( 312941 ) 2025/08/03 05:54:38 1 00 新幹線の指定席が確保されているにもかかわらず、実際に座れないケースがSNSで広まり、利用マナーに関する議論が活発化している。 |
( 312943 ) 2025/08/03 05:54:38 0 00 新幹線(画像:写真AC)
新幹線の指定席を購入しても座れない──そんな体験談がSNSで拡散され、利用マナーや制度運用をめぐる議論が広がっている。
筆者(高山麻里、鉄道政策リサーチャー)は東海道新幹線「S Work Pシート」の頻繁な利用者だ。座席が広めで快適なためか、何も知らずに着席する外国人に何度も遭遇している。そのたびに、自席であることや7号車の性質を英語で説明せざるを得ない。
さらに出張中の車内では、車両前後の荷物スペースにおける無断使用、ルールを理解せずに座席を占拠する旅行者への注意など、秩序の乱れが目につく。乗務員の存在感も薄く、同乗している警備員の役割が見えにくいのが実情だ。
これらの単発トラブルが積み重なれば、現行の運用体制の綻びが表面化しかねない。公共交通の現場では、治安維持の観点から制度設計の見直しが求められている。
問われているのは、
・秩序 ・ルール
をどう守るかという基本的な姿勢だ。本稿では、新幹線の快適性と安全性を両立させるために、今後あるべき制度や運用体制を考察する。
新幹線(画像:写真AC)
筆者が主に利用するのは東海道・山陽新幹線だ。車掌による車内アナウンスに耳を傾ければ、今どんな問題が起きているかは概ね察しがつく。
近年、車内トラブルの“3大課題”とされるのは、
・特大荷物スペースの無断使用 ・指定席の不正占拠 ・貴重品の盗難
である。混雑時には、空いている席に荷物を置く乗客や、勝手に席を移動する例も多い。インバウンドの増加にともない、トラブルも多国籍化している。文化の違いという説明もあるが、
「郷に入れば郷に従え」
は公共交通の基本である。日本の新幹線を使う以上、そのルールに従う必要がある。
実際、グリーン車・テレワーク車両・一般車両の違いがわからない、特大荷物スペースが予約制と知らない、大声で飲食をする──そうした行為は日常的に見られる。
外国人旅行者の受け入れを重視する政策は、国家戦略として推進されてきた。その是非が問われる段階に入りつつある。何より、新幹線が前提としてきた秩序モデルが崩れつつあることは否定できない。
東海道新幹線だけでも、年間利用者数は1億人を超える巨大輸送システムだ。文化やマナーのギャップは、もはや一部の問題ではない。だが、誰がそれを是正し、秩序を保つのか。その責任の所在が曖昧なままであることが、根本的な課題となっている。
新幹線(画像:写真AC)
東海道新幹線の16両編成では、東京~名古屋間の「のぞみ」「ひかり」において、基本的に車掌ふたり・パーサーふたりの計四人体制で案内業務を行っている。
一方、「こだま」はパーサーがひとり減員され、三人体制となる。ただし、こだまは各駅に停車し本数も少ないため、意外に混雑する。この減員には現場から賛否がある。
実際に乗車すると、車掌の減員を補うかたちで、パーサーが積極的に巡回する姿が目立つ。さらに、外注された警備員の巡回も加わる。現場での一次対応は車掌とパーサーが担い、パーサーは案内や巡回に加え、避難誘導や脱出用装備の操作にも対応するようになった。
2018年3月以降、車掌の減員にあわせてパーサーの役割が拡大している。車掌は
・放送 ・ドア管理 ・緊急時の対応 ・他列車との連携 ・時刻管理
など、多岐にわたる業務を担う。以前は東京~名古屋間の「のぞみ」で車掌三人・パーサーふたりの五人体制だったが、現在は四人体制となっている。
また、2025年2月24日付のWedge ONLINEによれば、東海道新幹線の「のぞみ」「ひかり」「こだま」全列車・全区間に警乗警備員が乗務している。担当は警備業界大手の全日警で、1列車あたり最大ふたり。しかし、16両編成の車内で実効的な治安維持を行うには、人員として十分とはいいがたい。
その結果、乗客同士のトラブルが発生した際には、
・個人の言語能力 ・その場の交渉力
に委ねられる場面が少なくない。制度設計と運用体制の再考が求められている。
新幹線(画像:写真AC)
新幹線の現行制度には、構造的な限界がいくつも存在する。
まず、人員配置の最適化には制度的・経済的な壁がある。定時運行を最優先とする編成ダイヤの下で、人件費や労務管理の観点から現場への増員は困難だ。とくにJRの車掌は正規雇用が前提であり、一定の給与水準を維持する必要がある。「のぞみ」での車掌減員も、コスト負担と人手不足が背景にあるのは明らかで、現場では慢性的なリソース不足が常態化している。
さらに、制度上の対応権限がきわめて希薄であることも見逃せない。車掌も警備員も、乗客に対して注意や要請はできるが、強制力や拘束力を持たない。万が一、指示に従わない乗客がいたとしても、それを是正する手段が実質的に存在しない。
制度設計そのものが過去の前提に依存している点も深刻だ。現在も日本人利用者を中心とした「性善説」的な思想を前提に運用されており、治安維持やトラブル抑止を制度的に担保する枠組みが極めて脆弱である。価値観の前提自体が、現場対応力の限界を生み出しているともいえる。
例えば、東海道・山陽・九州・西九州新幹線では、予約制の「特大荷物スペース」が導入された。一定の抑止効果はあったが、無断使用や制度への誤解は依然として後を絶たない。ポスターやウェブサイト、多言語対応の案内が強化されているとはいえ、車掌による頻繁な注意放送を聞けば、利用者への制度周知やルール遵守が進んでいるとはいいがたい。
座席トラブルへの対応も限定的で、他の空席や予備席への案内で済まされているのが現状だ。正規の利用者が被る不利益を、制度的に補償できているとは到底いえない。
新幹線(画像:写真AC)
制度を再構築するには、現場対応力を高めるふたつのアプローチがカギとなる。
まず、車掌と警備員の連携強化を前提としたタッグ体制の制度化が急務だ。現行では、委託された警備員と車掌の役割が分離しており、現場での即応力が弱い。対応基準と連携プロトコルを共通化し、トラブル発生時の初動対応を明確にする必要がある。一定の判断権や誘導・移動に関する権限を、車掌と警備員の双方に付与すべきだろう。車掌・パーサー・警備員の連携を可視化し、治安維持における抑止力として制度に組み込む。スタッフの連携体制を広報し、ブランド価値として伝える姿勢も問われている。
次に、車内トラブルへの即時通報・記録システムの導入が求められる。車内カメラやAIによる自動通報、乗客のスマートフォンからの通報機能などを活用し、トラブル検知から対応までの時間を圧縮する仕組みが必要だ。これはDX時代に即した対応であり、思い切った投資で全JRにおける標準化を図る好機でもある。映像記録やリアルタイム通報の仕組みを前提にすることで、対応の正当性や、後追い検証の信頼性も飛躍的に高まる。さらに、トラブル事例をビッグデータとして蓄積すれば、AIを活用した予兆検知や事故予測も実現可能になる。
欧州の高速鉄道では、複数のセキュリティ要員が常時乗車しており、対応マニュアルに基づいた行動と、一定の拘束権限を持つ体制が確立されている。米国のアムトラックでは、アテンダントが即時に警察と連携できる仕組みを運用している。一方で、日本の新幹線は、乗客の自律に依存した「自己責任型モデル」が前提であり、制度設計と運用が諸外国と乖離している。
インバウンドの増加、高齢者・障がい者の利用拡大といったモビリティニーズの変化に対応するには、日本も欧米のような治安維持システムを視野に入れるべき時期に来ている。便数の増加、乗客の多様化が進む一方で、日本の鉄道サービスデザインは追いついていない。車掌やパーサーに教育と責任を集中させる運用体制も、限界に達していることは明白だ。必要なのは、少人数でも秩序を維持できる制度設計であり、その一歩として、上述のふたつのアプローチは有効な選択肢となりうる。
新幹線(画像:写真AC)
公共交通における信頼とは、単に目的地に速く着くことだけでは成立しない。
・安心して座れること ・トラブルが起きたときに正当な扱いを受けられること
こうした当たり前の要素が制度として担保されてはじめて、移動の自由が守られる社会になる。
日本の新幹線は、人手不足やコスト制約、乗客の多国籍化といった新たな現実に直面している。しかし、限られた人員で最大限の安全と秩序を実現する設計は十分に可能だ。すでに、車掌と警備員の役割分担を見直し、制度として治安維持機能を再設計するフェーズに入っていると見るべきだろう。
もちろん、人件費の増大やDX導入にともなうコストを懸念する声もある。あるいは、
「日本は性善説を前提とした制度で十分」
という見方を持つ読者もいるかもしれない。だが現実には、車内トラブルは確実に発生しており、その頻度や深刻さに不安を覚える日本人乗客も増えているのだ。本稿を出発点として、多くの人にこの問題を自分ごととして捉えてほしい。
高山麻里(鉄道政策リサーチャー)
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