( 314791 )  2025/08/10 02:55:27  
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近年、発達障害の診断を受ける人が増加している背景には、診断の概念が広がり、社会的な認識が高まったことがある。

発達障害は生まれつきの脳神経の特性によるもので、自閉症スペクトラム症や注意欠如多動症など多様な型があり、それぞれ異なる特性を持つ。

診断数の増加は、医師の数が増えたことや、乳幼児健診での発見が増加したことも一因であり、特に成人の診断も増えている。

 

 

発達障害に対する適切な対応としては、特性に応じた環境調整が重要であり、育て方にも工夫が必要とされる。

最近の法改正により、「合理的配慮」が求められるようになり、障害のある人が社会に参加しやすくなる努力が進んでいる。

また、発達障害を個人の特性として捉える視点が重要であり、これにより社会的な理解が深まることが期待されている。

(要約)

( 314793 )  2025/08/10 02:55:28  
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発達障害が増えている背景に迫ります(写真:polkadot/PIXTA) 

 

 近年、発達障害の診断を受ける人が増えているというが、その背景には何があるのか――。 

 

 発達障害が専門の児童精神科医で、『発達障害・「グレーゾーン」の子の不登校大全』などの著書がある本田秀夫さん(信州大学医学部子どものこころの発達医学教室教授)にお話をうかがった。 

 

■発達障害とはどういうものか 

 

 「発達障害とは、“生まれつき脳神経系に普通の人とは違う何らかの特徴があるために、人生のとこかで生活に支障が出ること”をいいます」 

 

 これまで30年以上、発達障害の専門医として診療を続けてきた本田さんはこう話す。発達障害とひとくちに言っても自閉症スペクトラム症、注意欠如多動症などさまざまな診断名があり、それぞれに違う特性がある。 

 

 代表的なものは以下の通りだ(※外部配信先では図表を閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)。 

 

 本田さんによると、「どれか1つの障害の特性が見られることもあれば、複数の特性が重複して見られることもあり、その程度も人ぞれぞれ。知的障害を伴うこともあれば、伴わないこともある」とのこと。 

 

 また単にこうした特性があるだけではなく、本人や周囲がその特性によって日常生活に支障が出たときに診断がつくという。 

 

 そんな発達障害だが、近年になって急激に増えたといわれている。 

 

 実際、文部科学省の特別支援教育資料(2023年度)によると、公立小学校で通級指導(通常の学級に在籍しながら特別教室も利用すること)を受ける注意欠如多動症の児童数は、2019年度には2万626人だったが、2023年度には3万4654人に増加している。 

 

 自閉症スペクトラム症や学習障害の児童数も同様に増えていると考えられている。 

 

 今の子どもに発達障害が多い原因については、「昔ながらの遊びをしないから」「食品添加物や農薬が悪影響を与えている」「親の育て方が悪い」などさまざまな説があるようだが、どれも根拠はない。「発達障害の人が本当に増えたというよりもむしろ、発達障害と診断される人が増えたと考えられる」と本田さんは話す。 

 

■発達障害が「増えた」理由 

 

 では、発達障害だと診断される人が増えたのは、どうしてだろうか。「1つには昔に比べて診断概念が広くなったため」と本田さん。 

 

 

 「例えば自閉症スペクトラム症でいうと、1980年代くらいまでは、知的障害を伴う場合、あるいは対人関係がほとんど成立しない場合など、限定的でした。でも今は、ある程度は話が伝わるけれど会話のキャッチボールが成立しない、興味のあることなら話せるけど雑談は苦手、といった場合なども含めるようになりました」 

 

 これには、国際的に用いられている診断基準が改定されて、診断の枠組みが広がったことも大きいという。 

 

 そしてもう1つは、発達障害という言葉が社会に広がり、多くの人から認識されたこと。これにより発見されやすくなり、支援や療育などにつなげられるようになった。 

 

 「現在は、乳幼児健診時に医師や保健師によって発見されたり、幼稚園や保育園の先生方が気づいたりすることで診断につながることが多いです。受診のハードルが下がっているので、親御さんが医療機関に相談しやすくなったということもあります」(本田さん) 

 

 さらには、発達障害を診療できる医師も増えたため、診断数が増えたことも挙げられる。 

 

 発達障害と診断される成人が増えていることも理由の1つだ。 

 

 「発達障害は、少し前まで子ども時代に診断されるものだと考えられていました。ところが、忘れ物やミスが多い、片付けられない、時間を守れないなどの不注意症状が子どものときはなんとかなっても、大人になってから仕事や生活に支障をきたすようになり、“もしかして自分は発達障害ではないか”と受診するケースがあります。ここ15年ほどでずいぶん増えました」(本田さん) 

 

■特性に合わせた環境調整を 

 

 こうした発達障害には、どのような対応が望ましいのだろうか。本田さんは「特性をなくそうとするのではなく、それぞれの特性に合わせて環境を調整することが大事」だとし、こう続ける。 

 

 「発達障害は特性なので、治ることはありません。僕は〈グレーとは 白ではなくて 薄い黒〉という川柳を作ったのですが、発達障害の程度はさまざまで、濃い黒の場合もあれば、薄い黒……つまりグレーの場合もあります。しかし、どんなに薄くても白にはならない。白を目指してしまうと、本人も周囲も苦しくなります」 

 

 

 子どもの場合は、学校選びが重要なポイントとなる。 

 

 学校の教育方針や校則が子どもに合うか、生徒指導のあり方などが子どもの成長のペースや特性を踏まえたものであるか、主治医や学校の関係者と相談しつつ、検討していく必要がある。どう頑張ってもなじむことの難しい環境に無理やり放り込んでしまうと適応できず、不登校やうつなど2次障害が起きるおそれがある。 

 

 「平均的な育て方に合わせようとすることは、あまりよくありません。もちろん、勉強でも運動でもなんでも人並みにできたほうがいい……と思う親心はわかります。でも、特性に合わないことを無理にさせても、興味が持てなかったり不可能だったりして、プラスにはなりません。その子の特性に合わせて育てることが大切なのです」と本田さん。 

 

 先に述べた通り、子どもの発達障害は乳幼児健診で見つかることがほとんどだが、心配な場合は地域の児童発達支援センターや子育て支援センター、または小児科や児童精神科で相談するという方法がある。 

 

 本田さんは「療育などが必要な場合は紹介してもらえますし、就学時にも通常学級がいいのか、通級がいいのか、それとも特別支援学級がいいのかなどを助言してもらえます」と言う。 

 

■その人らしさが活かせる職場で働く 

 

 職場選びに関しても同様で、自身の特性に合う内容の仕事を選ぶことが重要だという。 

 

 「発達障害の人には確かに不得意な作業や行動があります。でも、一方で苦手さが目立たない分野もあるはずです。その人らしさが活かせる職場で働くのが一番です」(本田さん) 

 

 障害がある人の働き方に関していうと、2024年に事業者が障害者に「合理的配慮」をするよう法律で義務づけられた。 

 

 合理的配慮とは、「障害のある人が、障害のない人と同じように教育や仕事など社会参加の機会を得られるようにするために、必要な環境調整を行うこと」をいう。 

 

 本田さんは、「職場に限らず教育の場面でも合理的配慮が求められる」と言う。わかりやすい例は、学習障害のある子どもへの合理的配慮だ。 

 

 学習障害で文字を読めるけれど書けない場合、黒板に書かれた文字をノートに書き写すのは難しい。そういうときに黒板を写真に撮ったり、タブレットに入力したりできれば、その子も他の子と同じように学ぶことができる。それは決して「特別扱いを受けてずるい」ということではない。 

 

 「発達障害を視力に置き換えると、理解しやすいと思います。視力が悪い人が、勉強や仕事をするためにメガネやコンタクトレンズをつけることを『ずるい』と言う人はいませんよね。それと同じことです」(本田さん) 

 

 

■キャラクターの1つと捉える時代へ 

 

 発達障害という診断名が、ときに人の特性を揶揄する言葉として使われることがある。 

 

 しかし、誰でも多かれ少なかれ発達に凹凸はある。そうした部分とどう向き合うか。他人事ではなく自分事として捉えることがこれからは大切になっていく。 

 

 「誰にも苦手なことがあるけれど、日本人は努力でそうした苦手なこと、弱点を克服しなくてはならないものだと思っていますよね。だから、苦しくなってしまうのだと思います」と本田さん。 

 

 苦手な部分も含めて、自分の一部。そう思うことが発達障害の人への理解につながるのではないか。 

 

 最近、英語圏では自閉スペクトラム症の人を「Autistic Person(オーティスティック パーソン)」と呼ぶべきだという意見が当事者から出されているという。少し前までは、「障害がある人」という意味で「Person with Autism」という表現が使われていた。 

 

 「特性を病気と見るのではなく、明るい、泣き虫といったキャラクター、またはパーソナリティだと考えるようになってきていて、病気や障害を『持っている』というニュアンスがある『with』は使われなくなっています。『Autistic Person』というのは、まさに『明るい人』みたいな感じで使います。そのような捉えかたが広がっていくと、障害とまでは見なくてもいい人がもっと増えるのではないでしょうか」(本田さん) 

 

大西 まお :編集者・ライター 

 

 

 
 

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