( 308204 ) 2025/07/17 06:17:49 1 00 参議院選挙において「消費税減税」や「給付金」が主要な争点となっている。 |
( 308206 ) 2025/07/17 06:17:49 0 00 参院選で候補者の演説を耳を傾ける聴衆=2025年7月4日、兵庫・JR姫路駅前 - 写真=時事通信フォト
参院選では「消費税減税」や「給付金」が争点の一つになっている。日本経済はこれからどうなるのか。モルガン銀行(現・JPモルガン・チェース銀行)元日本代表の藤巻健史さんは「日銀が国債を買い支えた結果、政治家のばらまき癖に歯止めが利かなくなった。このツケは必ず日本国民に返ってくる。増税は避けられず、日本円の紙くず化する恐れは大いにあり得る」という――。
■バラマキをやめられない政治家が多すぎる
今回の参議院選挙では、あらゆる政党が物価対策として「減税」「給付金」を公約に掲げている。ポピュリズム政治もここに極まれり、と思わざるを得ない。
「減税」「給付金」は物価上昇で苦しい家計に対する対症療法との位置づけのようだが、その対症療法によって事態を根本的にさらに悪化させる。そればかりか、事態を悪化させる「物価上昇加速」政策なのだ。
それがわかっている政治家がごく少数だと思われることが日本の悲劇である。もしわかっているのに、当選のためにそれを公約としているのなら最悪だ。
この環境下での「減税」「給付金」は、いわば海で遭難した人間に、のどの渇きに対処するために海水を飲ませるのと同じだ。のどの渇きを深刻にさせるだけだ。
今の日本が直面する国難は「トランプ関税問題」と「財政と金融情勢」だと思うが、政治からはこの2つの国難に対する危機感が全く感じられない。
トランプ関税の決着いかんによってはスタグフレーション(=不況下のインフレ)に陥る。その後にとんでもない物価高、ハイパーインフレに襲われる恐れはかなり高いと思われる。いまの政治家に、その危機感はあるのだろうか(いや、ない)。
■なぜ日銀は物価高を放置しているのか
まずは日本経済の現状、そして今、なぜ日本が物価上昇に悩まされているかを分析してみよう。
1980年からのGDP(国内総生産)が世界ダントツのビリ成長しかしなかったせいで、日本の税収の伸びは世界最低レベルだ。GDPという全体のパイが増えなければ税収も大きく増えるはずがない。
一方、歳出の増で借金総額は急速に膨らんだ。1980年に100兆円足らずだった国の借金は、現在1323兆円。とほうもない数字に膨らんでしまった。GDPに対する比率は50%から260%になった。
大雑把に言えば、GDPが伸びれば税収も同じような比率で伸びる。したがって借金のGDP比は「借金を税収で返済する難易度」であり、現在の日本は税収で借金を返すのが世界で最も難しい国になってしまったということだ。
■異次元緩和のツケ
なぜ借金はこんなに膨れ上がったのだろうか。
その答えは借金額がすでに997兆円にまで膨れあがった2012年末にある。借金の対GDP比は約226%で、OECDやIMFからは「深刻な財政リスク」があると問題視されていた。私自身も、この時点で財政破綻(=デフォルト)を覚悟した。
ところがこの時政権交代が起こり、翌年から政府・日銀が(実質的な)財政ファイナンスを始めた。日銀総裁に就任した黒田東彦氏の「異次元緩和」だ。財政ファイナンスを禁じ手とするこれまでの伝統的金融論/正統派金融論の立場からすると、私は卒倒するほど驚いた。
財政ファイナンスとは「政府の歳出を賄うために中央銀行が通貨を発行して賄う」ことで、実際に日銀が国債を大量に購入し、日本政府を買い支えた。政治家にとっては増税を回避できるために極めて都合のいい手法だ。
それがゆえに通貨の発行が過ぎハイパーインフレを引き起こすとの理由で、世界中で禁止されている。すべての主要国の中央銀行が政府から独立し、政治家の言いなりにならないようになっているのはそれが理由だ。
政府・日銀は、その原理原則を大きく逸脱した。デフレからの脱却のためとの理由を付けた「異次元緩和」という美名に、財政ファイナンスという実態を隠したのだ。
他国も追随したが、日銀を炭鉱のカナリアとみた他国中央銀行の財政ファイナンスは日銀に比べるとかわいいものだった。
■危機の先送りを続けてきた
これにより財政破綻という国難は先送りされた。国債を買い取ることにより新しい通貨を発行すれば資金繰り倒産(=財政破綻)をする恐れは無くなるからだ。
保有する金(キン)の価値が通貨発行量の上限となる金本位制を放棄したのだから日銀は通貨発行量を厳密にコントロールしなければならなかったはずだ。しかし日銀は、その義務を放棄した。
通貨を発行すればするほど通貨の価値は棄損する。モノやサービスの需給と何ら変わらない。通貨が無尽蔵にばらまかれれば供給過多でその価値は下落する。つまり1万円札を持っていても買えるものが少なくなり(=物価上昇)、為替の世界でも他国の通貨に比べて日本円は弱くなることを意味する。
伝統的金融論の教え通りのことが、今、日本に起こりつつある。価値の棄損による物価の上昇である。その物価上昇が、参議院選挙後に急速に加速していくと思われる。
他国に比べて遅く始まった日本の物価上昇は今や先進国中、最悪だ。それにもかかわらず政策金利は先進国最低である。すなわち実質金利(名目金利-物価上昇率)が世界で断トツに低い。
■「物価の番人」が機能不全になっている
伝統的金融論では、物価をコントロールするのは中央銀行の最大の役割で、中央銀行のみが可能と説く。それゆえに中央銀行は物価の番人と呼ばれている。
その物価の番人が実質金利を低く抑えれば、需要は拡大し景気は良くなり、物価上昇は加速する。
かつての日本銀行は、なにかのショックが起これば、実質金利を引き下げ、経済を下支えしてきた。そうはいっても1980年からマーケットにいた私でも、今、目にしているような低い実質金利は見たことはない。
リーマンショックや、ブラックマンデー直後でも実質金利は今より高かった。実質金利からすれば、日本はとんでもない大不況に陥ってしまっているのかと思うほどだ。これでは今後、物価が猛然と押し上げられるのは必然だ。
日経新聞は7月4日付の朝刊で「23区単身賃貸、『高値』の花 若年層転入超過で物件不足」と題する記事を掲載した。これも今後の急激な物価急上昇を予想させる。
1985年から1990年のバブル時、経済は狂乱した。それはCPI(消費者物価指数)が今よりはるかに低い0.3〜0.5%であったものの、資産価格(不動産、株、絵画)が高騰したことが原因とされる。
資産インフレはインフレ(注:資産の高騰はCPIの計算にはごく一部しか算入されない)の加速要因だが、当時は円が毎年30円から40円ずつ急騰していたので、それがデフレ要因となり、インフレを加速させなかった。そのためCPIのみに注目していた日銀は引き締めが遅れ、その後の「失われた30年」を招いてしまった。
■「減税」「給付金」で生活はラクになるのか
その時と今の状況は似ている。当時と違うのは、今は強烈な円高ではなく円安方向だということ。インフレを相殺する円高というデフレ要因が存在しないのだ。
日銀が実質金利を低く抑えていることに加えて、資産効果(資産を持っているものがお金持ちになったつもりで消費を増やす)が存在する。物価は今後、異常なスピードで上昇をすると思われる。
日本経済はいま、すぐにでも金利を引き上げ、ばらまかれたお金を回収しなければならない危険な状態にある。しかし政治家は、今回の参議院選挙で減税を競い、給付金の交付を国民に約束している。
減税や給付金の交付を行えば、ただでさえ過剰発行されている国債を新たに発行しなければならなくなる。しかし、植田和男総裁になった日銀は、従来の買い入れ額を削っており、日銀に代わる買い手が見いだせない状況だ。
長期金利上昇は今や世界全体のトレンドであるが、財政状況が世界最悪の日本で、ほぼすべての政党が更なる国債発行が必要になる公約を口にしている。日銀以外の買い手がいない以上、日銀は購入増を余儀なくされるだろう。
更なるお金のバラマキで物価上昇が予想されるだけに、マーケットは長期金利の上昇を予想する。それが円を発行する日銀の信用棄損につながり、円の価値も棄損することになる。円の棄損は更なる物価上昇を促す。つまり減税や給付金交付の悪循環が、ターボエンジンを利かせて加速してしまうと予想される。
■「遅すぎる男」の教訓
もう一つの国難は「トランプ関税問題」である。現段階でどうなるかははっきりしないが、もしトランプ政権の不満が解消されず、日本経済にダメージが加われば、財政危機・日銀危機に無頓着な政治家は「経済政策」として再び大規模な財政出動をするだろう。
日銀がそのために発行された国債を買い取り、お金がさらにバラマかれることになる。物価は一層急騰し、長期金利は暴騰する。英国のトラスショックの比ではない大きなショックが日本を襲う恐れが大いにあり得る。もう滅茶苦茶と言わざるを得なくなる。最悪だ。
かつて米国のパウエルFRB議長は「インフレは一時的」と断じ、政策金利を長期間0.0%〜0.25%に据え置いた。ところが、2022年3月のFOMC(米国連邦公開市場委員会)で、0.25〜0.5%に引き上げた。これはCPIがすでに8.54%に跳ね上がったあとの決断だった。それゆえに彼は「遅すぎた男」との汚名を着せられた。
その失敗のツケは大きく、2022年6月にはCPIが9.0%に達した。22年9月までは8%台のインフレ、11月までは7%台のインフレが継続した。24年6月以降はおおむね2%台になっている。
日銀の植田総裁も、いろいろと屁理屈を付けて、パウエル議長のように政策金利引き上げを先延ばしにして、同じ間違いを犯そうとしている。
■「政治家の暴走を食い止める警報が存在しない」
問題は、パウエル議長は分析の間違いであったのに対し、植田総裁の場合は政策金利を上げたくても上げられない点だ。
私の大雑把な試算によれば米国のように政策金利を5%にまで上げれば日銀は毎年約25兆円もの損の垂れ流しが生じる(いわゆる負のシニョリッジ=通貨発行損)。
日銀が購入・保有している国債(しかも発行額の半分以上)の評価損も甚大となろう。現在すでに28兆円となる巨額の評価損は長期金利が6%まで上昇すれば140兆円程度に膨れ上がる。びっくり仰天の世界だろう。
金利上昇、それに伴う国債の評価損の拡大は日銀の信用失墜につながる。結果、発行する通貨である日本円の信用失墜にもなる。政府が躍起になって物価対策をしているのに、物価の番人「日銀」が屁理屈を言い並べ、頑として金融引き締めに動こうとしないのは以上の理由だと思われる。
政治家の性として、選挙民のためにばらまきをしたいのなら、何かの警報装置が必要だった。借金がたまれば長期金利が上昇し「政治家さんよ、そんなに歳出を増やせば長期金利が上がりますよ。それでいいのですか?」との警報だ。それが財政規律の軽視を防止する先人の知恵だった。
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