( 312851 )  2025/08/03 04:05:03  
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クマの襲撃による人身被害が増加しており、特に今年は多くの目撃情報が寄せられている。

745歳の男性がツキノワグマに襲われ負傷したケースが報じられたが、メディアの「命に別条はない」という表現が軽視される原因になっていると医師は指摘。

クマの攻撃による傷は非常に深刻で、外見上は軽傷に見えても実際には危険な状態であることが多い。

さらに、アドレナリンの影響で受傷直後は痛みを感じないことがあり、心理的な影響やPTSDの発症も懸念される。

クマの攻撃を避けるためには、目や首を守り、状況に応じた冷静な行動が重要である。

秋田県では、クマの目撃情報が急増しており、秋の季節が特に危険とされている。

被害を最小限に抑えるための対策が求められている。

(要約)

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クマは警戒すると立ち上がる。致死的な「顔面パンチ」繰り出す=米田一彦さん提供 

 

 クマによる人身被害が相次いでいる。今年はクマが大量出没する恐れがある。治療にあたった医師は、「命に別条はない」と報道される被害者の実情を知ってほしいと訴える。 

 

*   *   * 

 

■「命に別状はない」けれど… 

 

 7月21日早朝、秋田県北秋田市の畑で農作業をしていた75歳の男性が突然、ツキノワグマに襲われ、負傷した。男性は自ら車を運転して帰宅し、家族が救急車を呼んだ。 

 

「顔や頭などにけがをしましたが、命に別条はありません」 

 

 そう、メディアは報道した。だが、秋田大学の救急・集中治療医学講座教授の中永士師明(なかえ・はじめ)医師はこう話す。 

 

「こうした表現で、クマによる人身被害を軽くとらえてしまう人がいる。加害グマの駆除に対して、『クマを殺すな』という電話が自治体や猟友会に殺到したりするのです」 

 

 先日もクマが駆除されたことに対し、自治体に苦情や批判が相次いでいることが報じられたばかりだ。 

 

 この男性は、ドクターヘリで秋田大学医学部附属病院に搬送された。鼻骨が折れ、開眼困難で、下肢にもけがを負っていた。 

 

「われわれの救急外来で受け入れました。さいわい、全身状態は安定していたため、入院後は耳鼻科、眼科、形成外科に任せました」 

 

■鼻は取れ眼球は飛び出し、指がなくなる 

 

 なぜ、これほどの重傷者が、畑から自宅まで車を運転できたのか。ちぐはぐな印象も受ける。中永医師に尋ねると、「似たような事例は多い」という。 

 

 たとえば、秋田市内に住む80代男性は自宅前の畑でクマに襲われた。意識は明瞭で、自ら119番通報した。 

 

 だが、その症例写真を見て、あまりの惨状に息苦しくなった。額から上あごにかけて顔がなくなっているように見えたからだ。左の眼球はだらりと飛び出ていた。 

 

「鼻は取れ、皮膚が左右に裂けていました。救急隊員が道端に落ちていた鼻を見つけて運んできてくれたので、形成外科の先生が手術して、くっつけました」(中永医師、以下同) 

 

 別の男性は、山菜採りをしていたところ、目の前に突然クマが現れた。追い払おうと、とっさにパンチをしたという。驚いたクマは逃げていった。男性は「やれやれ、助かった」と思い、ふと見ると、手に血がついている。「痛みは感じないのに変だな」と、よく見ると、薬指が骨折し、小指がなくなっていた。 

 

 

■アドレナリンが大量に分泌 

 

「受傷直後はあまり痛みを感じないケースは少なくありません。人に備わっている防衛反応によるものです」と、中永医師は説明する。 

 

 人間は絶体絶命の危機に直面すると、副腎からアドレナリンが大量に分泌される。心拍数や呼吸数が増加し、「逃げるか」「戦うか」の準備を整える。 

 

「アドレナリンが痛覚を麻痺させ、痛みを感じにくくなる。血管は収縮するので、出血も少なくなる。だから、深い傷を負っても逃げられる」 

 

 ただ、アドレナリンの効果が持続するのは数時間だ。 

 

「それを過ぎると、皆さんものすごく痛がります」 

 

■クマに襲われる悪夢 

 

 なかにはクマに攻撃されてもすぐに病院を受診しない人もいるという。 

 

「クマの爪や牙による傷は、皮膚にぽちっと穴が開いているだけのように見えることもあります。けれども、深い傷を洗浄していると、奥から折れたクマの爪が出てきたこともあります」 

 

 クマによる外傷を受けると、傷口は細菌に汚染され、放っておくと化膿してしまう。敗血症で亡くなった人もいる。そのため、大量の生理食塩水による傷口の洗浄や、抗生剤治療などの感染対策が必須になる。 

 

 また、救急医や外科医だけでなく、精神科医の治療も必要になることが多いという。 

 

「『急性ストレス反応』が出て、眠れなくなってしまう患者は多い。『クマに襲われる悪夢を見る』という人もいます」 

 

 受傷して1カ月ほど経ってから、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症するケースもあるという。 

 

「たとえば、農作業中にクマに襲われた場合など、畑に行くことに抵抗を感じるようになる。それが長引くのはクマ外傷によるPTSDだからなのか。現在、研究中です」 

 

■クマに襲われた記憶が鮮明でない 

 

 一方、クマに襲われた記憶が鮮明でない人もいる。 

 

「けがを負ったときの状況を尋ねても、『クマがぶつかってきた』と、あいまいにしか答えられない。ショックの大きさから身を守るための、ある種の防衛反応なのでしょう」 

 

 中永医師が行った患者からの聞き取り調査によると、クマは出合ったときは四つん這いであっても、攻撃の際には立ち上がるという。自分の体を大きく見せて、相手を威嚇するためではないかと推察する。 

 

 

■クマにアッパーカットはない 

 

「第一撃は、『顔面パンチ』です。傷や骨折の状況からして、打ち下ろしや、下から突き上げるアッパーカットはない。水平方向に殴打しています。それから牙で噛む」 

 

 そのため、至近距離で出合ってしまったら、ただちに腹ばいに伏せて顔を地面につけ、両手で頭部や首筋を守れば致命的なダメージを防げる可能性が高いという。 

 

「特に重要なのは目と首を守ることです。爪で目をぐちゃぐちゃにされてしまったり、視神経を切断されてしまったりすると、失明してしまう。首の頸動脈や頸静脈が傷つくと大出血する」 

 

 クマが食害目的で人を襲うケースはまれで、人間が危害を加えないとわかると、それ以上は攻撃せずに去っていくことが多いという。 

 

■「小グマ」も危険 

 

 ただし、好奇心旺盛な子グマは人間を恐れずに近づいてくることがあるという。 

 

 子グマであっても人間は勝てないのか。 

 

「子グマは1歳半までは母グマと一緒に行動します。『子グマなら勝てるのでは』と思って戦うと、まず間違いなく、母グマが現れる。母グマの防衛本能はとても強い。激しい反撃を受けることになってしまう」 

 

 また、たとえ子グマ1頭であっても、爪や牙はとても鋭い。 

 

「勝てるとは思わないほうがいいでしょう」 

 

■人身被害のピークはこれから 

 

 もしもクマの攻撃によって体の一部が取れてしまったら、病院に持ってきてほしいという。ポリ袋に入れたり、タオルで包んだりしてもいい。部位は洗浄したうえで、形成外科医や整形外科医がつなぐ。今の医療技術は進んでいることも知ってほしいという。 

 

 秋田県によると、今年は昨年の同時期に比べてすでに約3倍、クマの目撃情報が寄せられている。70人もの人身被害が発生した2023年度のように、大量出没の恐れがあるという。 

 

 クマによる人身被害のピークは、実は秋だ。冬眠を前にしてクマの活動が活発になるからだ。 

 

「クマは人里に現れることも増えました。クマに襲われると、体が傷を受けるうえ、精神的にも深く傷つくことになる。できる限り被害を防げればと思います」 

 

(AERA編集部・米倉昭仁) 

 

米倉昭仁 

 

 

 
 

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