( 306338 ) 2025/07/10 05:34:37 1 00 2024年第4四半期には、中国のロボロックが米国のアイロボットを抜いてお掃除ロボット市場で1位となり、アイロボットは2位に転落した。 |
( 306340 ) 2025/07/10 05:34:37 0 00 2024年第4四半期のグローバルシェアは、中国ロボロックが米国アイロボットを抜いてトップに立った。3位のエコバックスとの差も非常に小さい(出典:IDC Quarterly Smart Home Device Tracker)
お掃除ロボットの「ルンバ」で有名なアイロボット(iRobot)が経営危機に陥り、自らこのままでは12カ月もたないと公表した。その大きな理由は、中国勢の台頭だ。2024年第4四半期にはついに、中国ロボロックに世界シェア1位の座を奪われ、2位に陥落。3位の中国企業もすぐそこに迫っている。では、中国勢は順調に儲かっているかと言うと、そうではない。一筋縄ではいかない、お掃除ロボットビジネスの今を追う。
2025年3月、米アイロボットは2024年第4四半期の決算を公開した。今後12カ月以内に債務の借り換えか売却先が見つからないと事業の継続も難しいというニュースが駆け巡り、株価は40%も急落、ショックを受けた方もいるのではないだろうか。
この話は、アイロボット自身が有価証券報告書に記載したものだ。
「新製品の販売が成功するとは保証できません」 「これらの不確実性が当社の財務状況に及ぼす影響を考慮すると、2024年連結財務諸表の発行日から少なくとも12カ月間、企業として存続できるかどうかについて、重大な疑義が生じています」
(アイロボット有価証券報告書から引用・和訳)
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経営陣の悲痛な叫びとも言えるほどの強い言葉が使われている。
アイロボットはマサチューセッツ工科大学のAIラボの3人が1990年に起業し、「お掃除ロボット」というそれまでに存在しなかった製品を生み出したイノベーター企業だ。以来30年以上、「ルンバ」はお掃除ロボットの代名詞であり続けてきた。
様子が変わったのは2021年。2020年までは、絵に描いたように成長してきたが、2021年をピークに売上が急落し、それに伴い赤字転落してしまった。
市場を切り開いてきたアイロボットはなぜ、このような事態に陥ってしまったのか。
要因はさまざまなあるが、最も大きいのが中国メーカーの台頭だ。2024年第4四半期のグローバルシェアでは、中国企業のロボロック(Roborock)に抜かれ、アイロボットは2位に転落してしまった。
1998年に中国・江蘇省で起業したエコバックス(Ecovacs)は当初フィリップスの製品などの受託生産をしていたが、2009年に自社開発のお掃除ロボット「DEEBOT」を発売したことが転機になった。これにロボロック、ドリーミー(Dreame)、スマホ大手のシャオミ(Xiaomi)などが続いた。
ではなぜアイロボットは、後続の中国メーカーに市場を奪われてしまったのか。
1つは価格だ。中国メーカーは、ルンバの半分以下の価格で同性能のモデルを発売。中国で大きな広がりを見せる消費行動「平替」(安価な代替品)として、中国市場で足場を築いた。
そして、アイロボットが米国、EMEA(中東、欧州、アフリカ)、日本を主な市場としていたのに対して、中国メーカーは北欧、韓国、ラテンアメリカ、東南アジアなどアイロボットの影響の弱い地域でシェアを伸ばしていった。
アイロボットの動向を的確にとらえた市場戦略で成長していった中国メーカーは、価格だけではなく、性能面でもアイロボットを上回り始めた。
アイロボットは、その中核技術であるvSLAMにこだわり続けた。これは月面探査機や自動運転車、ドローンなどで使われるもので、移動しながら自らの位置を推定すると同時に地図を生成する技術だ。カメラによる視覚や接触で、壁や家具の位置を判断する。
この技術で問題になったのが、ペットの排せつ物の処理だった。ペットがトイレ以外の場所に粗相をしたことに気が付かず、ルンバを稼働させ外出してしまうと、床中に塗り広げられるという大惨事になる。
アイロボットはこの問題に取り組み、前方カメラによる映像から排せつ物を判別するために、スタッフは粘土でさまざまな形状、色の排せつ物を作り、AIに学習させた。さらに、スタッフやユーザーから提供された画像も学習素材とし、2022年にはRoomba j7シリーズに、POOP(Pet Owner Official Promise)保証をつけた。万が一、回避ができず大惨事となってしまった場合は、本体を無償交換するというものだ。
一方、中国メーカーは2016年頃からLiDAR(ライダー:光検出と距離測定)の搭載を進めていった。自動運転車などにも使われているレーザー光を使った精度の高い地図作成が可能になる。ペットの排せつ物についても、上位機種では異物として認識され回避できるようになっていた。LiDARは当初高価なパーツだったが、2010年代後半から価格が大きく下がっている。
vSLAMに固執したことはアイロボットにとって失態だった。LiDARを使用するお掃除ロボットの地図の作成速度と精度は圧倒的で、無駄なく走行し、掃除も短時間で終えることができる。アイロボットは2025年になって、LiDARを採用した製品を発売したが、自身でも「新製品の販売が成功するとは保証できません」と記述するほど悲観的になっていた。
さらに、2023年に決定的なことが起こる。アイロボットの核心技術とも言えた「2段ブラシ」(US6883201)の特許保護期間が満了した。これは底面についた2つのブラシが逆に回転し、ホコリを効率的に吸い込むという技術だった。特許が切れたため、中国メーカーは続々と2段ブラシを採用したモデルを発売した。
では、中国メーカーはお掃除ロボットで大きな利益を得ているのかというと、業績は非常に苦しくなっている。シェア1位のロボロック、3位のエコバックスともに、2024年は増収減益となった。
家電製品の売れ行きは、住宅の広さと関係していると言われる。住宅が広くなると、新しい家電を買いたくなり、特にジューサーやエアーフライヤーなどの小型家電がよく売れるようになる。家が広くなると、生活の豊かさをすぐに感じることができる小型家電に目がいくようになるのだ。
ところが、中国の新築住宅の広さは2020年頃に平均95平米に達したところで縮小を始め、現在は90平米ほどまで狭くなっている。不動産バブルにより住宅が売れなくなり、面積をコンパクトにして価格を下げる傾向が進んだり、少子化が進み、広い住宅の需要が弱くなっているからだ。このため、お掃除ロボットも、中国市場での需要が弱くなっている。
また、お掃除ロボットは生活必需家電ではなく、特定の消費者が多重買いをする傾向がある。新しい機能が搭載された新製品が出ると、耐用年数に達していなくても買い増しをするのだ。そのため、次々と新しい機能を搭載するための研究開発費がかさむようになってきている。
ロボロックの最新機種「G30」では、ロボットアームを搭載。AIが物体を判断し、ゴミはゴミ箱に入れ、スリッパは定位置に戻すという「片づけ」までやるように進化している
一方、住宅事情が急速に改善されている東南アジア市場では標準品が売れている。この市場では価格勝負となるためコストダウンが欠かせない。高機能化と低価格化を同時に行わなければならず、利益を出すことが難しくなってきている。
だが、世界での市場が拡大しているのは間違いがなく、新規参入も相次いでいる。特に、中国のドローンメーカー「DJI」がお掃除ロボットを発売することを公表しており、ドローンの世界で培ったナビゲーション技術を床という平面に応用してくるであろうことから、注目を集めている。お掃除ロボットは、もう一段進化する時期を迎えているようだ。
執筆:ITジャーナリスト 牧野 武文
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