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東京都議選における旭日旗を掲げる支持者と、差別に抗議する人々の対立の中、埼玉県のクルド人コミュニティは激しいヘイトスピーチやヘイトクライムにさらされ、生活に恐怖を感じている。

差別的な発言や脅迫が頻繁に発生し、オンラインでも悪影響が広がっている。

クルド人やその支援者たちは、差別を糾弾し、教育活動を通じて理解を深めようとしているが、政治家も差別的発言を行い、選挙活動においてヘイトスピーチが蔓延している。

シンポジウムでは、差別撤廃法の制定が求められているが、現状では有効な対策が講じられず、差別は続いているという問題が報告されている。

(要約)

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東京都議選の街頭宣伝で旭日旗を振る支持者と、「差別をやめろ」と声をからしプラカードを掲げて抗議する人たち=6月15日午後、東京都杉並区のJR高円寺駅前 

 

 なぜそこまで嫌われ、攻撃されるのか。なぜ止められないのか。どれくらいの日本人が悪感情を持っているのか―。埼玉県南部の川口市、蕨市に多く暮らすクルド人たちは、おびえきっている。歯止めのきかない憎悪は、ネットだけでなく日常生活に、選挙にもあふれ出した。 

 

「在日クルド人と共に」事務所に届いた脅迫の手紙 

 

 6月15日午前、JR蕨駅近くのビルの一室に、在日クルド人や、支援する市民たちが集まってきた。毎週日曜に市民団体「在日クルド人と共に」が開いている日本語教室だ。和気あいあいとした集まりだが、団体の代表、温井立央さんの顔は晴れない。 

 

 「正直、きりがない。気にしないように振る舞っていても少しずつ心にダメージがたまります」 

 

 きりがないとは、激しさを増すヘイトスピーチ、ヘイトクライムのことだ。団体ホームページには頻繁に「さっさと国へ帰れ」などのメールが送りつけられる。ここ2年でヘイトメールは187件に及ぶという。 

 

 「くるどじンキらい。ころスアるよ」という脅迫の手紙まで届いた。クルド人を誹謗中傷したり、スタッフを怒鳴りつける電話もかかってくる。 

 

 差別が日常風景になりつつある。食い止める方法はないのか。(共同通信ヘイト問題取材班) 

 

 ▽薄く、広範囲に広がっている 

 

 「ヘイトスピーチが当たり前のようにSNSに流れ、放置されている。人権が軽く扱われているように感じます」 

 

団体に届いたヘイトメールを示す「在日クルド人と共に」代表の温井立央さん=6月15日昼、埼玉県蕨市 

 

 温井さんは話す。6月、東京の大学に呼ばれて学生に川口の現状を講演した時のことだ。学生たちの感想文には、講演前まで持っていたイメージがこう書かれていた。「SNSを見てクルド人には悪い印象しかなかった」「クルド人のせいで川口の治安が悪くなったという話を聞いた」 

 

 温井さんは、川口・蕨を訪れたこともない学生たちが、そんなイメージを持っていたことに驚いた。「一番の問題は、差別がネットを通じて薄く広範囲に広がっていることです」 

 

 ▽学校で「くさい」と言われ 

 

 温井さんの団体の日本語教室に、クルド人男性、ヤマンさん(44)=仮名=がいた。2022年の「在日クルド人と共に」設立当初から通っている。今年、日本語検定の中で2番目に難しい「N2」を受験予定で、毎日猛勉強中だ。 

 

 「SNSでクルド人に対するひどい差別があるのは知っているけれど、けんかになるから見ないし、相手にしない。家族のためにもならないし」 

 

 

「在日クルド人と共に」の日本語教室で勉強するヤマンさん=6月15日午後、埼玉県蕨市 

 

 日本に来たのは約20年前。故郷であるトルコ南東部の村はトルコ警察の監視下に置かれ、安全を求めた。夢は解体会社を経営すること。子ども2人は日本で育ち、将来は国際貢献する仕事についてほしいと考えている。 

 

 昨年、小学生の娘が同級生から「くさい」と言われ、毎朝シャワーを浴びてから学校に行くようになった。ヤマンさんは学校に訴え、教師が発言をした児童と話し合った。今は元気に学校に通っている。 

 

 ヤマンさんは訴えた。「クルド人はテロリストだとか悪いやつだとか言うけれども、本当にそうなのか。耳で聞いた情報だけで判断しないでほしい」 

 

 教室終了後、ボランティアとして初めて参加した男子大学生は、こう語った。 

 

 「SNSではクルド人が怖い、犯罪が多いと書かれていたが、実際に会って話すと違うと感じた。また来たいです」 

 

 ▽政治家も差別あおる 

 

 ネット上には、クルド人を標的としたヘイトスピーチが簡単に見つかる。 

 

さいたま市で開かれたクルドの祭り「ネウロズ」に現れた河合悠祐戸田市議と、河合氏に抗議する人や警察官たち=2025年3月 

 

 「テロリストクルド人が川口市に根城を築いている」 

 

 「日本から出て行ってほしい」 

 

 こうした差別をまき散らす人々の中には政治家もいる。今年の3月、クルド人の祭り「ネウロズ」の会場に、日の丸をまとって現れた埼玉県戸田市議の河合悠祐氏は、こう声を張り上げた。 

 

 「クルド人の多くは犯罪を起こしているじゃないですか。圧倒的に多いんです」 

 

 事実ではない。埼玉県警によると、2024年の外国人の総検挙人員は1125人。国籍別では、クルド人を含むと考えられるトルコ国籍は51人で、外国人全体の4・5%だった。 

 

 ▽選挙ヘイト 

 

 だが、「不法移民」「治安が悪くなっている」などと、デマを含むヘイトを繰り返してきた河合氏が、1月の戸田市議選でトップ当選したという現実がある。 

 

 選挙活動でもヘイトスピーチが当たり前のように聞こえてくるようになった。代表的なのが「外国人に生活保護、奨学金を出すな」「不法移民によって治安が悪くなった」「在日外国人に侵略される」といったものだ。歴史や制度、人権感覚といった知性を無視した排外的な言説が受けている。 

 ▽都議選でも 

 

 

JR高円寺駅前で選挙候補者側と抗議者側とを分けようとする警官隊=6月15日午後 

 

 埼玉で日本語教室が開かれていた6月15日の日曜午後、東京都杉並区のJR高円寺駅前は、喧噪(けんそう)に包まれていた。 

 

 現れたのは、東京都議選に立候補した政治団体日本保守党(百田尚樹氏らの同名の党とは別)の女性と、河合氏ら。そして、その選挙街宣に向け、抗議する数十人が「ヘイトやめろ」「差別するな」と声をからした。警官隊が両者を隔てようと間に立った。 

 

 候補者や弁士は演説で、抗議者に向けて「彼らの多くが朝鮮人だ」「あなたたち、日本名を名乗ってるんでしょ」「不法外国人が焦っている」などと外国人だと決めつけ、差別デマを繰り返した。「そうだ」と呼応する支持者たちもいる。 

 

 マイクを握った河合氏は、抗議者たちの存在に触れ「妨害行為ばっかりするんですよ。どっちが正しいのか明白でしょう。彼らの多くが在日であり、朝鮮人である。すなわちこれは、日本対外国の戦いなんです」と主張し、「ちょっとでも油断すれば日本が侵略される」とデマをあおった。 

 

埼玉県川口市で開かれたシンポジウム 

 

 ▽ヘイト対策求めるシンポジウム 

 

 高円寺駅前が平穏を取り戻してからしばらくして、夜には川口市のホールで、急増するクルド人差別への対応を考えるシンポジウムが開かれた。 

 

 登壇したクルド人女性(32)は声を震わせ、短く語った。「私の子どもが、クルドは悪いのかと言う…」。参加者150人が静まりかえった。 

 

 ノンフィクションライターの安田浩一さんは、差別実態を次々と報告した。クルド人が働く資材置き場での無断撮影、100円ショップで幼い子どもを盗撮し「万引をしている」とデマを流すSNSの投稿、クルド料理店への嫌がらせの電話…。安田さんは参加者に呼びかけた。 

 

 「差別は間違っていること、人を差別して得られるものは何にもないこと、そして差別の行き着く先には殺りくしかないということを伝えていきましょう。私たちは地域と社会と人間を守る義務がある」 

 

 ▽記事に群がるヘイト 

 

クルド人差別急増でシンポジウム 埼玉、ライターら危機感 

 このシンポジウムを共同通信が報道すると、記事を紹介したXに、多数のヘイトコメントが投稿された。ヘイトスピーチの定義は、マジョリティーからマイノリティーに対する差別言動だが、日本人が差別されていると主張する内容もあった。 

 

 

差別を禁止する法律が必要だと訴える師岡康子弁護士(中央)。左は安田浩一さん、右は温井立央さん=6月15日夜、埼玉県川口市 

 

 「おまえらは日本に必要ねぇんだよ」 

 

 「野蛮な土人は出ていけ!」 

 

 「日本人の方が差別されてる状況だ。日本に対するヘイトクライムだよ!」 

 

 報じても、聞く耳を持たれない状況だ。 

 ▽差別撤廃法の制定を 

 

 ただ、進展はある。さいたま地裁は昨年11月、川口・蕨でクルド人に対するヘイトデモを繰り返してきた「日の丸街宣倶楽部」代表の渡辺賢一氏=神奈川県海老名市=に対し、川口市にある「日本クルド文化協会」事務所から半径600メートル内でのデモを禁止する仮処分を決定した。 

 

 それでも、処分決定後も禁止区域外でヘイト街宣は強行されている。シンポジウムで、問題に詳しい師岡康子弁護士は「差別を禁止する法律がないから、止められない。ヘイトスピーチ解消法では足りない」と訴えた。 

 

 日本政府が人種差別撤廃条約に加入して30年がたつが、条約が義務づける差別を禁止する法律は制定されていないままだ。師岡弁護士は「ヘイトスピーチを違法化しているのは神奈川県川崎市の条例だけ。川口、蕨で行われていることは警察も含め、誰も止めることができない」と強調した。 

 

 「差別の許容は、マイノリティーの人たちを同じ人間として扱わず、何かあった時に、殺してもいい存在だという認識を広げる。誰もが同じ人間として尊厳を持って生きる社会を作るために、差別撤廃法の制定が必要だ」 

× × × 

 

これまでの記事 

ヘイトスピーチに盗撮、不安定な在留資格。在日クルド人はなぜ迫害を受けるのか 埼玉南部「ワラビスタン」を1日歩いてみた 

 

 

 
 

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