( 309696 ) 2025/07/22 06:02:22 0 00 (※写真はイメージです/PIXTA)
高齢の親が中年の子の生活を支える「8050問題」は、高齢化社会における深刻な社会問題です。子の将来を案じる親の不安につけ込み、高額な費用で「自立支援」を謳う悪質な業者の存在も指摘されています。本稿では、友蔵さん(仮名)の事例とともに、詐欺、悪質商法の被害救済に注力する市川巧弁護士が、被害に遭った場合の法的対処法について詳しく解説します。
友蔵さん(仮名/80代)には、50代になるひきこもりがちな息子のヒロシさん(仮名)がいます。ヒロシさんは高校を中退して以来、短期間のアルバイト以外に仕事の経験がなく、現在は無職。普段の外出は家の近くのコンビニエンスストアに行く程度です。高齢の友蔵さん夫婦と同居する実家から、ほとんど出ることがありません。
友蔵さんは、ヒロシさんが40歳を過ぎたころから「自分たち親が亡くなったあと、この子はどうやって生きていくのだろうか」と、その将来を猛烈に心配していました。友蔵さん夫婦の年金は月額22万円、資産は1,000万円程度です。このまま無職の場合、息子が生きているあいだに貯金が底を尽きます。
ある日、友蔵さんがスマートフォンを何気なく操作していると、「ひきこもりの子に集団生活をさせ、社会に適応できるようにする」と謳う業者の広告が目に留まりました。友蔵さんは妻に相談し、断腸の思いでヒロシさんをこの業者に預けることを決意します。
友蔵さんはヒロシさんに気づかれないように業者と連絡を取り、契約を結びました。そして、中国地方にある施設で3ヵ月間生活する費用として、400万円を支払ったのです。
業者の指示のもと、連れ出し決行の日。友蔵さん夫婦は業者のスタッフと入れ替わるようにして家から出て、家にはヒロシさん一人がいる状態にしました。
そして、友蔵さんの手引きで屈強そうな男性数人が家に上がり込み、突然の来訪にパニックになったヒロシさんを半ば抱きかかえるようにして車に乗せ、中国地方の施設へと連れていきました。
ヒロシさんが連れていかれたあと、友蔵さんは「自分の選択は正しかったのだろうか」と不安に駆られましたが、「こうするしかなかったのだ」と自分に言い聞かせました。
業者からは、1週間に1度LINEで、「ヒロシくんは元気でほかの入所者と仲良く暮らしています」というような簡潔な報告が届くだけでした。
友蔵さんは、「何年も親以外とまともに会話をしていなかったヒロシが、本当に共同生活などできているのだろうか」と心配で仕方がありませんでしたが、業者の報告を信じるしかありませんでした。
ところが、ヒロシさんが連れて行かれてから1ヵ月が経ったころ、突然ヒロシさんが自宅に帰ってきたのです。
友蔵さんと妻は、あまりに突然のことに驚きましたが、ひとまずヒロシさんが無事だったことに安堵し、涙を流しました。
ヒロシさんから施設の様子を聞くと、そこは郊外にある古びた一戸建てで、入所者はキャッシュカードなどをすべて取り上げられ、ヒロシさんを連れ出したような強面の男性たちに監視されながら生活していたといいます。そして、「社会に適応するためのプログラム」のようなものは、一切行われなかったということでした。
ヒロシさんは友蔵さんに、「あの業者は、いわゆる引き出し屋で、ただ郊外の家に住まわせて、コンビニのおにぎりやパンを与えるだけの生活で、3ヵ月400万円というのはおかしい」と訴えました。
友蔵さんは、自分のしたことが間違いだったと深く反省し、ヒロシさんに謝罪しました。
8050問題に悩む親の不安や悩みにつけ込む、悪質な業者は後を絶ちません。「引き出し屋」といわれる業者が、まさに友蔵さん・ヒロシさんのケースのような存在です。
こういったケースでは、契約前に業者が謳っていた内容と、契約後に実際に行われたサービスが異なる場合があります。たとえば、「集団生活のなかで社会に適応するプログラムを実施する」と説明しておきながら、実際にはそのようなプログラムは行われず、ただ住居と簡素な食事を与えるだけ、といったものです。
そうした場合、その契約は特定商取引法、消費者契約法の「不実告知」や、民法の「錯誤」「詐欺」に該当することがあります。これらに該当すると、契約相手である業者に対し、契約の取消しを主張し、支払った金額の返還を求めることになります。弁護士が代理人として、業者に対し、事実を指摘したうえで契約の取り消しおよび返金を求めれば、支払ったお金を取り戻せる可能性もあるのです。
実際、筆者が過去に扱ったケースでは、業者を被告とする損害賠償請求訴訟を提起し、支払った金額のほぼ全額を回収できました。
8050問題に悩む高齢者が悪質な業者に引っかからないようにするためには、どういう点に気を付ければよいのでしょうか。
まず、頼るべきは行政です。「役所の窓口は話は聞いてくれるが、具体的なアドバイスはしてくれない」という声を聞くこともあります。その結果、藁にも縋る思いで民間業者に頼り、法外な費用を支払ったあげく、なんの解決にもならず、最悪、子の命に関わる事態に至ったという悲惨な話を耳にすることは少なくありません。
しかし、行政が頼りにならないから民間に行く、と考える前に、行政の担当窓口、担当者と、とことん話し合うべきです。基本的に、行政のほうが民間業者よりも情報を持っているはずです。加えて民間業者は、営利目的であることにも留意しなくてはならないでしょう。
そしてなにより、問題を一人で、あるいは家庭内だけで抱え込まないようにすべきです。親戚や友人、地域の仲間など、第三者に意見や助けを求める努力をしてください。問題を一人で抱え込むと視野が狭くなり、悪質な業者はまさにそこにつけ込んでくるのです。
市川 巧 弁護士 貝坂通り法律事務所
市川 巧
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