学者は、2003年から2022年まで減少傾向にあったが、直近2年では増加に転じている。

経済的な困難やキャリアパスの不透明さが進学を躊躇させる原因となっており、そのため文部科学省は「博士人材活躍プラン」を策定し、博士数を増やす目標を掲げている。

また、特に民間企業において博士の採用は少なく、専門的なスキルのミスマッチが課題となっている。

しかし、博士課程で得られる幅広い知識とスキルは他の分野でも活かされる可能性があり、その視点を持つことが重要視されている。

(要約)

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TBS CROSS DIG with Bloomberg 

 

■博士課程への進学者の推移 

 

博士は高度な知の象徴である。また、様々なアニメや漫画に登場し、身近な存在でもある。子供が「大人になったらなりたいもの」では、1989年から2019年の31年間で、実に28回もランクイン(10位以内)してきた。 

 

しかし、これまで博士を目指す人は減少してきた。博士課程への進学者は、直近2年は増加に転じているものの2003年から2022年にかけて減少傾向にあった。この間、欧米諸国では対照的に博士が増加している。 

 

博士の減少は、科学技術競争力の低下を筆頭に、広く学問全体の研究力低下に直結する。実際、科学技術白書2018では、日本の研究力低下が指摘されている。 

 

こうした状況を受け、2024年に文部科学省が公表した「博士人材活躍プラン」では、人口100万人当たりの博士を2020年度比で約3倍とすることを掲げる。 

 

■博士課程への進学に影響する要素 

 

■進学の壁は経済状況、生活費や学費を自ら工面 

 

在学中の経済状況や将来のキャリアパスの不透明さは、学生が進学を躊躇する主要な要因と言える。実際、博士課程の学生の経済状況は必ずしも十分なものではない。 

 

博士課程の学生の学費と生活費を合わせた年間平均支出は223万円である。一方、学費免除(全額・一部)や日本学術振興会特別研究員などの金銭的支援の採用率は限定的な部分がある。 

 

例えば、2021年時点で博士課程に在籍した学生(除く社会人・留学生)の約4割は給付額が60万円未満であった。こうした差額は、家庭からの給付やアルバイト、奨学金などで補う必要がある。 

 

ただ、学部生・修士課程に比べて、博士課程の学生に対する家庭からの金銭的支援は縮小する傾向にあり、年間平均給付額は学部生の2割ほど(約25万円)である。 

 

このため、生活費や学費をアルバイトや奨学金で自ら工面する学生も多い。実際、学生の約半数は、アルバイトに従事かつ家庭からの給付では修学が困難(または給付なし)と回答する。 

 

 

また、2020年時点で社会人・留学生を除く学生の35.2%は、修了時の借入金が300万円を超えていた。こうした、経済的な厳しさが、修士学生を博士課程から遠ざけてきた。 

 

こうした状況に対し、国は支援に取り組む。第6期科学技術・イノベーション基本計画に基づき、2025年度までに全在学者の約3割に当たる約22,500人に生活費相当(180万円以上)の経済的支援を行うことを目指す。 

 

実際、2021年度からは科学技術振興機構による学生支援が実施され、約20,400人が生活費相当の支援を受給している(2024年度時点)。こうした支援もあり、2023・24年度は進学者が増加している。 

 

■常勤ポストに対する供給過剰という問題 

 

修了後のキャリアパスが不透明という課題もある。学部・修士課程に比べて、博士課程の有期雇用労働率は非常に高い。 

 

また別の調査によれば、修了6年半後の有期雇用率は17.5%であり、正規雇用への転換も限定的と考えられる。 

 

博士の不透明なキャリアパスは、修了者の数に対して、主要な就職先である大学や企業からの需要が限定的であることが大きな要因である。 

 

博士の数は、教員不足や基礎研究拡充のための大学院生の増加政策(大学院重点化)を受け、1990年代に大幅に増加した。1990年代中盤には修了者数が大学教員数を上回り、ポストドクター(以下ポスドク)として職に就く学生も増加した。 

ポスドクとは常勤ポストに就く前に経験を積むための任期付きの職務だ。 

 

政府の想定では、ポスドクは長くても3年程度で常勤ポストを見つけることができると考えられていた。 

 

しかし、現実にはそうならない。博士・ポスドクが増加した反面、少子化や2004年の大学法人化を受けた運営交付金減額により常勤ポストは減少した。 

 

この結果、博士・ポスドクの供給過剰は解消せず、多くの若手研究者が安定的な常勤ポストに就きにくくなった。 

 

実際、40歳以下の若手教員が常勤ポストに就く割合は減少しており、また若手研究者が任期付きのポスドクや助教の仕事を渡り歩くケースも珍しくない。 

 

 

■民間企業への就職も狭き門 

 

民間就職という進路も十分に浸透しなかった。1990年代以降、政府は企業に博士・ポスドクの採用を呼び掛けた。 

 

例えば、2001年の第2期科学技術基本計画では「民間においても、博士課程修了者やポストドクター経験等のある若手研究者の採用に積極的に取り組むことが期待される」と記されている。 

 

また、2009年にはポスドクを採用した企業に500万円の持参金を払う高度研究人材活用促進事業も実施された。 

 

しかし、2022年時点でも、博士やポスドクが企業に就職するケースは多くない。例えば、博士課程の修了後に企業に就職した割合は、理工で約4割、その他の分野で約2割前後である。また、2021年時点でポスドクであり、翌年職種を変更した者のうち、企業へ就職した者は約8%に留まる。 

 

また、企業側の採用意欲も高いとは言えない。経団連によれば、2022年度採用のうち、全体の23.7%、非製造業の40.0%は博士の採用が0人であった。 

 

また、2022年時点で、研究開発者として新卒学部生・修士を採用した企業がそれぞれ22.3%、30.9%であるのに対し、新卒博士で5.8%、ポスドクでは1.0%に留まる。理工系の一部を除き、民間企業への就職という進路は限定的だ。 

 

■進学者を増やすためにできることは何か 

 

■民間での雇用を阻むミスマッチの存在 

 

これまで見たように、進学者を増やすには在学中の経済的支援の更なる充実化と需要不足を解消し、成果を学生にアピールする必要がある。 

 

ただし、運営交付金の減少や少子化による大学経営の悪化も懸念され、常勤ポストの増加を見込めるとは限らない。これら人材の受け皿として民間での雇用促進は特に重要になる。 

 

民間での雇用を阻む課題として、スキルをめぐるミスマッチの存在は大きい。特に、企業と博士が求める/提供するスキルにはすれ違いがある。 

 

多くの日本企業は、職務内容や勤務地が限定されないメンバーシップ型雇用に基づく新卒一括採用が前提にあり、価値観や人柄、汎用的スキルの有無を採用軸としたポテンシャル採用・自社育成が中心的になる。 

 

 

しかし、専門性を強みとする博士は、多様な業務に対応できる人材を求めるメンバーシップ型雇用の採用基準と合致しづらい。加えて、年齢面も不利に働く。このため、全体として企業の博士ニーズは限定的となる。 

 

また、採用に積極的な企業では、自社の研究分野と関連した専門性を求めた採用が中心的だ。ただし、業種は限定的であり、一部の研究分野の博士に需要が偏る。博士側もまた、就職において専門性、とりわけ自分自身の研究の継続や研究テーマと関連性を重視する傾向にある。 

 

この結果、専門性の需給にギャップが発生する。例えば、人工知能・機械学習・エネルギー変換、画像処理、知的ロボティクスなどの産業界の需要が高い分野に対し、博士の供給は追いついていない。 

 

一方、設計工学や食品化学・調理学などの分野では、供給が需要を超過している。このように、採用に積極的な企業と博士の間にも、スキルのミスマッチが生じている。 

 

■直接の研究分野以外という着眼点 

 

こうした中、博士課程で学んだ専門性や汎用的スキルを、他の分野で活用することが注目を集めつつある。 

 

例えば経団連は、博士の多様なキャリア実現の必要性を訴える。 

 

スキルが博士号取得過程で涵養されること、産業界で広く活かせることを指摘する。 

 

実際、専門分野とは異なる領域でも博士の知見が応用され、実績を上げる例がある。 

 

例えば、株式会社ポケモンでは、動物の生態に精通する農学博士がゲーム分野で活躍している。2023年にリリースされたゲーム「ポケモンスリープ」では、ポケモン(キャラクター)の”リアルな”寝姿のデザインに助言を行った。ポケモンの愛らしい寝姿はインターネットを中心に話題を呼び、全世界2000万ダウンロードを超えるヒット作となった。 

 

また、博士は学部生・修士と比べて、知見の広さや批判的思考力など、様々な面からパフォーマンスの高さを感じるという人事担当者の声もある。直接の研究分野以外での活躍を視野に入れることで、企業の採用ニーズ喚起や、マッチングの拡大に繋がりうる。 

 

 

 
 

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