( 307966 )  2025/07/16 06:48:23  
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「ギフト市場の縮小」「暖冬」「日常使いしづらい」…他には? あのゴディバが密かに抱えていた《重大課題》と、打ち出した打開策の”実態” 

 

ライター・編集者の笹間聖子さんが、誰もが知る外食チェーンの動向や新メニューの裏側を探る連載。第11回は老舗「ゴディバ」の新ブランド展開のなぜに迫ります。 

 

■東京駅で出会った「赤い菓子店」の正体 

 

 先日、出張帰りの東京駅構内で、赤い焼き菓子店に出会った。 

 

 壁も机も赤。パッケージも赤がメインで、女の子がチョコレートのついた指をペロリと舐めているイラストの箱と、うさぎがお菓子を舐めているイラストの箱が並んでいる。商品は、バターサンドとフィナンシェ、ガレットの3種類のようだ。 

 

 眺めていると「試食をどうぞ」とバターサンドを渡された。ショコラキャラメル味だ。口元に近づけると、香ばしいバターの香りが食欲を刺激した。 

 

 たまらずかぶりついてみると、サブレはサクサク軽快な口当たり。その間にサンドされたクリームはなめらかで、「バターそのものを食べている」かのようなコクと、上質なチョコレートの甘さが同時に感じられる。 

 

 途中、少しほろ苦い生キャラメルのフィリングが飛び出して、絶妙なアクセントに。リッチで重層的な味わいながら、どこか軽くて罪悪感のないスイーツだった。 

 

 「これは当たり!」と土産に持ち帰ろうとしたのだが、バターサンドはチルドデザートで持ち帰りは2時間以内にとのこと。泣く泣くあきらめ、フィナンシェとガレットを買い、帰宅後息子と食べてみた。 

 

 フィナンシェは半生かと思うほどしっとりとしていて、バターとチョコレートの風味が濃厚に混ざり合う。ガレットは周囲がサクサクで、中央はホロリとやわらか。カカオの苦みと、バターのコクの二重奏がたまらない。 

 

■ゴディバの新ブランドは「バター」で訴求 

 

 この「バターとチョコレート」が全面に出た焼き菓子ブランドの名前は、「ゴディバターズ(Godi Butters')」(※)という。名前からお気づきの方もいるかもしれない。チョコレートの老舗「ゴディバ(GODIVA)」から2025年5月15日に誕生した新ブランドだ。 

 

 (※編集部補:取材後、ブランド名が「Gバターズ」にリネーム。便宜上、本稿では併用している) 

 

 けれど、赤のテーマカラーにアート調のイラスト、そして焼き菓子と、そのイメージは従来とはかなり異なる。 

 

 

 ゴディバにも焼き菓子はあったはずだが、ゴディバターズと何が違うのか?  どうしてイメージを大きく変えているのか。そこには、ゴディバが直面した市場課題と新たな挑戦があった。 

 

■老舗ゴディバを襲った「2つの危機」 

 

 ゴディバジャパン株式会社 ゴディバターズプロジェクトリーダーの奥村和子さんによると、ゴディバターズ誕生の裏には、2つの市場の変化がある。 

 

 1つは、スイーツギフトのあり方の変化だ。いわゆるお中元・お歳暮のようなギフトはマーケットとしては大きい。ゴディバのこれまでのメイン客層もまさにここにあった。顧客の中心は40、50代で、安心感と信頼感から「きちんとしたギフト」として選ばれている。 

 

 しかし、コロナ禍をきっかけに人々の生活スタイルが多様化するなかで、20代、30代はお中元・お歳暮を贈る習慣がなくなる。ギフトのマーケットはじりじりと縮小している状況だった。 

 

 2025年に矢野経済研究所が発表した「国内中元・歳暮市場規模推移と予測」※1でも、右肩下がりになっていることがわかる。 

 

 加えて、2022年と2025年を比べると、カカオ価格は約3倍に。そのほか、小麦粉などの製菓材料も高騰している。これを受けて、スイーツの価格は上昇。そうなると、若い世代はますます手が出しにくくなった。 

 

 けれど、スイーツギフトがなくなったわけではない。今若い世代はどんなギフトを求めているかというと、親しい人への手土産や、ちょっとした御礼など、カジュアルな方向性だ。自宅用、自分用、友達と一緒に食べるなど「ご自愛需要」も増加した。 

 

 これらの潮流には、コロナ禍でなかなか人と会えなかった反動から、「会えたときに感謝を伝える」ようになったことや、家時間の充実を目指す人が増えたことも影響している。 

 

 つまりは、「特別な贈りもの」ではない、「日常のなかでの贈りもの」。そして、自分の楽しみとしての位置づけへと変化したのだ。 

 

 

 2つめは、気候変動の影響である。取材をした2025年6月、その月の日本の平均気温は過去最高を記録。気温における「夏」が長くなっているのに伴い、「溶ける」チョコレートのベストシーズンである秋冬は、1カ月以上短くなっている。 

 

■ブランド力の強さが、逆に課題を生んだ 

 

 さらに、これら2つの市場変化への対応を考える中で、同社はより本質的な課題に直面する。それが「ブランドイメージの強さ」だ。 

 

 1972年の日本上陸から53年、ゴディバという名前は高級チョコレートの代名詞として、確固たる地位を築いている。しかし、それは変化という意味ではマイナスに働いた。 

 

 若い世代に日常使いを提案しようにも、「特別な日のための高級チョコレート」という認識は、簡単には変えられないのだ。 

 

 購買機会の問題もあった。ビジネスとして成長するには従来のギフト需要よりも、購買頻度を上げる必要がある。だが、単純に「普段使いのゴディバ」と言っても、ブランドイメージとの乖離が生じてしまう。 

 

 ブランドイメージを守りながら市場の変化に対応するため、いわば「別人格」の創造が必要だったのだ。 

 

 加えて、チョコレートという商品カテゴリーの制約もあった。夏より秋冬のほうが需要が高いのだ。通年で安定した売り上げを作るには、別カテゴリーの商品への挑戦が必要となる。 

 

 ゴディバでは、チョコレートドリンクのショコリキサーや、焼き菓子の販売といった別カテゴリーの商品も展開しているが、そうした変化と課題のなかで生まれたのがゴディバターズだ。 

 

 購入機会としては、「20代後半から30代、40代の女性ががんばった日に自分用に買う」、いわゆる「ご褒美需要」「日常使い」が中心に据えられた。開発においては、味はもちろん、「ショッピング体験としての高揚感や探究心」が重視された。 

 

 「今はパッと見て、『わあ、おいしそう』『食べてみたい』など、気持ちが上がることがスイーツの購買動機の多くを占めます。 

 

 これまでゴディバでも焼き菓子は提案してきましたが、少し落ち着いたイメージがあります。そこで、品質は維持しながら、『気持ちを揺さぶる新たなアイデンティティ』を目指しました」(奥村さん。以下、「」内はすべて) 

 

■「ショコラバター」で新たなブランドを 

 

 では、改めて、ゴディバターズとはどのようなブランドなのだろう。ゴディバターズは、ゴディバの特徴である「ベルギー産チョコレート」と、クリーミーで、焼き菓子にしたときに発酵の香りがほどよく漂う「ベルギー産発酵バター」、2つを組み合わせた焼き菓子ブランドだ。 

 

 

 両者の融合により、今までになかった「ショコラバター」の風味を生み出したことが最大の特徴。新しいレシピを考案しているときに、ベルギー産チョコレートとベルギー産発酵バターを混ぜ合わせてみたことをきっかけに、「どちらも主役級の素材だから、混ぜ合わせればおいしいに違いない」と開発がはじまったそうだ。  

 

 ところが、どちらかの味が際立ち、もう一方が引き立て役になると、これまでの商品との変化が感じられない。そのため、「両方の風味が際立つ黄金バランス」の発見に力が注がれた。 

 

 バランスの実現のためにこだわったのは、ベルギー産の発酵バターだ。数多くの種類の味をマッピングし、「香り、コク、ミルキーさ、すべてのバランスがとれた発酵バター」を選び抜いた。チョコレートと合わせたときにどれかの特徴が消えてしまうことなく、突出しすぎることもなく、うまく調和したという。 

 

 レシピは、ゴディバジャパンのエグゼクティブシェフであり、ショコラティエ/パティシエのヤニック・シュヴォローさんが考案。完成したレシピを、製造を依頼している国内のパートナー企業と何度もキャッチボールして再現した。 

 

 さらに、「チョコレートと発酵バターの黄金バランス」を体感してもらうため、初期商品はあえて、日本でよく知られたバター系の焼き菓子のみに。バターサンド、フィナンシェ、ガレットの3種に絞られた。 

 

 数を絞った分、形状や食感は、1つひとつこだわりを追求している。たとえば、フィナンシェはカカオの実の形にすることで、角のあるパリッとした食感ではなく、しっとり焼き上がる仕様に。ガレットの中央のホロリとしたやわらかさや、バターサンドのサブレのサクサク感も丁寧に設計された。 

 

 フレーバー展開も、「両方の風味が際立つ黄金バランス」を守るため、最初は最小限に。バターサンドは3種、フィナンシェは2種、ガレットも2種に絞っている。 

 

■パッケージデザインに込めた「高揚感」と「挑戦」 

 

 一方、パッケージデザインでは、「パッと見たときの高揚感」と「ゴディバの新しい挑戦のインパクト」を重視し、赤色をテーマカラーに選んだ。 

 

 そこに、「指を舐めている」少女と、うさぎが「お菓子を舐めている」イラストを合わせ、「チョコレートとバターが混ざったらどういう味?  おいしそう。ちょっと舐めちゃった」という、微笑ましいストーリーを喚起するイメージがつくられた。 

 

 

 
 

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