( 307411 ) 2025/07/14 06:34:10 0 00 写真はイメージです Photo:PIXTA
日本では、65歳以上の約4人に1人が、なんらかの認知機能障害を抱えているとされている。中でも近年注目されているのが、「人間関係」と「認知症リスク」の関係性。現役時代に“仕事だけのつながり”しか持たなかった人は、退職後に孤立しやすく、そのことが認知症の発症にも関わってくるという。米国内科専門医・老年医学専門医の山田悠史氏は、著書『認知症になる人 ならない人 全米トップ病院の医師が教える真実』の中で、最新の研究知見に基づいた予防のヒントを数多く紹介している。今回、山田氏に人間関係だけでなく、「飲酒・喫煙・勉強」などの身近な生活習慣と認知症リスクの相関について、話を聞いた。(取材・文/新里百合子)
● 退職と同時に“会話ゼロ”になる人がいる
――「友達が職場にしかいない人」は、定年後どのようなリスクがあるのでしょうか。
それ自体がリスクというわけではありませんが、会社の同僚との関係が必ずしも友人関係とまでは言えず、あくまで仕事上の付き合いの場合も多いですよね。職場以外の人間関係が希薄なまま定年を迎えると、それを機に会話や交流が一気にゼロになるケースが少なくありません。
本来であれば、近所付き合いなど自然な人間関係に移行していくのが理想なのですが、特に男性は、定年後に人との接点が急に減る方が多い傾向がある気がしています。
――人との関わりがなくなることと、認知症リスクにはどのような関係があるのでしょうか。
「社会的孤立」は、実は認知症の大きなリスク因子のひとつです。人と会話する機会が失われると、脳が受ける刺激が極端に減少し、結果として認知症の発症リスクが高まると考えられています。
定年を迎えてから「物忘れ」などの理由で受診される方に比較的共通して見られるのは、やはり「孤立」なんです。人との関わりが急になくなってしまって、それがじわじわと影響してくるケースが多いですね。
――ちなみに、生成AIとの会話は人間関係の代替にはならないのでしょうか? 個人的には、ChatGPTなど生成AIと話すことで孤独感が軽減されている実感があるのですが……。
生成AIとのやり取りが、リアルな人間関係の代わりになるのかどうかについては、現時点ではまだわかっていません。これからの研究課題になると思います。ただし、孤独感がなくても、一人暮らしなどで人間関係が全くない、あるいは希薄な「社会的孤立」状態にあること自体が、認知症リスクと密接に関係していることは繰り返し示されています。
――一人暮らしをしていても、孤独を感じることなく過ごしている方もいますよね。そうした場合でも、認知症リスクが高まる可能性があるというのは、少し意外に感じます。
● 定年前からできる、認知症リスクを下げる“人間関係”の築き方
人間関係と孤独感をそれぞれ個別に分析した研究によると、孤独感そのものでは認知症リスクの増加は確認されなかった一方で、社会的なつながりやサポートを欠いている人では、認知症のリスクが高まるという報告があります。
さらに、社会的に孤立していると、ストレスへの耐性が弱まるだけでなく、セルフケア――たとえば、病院に行くとか、生活を整えるとか、そういったことが疎かになりやすい、ということも知られています。
その結果、健康を害しやすくなり、病気の発見も遅れてしまう。そうした健康の悪化が、結果的に認知症のリスクを高めてしまうことがあるんです。
――お話を伺っていると、定年前から積極的に人間関係を維持する努力が必要になってきそうですね。仕事を通じて人間関係を築いてきた方は、退職後、それらのつながりをどう維持し、広げていけばよいのでしょうか?
定年後の時間をどう過ごしたいかによって、築くべき人間関係のあり方も変わってきます。まずはご自身が何に没頭したいのか、どんなことをしていきたいのかを伺ったうえで、私は提案をするようにしています。
たとえば、会社を辞めた後でも、地域で参加できるボランティア活動などは数多くあります。「友達を作らなければ」と肩に力を入れなくても、何かしらの活動を通じて、自然と仲間が増えていくケースも少なくありません。
● 定年前から意識したい、認知症リスクを下げる生活習慣
また、犬を飼っているご家庭では、散歩の時間を通じて地域の人とあいさつを交わすなど、日常のなかで小さなつながりが生まれやすい環境にあります。私自身も毎日のようにドッグランに行くのですが、そこには20人ほど人が集まっていて、よく会話が生まれるんです。「どこから来たんですか?」といったやり取りから、自然と親しくなっていくんですね。
お子さんがいるご家庭であれば、学校行事や子育てを通じた交流も、人間関係を無理なく広げていく良いきっかけになります。そのほかにも、近所のジムに通って顔見知りをつくるだけでも、十分に社会的なつながりの一つになると考えています。
――できることは多そうですね。ちなみに、退職金を使ってカフェを開業したり、蕎麦打ちを始めたりするという話もよく耳にしますが、こうした取り組みは認知症予防につながるのでしょうか。
それが厳密に認知症予防につながるかどうかはなんとも言えませんが、夢中になれることがあって、それが人間関係や人生の豊かさにつながっていくのであれば良いですし、そこでできた人間関係は、認知症予防にも一役買ってくれるのかもしれません。
――他にも、認知症にならないために定年前からできることはありますか?
そうですね。将来を見据えて、定年前から意識しておきたいのは、やはり「運動」です。定年後には仕事の時間が減り、その分、自由に使える時間が増えてきます。その時間を運動にあてる習慣を、ぜひ前もってつくっておいてほしいですね。
あとは、食べ過ぎや飲み過ぎといった「過剰」を避けることも重要です。
――暴飲暴食が体に悪いというのは想像がつきますが、それが認知症リスクにもつながるのですね。
おっしゃる通りです。たとえば、喫煙や過度の飲酒、カロリー摂取過多による肥満、そして塩分の摂りすぎが招く高血圧。これらはいずれも、認知症のリスクを高める要因とされています。
一方で、認知症になりにくい方々の生活を見てみると、こうした“過剰な習慣”を持っていない傾向があるのも事実です。
● 「年に1回の眼科検診」がおすすめのワケ
なかでもお酒については、なかなか難しいテーマではありますが、やはり時間に余裕ができると、飲酒量が増えてしまうというのはよくあることです。だからこそ、先ほど申し上げた「運動」と同じように、定年後の空いた時間をどう使うかを意識しておくことが大切です。
たとえば、以前からやってみたかった趣味に取り組んでみるなど、時間の使い方を見直すことで、結果的にお酒を飲む量が自然と減っていくケースもあります。
もうひとつ大事なのが、年齢と飲酒の関係です。若い頃は平気だったお酒の量、たとえばビール2杯でも、30代の頃は何ともなかったかもしれません。しかし、60代になると肝臓の代謝機能が少しずつ落ちてきます。同じ2杯でも、体への負担は大きく変わってくるのです。
その結果、転倒して骨折してしまったり、心臓に負担がかかったり、あるいは睡眠の質が落ちてしまうなど、健康への影響がさまざまなかたちで現れるリスクが高まります。
「昔と同じ量を飲んでいるだけなのに、なんだか調子が悪い」――そんな声を聞くこともありますが、その“同じ量”が、年齢を重ねた今では“同じではなくなっている”ということに、ぜひ気づいていただきたいですね。
――50代以降から予防を始める場合は、どのようなことを意識したらよいでしょうか?
まずは「年に1回の眼科検診」がおすすめです。目と耳の機能を保つことは、脳への情報の「入口」を守るうえで非常に大切だということが知られています。外出時にサングラスを使って、紫外線から目を守ることも白内障や加齢黄斑変性という病気などの予防になります。
あとは、頭への衝撃を含め、頭のけがを経験した人は、認知症リスクが約66%から84%程度の割合で高まることが知られているので、自転車に乗るときなどには、ぜひヘルメットを着用してください。
――バイクはともかく、自転車に乗るときにヘルメットをかぶる習慣がない人は多そうですね。サングラスも日本人には少しなじみが薄いかもしれませんが、心がけたいですね。
その他、一般健康診断やワクチン接種、睡眠のリズムを整えることも重要です。例えば、帯状疱疹の発症を予防するワクチンには、認知症予防効果がある可能性が繰り返し示唆されているので、50歳以上の方はぜひ接種してください。
また、高齢になり配偶者に先立たれた方や、家事経験が少ない男性が急激に生活能力を落とし、老け込んでしまうというケースは珍しくありません。今からでも家事に取り組んでみるのも、良い認知症予防になるのではないでしょうか。
山田悠史/新里百合子
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