( 304218 ) 2025/07/03 03:29:43 1 00 ナギサさん(仮名)は、2022年に自宅で出産した男児が死産であったため、その遺体を公園に埋めたことで逮捕された。 |
( 304220 ) 2025/07/03 03:29:43 0 00 乳児の遺骨が入った容器を持つナギサさん=2023年3月
2022年、当時20代前半だったナギサさん(仮名)は自宅で男児を産み落とした。死産だった。同居の母親を含め、周囲の誰にも相談できない。遺体は公園に埋めたが、後に死体遺棄罪で逮捕され、有罪となった。
ナギサさんの部屋に置かれた乳児の遺骨=2023年3月
望まぬ妊娠をしたものの、家庭や行政に助けを求められず、孤立出産するケースが各地で後を絶たない。赤ちゃんをどうしていいか分からず、乳児を遺棄した女性が、高校生や外国人の技能実習生だったというケースも。精神的に追い詰められ、命の危険を顧みずに産んでも、育てられないため遺棄し、犯罪者にされる。
一方で、男性側は特定されなければ、罪にも問われないことが多い。なぜこんな不平等が続くのか。調べていくと、「自己責任」ではすまされない、妊娠・出産を巡る日本の制度上の欠陥が見えてくる。(共同通信=国枝奈々)
▽行き場失い
妊娠のきっかけは「パパ活」だった。
「15歳で始めた。話し相手がほしくて、最初はお金ももらっていなかった」 幼少期に両親が離婚。母親の転勤で各地を転々とした。転校を繰り返し、小中学校になじめず、いじめも受けた。高校1年で退学。心のよりどころは、動画サイトで活躍するアイドルグループだった。
(写真:47NEWS)
旅館に住み込みで働いたり、キャバクラで働いたりしながら、全国のライブに「推し仲間」と夜行バスで行くのが楽しかった。稼いだ金を推し活につぎ込んだ。 異変が起きたのは2022年春。体調が悪くなり、妊娠検査薬で「陽性」が出た。それでも病院には行かない。妊娠と診断されればキャバクラを解雇され、仕事を失うと思ったからだ。
母親にも相談できない。仕事で忙しそうな上、ヒステリックに怒ることが多かった。幼い時からたびたび「何回同じことを言わせるの」と怒鳴られた。 ほかにどんな相談先があるか分からない。行政などの相談窓口は信用できないと思った。以前、学校でいじめに遭ったとき、勇気を出して窓口に電話したら「母親に相談して」と言われるだけで、何の解決にもならなかったからだ。
まず中絶を考えた。スマホで何度も調べたが、費用が高すぎる。尻込みした。だんだん大きくなるおなかを隠せず、キャバクラは辞めざるを得ない。悩むうちに中絶可能な期間は経過した。どうしようもないまま、独りで苦しんで産み落とした。死産。動転して産婦人科に電話したものの、「警察へ行きなさい」と繰り返し言われるだけだった。
「みんなで知ろうSRHR(みんリプ)」の稲葉可奈子共同代表=2024年12月
でも警察へ連絡する勇気も気力もない。公園に埋めたのはこう考えたから。
「暗くてじめじめした場所よりは、花が沢山あって(子どもたちが遊ぶ)にぎやかな場所に埋葬してあげたい」
遺体は近隣住民が見つけ、防犯カメラですぐにナギサさんが埋めたと特定された。
▽自己責任で片付けられない
ここまで読んでどう思われただろうか。「パパ活なんかするから」「自業自得」などと言いたくなるかもしれない。ただ、続きを読んでいただければ、自己責任では片付けられない問題であることが分かる。
▽女性を取り巻く過酷な現実
避妊なしで性交された場合、女性が望まない妊娠・出産を回避するのにはどのような手段があるのだろうか。
まず、性交された直後には、「緊急避妊薬」(アフターピル)の服用という手段がある。性交後72時間以内に飲めば、高確率で妊娠を回避できる。世界保健機関(WHO)の必須医薬品リストに入っており、海外では処方箋なしで購入できる国が多い。
(写真:47NEWS)
ところが、日本では簡単に手に入らない。まず、医師の処方箋が必要になるため、医療機関を受診する必要がある。一刻を争う薬であるにもかかわらず、夜間や休日であれば受診が遅れ、避妊に失敗するリスクが高まる。 当然、米国や英国、ドイツなどで既に実施されている市販化(処方箋なし)を求める声が高まっているが、国が重い腰を上げて試験販売を始めたのは2023年11月。当初、処方箋なしで入手できる薬局は全国の6万以上ある薬局の中でたった145店舗だけ。厚生労働省によると、試験販売の店舗数は2025年から増えたが、それでもまだ330店程度だ。県によっては数店しかなく、すぐに購入できない。
試験販売する薬局が運良く近くにあったとしても、事前の電話相談や薬剤師の面前での服用が求められたり、18歳未満は保護者の同伴や同意が必要だったりと、状況によっては入手をためらうようなハードルが設定されている。
なぜ日本だけこんなに遅れているのか。産婦人科医の有志団体「みんなで知ろうSRHR(みんリプ)」の稲葉可奈子共同代表は、その一因をこう指摘する。
熊本市の慈恵病院の「赤ちゃんポストの窓口」=2024年12月
「緊急避妊薬の市場は大きくない。市販化すると薬価が下がるがその分、需要が増えるとも限らないため製薬会社や薬局の利益にならない。だから、薬局販売が長らく進まなかった。緊急避妊薬が流通することで『これさえ飲ませておけば良いだろう』と悪用する男性も出てくる。簡単に入手できることが女性にとっていいとは限らないという考えが業界内にはあった」
稲葉さんはさらに、日本は費用面でも遅れていると語る。日本では公的医療保険の対象外のため、全額自己負担だが、英国はクリニックでは原則無料で受け取れ、薬局でも無料配布される。フランスも25歳までは無料で入手可能だ。
英国やフランスの施策の根底にはこんな思想がある。
「望まない妊娠によって、教育やキャリアが中断されることは、個人の問題ではなく社会問題だ」 ナギサさんの妊娠は2022年。試験販売すら始まっていなかった。
▽脆弱な受け皿
では、72時間を過ぎてしまった場合は、次の手段である中絶はどうだろうか。
東京都墨田区の賛育会病院が設置した「赤ちゃんポスト」の入り口
この点でも日本は必ずしも先進的と言えない。中絶には大きく分けて飲み薬(経口中絶薬)と手術があり、手術にも二通りある。金属製の器具でかき出す「搔爬(そうは)法」と、管で吸い取る「吸引法」だ。ナギサさんがスマホで中絶について調べた際、「高額だった」と話していたが、それは間違っていない。いずれの方法でもおおむね10万円ほどかかる。 まず、手術をしなくて済む経口中絶薬「メフィーゴパック」は2023年4月になって日本で初めて承認された。ただ、飲み薬だからといって、簡単に中絶ができるわけではない。
具体的に言うと、薬の投与は2回に分けて行われ、まず1剤目「ミフェプリストン」を服用し、36~48時間後に2剤目「ミソプロストール」を、いずれも医療機関内で服用する。2剤目投与から、胎児の入る「胎のう」が排出されるまでは病院内で待機する必要があり、投与は入院可能な医療機関に限定されている。
稲葉さんは「もともと高価な薬」と説明した上で、費用を下げるよう医療機関に求めるのは現実的ではないと語る。
「#なんでないのプロジェクト」の福田和子代表
「何時間も妊娠組織が排出されるまで待たなければいけないし、組織を目の当たりにする心理的負担もある。飲んだ後の医療的、心理的ケアなど、患者の安全のためにも医療機関の受診は必要だ」
費用を下げ、より利用しやすくするのであれば「公的な経済的サポートがあるのが望ましい」
▽求められる相手の「同意」
飲み薬ではなく、中絶手術はどうか。費用負担以外の面では「短時間で終わり、開始の30分後には終わることもある。当事者が妊娠組織を目の当たりにすることもない。日本の医療環境は感染症のリスクが比較的低く安全に行われている」
ただ、二通りの手術のうち、「搔爬法」については注意が必要かもしれない。子宮を傷つける恐れのある時代遅れの手段だとして、世界保健機関(WHO)は推奨していない。しかし、稲葉さんによると日本の医療機関では今も掻爬法が使われている所も多い。
望まない妊娠をした女性に立ちふさがる壁はほかにもある。 既婚者の中絶には、母体保護法で配偶者の同意が求められる。配偶者によるDVがあった場合などの例外はあるが、夫以外の男性との不倫や性暴力によって妊娠した場合、同意は中絶をためらう原因となりうる。
2023年6月、緊急避妊薬の薬局販売を求め記者会見するピルコンの染矢明日香・共同代表(左)と、「#なんでないのプロジェクト」福田和子代表
法律には定められていないが、未婚者も相手の男性の同意を要求されることが多い。さらに、未成年の場合は親の同意が求められる。
相手の男性が分からなかったり、連絡できなかったりした場合はどうすればいいのか。悩む女性もいるだろう。事情に寄り添ってくれる団体や病院にアクセスできる確率は高いとは言えない。 稲葉さんは、病院側の事情をこう説明する。
「医療機関のほとんどは、悩みを抱える本人を助けたいと思っている。しかし、配偶者や保護者に同意を取らずに中絶の処置を請け負い、後から訴えられたら病院が負けるリスクがある。保守的になる医療機関があるのも無理はない」 ▽最後の砦もあるが
経口中絶薬が使えるのは妊娠9週より前の段階だ。妊娠22週を超えて日本で中絶はできない。赤ちゃんが生まれた場合、最後の砦とも言えるのが「赤ちゃんポスト」だ。
実績が豊富にあるのは、熊本市の慈恵病院だけ。赤ちゃんポストの場所は、病院の表玄関から少し離れた、人目に付きにくい場所にある。「こうのとりのゆりかご」と書かれた小さな門を開くと、細い通路があってその先にある。ポストの前の小窓には無人の小さなカウンターがある。メモ用紙もあるため、赤ちゃんの生まれた日や名前、メッセージなどを書き残すこともできる。
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