( 307449 )  2025/07/14 07:18:34  
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著者清水聖士の『市長たじたじ日記』は、千葉県鎌ヶ谷市で19年間市長を務めた彼の経験をつづったものであり、名実ともに政治家としての実体験を語る。

落下傘候補としての初当選から、市長業務、さらには衆議院選挙への出馬まで、多彩なエピソードが展開されるが、著者は常に謙虚であることを心がけ、成功と失敗の両面をリアルに描写している。

また、維新の会からの公認候補として立候補するも、惨敗を経験し、選挙の厳しさを痛感する様子が克明に記されている。

著者の思考や感情に対するモヤモヤした感覚が、読者に深い考察を促す。

全体として、政治の背後にある人間ドラマや選挙のリアリティを伝える良書である。

(要約)

( 307451 )  2025/07/14 07:18:34  
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写真はイメージです imacoconut-shutterstock 

 

交通誘導員から大学教授までバラエティも豊かな「日記シリーズ」は、いつも楽しく読ませていただいている。いうまでもなく、さまざまな仕事に就く人たちの本音を知ることができる面白さがあるからだ。正体を隠すべく(あくまで便宜的に、だが)偽名にしてある点もまたご愛嬌である。 

 

だが、『市長たじたじ日記――落下傘候補から、5期19年、市長務めました』(清水聖士・著、フォレスト出版)の場合はまずそこが違う。要するに本名で執筆しているのだ。簡単な話で、公人だ(った)からである。 

 

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 私は2002年に落下傘候補として千葉県鎌ヶ谷市の市長選挙に立候補し、市長に就任した。以来、5期19年にわたって市長の職にあり、その間には千葉県市長会会長も務めた。詳しくは第4章で述べるとおり、ある出来事をきっかけに市長を辞職し、2021年の衆議院選挙に出馬したものの落選し、職を失った。(「まえがき――政治家の本が面白くないわけ」より) 

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伊藤忠商事から外務省に転職し、在インド日本国大使館の書記官として海外勤務を続けていたという経歴の持ち主。伊藤忠商事の費用負担で留学したペンシルベニア大学ウォートンスクールでMBAを取得して帰国した頃、当時存在していたJR津田沼パルコ内の書店で手にした本に心を動かされたのだという。 

 

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『青年よ故郷に帰って市長になろう』という本の表紙には二枚目の青年が背広を肩にかけて空を見上げている。そのカッコ良さに私はすぐに感化された。伊藤忠での仕事もそれなりに充実していたが、「市長」という響き、そして市民(公)に尽くす仕事の意義に強く惹かれたのだ。(46ページより) 

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Newsweek Japan 

 

そんななか、鎌ヶ谷市の市長が汚職で逮捕され、市民が自分たちの手で新たな市長を生み出そうと運動を始めた。市民団体との面談を経て候補者となり、民主党と社民党からの推薦を得て当選。千葉県内では最年少の41歳で市長となったのであった。 

 

もともと偉そうに振る舞えないたちで、市長になってからも自分のことを偉いと思ったことはなく、常にヘコヘコしていたそうだ。そのうえ野党系の出自で、鎌ヶ谷には地縁も血縁もなし。保守系勢力がまとまって対抗馬を立てれば、次の選挙は危ない。 

 

そんなこともあり、市議会でも市役所でも腰を低くしていたというのだ。 

 

だが、そのかいあってか以後も2期目、3期目、4期目、5期目と選挙を乗り越えていく。当初は緊張状態のまま臨んでいた選挙を、4期目以降はそれほど気にしなくてもよくなっていったそうだ。継続は力なり、である。 

 

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 長く現職を続けるには、市役所内部をまとめたり、市議会と良い関係を作ることが重要だが、一番大切なのはタイミングも含めた運だと思う。私は市長として本当に運に恵まれていた。(173ページより) 

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しかし、こののち著者の運は大きく変わる。6期目はどうすべきかと迷っていた頃、鎌ヶ谷市を含む衆議院千葉13区選出の自民党のA議員に不祥事が起き、次の衆院選では著者を担ごうという空気が出てきた。 

 

心の中には、市長5期の経験を国政で活かしたいという思いがあったため、"とうとう来たかという心境"だったという。 

 

 

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 市長の年収は税込みで約1500万円、衆議院議員の年収は、歳費に加え、わけのわからない文書通信交通滞在費や立法事務費といったものを加えると、年間で市長の3倍くらいになる。衆議院1期だけでもやれば、年金をいつからもらおうかなんてことも一切考えなくても済むというのも大きな魅力だった。(187ページより) 

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それはそうかもしれないが、こういうことを書けてしまうのは、市民感覚からすれば理解しづらい話だ(と、私は思う)。ましてや、「そもそも野党系だったのに、それほど簡単に自民党に寝返ってしまうのか」と思わざるを得なかったが、それも稚拙な庶民感覚でしかないのだろうか。 

 

ともあれそんななか、2020年8月28日に安倍首相が体調不良を理由に辞意を表明し、9月には菅義偉氏が総裁に就任。ご祝儀相場で内閣支持率が高いうちに衆議院解散という見立てが喧伝され始める。 

 

一方、不祥事を起こしたA議員が辞職を表明しなかったため、解散総選挙となれば現職のA議員が次期衆院選挙の自民党公認候補ということになる。 

 

そうした状況下で何もできずにいた著者は、日本維新の会からアプローチを受ける。 

 

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「清水さんのような"大物"が維新公認で衆議院選挙に出れば、仮に小選挙区で落ちても比例区の南関東ブロック(千葉、神奈川、山梨の三県からなる)での1位当選は固いです。ぜひうちからの出馬をご検討ください」 

"大物"という言葉に私の自尊心がうずいた。 

 私は維新の政策に100%賛同していたわけではなかったが、長年市長を務める中で維新の地方分権に関する政策には共鳴する部分もあった。とくに大阪都構想は素晴らしい発想だと捉えていた。東京一極集中を廃し、大阪を東京に続く第二の首都とし、ひいては日本を多極的な構造の国家とし、多くの地方が切磋琢磨し合って国を発展させていく、という構想はまさにこれからの日本が進むべき方向だと感じていた。また、そういう維新の青臭い発想力にも惹かれるところがあった。(189〜190ページより) 

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ということで、気持ちが"ぐらんぐらん揺れた"のだそうだ。 

 

だが前述した年収や政治思想の話、大物と言われて自尊心がうずいてしまうあたりも含め、個人的にはどうも釈然としない。 

 

ともあれ最終的に日本維新の会の公認候補として千葉13区に立候補した著者は、自民党公認のM候補(10万227票)、立憲民主党の候補者(約8万票)に大差をつけられ、3位(4万2473票)で"想定外の惨敗"。維新の会は比例の南関東ブロックで3議席を獲得したが、著者は僅差の4位(次点)だったそうだ。 

 

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 19年ものあいだ市長を務めた鎌ヶ谷市の得票も2位に甘んじるという事態に、私の存在自体を否定された気になった。(200ページより) 

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確かに、そういうものなのかもしれない。メンタルがやられ、しばらくは自室に引きこもったなどと聞くと、選挙とは本当に大変なものなのだなあと思わざるを得ない。 

 

目下の第27回参議院議員選挙でもきっと、こうしたドラマが展開されることになるのだろう。そういう意味で本書は、選挙のリアリティを実感するためには絶妙なタイミングで登場したと言える。 

 

だがその一方、先に触れた"釈然としない部分"が、読み終えた後もずっと心の中に残り続けているのも事実。それは、これまでの「日記シリーズ」からは感じられなかった、なんともモヤモヤした思いだ。 

 

ご自分では気づかれていないだろうが、庶民感覚とは明らかにかけ離れた部分がそこかしこに顔を出すのである。 

 

もちろんそれは個人的な感じ方なので、単に私の視点がずれているだけかもしれない。その可能性も大いにある。しかし、だからこそまずは本書を読んでいただき、最終的な判断は読者諸氏に委ねたいと思うのだ。 

 

印南敦史(作家、書評家) 

 

 

 
 

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