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戦争で「日系人は馬小屋に」涙流した黒人女性 綾瀬はるかが聞いた、絆を引き裂いた戦争の実態 #きおくをつなごう #戦争の記憶

TBS NEWS DIG Powered by JNN 8/8(金) 18:05 配信

https://news.yahoo.co.jp/articles/63231b5f1427d523b2abe349a027e2feabe5ccbd

 

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広島出身の俳優、綾瀬はるかが、戦後80年の節目にアメリカで取材を行った。

彼女は日系人と黒人の間の絆を知り、戦争の影響でそれが引き裂かれたことに衝撃を受けた。

取材で訪れた「Jフラット」という地域では、黒人のバーバラ・マーシャル・ウィリアムスさんが日系人と共に過ごした思い出を語り、戦争がもたらした差別や隔離の実態を述べた。

また、原爆投下の影響やその後の日系人の苦難についても触れ、戦争を越えた絆の大切さを強調した。

綾瀬は、戦争を知らない世代としての責任を感じ、日常的な理解と対話の重要性を改めて認識した。

(要約)

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被爆地・広島出身の俳優、綾瀬はるかが、戦後80年の節目にアメリカに渡った。これまで20年間、取材で日本各地をまわり、戦争体験者の貴重な話を聞いてきた綾瀬だが、当時の“敵国”アメリカで戦争体験を聞いたことは余りない。取材を進めると、アメリカではマイノリティーとして差別の対象になっていた日系人と黒人との間に知られざる絆があったことを知る。そして、こうした個人の絆をも引き裂こうとする戦争の残酷な実態、情報操作の恐ろしさを実感した。(TBS/JNN 戦後80年特番「なぜ君は戦争に?」ディレクター・嶋田万佑子) 

 

大谷翔平の活躍に沸くアメリカ・ロサンゼルス。ダウンタウンから車で20分ほどの距離に「Jフラット」と呼ばれる街があったことは、余り知られていない。この地には、100年以上前から、リトルトーキョーで働く日系人が多く暮らしていた。 

 

「Jフラット」で撮影された日系人たちの写真 

 

綾瀬はるかは、Jフラットで生まれ育った98歳のアフリカ系アメリカ人を訪ねた。バーバラ・マーシャル・ウィリアムスさん。80年前はまだ高校生で、バーバラさんの家の両隣には日系人家族が住んでいた。バーバラさんは当時を懐かしむように、微笑みながら話し始めた。 

 

「近所の子どもはみんな空き地や道で一緒に遊んでいました。母はケータリングの仕事をしていて、お客さんに出す食事が余ると、隣のホシザキさんの家に持っていきました。翌日にはホシザキさんが何かをお返しに持ってきます。本当に私たちは家族のようだったんです」 

 

白人が支配的だったアメリカ社会。当時、公共施設の分離や教育機会の制限など、黒人に対しては差別があった。「Jフラット」には日系人のほかにも移民が多く、自然と連帯感が生まれていったと言う。みんなが肩を寄せ合って暮らしていたとバーバラさんは振り返る。 

 

Jフラットで生まれ育ったバーバラ・マーシャル・ウィリアムスさん(98) 

 

しかし、戦争が、バーバラさんと日系人たちとの絆を引き裂こうとする。1942年、アメリカ政府は日系人を敵とみなし「敵性外国人法」を適用、全米各地の強制収容所に送った。その数は12万人以上にも上る。 

 

「私の隣人たちは、まずサンタアニタ競馬場に送られ、馬小屋に住まわされました。あまりにも突然のことで他に受け入れ先がなかったからです。隣人や友人が馬小屋で暮らすことになるなんて、本当に衝撃的で、心が痛みました」 

 

バーバラさんは、日系人たちが収容所に送られる日の朝のことを、鮮明に覚えていた。 

バーバラさんの母は、ベーコンやたまごを焼いて朝食を用意し、出発前の日系人たちにふるまった。 

 

「私は悲しくて涙を流していましたが、日系人たちは本当に毅然としていました。とても落ち着いていました。本当はとても辛かったはずです。家を離れなければならなかったのですから。」 

 

バーバラさんは、涙ながらにそう話した。 

 

 

「Jフラット」の“隣人”を抱くバーバラさん(1940年頃撮影) 

 

日系人たちを隔離したアメリカ政府はさらに、反日プロパガンダを推し進めていく。当時の映画館では、日本人が出っ歯で大きな眼鏡をかけた姿で描かれたアニメが流れた。『GO HOME(国へ帰れ)』や『WHY ARE YOU HERE (なぜアメリカにいるんだ)』というような言葉とともに、日本人はいつも悪役で、必ず殺される側だった。 

アメリカ政府の情報操作とそれに流されていくアメリカの人々…。しかし黒人として、差別されることの残酷さを知るバーバラさんは、こうしたアメリカ国内の空気に深く傷つくとともに、恐怖を感じたと言う。 

 

「心が痛かった。彼らが差別されるのはとても辛いことでしたし、あってはならないことでした。私たちの隣人がいなくなってしまった後、Jフラットに残された私たちはさらに結束を強めました。自分たちも昔のように、奴隷として連れていかれるのではないか、どこかに隔離されるのではないかと思ったのです」 

 

当時を振り返るバーバラさん 

 

1945年8月6日、アメリカは史上初の原爆を投下した。 

 

「新聞に、爆弾が落とされた瞬間や、巨大なキノコ雲の写真が載っていました。その雲はとても大きく、灰が広範囲に広がっていったと書かれていました。原爆が投下されたと知って人々は喜んでいました。でも私は、その爆弾がもたらした壊滅的な被害を思うと、複雑な気持ちでした」 

 

バーバラさんは当時、十分理解することができずにいたと振り返る。原爆で亡くなったのは、Jフラットで共に暮らした日系人たちの家族かもしれない。18歳にとって原爆投下は、理解するには大きすぎる出来事だったのかもしれない。 

そして8月15日、日本が降伏。長かった戦争が終わった。 

 

「人々は終戦を祝い、道路で歓声をあげていましたが、私は到底喜べませんでした」 

 

バーバラさんと向かい合う綾瀬はるか 

 

実はバーバラさん、今年5月に日本旅行から帰ったばかりだった。孫のロビンさんにクルーズ旅行をプレゼントされたのだ。98歳という高齢だが、東京や大阪などを訪れ、大いに楽しんだと言う。日本滞在中のホテルである女性との再会も果たした。 

 

「私と夫は40年以上前から、日本人の学生をホームステイで受け入れてきました。そのときの学生のうちの一人が電車で会いに来てくれたんです。私たちは、もう40年以上、文通を続けてきましたから」 

 

バーバラさんは戦後もずっと、日系人や日本人と、家族のようにして関わり続けてきた。 

 

「(日本人との)違いなんて感じたことはありません。日系人の方々が収容所に向かうとき、集まって朝食をとりました。あたたかなひとときでした。そうして生まれたつながりは簡単に切れるものではありません。私の心はあのころから変わっていません。日系人は私の人生の一部で、家族でもあります。あなたも含めてね」 

 

 

何度も頷きながら聞く綾瀬はるか 

 

包み込むような温かい笑顔でそう話したバーバラさん。綾瀬は何度もうなずきながら、バーバラさんの目を見つめて聞いた。 

 

「国と国との争いが、個人との関係も離れ離れにしてしまう…戦争について、伝えたいことはありますか?」 

 

「人々がなぜ分かり合えないのか、不思議でなりませんでした。今も同じです。人々は分かり合えず、世界中で戦争が起きています。それはとても悲しいことです。人と人は向き合って、話し合い、理解しようとするべきです。今はそういう時代ではなくなってしまったように思いますが」 

 

人と人とのつながりを引き裂こうとする戦争。しかし、それを乗り越えて育まれた絆が確かにあった…。取材を終えて綾瀬は、この20年間に戦争体験者への取材で聞いた「ある言葉」をかみしめていた。 

 

「とても貴重な証言を私たちにのこしてくださったことを心から感謝しています。これまで戦争に関する取材をしてきましたが、戦争を体験した方からお聞きした『あなたたちは戦争を知らない世代だし経験していないから、とにかく考えて想像することが大切だ』という言葉が心に残っています。小さなことかもしれませんが、日々のそういうことが、まず大事だと感じました」 

 

※この記事は、JNN/TBSとYahoo!ニュース、noteによる戦後80年プロジェクト「 

 

」の共同連携企画です。記事で紹介した「収容所に送られたアメリカの日系人」についての情報を募集しています。心当たりのある方は「戦後80年 

 

#きおくをつなごう 

 

」サイト内の情報募集フォームにご連絡ください。 

また、企画趣旨に賛同いただける方は、身近な人から聞いた戦時中の体験談や写真を「 

 

#きおくをつなごう 

 

」をつけてSNSに投稿をお願いいたします。 

 

 

( 314572 )  2025/08/09 04:13:02  
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このスレッドでは、アメリカにおける日系アメリカ人の差別と強制収容の歴史が取り上げられています。

多くのコメントが、第二次世界大戦中の日系人の扱いやその背景にある人種差別、そして戦争が人権侵害を助長する要因であったことを指摘しています。

日系人は、戦争の恐怖や偏見から唯一強制収容されたグループとも言われ、その過酷な歴史に対する意識は薄れつつあるため、記憶の継承や理解が重要とされている意見が多数見受けられます。

 

 

また、差別が今も続く中、黒人差別がメディアで多く取り上げられる一方で、アジア系の差別はあまり注目されず、これを新たな差別と考える人の声もあります。

加えて、反戦と対話の必要性を訴える意見や、歴史から学ぶことの重要性も強調されています。

一方で、戦争とその影響については、時に歪められることがあるという懸念も示されています。

 

 

(まとめ)アメリカの歴史における日系人の差別と強制収容に焦点を当て、差別の現代的な継続性や、それに対抗する意識の重要性が語られています。

また、差別に関するメディアの扱いや歴史の記憶の継承についても議論されています。

戦争の悲惨さを再認識し、未来へと続ける教訓の必要性が強調される一方で、差別とそれに対する社会的無関心への批判も見られます。

( 314574 )  2025/08/09 04:13:02  
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=+=+=+=+= 

 

アメリカの大学でアジア系アメリカ人の歴史を専攻したことがあるが、日系人の歴史は差別との戦いでしたね。 

実際強制収容所にも足を運んで歴史を学びましたが、よく差別にも耐えてあんな劣悪な環境で何年も生活してきたなと思いました。 

今現在、アジア系移民の中でも群を抜いて貧困率が低いのが日系人なのですが、その裏には壮絶な差別とそこから這い上がった歴史がありましたね。 

 

ところで今もアジア系は差別される機会はありますけど(私は永住者なので違いますがされます)、なぜかニュースにならないで黒人差別は話題になる。なんでだろう。それこそ差別なんじゃないかと思います。 

 

▲4823 ▼150 

 

=+=+=+=+= 

 

有名なアメリカのホーストレーナー・モンティロバーツさんの本にやはり書いてありました。 

当時ウェスタン競技をやっていて、ジェームスディーン等に指導した方です。 

この方も太平洋戦争の頃に馬の厩舎を捕虜収容所に改造してほしいと国から命令が来て仕方がなく馬を移動させ厩舎を貸したらしいです。 

日本語で馬小屋と言うとものすごく貧相なイメージがありますが馬小屋とは言えまだましな方だと思います。 

しかしちゃんとした窓があったりするわけではないので、やはりひどいところだったと思います。 

地面はコンクリートで1部屋1部屋鉄格子がある感じなのでしょう。 

 

▲125 ▼17 

 

=+=+=+=+= 

 

第二次世界大戦時、馬小屋に収容されたのは日系アメリカ人だけであり、 

同じ敵国であったはずのドイツ系とイタリア系移民は収容されてはいません。 

有色人種に対する差別であったことは事実です。 

また日系人だけの二世部隊、442連隊戦闘団が編成され、 

ヨーロッパ戦線の激戦地に投入され多くの戦死傷者を出しました。 

多くの部隊感状や勲章は授与されていますが戦後も差別が続きました。 

日米同盟があっても高い関税を平気でかけてくる国です。 

アメリカ合衆国を100%信頼し頼ることは危険と思います。 

 

▲2366 ▼48 

 

=+=+=+=+= 

 

トランプさんが聞いたら、どんな反応をしたのだろうか?バラクオバマさんは、謝罪をされたようですが?賠償は、あったのでしょうか?私は、知りませんが。かなり過酷な扱いだったそうですね。当時は、差別などは当たり前のことで、1965年あたりに、有色人種に対しての公民権が与えられたと聞きます。昔、ミシシッピーバーニングという映画を見た覚えがありますが、真実は、どうだったのでしょうか!人は自分と違うものを恐れたり、差別したりします。私も、身体障害の身なので、結構な思いをしました!ですが、こんな私でも、時に差別をしてしまったり、心を持ってしまう時もあります。人は弱いですね。でも、強い一面もあると思いたいですネ! 

 

▲60 ▼5 

 

=+=+=+=+= 

 

本当にすごいおばあちゃんですね。98歳で海外旅行、それも日本まで来て昔のホームステイ先の日本人と再会なんて、映画みたいな展開。しかも戦争という重い歴史を背負ってなお、明るく話せる強さに頭が下がります。 

 

ちなみに若い時の写真と比べ白くなってると感じたのは、高齢になるとメラニンの働きや血流が変わる影響で少し薄く見えることもあるそうです。年齢を重ねた証でもあり、また違った美しさが出るのも素敵だと思います。 

 

▲551 ▼27 

 

=+=+=+=+= 

 

単純な事だが、反戦運動の一環として文化としての側面を考えるならば聞く相手を間違えている。 

 

現在、話を聞くべき相手はプーチン大統領とネタニヤフ首相になる。 

更にゼレンスキー大統領を含めてもいいと思う。 

 

ウクライナの一般兵の話や、住んでいた場所が戦地になった人。ガザでミサイル落とされ悲しむ親や銃撃浴びせられ日常が一変した民間人に話を聞いたところで反戦を訴えるにしても微妙なところだ。 

 

なぜミサイルを撃ち込んだのか?なぜ軍を引かないのか?ロシアやイスラエルの首脳に聞くべきだろう。なぜなら戦争を始めた根本の原因だからだ。 

現状立場があるため本当の事は言わない可能性がある。 

辞職したら是非聞いてくるべきだ。その時、戦争の原因は何か世に知られる事になる。 

 

▲1 ▼5 

 

=+=+=+=+= 

 

ただでさえ差別が有るのに、戦争によって助長され、更には暴力や殺戮に繋がってしまうから戦争は駄目だと強く感じます。 

だから戦争にならない様にしなければならないし、相手に仕掛けられない様な防衛力や経済力も大事だと思います。 

 

▲780 ▼63 

 

=+=+=+=+= 

 

戦争の“敵”として隔離された日系人たち。アメリカで広まった反日プロパガンダは、差別の連鎖をさらに強めた。そんな中、黒人コミュニティの一員であるバーバラさんが感じた恐怖と痛みは胸を締めつける。原爆投下を喜ぶ社会の空気と、自身の隣人が被害を受けたかもしれない複雑な想い。98歳になった今も、日系人と家族のような絆を持ち続ける彼女の言葉が響く。「分かり合えない世界で戦争が続くのは悲しい。話し合いと理解こそが未来を変える鍵」と。今こそ、歴史の痛みを忘れず、人と人のつながりを大切にしたい。 

 

▲299 ▼14 

 

=+=+=+=+= 

 

記録ではなく記憶をつなぐのは難しいことだと思います。 

動画などでインターネット上に永遠に残るようにできないものかと思います。 

 

一方で、本質的に人は人を分かり合えないものだと思います。だから揉め事や戦争が起こる。ノブレスオブリージュという考え方や弱者をいたわることが尊ばれる社会が必要です。 

 

人を思いやれる社会環境をみんなで作ること、それを推し進める政治が大切だと思います。 

 

▲135 ▼6 

 

=+=+=+=+= 

 

戦争は口実を与えただけで、実際には戦争がきっかけで馬小屋に行かされたわけではない。 

19〜20世紀前半の世界は白人優位主義が国際秩序の土台でした。 

カリフォルニアなどでは戦前から日本人移民排斥運動があり、土地所有を禁じる法律も施行されていました。 

米国の強制収容の初期段階では、競馬場や家畜小屋などを急造の収容所として使用しましたが「戦争だからやむを得ず」ではなく、日系人は人間としての尊厳を配慮する対象ではないという差別意識の表れです。 

戦争は差別の原因ではなく、差別を露骨に実行するための引き金でした。 

そもそも白人種と黄色人種は平等ではありませんでした。 

記事を読むとまるで戦争が全てを狂わせてしまったのだというように感じてしまい違和感がありました。 

 

▲279 ▼16 

 

 

=+=+=+=+= 

 

当時、西海岸を日本軍が攻撃した事がアメリカ市民には相当な衝撃を受け、アメリカ本土上陸を本気で恐れていたようです。その反動でしょうね。また特攻はアメリカ人には考えられない事で海軍は恐怖してたと聞きます。戦争は絶対に反対ですが対話が通じない国が誇大に武装しています。もう日本もアメリカの核の傘に頼るだけでなく保有する事で戦争を回避する抑止力にする事も考えるべきだと思います。 

 

▲374 ▼101 

 

=+=+=+=+= 

 

先月、長崎の原爆資料館を初めて訪れました。涙が溢れてとまりませんでした。多くの外国からの観光客もいました。どう思って何を感じてくれているかな、この悲惨さを国に帰ってから周りの人に話して欲しいな、と祈る気持ちでした。その時にふと思ったのです。 

「原爆を投下し日本人が犠牲になった時、アメリカではどんな反応だったのだろう」 

相手国の話を聞くと、命を一瞬にして奪われこちらはこんなに悲しくて辛いのに、そんな扱いをされていたのかと惨めに思いました。 

また、アメリカ在住の日系人強制収容について考えたことがありませんでしたが、戦争は人の絆も日常も幸せも人権も、全てを踏みにじるものだと改めて考えさせられました。 

 

▲195 ▼23 

 

=+=+=+=+= 

 

話としては良い話。 

ただ、『この記事は、JNN/TBSと…以下略』 

えっ、あの『偏向』報道特集を使って、放送法4条のフェアネス条項を蔑ろにしなが、法は守っていると嘯き、オームの坂本弁護士事件の端緒を作り上げ、故石原都知事の発言を切り取り編集したデマを事実のように報道したTBSが伝えていると成ると、折角の良い話を疑いの目で見なくてはならないのが残念です。 

彼らの伝える事柄は彼らの望む左翼系社会の実現と照合して考えないと、見誤ります。 

彼らは正義・反差別だのを便利に使いますが今回の事例では原爆を絡め、悪の象徴とし、国内で核武装の議論をする事さえ、極悪非道な極右主義者のレッテルを貼る準備に入ったとみるべきでしょう。 

勿論、それで利得があるのは中露北朝、韓国といった辺りで、報道特集のプロデューサーが韓国人だった事や番組が評価され社内で栄転した事と無関係と考えられる程、極楽とんぼではいられません。 

 

▲4 ▼5 

 

=+=+=+=+= 

 

日系人の場合、天皇、祖国に対する忠誠心が敵性外国人として差別する言い訳にされたのではないかと思う。人種的な差別は今でもあり、大リーガーとして成功したイチローでさえ差別的なヤジを言われていたそうだ。大谷のようなスーパースターが活躍すると日本人であっても尊敬される。稀な存在ではあるが日本人全体に対する意識を変えるきっかけになっているのも事実だと思う。 

 

▲5 ▼6 

 

=+=+=+=+= 

 

心温まる優しい黒人女性のお人柄にホロリさせられました( ; ; )昔ハワイの日系人三世の女性が語学留学で来日し、親しい友人となりましたけど戦争に関する深い話はしたことはなかった。。(ネット調べ)2010年TBS開局60周年記念に,草なぎ剛さん&仲間由紀恵さんWキャストで、五夜連続放送の日系アメリカ人家族の99年間を描いたスペシャルドラマを拝見した際、日系人の方々がご苦労される姿には胸が痛みましたが、とても素晴らしい内容だったので機会があれば是非また見たいです(^^) 

 

▲4 ▼3 

 

=+=+=+=+= 

 

戦争経験者がどんどん亡くなり、その悲惨さを知らない世代が増えていくにつれ、また同じことを繰り返すでしょう。私はゲームで人を撃つ戦闘ゲームなどが大嫌いです。画面では相手を撃ってもこちらが撃たれても痛くも痒くもないし自身は死なない。こういう事に慣れ親しんだ世代がゲーム感覚でまた戦争を引き起こすのではないかと危惧しているからです。ゲームでも戦争は悲惨だ、誰も幸せにならないという気持ちを養う物は作れませんかね? 

 

▲10 ▼3 

 

=+=+=+=+= 

 

第二次世界大戦中、アメリカで日系人だけが大規模に強制収容されたのは、単なる安全保障ではなく、人種差別や政治的思惑が大きく関係していたのでしょう。日系人は外見や文化が「異質」とされ、白人社会に同化しにくいと見なされていたため、ドイツ系やイタリア系と比べて偏見が強く向けられました。戦争の怖さを伝える必要はありますが、極端すぎる話には違和感を覚えます。 

 

▲18 ▼5 

 

=+=+=+=+= 

 

綾瀬はるかさんが、これまで20年間、取材で戦争体験者の貴重な話を聞いてきたとはビックリ!誰でも母国以外ではマイノリティになりうること、かつて家族ぐるみの付き合いや感情は肌の色に関わらず時が経っても大切な記憶として残ることを知りました 

 

▲22 ▼3 

 

=+=+=+=+= 

 

アメリカに住んでいた時、感じたのは、アメリカ国籍は持っていても実に様々な民族、階級があり、それらが決して消えることがない。イギリス人が上だが、イギリスの中でも階級や出身地でずいぶん違う。アイリッシュは、リスクの大きい警官や消防士とか、イタリア人は格下。ドイツ農民出身は環境の悪い農地にしかいけなかった。東欧出身者も多いが、たいへんな苦労をしている。さらに宗教の違いはおおきい。とにかくアメリカ人として一様にはとらえられないと思います。 

 

▲60 ▼2 

 

=+=+=+=+= 

 

戦争経験者の日系ご夫妻の貸家に住んでいた事があります。穏やかな人達でした。ある時はベトナム帰還兵の人が急に訪ねて来て自分達は日本酒を渡したらこりゃ強い酒だと言ってました。明るく振る舞ってらしたが常に痛みに耐えているそうで、見ていて居た堪れない気持ちに。一度お会いしただけだが今でも時々思い出します。痛みから解放されてお幸せでいる事を祈ります。 

 

▲9 ▼0 

 

 

=+=+=+=+= 

 

戦争経験者の日系ご夫妻の貸家に住んでいた事があります。穏やかな人達でした。ある時はベトナム帰還兵の人が急に訪ねて来て自分達は日本酒を渡したらこりゃ強い酒だと言ってました。明るく振る舞ってらしたが常に痛みに耐えているそうで、見ていて居た堪れない気持ちに。一度お会いしただけだが今でも時々思い出します。痛みから解放されてお幸せでいる事を祈ります。 

 

▲9 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

日本と戦争をしてアメリカ内の日本人を隔離するのは当たり前だと思います。 

国内でのテロ行為や、情報流出の防止ももちろんですが、アメリカ市民からの攻撃から日系人を守る面もあると思います。 

どちらにせよいくら同盟国でも盲信するのは間違いなので、自国ファーストで相互に考えるのは当然でしょう。 

 

▲0 ▼2 

 

=+=+=+=+= 

 

アメリカに20年とドイツに3年住んでいた。 

そして日本人として語り尽くせないいろいろな経験をした。 

先ずひとつは、日本はかなり特別な存在として認識されている事は事実。 

一般的なアメリカ人が日本と他のアジア系は、質が違うことをちゃんと分かっている。 

だから「日本と韓国と中国の違いなんて欧米人には分からない」なんて事は普通は無い。 

で、ここまでは日本人が嬉しい話。 

だが一方自分が感じた日本評は。。 

「日本人はとても我々欧米人に憧れがある」と彼等は知っている。 

またそれは他のアジア系の人達も知っている。 

だからアジア系の人達は「アジアのリーダーである日本人は何故に欧米の方ばかり向いているのか」と思っている事が多い。 

この2つの感情が日本の評価。 

「日本はアジアの他の国とは違う特別な国」 

「そして欧米に対してコンプレックスがある」 

残念だけど全て当たっていて、彼等もお見通しなんだよね。 

 

▲452 ▼96 

 

=+=+=+=+= 

 

ブラジル出身です。アメリカの日系人の収容所話はよく世間一般にされますが、戦中ブラジルの日本人、日系人が収容され差別を受けた話はあまりしないですね。戦後も情報が入らないため戦争に勝った勝ち組と負けたという負け組で殺人事件が有ったり。日本から軍艦が日本人を迎えに来るとデマを信じて土地を手放した日本人、騙されて軍票を買わされた日本人もいました。そこから這い上がり日本人ガランチードと信用されるまでになった先人の日本人を尊敬します。 

 

▲20 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

書物で読んだが、日本人も他国に対して強制労働を強いていた歴史があったようだ。当時の思想による大勢的な行為なんだろうと思う。歴史を振り返り、将来に役立てるためには、どうすればいいか?、どう行動すれば良いか?を学ぶ事は年齢に関係無く、とても大切な事だと思う。 

 

▲47 ▼50 

 

=+=+=+=+= 

 

山崎豊子さんの「二つの祖国」では当時の日系二世の、凄まじく過酷な実態が、国際裁判なども含めてノンフィクションのように描かれていて、今も上巻1ページ目をめくるだけで泣けてきます。 

 

いま、アメリカをはじめ日本も、自国ファーストが多く支持されているようです。 

アメリカでは大学までも他国の子供達が入学出来なくなる可能性もあります。 

日本は差別や排他ではないと思いますが、意味を取り違う人が出てこないように願いたいです。 

 

▲27 ▼2 

 

=+=+=+=+= 

 

日本人に対する信頼や愛着を語ってくれる外国の人々の話を聞くと、その思いを裏切ってはいけないと思う。国に誇りを持つというのはそういう事だと思う。強くなければ生きていけないが、優しくなければ生きていく資格はない。自分の国に対する誇りは、強さよりむしろ優しさを貫くことで生まれる。 

 

▲31 ▼15 

 

=+=+=+=+= 

 

戦後の「とんでも無い日本の話」は、日系人が生き抜くために作り上げた創作にも積極的に迎合して生きていた。 

そうでないと生きて行けなった。 

 

こういう時に「創作」なんてのは、日本の保守の悪い所だと言われてしまうが、膨大な「ゴシップ記事」を笑って過ごしてるだけなんです。 

 

現在でも、政府による「滑稽なプロパガンダ」を行う国を観てどう思いますか? 

ゴシップやフェイクに溢れ、ロシアーウクライナ戦争でも明確なフェイク合戦が見える。 

 

史実に於いては、本物の「国史」の先生に聞くのが望ましいが、有名大学の大先生の書く書籍が優先されてしまう。 

国史を記録としてしっかり索引と引用を用いた書を読んでから考える事をお勧めします。 

 

▲3 ▼3 

 

=+=+=+=+= 

 

戦争はとかく美化されやすい。国の為に戦った英雄と祀られる。だが、いつの時代も人間は夢を持って生きている。第二次世界大戦に従軍した人全てがやりたいことがあり、なりたい職業があった。アメリカ兵や日本兵と戦う為にこの世に生を受けたわけではない。 

 

▲9 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

バーバラさん。素晴らしい方。 

それとは別に 

>日系人たちを隔離したアメリカ政府はさらに、反日プロパガンダを推し進めていく。当時の映画館では、日本人が出っ歯で大きな眼鏡をかけた姿で描かれたアニメが流れた 

アメリカ政府の情報操作とそれに流されていくアメリカの人々 

 

形を変えて、この手法は今も使われているんだろうなと思いました。国内であってもさり気なく世代間格差や生産性という言葉によって、価値のない存在という意識を作り出してはいないか。そういうことも考えさせられました。 

 

▲20 ▼1 

 

 

=+=+=+=+= 

 

有史以来絶え間なく戦争は起きていた。 

そのたびに戦争の悲惨さを訴えているがそれでも現代にいたるまで戦争は無くなることがない。 

諍いの原因は何を取り繕っても結局は領土の奪い合いと資源の奪い合い。 

人的・物的損失は必要経費。これが採算の合わないことになれば次は相手の内部に友好的に浸透していき内部から統制してゆく、つまり”獅子身中の虫”となって征服することを画策する。 

…どうあっても戦争を無くすことはできないのだろうか。 

いかな国であろうとも戦争を起こせば損失しかないシステムを作ることはできないものだろうか。 

 

▲22 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

日本の場合も連合国側の人は抑留されたそうですが、抑留場所は教会などが多かったとか。当たり外れがあり、酷いところでは管理者による陰湿なイジメがあったりしたようだが、当たりだと近所の人が食べ物を分けてくれたりとてもアットホームだったりしたらしい。 

 

▲14 ▼4 

 

=+=+=+=+= 

 

本来は、日系アメリカ人はアメリカ国民であって、日本臣民ではないから、そこをごちゃ混ぜにするこの記事は良くないな、と思う。日本人の開戦前の反米意識の高さの原因の一つに、日系アメリカ人への差別が有るけれども、日本臣民と日系アメリカ国民は、別なんだ、という意識をもっと持っても良かったと思う。一方で、昭和の時代までは、二重国籍のコントロールが甘かったので、日系アメリカ人における日本国籍保有者の割合は、今より断然高かったと思う。だからアメリカでの境遇に同情しすぎるなよ、っていうのも難しいのは分かるんだけども。その辺のデータも記事の中で取り上げてもいいかもしれないなと思う。 

 

▲2 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

人種差別の有った時代。 

ユダヤ人が差別された後に日本人が標的にされた。 

黒人はもっと過去から酷かったでしょうね。 

そうした世界は今なお、人間の心に棲み着く… 

 

日本人の為に涙を流す女性の姿に、こちらも涙が出る。世の中から民族の特性は無くならない。 

だから認め合える社会が必要なんだけど、テロリストの様に一民族の殲滅を願ってる者達が存在する世界もまた現実。 

 

そこに戦ってる国が有る。私達日本人も見えない分断社会にNOを突き付ける。国家が一つにならなければ国力も分散されて基盤も崩されてしまう。そうした危機を感じる今世紀です。 

 

▲36 ▼6 

 

=+=+=+=+= 

 

オーストラリアにいた祖父は強制収容され、戦後は強制送還されました。 

現地に留まることができなかったのが、オーストラリアの大きな違いです。 

 

しかし、衣食住を与えられず、死ぬまで働かせられたシベリア抑留に比べればはるかにいいです。 

 

戦争のない今の日本を喜ぶとともにかつてのひどい扱いは決して忘れるかと心に刻む。 

 

▲33 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

確かに全てはやがて歴史の一駒になる。それは冷厳な事実でもある。けれども、だからといって、そのまま放置しても良いとの証文はどこにもなく、無かったことにしようなどとの裏心は尚更のこと許されもしない。世界中のどこを見渡しても輝かしい栄光に彩られただけの国家など一つもなく、バチカンですらピウス12世という汚点も残している。 

 大切な事は事実から目を逸らさず正面から受け止め、次へと繋いでいく以外にない、例えそれが不名誉なことであったとしても。 

 

▲0 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

戦争とは〜80年が過ぎた今でも昨日の様な錯覚に陥る。 

当時8才だったガ〜今でも工場のサイレンが鳴るとビックとする(・_・) 

戦争は絶対にダメ〜〜 

今も池上さんでTVで流れているが、実際にはあんな生易しいものではない。 

今でも手首に火傷の後が残る。次に戦争が起こった時は今の時代人間は〜人々はどの様に変わるだろう。 

 

8才で爆弾の中を走っり3日間どの様にして生き延びたか未だ解らない。 

3日目に登校していた学校へ誰か連れて行ってくれた。そこで家族と出会った。 

絶対に戦争はだめダメ〜ダメ 

 

▲4 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

この様な企画で著名な俳優などが渡米して、 

現実の戦争を記憶する方と接する事が出来たのは 

大変意義のある事だと強く感じますし、 

元々アメリカという白人社会で 

差別されていた側の意見なので 

我々にも通ずる部分がありますね 

 

白人たちは、世界中の白人たちは、本当に 

もう少し反省して欲しいし考えを改めて欲しいと 

思うけど、恐らく強い力を持つ人間にこそ 

まだまだそういう差別する側の人間が多く 

存在しているからこそ戦争は無くならないんでしょうね 

 

▲8 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

日系アメリカ人は第二次世界大戦中に差別を受け、強制収容所に送られるなどの過酷な経験をしたが、その背景には有色人種に対する差別があり、戦争は差別を助長する口実に過ぎず、白人優位主義が根底にあるため、戦争が差別の原因ではないという意見は鋭い分析眼だ。 

黒人とアジア人特に日本人との違いは、日本が真珠湾攻撃を行いアメリカ人が恐怖を抱いたことにある。 

日本はオレゴン州にも爆撃し、アメリカ領土のアラスカ沖アッツ島やアメリカの植民地フィリピンなども占領した。 

今の沖縄とグアム・サイパンを比較すると、グアム・サイパンは日本領だった方が人々の所得は高く生活は良くなっていただろう。 

また韓国や台湾とフィリピン、パラオなどを比較すると、日本語を今も使用するパラオやフィリピンなどはもう少し日本領だった方が発展していただろう。 

特に日本はインフラ整備と就労を熱心に実施するので、現地の発展に大きく寄与する。 

 

▲14 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

アメリカと日本は今、ほんとうに友好的で平等のように見えるが、本質は戦争に敗北した東洋人ぐらいにしかほとんどのアメリカ人は見てないのでは、だから対等な同盟国ならあんな高い関税かけないだろうし、もし中国とアメリカが戦う事になったらまず日本が在日米軍とともに戦うことになるだろう、人間の本質はわからない、ドイツに迫害されたユダヤ人が今度はガザの一般市民を迫害している、戦争は怖い絶対悪だと思っていても、状況によっては人を虫けらどうようにあつかうのでは、多数の中途半端な善は極少数の強い悪に支配されるのでは 

 

▲10 ▼2 

 

 

=+=+=+=+= 

 

戦時中、東京から田舎に疎開して来た方達も差別によって子供達なんかは、かなりのイジメにあったそうな、そんなことがあってもお母さん達は何も言う事は出来ず、更には食料を分けてもらう為、地元の方に頭を下げ、嫌味を言われたり、理不尽な要求をされたり、と聞いた事がある。 

世の中そんなもん。 

令和の時代でもガザの避難民の受け入れには大多数が躊躇する。 

無本なんか絶対無理。 

能登半島の人ですら体育館に押し込められる。 

熱海の土砂災害の時は迅速に避難された方達は最寄りのホテルに移れたそうな。 

世の中、出来ること、出来ないこと、まぁ、そんなもんだよ。 

 

▲48 ▼12 

 

=+=+=+=+= 

 

個人的な意見です。駄々をこねる様な子供が大人になって気に入らないから友達や家族、彼女、妻、子供に暴力を振るいます。言葉では勝てないから暴力になります。力で何とかなると思っています。戦争も同じだと思う。言葉で理解し合える国のTOP同士なら戦争は起きない!知能の低さが暴力や戦争に発展して行くのだと思います。冷静になって考えて下さい。戦争は何も産まない。 

 

▲3 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

こういう考えの人ばかりなら戦争は起きないと思うが、トップに立つ人間がそういう考えではないから起きるんです。 

 

そのトップを選ぶのは国民。 

つまり、そういう人を上に立たせてしまってるのも国民の責任もあります。 

権力を持ち過ぎる前に、はじめから芽を摘んでおかないといけないんでしょうが。 

 

▲15 ▼4 

 

=+=+=+=+= 

 

デュボイスが東京の帝国ホテルで勘定を払っている時に、「いかにも典型的なアメリカ白人女性」が、さも当然であるかのように、彼の前に割り込んだ。 

 ホテルのフロント係は、女性の方を見向きもせずに、デュボイスへの対応を続けた。勘定がすべて終わると、彼はデュボイスに向かって深々とお辞儀をし、それからやっと、その厚かましいアメリカ女性の方を向いたのだった。フロント係の毅然とした態度は、これまでの白人支配の世界とは違った、新しい世界の幕開けを予感させた。 

 

--------- 

 

こういう日本人だからこそ白人から疎まれたんだろうな。日本が戦争に追い込まれた理由の一つはコレなんじゃないかな。 

 

▲0 ▼3 

 

=+=+=+=+= 

 

トランプ大統領になってから一転して米国離れが始まったと感じる。この原因は、トランプ大統領が米国第一主義を唱えているからだ。日本発ではない。同盟国でさえ離米を始めたのだから、他の国は反米が顕著になるだろう。私は、カナダを注目している。カナダが反米国家になれば世界は反米へと向かう可能性がある。日本は難しい局面になる。 

 

▲82 ▼23 

 

=+=+=+=+= 

 

米中衝突が間近に見えてる年の日本列島住民からすれば、このタイミングに映画など娯楽分野から大衆の抗日感情にスパートをかけてくる中国に飲み込まれる事も恐ろしいし、外から入ってくる人を強烈に拒み始めたアメリカを逃げ場所にも出来なさそうで「結局どっちも自分を救ってくれそうにない」ことに気がついたら、自分の国をどうやっていくのか?ってのを自分で考えなきゃいけなくなってるんだなぁ 

 

▲6 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

マンザナー日系人強制収容所、通称マンザナーコロニーはアメリカでは恥ずべき黒歴史として触れるメディア作品すら少ない感じです。数少ない例では、スタートレックシリーズなどで太古の地球の歴史で恥ずべき歴史ということで触れられています、作中の惑星連邦の根幹は古のアメリカンスピリットの民主主義によるものとされているからですね。移民の国アメリカでは、はっきりと間違いだったとされているので、過去に知事なども正式に謝罪しています。逆に広島長崎なんかは黒歴史ですらないのですが、アメリカの正義の基準ではそうなるのです。日本人には理解しずらいですが。上記の理由によりマンザナーコロニーは後世に積極的に語り継がれていないのです、彼らにとっては許さざる恥なのですから。 

 

▲4 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

戦争の話ってこの時期にやっぱり増えますね。戦争なんて起きない方がいいし、悲惨なことなので世界中から無くなって欲しいです。 

でも、戦争の悲惨さばかり前面に出されて、見たくもないのに目に入るしすごく気持ちが落ち込んでいきます。これもハラスメントじゃないでしょうか。 

 

▲2 ▼8 

 

=+=+=+=+= 

 

誰かの人権を云々するのはよい。 

 

ただ、その裏側に出てくるもう一つの人権に関しては、大概注目されないんだよね… 

 

その辺りに欺瞞とウソ臭さを感じる。 

法務省に圧力かけてクルド問題をうやむやした日弁連は、そこから生まれる各種のトラブルによって生じる問題や、被害者の人権は、なぜだか議論しない…という矛盾。 

 

どうもよろしくない傾向かもしれないが、最近、どうも差別とか正義とか人権というキーワード自体が軽々しくなった気がしてならない。 

 

▲155 ▼47 

 

=+=+=+=+= 

 

しるひとは 戦時中の体験を聞くのはそれなりに意味のあることです。でもなぜ戦争になったのかはわかりません。単に理解しあえないから戦争になったわけでもない。 

 前提に、今回の戦争の原因に人種差別があったことを知る人は少ない。 

当時のルーズベルト大統領がそれ、黄色人種を嫌っていました、特に日本人に対しては極端な嫌悪感を抱いていた。なので、日本に無理難題を押し付けて、日本から戦争を仕掛けるようにしたんです。これは戦後の占領軍司令官であったマッカーサーでさ絵アメリカ議会で証言しています。「私も日本が置かれていた状況なら間違いなく戦争の道を選んだと言っています。 

 真珠湾にしても不意打ちではない。大使を通して事前に通告予定が、暗号が一部解読されていて、12月8日の8時に何かが起きると知っていた。だからそれまでは、日本の大使と会うなと指示されてた。字数がないので以下省略。 

 

▲18 ▼9 

 

 

=+=+=+=+= 

 

この戦争は 

人種差別撤廃戦争だと言う側面がある。 

小村壽太郎と言う偉人が 

第一次大戦後のパリ講和会議で 

人種差別撤廃を訴えたが 

米、英等の植民地主義国は 

相手にすらしなかったんですよ。 

後、米国内では日米開戦前から日系移民排斥運動は 

盛んに過激に行われていた事実がある。 

 

▲22 ▼3 

 

=+=+=+=+= 

 

日本人も過去にひどいことをされた一方で、同じように他国に対してひどいこともしてきた。人間という存在は、ときに驚くほどみにくく、残酷な一面を見せるものである。 

 

それは日本人だけに限らず、アメリカ人もロシア人も中国人も朝鮮人も、いずれの国の人々も等しく非道な行為を歴史の中で繰り返してきた。 

 

戦争や紛争、差別や迫害といった極限状態では、人間の愚かさや醜さがむき出しになる。そうした状況下では、理性や倫理が後回しにされ、悲劇が生まれてしまうのだ。 

 

だからといって、誰か一人や一国を悪者にするのは正確ではない。 

 

特定の民族や国が特別に残酷なのではなく、人間という存在そのものが、そうした罪深さを内に抱えているのである。すべての人間が、その責任を共有していると言える。 

 

▲29 ▼2 

 

=+=+=+=+= 

 

なぜ互いに憎しみ合うのかと言われればそれが人間の性だからです。社会実験でも看守と囚人だったり青組紅組に分けるだけで互いに憎しみ合う心が生まれます。生存に適した特性だからこれまで生き残ってきたわけです。また暴力行為は、それは悪事に対する罰とすれば嫌悪感ではなく快感に変わります。暴力は受け止め方によっては快感なのです。つまり暴力や戦争自体は嫌悪の対象にも快感にもなり得ます。あなたがどう認識して受け止めるかです。つまり事実ではなく思想こそ全てです。だから世の中にメディアや宗教や広告があふれかえるわけです。みんな事実や現実ではなくイメージや思想をあなたに植え付けたいんです。一人で自分の頭で考えれば戦争なんて簡単に終わりますが、それができる人間はごく一部です。なぜならふつうの人間は孤独に耐えられないからです。政治が社会運動である以上戦争は続きます。それが人間社会です。 

 

▲3 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

アメリカに行っていた日系人、日本に来ていた欧米人。待遇比較が難しいところでもあるけど総じてアメリカ在住だった日系人が強制的に酷い扱いを受けていたみたい。一方で敗戦国になった日本は戦勝国に主張しても聞き入れられない。 

 

▲5 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

戦争はリトマス試験紙のような役割をしています。高貴な魂と未熟な魂です。前者は敵国への原爆投下を知って悼む気持ちが生まれます。後者は喜ぶ気持ちが生まれます。 

昔から高貴な魂の人も未熟な魂の人も両方いたのです。 

 

ヤフーニュースのコメでも魂を判定することができます。 

 

▲8 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

ゲットーみたいな所に集めて入れられて、 

人権勝ち取るために米軍日系人部隊や黒人部隊は怖い前線で大奮闘したんですよね。 

南米の方もだけど、食い物も何も無い所で温泉郷の村作ってたり日系移民の凄まじい歴史は何かの媒体で広く周知すべき歴史だな。 

 

▲11 ▼2 

 

=+=+=+=+= 

 

差別意識というよりは、敵として警戒の方が大きかったのではないか 

 

当時のアメリカ(というか、欧米の主要国の人々)からは、日本人は忠誠心の強い国民性だからアメリカ在住の日系人の多くが日本のために働くはずだ、戦争協力者としてアメリカに害をなすに違いないと警戒されてたのでは 

 

▲51 ▼72 

 

=+=+=+=+= 

 

戦後、シベリアに抑留された旧日本兵の手記を読んだことがありますが、当時のソ連軍の女性将校は捕虜となった旧日本兵の前で裸で着替えることがあったそうです。 

その理由として、ソ連人の中には日本人を人間と思わず、日本人は犬や猫等の動物と同列だからと言う考えで、「動物(日本人)の前で裸になるのが何が恥ずかしいの?」ということだったらしいです。 

 

▲6 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

日本人は未だに白人社会から、存在すら薄いことがある。 

言葉もそうだが、それより有色人種なので目立たないように、しかしひどい差別がある。 

海外に出たことのある人なら、(観光ではわからない)深い差別が今もたくさんあることを知っている。 

だからこそ強くなるのは、あたりまえのことだ。 

 

▲16 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

1880~1900年前後頃に移民としてアメリカに来たいわゆるISSEI(1世)世代が文字通り血のにじむような努力で働き、家を買って買って家庭を築き、中にはお店や会社を経営している1世も沢山にました。 

その後アメリカで産まれたアメリカの永住権を持つ1世の子どもたち(2世)までもが太平洋戦争によってアメリカ政府から「敵性外国人」とされたことです。 

 

アメリカで産まれてアメリカで育った2世たちでさえ、日系人だからという理由で全員強制収容所に送り込まれ、銃を持った同じアメリカ人である衛兵たちの監視対象になりました。 

同様に第二次世界大戦で連合国の敵国になったドイツやイタリアの移民たちに対してはそういった処置は取られていません。 

これだけで当時のアジア人に対する差別がいかにひどかったのかがわかります。 

(ハワイなどではアメリカ政府のそういった措置に対して日系人を守る動きが取られていたそうですが) 

 

▲13 ▼1 

 

 

=+=+=+=+= 

 

単に敵国人と見做されただけではなく、現地人が開墾を諦めていた土地を日本人日系人が開墾した農地、日本人日系人が興した事業を奪う事が目的でもあったのです。 

それは米国の順法手続として実行されました。 

 

▲7 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

虐げられた者たちや貧しい者たちが互いに助け合って生きてゆかねばならなかった時代が確かにあったということだねぇ。 

『日本捕虜志』(長谷川 伸、中公文庫)を読むと、ロシア官憲に牛馬の如く扱われる酷い目に遭わされた日本人捕虜たちが、これを憐れんだ民衆(篤志家や満州人、在露朝鮮人ら)の支援を受けていた様子が描かれていたよ。 

ところが百何十年後、コロナ禍が世界的に猛威を振るった頃に、発生源の国の人間と間違われたアジア系の在米住民が唐突に殴られ押し倒されたりの被害を受けていたね。この時の加害者には黒人も少なくなかったらしい。 

時代は変わったね。確かに分断と憎しみという災厄をかの国にもたらしたのは、トラ爺政権が煽る「敵」の拡大再生産という右派ポピュリズムが採る常套手段だものね。 

苛政は虎よりも猛なりと言われるが、トラ爺の排除排斥志向はコロナより恐ろしい病(やまい)だという気がするものね。 

 

▲4 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

NHK『映像の世紀』だったと思うけど、第二次世界大戦当時のアメリカ人の日記に『ドイツ人への憎しみは学ばないといけないが日本人への憎しみは自然と湧いてくる』みたいなのがあった。 

日系人は組織的に強制収容所に送られたけどドイツ系アメリカ人は差別こそあったようだけど強制収容所おくりはなかった。 

アジア人でありキリスト教徒でもない日本人が欧米列強に肩を並べて植民地(中国やアジアでの利権)を持とうとしたことが欧米人には気に入らない。この差別意識は21世紀の今日まで続いていると思う。 

とは言えその当時は合法だったことをいつまでも被害者意識で非難するのは個人的には好まない。反省すべきは反省し何時までも足枷のごとく過去に縛られず未来志向でいたいと思う。 

 

▲9 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

大あるべき戦起こしてもいいんだよ。とことんやるよと本当は米国は世界の警察であるべきです。そういう強硬な立場でいてほしかった。その米国と経済をどんどん発展させ経済大国としての日本の二つの資本主義のタイプが共存して初めて世界は上手く回ります。だってそういう時期は誰も軍事進行とかしなかつたでしょ?軍事的な米国と金持ちの日本に敵視されたら大変なんで。 

 

▲0 ▼7 

 

=+=+=+=+= 

 

50代半ばになりますが、干支が3周程前のアメリカへのワーホリ(田舎)は結構珍しくなかった話で… 

ただの安い働き手として受け入れられてた先輩を見てきました。 

夢想はほどほどに、リテラシーが大事です。 

 

▲3 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

日本が戦争して後半負けるってわかってるのに上層部がポツダム宣言を受け入れなかったと言う事に今となってはなんで?って思うけど、今ロシアがウクライナを攻撃してるのを見たらなんとなく気持ちがわかって、負けてほしくないという複雑な気持ちになる。 

 

▲4 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

アメリカの白人至上主義は過去の話ではないと思います。最近のトランプ大統領の発言などの端々に差別を感じます。 

原爆の開発が1年早かったとして、ドイツに原爆を落としたでしょうか。 

 

少しずつでも差別が改善されていると信じたいものです。 

 

▲16 ▼3 

 

=+=+=+=+= 

 

日系人の苦労は、いまの日本での外国人問題と重ねて見ております。 

もし、本格的に移民を受け入れるとなったら 

彼らは日系人のように 

日本に溶け込む努力はしないであろうことは想像に難くないこと。 

 

▲10 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

日本人と黒人とのつながりは、戦前日本は国際連盟(現在の国連ではない)に世界でで初めて人種差別撤廃を訴え、多数決で多数を獲得しました、しかし、黒人を奴隷とするアメリカを始め欧米列強に「このような重要な事項は全会一致でないと認められない」と潰されました、それを聞いたアフリカを始めとする白人以外の国から親日国が多数発生しました 

 

▲27 ▼5 

 

=+=+=+=+= 

 

日系人を敵性国と思い収容所にいれる。なにやら怪しい動きをしてるから、本国と通信してる可能性がある、等地元のコミュニティでも怪しまれてたみたいですよね。 

今の日本でも同じ事がおきてなければいいのですが。 

 

▲0 ▼0 

 

 

=+=+=+=+= 

 

核兵器投下で拍手したアメリカ 

核兵器投下後十字を切って祈ったロシア 

本当に日本は正しい道に進もうとしているのか? 

アメリカは日本人を対等にみているのか? 

私の私見ですがユーラシア大陸と連合を組む方がメリットは有ると思います。 

 

▲0 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

ちょっと気になったのでひと言。ロサンゼルスの競馬場に送られたのは中継所であって、そこから更に内陸の収容所に移送されて長期間閉じ込められたのです。日系人は日本軍の手引きをするに違いないという疑念からロサンゼルスなどの都市からは一掃されました。 

 

▲45 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

当時のアメリカでは有色人種は普通に差別されてたからね 

それが敵国人となったらさらに扱いが悪くなるのも当たり前 

そもそもアメリカで有色人種が公民権を得たのって 

戦後から20年以上たった後だからね 

 

沖縄で集団自決とかが批判されてるけど 

当時のアメリカの人権状況だとアメリカ人の捕虜になると何をされるかわからない 

ってのは当時の社会情勢から見ても仕方のない事ではあった 

沖縄の活動家たちはアメリカは正義の国だって主張するけどさ 

それは白人にとっての正義で有色人種には人権がなかった 

 

現在まで続いてるパレスチナ問題なんかも 

当時のそんな人種差別的な考えがベースになってるからこんなことになってる 

 

▲15 ▼2 

 

=+=+=+=+= 

 

ある米国映画で、第二次世界大戦中に軍隊に志願したアフリカ系米国人が故郷の南部に戻ると、ドイツ人捕虜が監視付きでアイスクリーム店でアイスを食べていた。 

軍服姿のアフリカ系米国人が、 

アイスを買おうとすると 

店主は不機嫌になる。 

アフリカ系兵士は、ドイツ兵を監視している憲兵に、ドイツの捕虜に食べさせるアイスはあっても、アフリカ系米軍兵士に食べさせるアイスは無いのかと怒鳴ると、憲兵は店主に合図して、店主はぶっきらぼうにアイスクリームをさしだしました。 

ちなみに、 

米国海軍では、アフリカ系米国人は海軍艦艇のコックとしてのみ採用。 

陸軍でも後方部隊に配置されて、 

日系人の442連隊のような第一線部隊が編成されたのは朝鮮戦争の時です。 

ちなみに、そのアフリカ系部隊は日本の小倉に駐屯している時に暴動を起こし、小倉市民へ暴行や掠奪を行う(小倉事件)… 

暴動鎮圧後は朝鮮戦争の最前線に送られて壊滅しました。 

 

▲5 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

、その時代は今とは違い、アメリカ社会は日本よりインフラが進んでいたので日本は下にいられましたが、現代はそんなに違いません、当時の日本と中国の様な物でしょう。その時代は日本も同じだったのかもしれない。 

 

▲18 ▼28 

 

=+=+=+=+= 

 

こいうのって時代背景を考えないと・・・ 

80年以上前でしょう 

この頃の日本も馬小屋がそこらへんにありましたよ 

都会生まれの都会育ちの人にはわからないでしょうが・・・ 

アメリカの歴史はある意味人種差別の歴史でもある 

差別する浅ましい心はだれにでもあるし 

現代に生きる我々も心しないといけない 

 

▲3 ▼3 

 

=+=+=+=+= 

 

第二次世界大戦の頃にアメリカ人となった日系人は財産も(結果的に)奪われて収容所に隔離された 

当時はアメリカの中で一定の地位を確立しつつあったの日系アメリカ人は欧州系のアメリカ人から脅威に思われていたから戦争が口実で地位を剥奪された悲しい過去 

 

▲4 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

欧米の白人の中には戦争当時程ではないにしろ、未だ自分達はアジアを支配する側で日本を含めアジア人は支配される側と内心思っている人が少なからずいるのではないか。トランプ大統領を見てつくづく思う。 

 

▲6 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

どこの国も似たようなものでしたよ だから戦争はダメです 軍備は持っても 

戦争に使ったら絶対にダメですよ 戦争しないために軍備は持たざる負えないの各国の現状ですからね とくに日本の周辺国はもしも自衛隊がなければとうの昔に日本という国は無かったと思います 安保は有事には対応に時間が掛かりアメリカが動くまえに日本は占領下ですよ 

 

▲3 ▼3 

 

=+=+=+=+= 

 

コロナのころは黒人にも人種差別されたケースあったようですが この時代、同じ有色人種同志、国民性違っても通じるものあり 和気あいあいとすごしていたようですね  飾らない、人としての自然なお付き合いにほのぼのとしたもの感じました 

 

▲7 ▼11 

 

 

=+=+=+=+= 

 

宣戦布告もせずに、突然にハワイの真珠湾と言うきれいな海に攻撃したんだから、日本人は卑怯でだまし討ちをする国民であると思われるのは仕方がない事ですよね。一部の人間の暴挙とはいえ、一般国民の日本人には多くの悲惨なことが起こりました。そして広島、長崎の原爆です。このようなことを肝に銘じて、二度と戦争を起こさないことを誓います!!! 

 

▲5 ▼7 

 

=+=+=+=+= 

 

大変貴重なことをお話しいただいたと思います。 

白人から差別される者同士で協力しあっていた事など。 

白人から差別されるアフリカ系の人達がアジア系を差別する(ウサ晴らし?)なんて話を聞く現代からは想像もつかない。 

 

ある種「温故知新」になれば良いのですが。 

 

▲2 ▼3 

 

=+=+=+=+= 

 

日本軍が捕虜を人間らしく扱ったという資料はない。むしろ毒殺の実験台にした話は有名。そんな戦犯が靖国に合祀されている事実の正当性を国民的議論して、正義を果たした上で、原爆投下の是非を問うべき。そもそも、侵略戦争を仕掛けたのは日本軍だ。 

 

▲11 ▼33 

 

=+=+=+=+= 

 

日本人を排斥したり、原爆投下を喜んだりしたことは、もちろん褒められたことではない 

しかし、もし逆の立場なら、日本人の多くも同じような行動をとったんじゃないか 

 

結局は悪いのは戦争そのものなんだ 

戦争が人々の精神を異常にしてしまう 

 

▲6 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

戦争はしてはいけません。戦って死ぬ。これ程馬鹿らしい事はないのです。 

それでも侵略されれば親兄弟、子供を守るために戦わざるを得なくなります。 

 

悲惨であるがゆえに悲惨にならないように備えなければなりません。 

安全なシェルターが必要です。疎開先の住宅も仕事も必要です。 

そこで暮らせる物資が必要です。 

悲惨であるがゆえに悲惨にならないように備える。自治体の仕事であり責任です。 

 

防衛省は侵略軍を排除するのが仕事です。住民を守るのは自治体の仕事です。 

 

▲6 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

一つ気になること 

なぜ第二次世界大戦だけ 

記事やテレビでとりあげられてるか? 

原爆落とされて 

日本は被害者だ! 

となるのか? 

第一次世界大戦の日本がやったこと 

それを韓国やその他国が言ってるけど 

美談にしちゃう日本 

コレが他国から批判されてるのに 

報道されないジレンマ。 

 

確かに被害者ですよ 

被害に遭われた人は 

 

全く同じ話で 

まず皆さんで第一次世界大戦の日本が他国にした事調べてみましょう 

そして何が悪いのか? 

戦争は絶対良くない理由 

力の強いものが勝つという理由 

コレだけで世界が動いてるんですよ? 

核を無くそう! 

じゃなくて 

意識を変えれば 

核がある国は 

強くないんです 

 

打てば 

自分達がやられる意識を持たすように 

他国と協力し 

核を使った時点で攻められる状況を作れば 

 

戦争は絶対ダメ 

となるはず 

 

やられるの待つくらいなら 

核を使った国から潰せる連合を作るべき 

 

▲2 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

当時の米大統領もかなりのさ◯主義者だったと聞きます。何年も前から「オレンジ計画」なる物を画策して日本を◯絶やしにするという思想の元で原爆を投下した。 

誰1人米大統領は過去に謝罪すらしてないですね!オバマも慰霊のパフォーマンス訪問。 

8月6日と9日、東京や大阪の大空襲は戦争ではなく国際法に照らしても明らかなじえのさいどです。 

 

▲6 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

結局、人間をつなぐ物って、個なんですよね。国や、人種、年齢でも無く。人間に繋がりがないと徐々に変わっていってしまうんだろうね。大好きな他の国の人、大好きな年の離れた友人がいたら、世界は少しは良くなるのかな。なんか悲しさはある。最近の色々なニュースを見るたびに。 

 

▲2 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

ニュースでも観光地で観光客を映す時は、ほぼ外国人ばかりを映す。カメラマン達は矢張り外国人に憧れがあるのでしょう。テレビ番組でさえ 

外国人をターゲットにした番組があるのですから。 

 

▲3 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

みんな戦争嫌だっていうよなあ、当たり前さ。誰だって嫌さ、ルールが全部無くなるのが戦争さ。想像を超えることされる。学校では教えてくれない。私は爺さんから聞いてる、多分、話せる範囲でしかない。そりゃ今風に言えば、だいぶエグいで、特に女性に対して、だーれも教えてくれないよね。世の中綺麗なことだけ蔓延してる。戦争になったら全てひっくり返る。 

 

▲49 ▼3 

 

 

 
 

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