( 308309 )  2025/07/18 02:59:56  
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割田伊織さんと武井七海さんは、結婚式を挙げたが婚姻届は出しておらず、選択的夫婦別姓制度の実現を望んでいる。

この制度は、夫婦が同姓を名乗るか、婚姻前の姓を名乗るかを選べるものだが、国会での議論は進んでいない。

二人はお互いの名前を尊重し、改姓の負担や社会的圧力に悩んでいる。

現在の法律では夫婦の姓名が同じであることが求められており、選択肢の増加を望む声が多い中、制度導入にはまだ課題が残っている。

政治家に対してはこの問題に真剣に取り組むことを求める声が高まっている。

(要約)

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割田伊織さん(左)と武井七海さんの結婚式で、出席者に配布したパンフレット=香川県宇多津町で2025年7月5日、北村隆夫撮影 

 

 若い二人は5月に結婚式を挙げたばかりだ。並んで笑みを浮かべる写真でパンフレットを作り、門出を祝ってもらった。 

 婚姻届は出していない。どちらかが姓を変えなければならないからだ。「自分たちのわがままなのか」。不安や葛藤はつきまとうが、新たな制度の実現を望んでいる。 

 夫婦が同姓となるか、婚姻前の姓を名乗り続けるかを選べる「選択的夫婦別姓」。関連法案は28年ぶりに国会で審議入りしたが、結論は出ないままだった。参院選でほとんどの党が公約に掲げているが、先行きは見通せない。【芝村侑美】 

 

選択的夫婦別姓を実現してほしいと話す割田伊織さん(右)と武井七海さん=香川県宇多津町で2025年7月5日、北村隆夫撮影 

 

 NGO職員の武井七海さん(30)は思っていた。 

 「結婚して幸せになる最初のステップは、私が夫の名字になることなのかな」 

 会社員の割田伊織さん(30)とは大学生の頃に知り合い、2022年ごろから付き合い始めた。 

 翌年には香川県で一緒に暮らし、後に結婚を意識するようになった。 

 大学院での論文や社会人としてのリポートは「武井」を名乗って発表してきた。周りには国際結婚で別姓を選んでいる友人もいる。 

 「いろいろな手続きがいるだろうし、仕事で名字が変わるのは大変。私が変えるのが前提なのか」と疑問がわいてきた。 

 割田さんに打ち明けた。「名字どうする? 私は変えたくないかもしれない」 

 問われた割田さんは「自分の気持ちを掘り起こされた感じだった」。珍しい自らの姓が気に入っている。「割田伊織という名前が自身を表す唯一のもの」と強く感じるようになっていった。 

 民法750条では「夫婦は、夫または妻の氏を称する」と定めている。どちらの姓にするか、武井さんは考えた末、「じゃんけんで決めよう」と言ったこともあった。 

 姓を変えたくないという二人の思いがある。自分が嫌なことを相手に押しつけることもしたくない。 

 結婚話を進めるのはいったんやめた。そんな時、武井さんはあるニュースを目にした。 

 

二人の間で交わした「準婚姻契約書」(右)と公正証書=香川県宇多津町で2025年7月5日、北村隆夫撮影 

 

 選択的夫婦別姓の実現などを求める意見書が24年3月までに香川県内全ての議会(県議会と17市町議会)で可決されたと伝えていた。 

 「制度が変わるのかもしれない」。二人には光が差したように思えた。 

 婚姻届は出せないが、11月には姓や親権、財産などについて取り決める準婚姻契約書や公正証書を作った。 

 これらは二人の約束事を第三者に証明することにはなるが、法律婚とはやはり異なる。病気になった時の手続きなど、さまざまな場面で不安もある。 

 武井さんは知人らに結婚を伝えると、「名字は何になったの?」と聞かれた。「同棲(どうせい)と同じだね」と言われたこともあった。 

 「女性が名字を変える『普通』の流れに乗っていればよかったのか。事実婚はわがままなのかな」 

 現実を思い知った二人には、勇気づけられたことがあった。 

 選択的夫婦別姓制度導入を求めている一般社団法人「あすには」(東京都)は25年4月、事実婚の人たちを調べた結果を明らかにした。 

 法制化されれば婚姻届を出すと答えた「結婚待機人数」は、58万人超と推計されるとの内容だった。 

 同じ思いを持つ人が多くいることを知った武井さん。「重要な問題なんだと思えるようになった。私たちは選択肢を増やしてほしいだけなんです」 

 

 

衆院法務委員会で参考人として意見陳述する割田伊織さん(手前)と、随行者として出席した妻の武井七海さん(右奥)=国会内で2025年6月、平田明浩撮影 

 

 6月17日、割田さんは国会で訴えた。「私たちは結婚することができないのです」 

 衆院法務委員会に参考人として呼ばれていた。武井さんも寄り添っていた。 

 24年の衆院選で少数与党になり、野党は攻勢をかけていく。選択的夫婦別姓を巡り、立憲民主、日本維新の会、国民民主の3党が法案を提出し、委員会での審議が始まった。 

 立憲と国民民主の案は、子の姓の決め方で違いはあるが、婚姻前の姓を選べるよう民法を改正する点で同じだ。 

 維新は夫婦同姓を原則としたうえで、旧姓を通称として戸籍に記載できるようにする案を示す。 

 それに対し、保守派で知られる麗沢大の八木秀次教授もこの日の委員会で、3党の法案に反対の立場で意見を述べた。 

 「選択的であれ、夫婦別氏を導入すれば、一つの戸籍に二つの氏が存在することになり、共通の氏を持たない家族が存在することになる」。その結果、家族意識や共同体意識を壊し、希薄化させる効果があるとした。 

 そして、民法や戸籍法を改正することなく、現行の夫婦同姓を維持したうえで「旧姓使用を広く社会的にできるような法的措置を講ずる方が合理的だ」と主張した。 

 

選択的夫婦別姓を巡る各党の参院選公約 

 

 法案の審議は1997年以来28年ぶり。その前年、法制審議会が選択的夫婦別姓を導入するよう法相に答申した。政府は民法改正案の提出を目指したが、自民党内からの反対論が相次ぎ断念した経緯がある。 

 それから約30年。厚生労働省の統計(23年)によると、夫の姓に合わせている法律婚のカップルは94・5%に上っている。 

 運転免許証やマイナンバーカード、パスポートへの旧姓併記ができるようになったが、名義変更などで女性への負担があり、国連の女性差別撤廃委員会が繰り返し是正を勧告してきた。 

 3党が提出した法案は結局採決されず、継続審議となった。 

 要因は自民党の対応が定まらないためだ。党内には保守派が多く、旧姓の通称使用拡大と別姓推進で対立し、意見集約できていない。もともと制度導入には賛成だった石破茂首相も1月のユーチューブ番組で「党をまとめる立場になると、『さあ俺の考え方に皆ついてこい』という話にならない」と結論を先送りにする意向を示した。 

 推進派の意見を取り入れれば、制度導入に慎重な保守層の反発を招きかねず、参院選に悪影響を及ぼしかねない。結局、党の参院選公約では、制度についての記載は見送った。 

 

 

選択的夫婦別姓の実現に向け、地元議員らに働きかけてきた山下紀子さん=高松市で2025年7月、芝村侑美撮影 

 

 「継続審議にはがっかりした。いつも人権問題は後回し」。法案の採決が見送られて嘆くのは「選択的夫婦別姓制度を願う香川県民の会」(ぼそぼその会)代表の山下紀子さん(52)だ。 

 事実婚で結ばれた3年後、夫のアメリカ赴任で配偶者ビザを得る必要があった。夫の姓となり、「これは誰?」。自分が自分でなくなったように感じた。 

 帰国後は形だけの「ペーパー離婚」をしたが、40歳を過ぎて病気になった時や財産管理で不便さに直面し、戸籍では再び夫の姓とならざるを得なくなった。 

 涙が止まらなかったのは15年の最高裁判決だった。夫婦同姓とする現行制度は「合憲」と判断された。「二度と自分の名前を取り戻せないのか」 

 

選択的夫婦別姓を実現してほしいと話す割田伊織さん(左)と武井七海さん=香川県宇多津町で2025年7月5日、北村隆夫撮影 

 

 5年後、同種裁判の広島高裁判決は地方議会が制度導入などを求めて意見書を採択していることに触れていた。 

 「自分にできることをやろう」。地元議員らへの面会を続け、「家族をバラバラにする制度ではない」と訴えた。 

 ゼロだった意見書は徐々に広がり、24年には県内の全議会で可決された。割田さんと武井さん夫妻が希望を持てたニュースだった。 

 「旧姓を通称使用できればいい」とする意見に山下さんは反論する。「通称という言い方がショックだ。私がアイデンティティーを持つ名前は単なるニックネームなのか」 

 秋の臨時国会で、各党には制度にしっかり向き合ってほしいと望んでいる。これ以上、待てないからだ。 

 夫婦どちらかの姓とするよう義務づけているのは日本だけ。山下さんは決して、全ての人が夫婦別々の姓にすべきだというわけではない。「人間の尊厳が関わる問題。改姓を強制することは人権の問題なのです」 

 

芝村侑美記者 

 

 香川県に住む夫婦には穏やかな空気が漂っていた。 

 それぞれが名乗る姓について、互いの意思を尊重し、納得したうえでの選択ができたからにほかならない。 

 二人は「どちらかの姓を選んでいたら、きっと引きずってしまっていたかも」と話した。夫婦で話し合えたからこそ、選択的夫婦別姓は家庭の絆を深める制度だと感じているという。 

 石破茂首相は1月の衆院本会議で、選択的夫婦別姓制度の導入について「国民の関心が極めて高く、いつまでも結論を先延ばししていい問題とは考えていない」と述べた。早期の結論に努める姿勢を示したものの、自民党内の慎重論は根強く、参院選の公約にも制度の記載はなかった。 

 一方の野党は、法案提出を巡って足並みが乱れた。「一本化できないのか」との声が上がる中、立憲民主と国民民主の両党は独自法案を提出。参政党など明確に反対する党もあり、導入への道筋は立っていないのが現状だ。 

 選択的夫婦別姓制度を巡っては、国立社会保障・人口問題研究所が2022年に実施した調査では賛成する割合が61%に上っている。 

 旧姓を通称使用できる機会の拡大により、問題は解決できるという主張もある。ただ、夫の姓になった女性からは「運転免許証やパスポートなどで旧姓が併記できるようになっても、名義変更手続きの負担は変わらない」との声は依然としてある。 

 「これはアイデンティティーの問題です」。姓を変えなければならない理不尽さを前に、重い扉を開こうとしてきた山下紀子さんの言葉は重い。 

 自分の名前でずっと生きていきたいとする切実な声がある。今一度、政治家は誠実に耳を傾けてもらいたい。 

 

※この記事は、毎日新聞とYahoo!ニュースによる共同連携企画です。 

 

 

 
 

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