( 307891 ) 2025/07/16 05:17:41 0 00 過熱する「SNS選挙」
与野党の激しい選挙戦となっている参院選。中でもSNSで飛び交う投稿は大きな注目を集め、選挙結果を左右するまでになっています。各政党や候補者はX(旧ツイッター)やユーチューブ、TikTok(ティックトック)などで支持を呼び掛ける動画を配信。あふれる情報の中で、有権者はどう対応すればいいのでしょうか。「SNS選挙」のこれまでを振り返るとともに、メディアリテラシーの専門家に向き合い方を聞きました。(時事ドットコム取材班 斉藤大)
◇無名候補が「165万票」
アメリカ大統領選や日本の総選挙、知事選など、国内外で注目される選挙が相次いだ2024年は「SNS選挙元年」とも言われた。7月の東京都知事選では、現職の小池百合子知事が3回目の当選を果たしたが、次点となったのが当時、東京ではほぼ無名だった石丸伸二・広島県安芸高田市前市長で、約165万票も集めた。旧・民進党代表も務め知名度も高かった蓮舫氏は3位に沈んだ。
石丸氏は、街頭演説で「政治を変える」「行動を起こそう」といったフレーズを多用。その様子を聴衆に「動画撮影してSNSに投稿して」と訴えた。市長時代に議会と激しく対立した際の映像なども交えた「切り抜き動画」や「ショート動画」が拡散し、一気に知名度を上げた。
10月の衆院選では、国民民主党が28議席と選挙前の4倍に躍進した。こちらも選挙陣営は、ショート動画の拡散に注力した。玉木代表は「178万円の壁」や「手取りを増やす」などワンフレーズを多用。特に選挙戦終盤の演説は、聴衆の歓声が上がるなど音楽フェスのような盛り上がりだった。
◇SNSの特性にご用心
SNSの活用は、いわゆる三バン「地盤(組織)・看板(知名度)・カバン(お金)」に頼らない、新たな選挙活動の形だ。硬直的になりがちな政治の世界に地殻変動をもたらすとの期待がある。一方で、SNSにはユーザーの興味や関心に合わせた投稿が表示される仕組み(アルゴリズム)や、フェイクニュース(偽情報)も紛れており、注意が必要だ。
SNSを使う上で、気に留めるべき特性をまとめた。
【フィルターバブル】SNSでは、検索や閲覧履歴などの分析から「おすすめ投稿」が次々と表示される。すると、まるでユーザーが泡(バブル)の中に閉じ込められたかのように自分の関心事に近い情報ばかりに接することになってしまう。
【エコーチェンバー】SNSで自分と似た興味・関心を持つ別のユーザー(アカウント)とメッセージのやり取りを繰り返していくうちに、特定の意見や思想が強化され、増幅していくこと。他の意見に触れることが少なくなり、「絶対に正しい」といった思い込みが強くなる。
【アテンションエコノミー】SNSによっては、閲覧数に応じてお金が支払われるシステムがある。このため、収益目的で「切り抜き動画」を作成する人が出てきた。こうした動画の中にはユーザーの関心を引くために虚偽の内容や刺激的な文言を交えた、問題のあるものが多々ある。
◇「2馬力」が物議、兵庫知事選
衆院選の直後の2024年11月に行われた兵庫県知事選。これもまたSNSが選挙結果に大きな影響を与えた。斎藤元彦知事のパワハラ疑惑を発端に、県議会が全会一致で不信任を議決し、知事選が行われることになった。斎藤氏は「不信任」を受け失職するという、非常に不利な状況の中で再び知事選に出馬。投開票日が近づくにつれ、SNSでは斎藤氏を擁護する投稿が盛り上がりを見せ、最終的に同氏が再選された。
知事選には「NHKから国民を守る党」の立花孝志党首も立候補。当初から「自分は当選する気はなく、斎藤氏を応援する」と表明。パワハラ疑惑などを内部告発した元局長のものとされる私的なデータや非公開で行われた百条委員会の録音を、SNSを通じて流出させた。立花氏の一連の行動は、「2馬力選挙」とも言われ、問題視された。一方、他の候補のアカウントが通報により凍結されたり、偽情報や誹謗(ひぼう)中傷も飛び交ったりして、「本当に公正な選挙だったのか」と疑問の声が上がった。
メディアリテラシーを専門とする白鴎大の下村健一特任教授=2025年7月8日、東京都足立区
日本では2013年に公職選挙法が改正され、「インターネットによる選挙活動」が解禁された。ただ当時想定されていたのは、候補者本人のホームページやメールによる情報発信だった。その後、SNSやスマートフォンの利用は次第に拡大。特にこの数年は選挙に関する動画投稿や配信が飛躍的に増えた。この急激な変化に公選法が対応しきれていないのが現状だ。
2025年3月の公選法改正では、前年に問題視された、他候補の応援や性的な写真のポスターを巡り、それらの品位に関する規定が盛り込まれた。しかしSNSに対する規制強化は、憲法が保障する「表現の自由」に関わることから議論は難航。法制化は先送りされた。
このため、与野党7党による「選挙運動に関する各党協議会」が6月27日にメッセージを公表。有権者に対し「SNS上の情報について、発信源や真偽を確認すること」を呼び掛けると共に、SNSなどの運営会社に「偽・誤情報、誹謗中傷の拡散や収益化プログラムなどの問題について改善の努力」を求めた。
一方、新聞や通信、テレビといったマスコミ各社の多くが、ネット上に出回る誤った情報や誹謗中傷などについて選挙期間中でも積極的に報じる方針を示している。
◇いったん立ち止まる
SNS関連の法改正が間に合わないまま突入した参院選。有権者は一票を投じる前に、どうSNSと向き合えばいいのか。元TBS報道アナウンサーで、メディアリテラシー教育に取り組む下村健一白鴎大特任教授は「感情が揺さぶられた時ほど、いったん立ち止まるという『防災意識』を」と訴える。
SNS選挙の現状について「政党や候補者が動画の演出などテクニックを競うような状況になっている」と指摘。「有権者は、SNS活用のうまさではなく、政策の良さで候補者や政党を選ぶという基本に立ち返ろう」と強調する。
また、大量の切り抜き動画が投稿されていることについては「SNSの運営会社が収益化を阻むシステムを導入するために努力することは急務だ」としつつ、「視聴する側が知っておくべきこともある」という。例えば、SNSのアルゴリズムの存在だ。「その人の検索の傾向に応じて、どんどん似たような主義主張の投稿や動画ばかり表示されるようになる。一見、親切な仕組みだが、選挙では視野が狭くなり多様な情報に触れられなくなるという弊害も自覚しなければ」
◇「逆検索」で異論に触れて
では、どうすればいいのか。下村さんは「ある政党に『素晴らしい』『いいな』と思ったら、あえて『○○党 批判』『ダメ』といった反対の言葉で検索して」と提案する。「すると、(情報が入ってくる)窓が広がるだけでなく、以後アルゴリズムは呼応してさまざまな情報を提供してくれるようになる。政党に好感を持ったのならば、どんな批判があるのかということにも触れる初動の癖を付けてほしい」と勧める。
さらに、SNSを含むメディアを見る時に必要な「ソウカナ」というキーワードを提唱する。「即断するな」「うのみにするな」「偏るな(他の見方も探す)」「中だけ見るな(スポットライトの当たっていない外も見る)」の頭文字だ。「選挙には投票日というタイムリミットがあり、結論を急ぎがち。だからこそ努めて冷静に、ギリギリまで異なるメディアや情報源を見続けて」と話す。
◇分断を防ぐために
最近の選挙や政治では極端な意見を見聞きすることが増えてきた。下村さんは「SNSでは強烈だったり極論だったりする言動に注目が集まりやすい。その結果、世論の振れ幅が自動的に以前より大きくなり、社会に分断が生まれやすくなっている」と懸念する。
支持する政党や候補者、主張が出てきたら、「ただ単に投稿をリポスト(拡散)するのではなく、友人や知人に対面で勧めることで、ネットの外に出てみよう」と語る。その際、意見が異なる人がいても“上から目線”で否定したり説得したりするのではなく、自分の考えを『置き配』のようにそっと届ける姿勢が大切だという。下村さんは「そんな対話の積み重ねができれば、それぞれの視野が相対化され、振り子の振れ幅は抑えられて分断を防ぐことにもつながるはず。投票日は目前ですが、今からでも始めましょう」と呼び掛けている。
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