( 313281 ) 2025/08/04 06:57:31 1 00 自民党が今夏の参院選で敗北を喫し、石破首相は多党化の進展に伴う難しい政権運営を強いられている。
日本の領域でも、無謀な減税政策が金利上昇を招き、過去のイギリスの「トラスショック」と同様の状況が起こり得る。
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( 313283 ) 2025/08/04 06:57:31 0 00 今夏の参院選で敗北を喫した自民党。石破首相は「多党化」が進む中で難しい政権運営が迫られている(写真:ブルームバーグ)
ここ数年間の長期・超長期金利の上昇は、さまざまな要因によって生じている。2022年頃以降の上昇は、日本銀行の金利統制(イールドカーブ・コントロール、YCC)の廃止や物価上昇に起因するものであり、名目金利の上昇だ。 ところが2025年以降は、トランプ関税や財政危機の高まりに起因する、実質金利の上昇となっている。多党化時代の政権は長期金利に最大の注意を払わなければならなくなる――。野口悠紀雄氏による連載第152回。
■金利上昇を2つの局面に分けて考える
長期・超長期金利が上昇しており、問題視されている。これにはさまざまな要因が関連しているので、それらを分けて考えることが重要だ。
第1に、2025年になってとくに超長期債の利回りが歴史的な高水準になっているという問題がある。そして第2に、中長期的に見ても長期債と超長期債の利回りが趨勢的に上昇している。
まず、第2の側面について見ると、日本の長期金利は2016年から2020年までほとんどゼロ%であり、動かなかった。これは、物価上昇率が低かったこと、そして2016年以降はYCCという日銀の直接的な金利統制によって、長期金利が人為的に低く抑えられていたからだ。
ところが、日銀は市場の利上げ圧力に抗し続けることができなくなり、2022年12月に長期金利の上限を引き上げた。そして、2024年3月にはYCCを解除し、世界で最後のマイナス金利から脱却して、17年ぶりの利上げを決めた。
こうして、金利が経済の実情に合わせて上昇することとなった。その後、インフレ率の高まりを反映して長期金利は上昇している。こうした変化、とくに物価上昇に伴う金利の上昇は、実質金利の上昇というより名目金利の上昇と捉えるべき現象だ。
ところが、このような中長期的趨勢とは別に、長期金利も超長期金利も2025年になってかなり顕著に上昇している。
30年債や40年債の超長期金利は、5月以降に上昇基調を強め、低調な入札結果などを受けて、7月中旬には30年債利回りが3.1%台、40年債は3.6%台と、いずれも発行開始以来最高の水準を記録した(ただしその後は、財務省による超長期債の発行減額観測などから、利回りはやや低下した)。
これが、冒頭で区別した「第1の問題」だ。この問題は、名目金利の上昇というより、むしろ実質金利の上昇と捉えるべきものである。これについて、さらに深く考察していきたい。
■トランプ関税に「債券自警団」が警告
アメリカのドナルド・トランプ大統領は、3月26日に自動車や自動車部品について25%の追加関税を課すと発表した。これによって景気後退の懸念が高まり、リスク資産である株式から安全資産である国債への資金移動が全世界的に生じた。その結果、株式の価格が下落し、国債の価格が上昇(利回りは下落)した。
日本の10年国債の利回りも、それまでの1.5%程度から4月4日には1.2%程度まで下落。これに伴い、日銀の利上げ観測も大きく後退した。
そして、4月2日に相互関税が発表されると、その内容が予想以上に厳しいものであったため、金融市場が動揺。国債からさらに安全な資産への資金移動が生じ、金利が暴騰した。
さすがのトランプ政権もこれには対応せざるをえなくなり、4月9日に発動したばかりの上乗せ関税率の一時停止などの措置を取った。結果、関税政策に関する過度な不安が後退し、日本の10年債利回りも落ち着いた。
無謀な政策に対して国債市場が価格暴落(利回りの急上昇)という形で警告を発し、それに対してはトランプ政権といえども従わざるをえないことを印象的な形で示すものだった。
これは「債券自警団の活躍」と呼ばれる現象だ。最強の警告は株価の下落ではなく、国債価格の下落だったというのが重要な点である。
今回の参議院選挙では、事前に自民党の苦戦が予想されたため、7月になって10年債利回りが上昇。6月には1.4%程度であったものが、7月15日には1.59%まで上がった。
こうして、政治不安定化要因は選挙前にすでに金利に織り込まれることとなった。そのため、与党敗北が現実化しても金利に大きな影響はなかった(なお、株価にも織り込み済みであったため、株価暴落もなかった)。
ただし、今後も現状のまま推移するとは限らない。財政をめぐる政治環境は確実に悪化していると考えられるからだ。
■日本もイギリスと同じ道をたどるのか
今回の参院選では、参政党などがポピュリズム的なレトリックによって、現状に不満を抱える有権者層の支持を集めた。このような政党が議席を増やすのは、日本固有の動きというより、アメリカや欧州の一部でも見られるグローバルな潮流だ。今後も多くの議席を獲得する可能性がある。
また、減税を訴える野党が議席を増やした。仮に減税が実施されれば、利回りには上昇圧力がかかる。
その反面、防衛支出を賄うために増税が必要といった議論は出てこない。こうして、財政健全化に向けた政治的な制約は以前より確実に高まっている。さらに、過剰な政府債務と金利上昇によって、財政政策の余地はますます限定されてくる。
無謀な減税策が金利上昇で阻止されたケースが、イギリスで2022年に起きている。「トラスショック」と呼ばれるものだ。
トラス政権が財源の裏付けを伴わない大型減税を表明したところ、金利が急上昇した。これは年金基金に波及。そして、資金繰りのために年金基金や運用ファンドが保有国債を売却したため、金利がさらに高騰するという悪循環に陥った。
年金基金の危機を救済するため、イングランド銀行(中央銀行)が国債買い入れという異例の措置を取ることになった。トラス政権は減税策の大部分を撤回せざるをえなくなり、結局、リズ・トラス首相は辞任に追い込まれ、在任わずか44日というイギリス史上最短の政権に終わった。
日本でも今後、同じような状況が起きる可能性はゼロではない。
■多党化時代の政権が直面する課題
日本の金利が上昇すれば、日米の金利差が拡大し、円キャリー取引が生じて為替レートは円高になると考えられるかもしれない。しかし、そうしたことは生じないだろう。日本経済の不調によって円がさらに減価する可能性が高く、そうなった場合には円に投資をすれば金利差を超える損失を被る危険があるからだ。
こうした状況下では、株価も下落する。したがって、債券価格、円レート、株価のすべてが低下するという「トリプル安」が生じる可能性がある。
多党化時代に入り、これからの日本の政権はこうしたマーケットの反応に最大限の注意を払わなければならなくなる。
野口 悠紀雄 :一橋大学名誉教授
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