( 305008 )  2025/07/05 07:46:03  
00

生成AIの普及に伴い、電力インフラの安定性が重要視されている。

特に、データセンターの電力消費は急増しており、日本のIT産業と経済成長には安定で低コストな電力供給が不可欠だ。

東日本では原発の再稼働が進まず電気料金が高騰しており、これが企業の立地戦略に影響を与え、西日本への移転を促している。

新潟県の柏崎刈羽原子力発電所の再稼働問題では、県民の意見が分かれる中、知事が決断を先延ばしにしており、政治的なリーダーシップが求められている。

技術的な問題は解決しているにもかかわらず再稼働が遅れている現状は、日本全体のエネルギー安全保障に悪影響を及ぼすため、早急な対応が必要である。

(要約)

( 305010 )  2025/07/05 07:46:03  
00

再稼働で揺れている柏崎刈羽原子力発電所(写真:毎日新聞社/アフロ) 

 

 生成AI活用を下支えするデータセンターの増加などに伴い、安定的な電力インフラの重要性がますます高まりつつある。数万人規模の都市に匹敵する電力を消費するとも言われるデータセンターだが、その消費電力を賄うのは今後の国際競争力の担保に不可欠だ。「AI時代」において原子力を含めた日本の電力網はどう在るべきなのか。再稼働で揺れる東京電力の柏崎刈羽原子力発電所の問題も含めて、元プレジデント編集長の小倉健一氏が解説する。 

 

 生成AIの急速な普及は、現代社会の生産性を劇的に向上させる一方、新たな課題を浮き彫りにした。すなわち、電力の「爆食」問題である。 

 

 大規模言語モデルの学習や運用には膨大な計算能力が必要であり、それを支えるデータセンターは莫大(ばくだい)な電力を消費する。エヌビディアの最新GPUを搭載したサーバラック1台の消費電力は数十キロワットに達し、データセンター全体の電力需要は数万キロワットから、将来的には10万キロワットを超える規模になることも珍しくない。これは数万人規模の都市に匹敵する電力消費量である。 

 

 今後の日本のIT産業の成長、ひいては経済全体の発展は、安定的かつ安価な電力供給をいかに確保できるかにかかっている。電力インフラは、デジタル社会の競争力を規定する根源的な要素であると言える。 

 

 

 電力コストの問題は、すでに国内の産業競争力に明確な影響を及ぼし始めている。原子力発電所が安定的に稼働している関西電力や九州電力の管内と、大規模な火力発電に依存せざるを得ない東京電力管内とでは、電気料金に顕著な差が生じている。経済産業省『柏崎刈羽原子力発電所の再稼働の必要性』(2024年9月)によれば、東日本大震災後、原発が1基も再稼働していない東日本では、既に12基が再稼働している西日本に比べ、電気料金が2~3割程度高くなっている。 

 

 このコスト差は、製造業の工場やデータセンターのような電力多消費型産業の立地戦略を左右する決定的な要因となり得る。現に、半導体受託製造世界最大手のTSMCが大規模工場を建設したのは九州電力管内の熊本県であり、国内のデータセンターも西日本への進出が顕著になっている。このままでは、東日本、特に日本の経済活動の中枢である首都圏の電力供給が、経済成長の深刻な足枷となるリスクは否定できない。企業の投資判断が電力コストによってゆがめられ、国土の均衡ある発展が阻害される事態は避けなければならない。 

 

 

 エネルギー問題は国内の産業立地にとどまらず、国家の安全保障と国際競争力に直結する。資源エネルギー庁の資料によると、日本のエネルギー自給率(2022年度)は12.6%、原子力と再生可能エネルギーに舵を切った韓国が20.7%、脱原発を選択したドイツでさえ35.3%であることと比較すれば、日本のエネルギー基盤の脆弱(ぜいじゃく)性は一目瞭然である。 

 

 LNGや石炭といった化石燃料のほぼすべてを海外からの輸入に依存する現状は、中東情勢の緊迫化やシーレーンの寸断といった地政学リスクに対して極めて無防備な状態を意味する。化石燃料価格の高騰は、年間で数兆円規模の国富流出を招き、企業のコスト増や国民の生活負担増に直結する。一度燃料を装荷すれば3年程度発電に利用できる原子力発電は、エネルギー安全保障を確立し、国際社会における日本の交渉力を維持するための、現実的かつ不可欠な選択肢である。 

 

 世界的な潮流を見ても、2023年のCOP28では、日本を含む20カ国以上が2050年までに世界の原子力発電容量を3倍にするという共同宣言を発表しており、原子力をクリーンエネルギーとして再評価する動きが加速している。この国際的な競争環境の中で、活用できる原子力を稼働させないという選択は、自ら国際競争の舞台から降りることに等しい。 

 

 このような状況の中、東京電力HDの柏崎刈羽原子力発電所の再稼働を巡る先日の報道に筆者は驚いた。 

 

 2025年5月31日の日本経済新聞は「柏崎刈羽原発、25年夏の再稼働困難に新潟県が8月末まで公聴会」という見出しで報じた。事態を注視してきた者であれば、この見出しに強い違和感を覚えるはずである。 

 

 柏崎刈羽7号機は、原子力規制委員会による長い審査を経て、2024年6月には原子炉の起動に必要な主要設備の機能が十分に発揮できることを確認していた。これは、技術的な準備が完了し、あとは地元である新潟県の同意を得て、原子炉を起動できる状態になったことを意味する。 

 

 しかし、そこから1年が経過した今になって、ようやく県主催の公聴会が開催され、しかもその日程は6月末から8月末までと、夏の間中、断続的に続けられるという。技術的な準備完了から1年以上もの時間を空費した末の、理解しがたい「政治的遅延」である。 

 

 

 この遅滞の背景には、新潟県の複雑な民意があると思われがちだが、データはその見方を必ずしも支持しない。 

 

 経済産業省が2025年5月2日に発表した新潟県民へのアンケート結果は注目に値する。柏崎刈羽原発の再稼働について、「再稼働すべき」と「規制許可と避難対応があれば容認」と回答した人を合計すると49.6%と、約半数に達した。「再稼働すべきでない」「規制許可と避難対応があっても容認できない」という反対派の合計は30.9%、「わからない、どちらでもない」が19.4%であった。 

 

 この調査は、原発が立地する柏崎市と刈羽村の回答者配分が実際の人口比よりも高く設定されており、結果に影響を与えた可能性は指摘されている。しかし、そのバイアスを考慮したとしても、県民の過半数が再稼働を絶対的に拒絶しているという構図ではないことは明らかである。むしろ、条件さえ整えば再稼働はやむを得ない、あるいは推進すべきだと考える「物言わぬ多数派」が存在することを示唆している。 

 

 にもかかわらず、新潟県の花角英世知事は、明確な決断を下すことなく、時間を引き延ばしているように見えてしまう。知事の態度は、来年、2026年に行われる次期知事選挙での再選を最優先し、強固な反対派からの批判を恐れるあまり、リーダーシップを発揮できずにいると解釈されても仕方がない。 

 

 知事の任期中に再稼働の是非という重い課題から逃げ続ければ、問題はさらに複雑化し、政局の材料として利用されるだけである。花角知事は保守系の支持を得て当選した経緯がある。その立場を鑑みれば、国のエネルギー政策と足並みを揃え、県民の半数が容認する再稼働に道筋をつけるのが本来の役割のはずである。仮に再稼働を決断し、その政治的責任を取って次期選挙には出馬しないという覚悟を示したとしても、多くの県民や国民は、その決断を高く評価するだろう。現状は、批判から逃げ惑い、決断を先送りするリーダーの姿が露呈しているに過ぎない。 

 

 

 そもそも、新潟県の立ち位置には構造的な矛盾が存在する。新潟県は東北電力の供給エリアに属している。東北電力の女川原子力発電所は、すでに再稼働を果たしており、新潟県民は、自らが属する電力会社の管内にある他県の原子力がもたらす電力の安定供給という恩恵を享受していることになる。 

 

 自分たちの生活は他県の原発に支えられながら、自県内にある東京電力の原発の再稼働は認めないというのであれば、それは傍から見るとその地域のエゴであるとの批判を免れることはできないだろう。エネルギー問題は一地域で完結するものではなく、電力系統で繋がれた広域的な課題、日本全体の課題である。 

 

 柏崎刈羽原子力発電所6号機は、原子力規制委員会の新規制基準適合性審査に10年以上の歳月を要した。7号機も技術的準備完了からすでに1年が経過している。この間、日本は膨大な国富を化石燃料の購入に費やし、企業と家計は高い電力コストに苦しみ、国際社会における競争力は低下し続けてきた。技術的に安全性が確認されている貴重な電源を、政治的な理由だけで宝の持ち腐れにしておく余裕は、もはや日本にはない。 

 

 日本の経済成長を再び軌道に乗せ、デジタル社会の競争力を維持するために、そして国家のエネルギー安全保障を確立するために、政府と新潟県は政治的リーダーシップを発揮し、柏崎刈羽原子力発電所の早期再稼働を決断すべきである。 

 

執筆:ITOMOS研究所所長 小倉 健一 

 

 

 
 

IMAGE