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7月2日、山口周氏の音声番組「Voicy」での内容が注目を集めた。

彼は自動車デザインの変化を「ガンダム化」と表現し、現在の自動車が視覚的なインパクトや「わかりやすいかっこよさ」を重視する傾向について考察した。

この背景には、文明の成熟喪失や市民意識の衰退があるとし、今の富裕層は直感で車を選ぶ「子供」のようだと指摘。

自動車の役割が自己顕示や派手さの追求に変わり、本質的な価値や社会的責任が薄れていると警告する。

最終的には、誰のために自動車を作るかが問われるべきであり、社会の成熟を取り戻す必要があると締めくくった。

(要約)

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自動車(画像:Pexels) 

 

 7月2日、山口周氏が配信する音声番組「Voicy」を聴いた。タイトルは「全世界が『12歳の子供』化してる?」。同氏は、『ベストセラー人生の経営戦略』や『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』などの著作で知られる経営コンサルタントである。 

 

 その配信のなかで、ふと耳に残る一言があった。 

 

「世界の自動車が総『ガンダム化』している」 

 

一見唐突な比喩だが、なぜか腑に落ちるものがある。近年の高級車や電気自動車(EV)は、威圧的で線の多い、どこか“ロボット的”な顔つきが目立つ。かつて文化的象徴だったクルマが、なぜこれほど「わかりやすいかっこよさ」に傾いたのか。その背後には単なるデザインの流行以上の、社会的な変調が隠されているように思える。 

 

 山口氏の「12歳の子供化」という表現は、文明の成熟喪失、つまり“市民としての意識”の衰退を示している。それは行動のみならず、選好、すなわち何を「かっこいい」「欲しい」と感じるかという感性のレベルにも及ぶ。 

 

 本稿では山口氏の言葉を手がかりに、「ガンダム化」を単なるデザイン潮流と見るのではなく、 

 

・現代社会の価値観の逆転 

・市民性の衰退 

・美意識の空洞化を映す“鏡” 

 

として読み解く。さらに、自動車産業が直面する根源的な問い――誰のために、どんな未来を目指してクルマを作るのか――に光を当てる。 

 

山口周氏が配信する音声番組(画像:Voicy) 

 

 山口氏は、1980年代ごろまでの自動車デザインについて言及。ロールスロイス、フェラーリ、ランボルギーニなどの高級車を例に挙げ、「やっぱり今見てもですね、非常にその文化的な価値を持った美しい自動車だと思うんですね」と評価している。さらに、かつての高級車が貴族階級に支えられていたとしたうえで、 

 

「富裕層の人たちっていうものがそういうものを買って、貴族の人たちですね、いたわけですけれども、今は貴族っていうものに頼っているとやっぱりビジネスは成立しないわけで、わかりやすくいうと“新興成金”っていうものを相手にしないとビジネスはデカくならないわけですね」 

 

と述べた。従来のように、教養や審美眼を備えた富裕層ではなく、直感的に「わかりやすいかっこよさ」を求める層に訴求せざるを得なくなったというわけだ。 

 

「結局この“新興成金”の人たちっていうのはところが子供のときから素晴らしい美術品とか調度品に囲まれて暮らしてたわけではないので、やっぱり何が良くて何が悪いのかっていうのがよくわからない。結局そういう人たちを相手にしないといけないので非常にわかりやすい、あえていうならばガンダムみたいな車が作られて、それがよく売れるわけです」 

 

「ガンダムっていうのはまさに子供が見るもので、子供がちょうどかっこいいと思うようなデザインになっているわけですけれども、それがまさに自動車のデザインにも広がって、先般、マツダのデザインのトップをやられている 前田育男さんと話してたんですけども、世界の自動車が『総ガンダム化』しているっていうことをいっていて、言い得て妙だなと思ったわけです」 

 

この指摘を敷衍すれば、成熟を欠いた“12歳の子供”のような富裕層が、文化的価値よりも視覚的インパクトを優先して自動車を選んでいることになる。 

 

 では、実際に「ガンダム的」な自動車は存在するのか。現代のEVや高級車に見られるデザインには、いくつかの共通項がある。 

 

・威圧的 

・線が多い 

・情報過多 

・パワー表現の過剰 

 

といった特徴だ。例えば、現代自動車のEV「アイオニック5」はロボット風のデザインと評される。直線的なLEDヘッドライトや幾何学的なホイールが、近未来的な印象を与える。まさに“ロボットを想起させる”デザインといえる。また、レクサスの「スピンドルグリル」や、BMWの「ビーバーフェイス」と呼ばれるフロントマスクも、無機質で攻撃的な造形がロボット的な印象を強めている。 

 

 こうしたデザイン傾向は、自動車が力強さや存在感を誇示する方向に向かっていることの表れでもある。「ガンダム的」な外観は、スピードやパワーといった“記号的価値”を明確に伝えるための手段となっている。自動車を選ぶ基準が、文化的教養ではなくわかりやすい記号へと変化している現実が、そこにはある。 

 

「一部の例外を除いて、ランボルギーニのカウンタックとかにちょっといまいち僕はピンとこないですけども、例えばフェラーリの250ルマンとか、275GTB4Dayとなとか、あるいはベントレーの戦前の車種、白洲次郎なんかが乗ってたのは本当に文化遺産になるんだろうなというふうに、実際もうなってるわけですけどもと思います」 

 

 

山口周『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』(画像:光文社) 

 

 山口氏は、現代社会において成熟した市民が不在であり、市民的責任も著しく希薄になっていると指摘する。 

 

「立ち振る舞いとか市民としての責任みたいなものも全部『12歳の子供』化していて、本当にもう自分さえよければいいとか、もう俺は成功したんだから人に見せびらかしてやりたいっていう。ある種の奥ゆかしさとか、そういったものっていうのは本当に身も蓋もなく投げ捨てられちゃったっていう気がするんですね」 

 

 かつてクルマは社会的な存在意義の象徴だった。モータリゼーションの最盛期には、安全性や信頼性、環境配慮が最優先とされていた。だが現在では、 

 

・速さ 

・強さ 

・目立つこと 

・勝った感 

 

が評価軸になっている。各メーカーもこぞってそうした要素を追求し、消費者もクルマを自己演出のツールとしか見なくなった。 

 

 自動車デザインの変化は、社会倫理の退行を映す鏡でもある。社会との共生よりも、視覚的なインパクトが重視され、デザインはますます「ガンダム化」の様相を強めている。 

 

コーンコブ・パイプを吸うダグラス・マッカーサー陸軍大将。1945年8月2日。 

 

 山口氏は、こうも述べている。 

 

「80年前にいみじくもマッカーサーが、『日本は12歳』、近代社会の標準に照らせばこれは12歳の子供だっていうことをいったわけですけども、ある意味ではものすごい復讐がここで成立していて、日本発のコンテンツによって全世界の人たちの美意識が影響を受けた結果、日本が成熟するのではなくて全世界が12歳の子供化したっていう、ざまあみろっていう状況だといえるわけです」 

 

「その状況の先に出てきたのが、ある意味ではトランプさんみたいな人だとか、今のヨーロッパにおける混乱だとかっていうことがいえるわけで、やっぱりこれはそうじていえることは、成熟した大人っていうものがいなくなりつつあるんじゃないかっていうことですよね」 

 

全世界が「12歳化」している本質は、SNSやYouTubeに広がる自己顕示文化にある。そこでは即時的快楽や承認欲求を満たすことが最優先され、それがプロダクト設計の思想そのものを変えている。 

 

 本来、クルマは都市や人との関係性を前提とした共生の道具だった。だが現在、自動車は自己誇示の手段へと変質した。性能や安全性といった本質的価値ではなく、見た目の派手さや、富を象徴するブランド力が評価される時代になっている。 

 

 これは文明そのものの頽落と呼ぶべき現象である。クルマはもはや公共性ではなく私的快楽を映す装置であり、責任よりも自己主張を優先する社会の鏡となっている。 

 

 

自動車(画像:Pexels) 

 

 現代のクルマを通じて浮かび上がるのは、商品を作る社会から責任を担う社会への根本的な問いである。問うべきは自動車のデザインではなく、「誰のために自動車を作るのか」という点に尽きる。移動手段としての役割を超え、誇示や見た目の派手さが重視される社会は、全体の退行を示している。 

 

 世界的に進む「12歳化」が成熟した大人の不在を招き、それが単なる見栄のための自動車社会を形成している。自動車の未来はどうあるべきか。それは映えだけを美とする評価軸を超え、本来の「美意識」を取り戻すことである。山口氏は音声配信「Voicy」でこう締めくくっていた。 

 

「大人がやっぱりいないと社会ってものはダメなんじゃないかと思うんですが、皆さんいかがでしょうかね。本来社会で責任を担うべきエリートの人たちが、ただの『お金持ちの子供』、『お金だけ持ってる子供』っていう風になっちゃってるんじゃないかと思うんですが、いかがでしょうか」 

 

今こそ、「成熟」とは何かを改めて問うときである。 

 

鳥谷定(自動車ジャーナリスト) 

 

 

 
 

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