( 315231 )  2025/08/11 05:45:23  
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2025年、日本の30年物国債の利回りが過去最高の3.17%に達した。

その背景には、日本銀行の利上げ姿勢や国の財政に対する市場の不安がある。

日本はGDP比260%の公的債務を抱えており、国債金利の上昇は支払い負担の増加につながるため、財政の健全性への警戒が高まるが、実際には財政赤字は改善されている。

長期的なデフレから脱却した背景には、コロナ禍とそれに伴う世界的なインフレがあり、税収は過去最高を記録している。

しかし、賃金の実質的な上昇が物価上昇に追いつかず、家計の生活費負担が増加している。

このため、政府の対応策としての減税やバラマキは短期的には効果があるが、根本的な解決にはならない。

真の課題は、実質賃金を引き上げるための経済政策であり、再分配が求められている。

財政の正常化は日本経済の復活に向けた一歩だが、持続的成長を促進することが今後の鍵となる。

(要約)

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30年債の利回りが過去最高を記録した背景にあるのは?(写真はイメージです) Photo:PIXTA 

 

● 長期金利の上昇が示す 危険なシグナル 

 

 2025年7月、日本国債の市場に一つの異変が生じた。 

 

 30年物の長期国債の利回りが、過去最高となる3.17%前後まで上昇したのである。 https://www.bb.jbts.co.jp/ja/historical/main_rate.html 

 

 30年という超長期の国債であり、しかも長年ゼロ金利政策が続いていた日本において、この水準は「異例」と言っていい。一般的に言われているように、日銀が段階的に利上げ姿勢に転じていることは大きな理由だろう。 

 

 だが、これまでの金利と比べると、市場の反応は過敏であり、「日本の財政が危うくなってきたのではないか」との不安が急速に広がったことが見て取れる。 

 

 このような市場の反応は、これまでの経過からすれば当然である。 

 

 日本はGDP比260%もの公的債務を抱える「超債務国家」だ。国債の金利が上がれば、利払い費が増大し、保有国債の価格が下落する。財政の健全性に対する警戒心が高まり、金利はさらに上がる。 

 

 だが、現実はむしろ逆である。実は、日本の財政赤字は2025年時点で大幅に縮小しており、近年においては「最も健全な状態」に近づいている。 

 

 では、なぜ国債利回りが急上昇し、「財政危機」のような雰囲気が醸し出されるのか。その真因と背景を整理しておきたい。 

 

● 財政赤字を拡大させた 「失われた30年」 

 

 長らく続いたデフレから現在のインフレ基調に至るまでの経過を振り返ってみる。 

 

 日本の財政赤字が1300兆円を超えるまで膨らんだ最大の理由は、1990年代以降の長期停滞、すなわち「失われた30年」にある。 

 

 バブル崩壊後、日本経済は物価上昇率がほぼゼロかマイナスになった。 

 

 企業の設備投資は縮小し、個人消費も伸び悩み、賃金は上がらない。結果として税収は増えず、景気対策としての財政出動を繰り返した結果、債務が雪だるま式に膨れ上がった。 

 

 1990年代後半には、日本経済は新たなデフレ要因がデフレ状態をさらに悪化させる、いわゆる「デフレ・スパイラル」に陥り、日本発の世界恐慌が懸念されるほどの深刻な金融危機に見舞われた。 

 

 当時は小渕政権(1998〜1999年)の大型財政出動によってなんとか乗り切ったが、2000年代に起こったITバブルが弾けると、日本は再びデフレに突入した。 

 

 この悪循環からの脱却を目指したのが、2010年代に安倍晋三元首相が打ち出した「アベノミクス」である。 

 

 黒田日銀と協調しての前例のない大胆な金融緩和、機動的な財政出動、成長戦略という“三本の矢”を実行し、賃金が伸び始めた。 

 

 だが、マイナス金利という「禁じ手」まで使っても実質賃金はさほど伸びず、2%のインフレ目標も達成できないままに、アベノミクスは中途半端に終わった。 

 

 それはアベノミクスの本質である「円安政策」に企業が堪えきれなくなったことや、二度にわたる消費税増税の影響があった。“三本の矢”のうちの「財政出動」が、社会福祉費などの増大で機能しなかったことも大きかった。 

 

● デフレ脱却のきっかけは コロナ禍と資源インフレ 

 

 その膠着状態を破ったのは、意外にも新型コロナウイルスによるパンデミックであった。 

 

 2020年以降、世界中で経済活動が制限され、各国が異例の財政出動と給付を行った結果、急激なインフレが進行した。 

 

 日本も例外ではなく、2022年以降は消費者物価指数(CPI)が上昇を続け、長らく未達だった2%のインフレ目標をようやく超えた。世界的なインフレ波に巻き込まれるかたちで、日本は長年のデフレから解放されたのである。 

 

 

 アベノミクスが道半ばで終わったとはいえ、その政策基盤があったからこそ、コロナ後のインフレ局面にうまく乗ることができた。すなわち、アベノミクスは、次の岸田政権に代わってから「外的要因によって完成させられた」と見ていいだろう。 

 

 私たちの念願だったデフレ脱却は、最後の最後、岸田政権下に始まった1ドル=150円という極端な円安がもたらしたものであった。 

 

 超円安にはひずみもあったものの、念願だった「デフレ脱却」は曲がりなりにも成し遂げられた。 

 

● 税収総額は過去最高を更新し 財政赤字は急速に縮小 

 

 ただ、私たちはデフレの怖さばかりに目を向けすぎて、インフレの怖さを忘れていた。しかも、多くの国民がまだデフレ気分を抜けておらず、いまだにマネーサプライを増やすような政策を支持している。 

 

 7月の参議院議員選挙で、インフレ対策に舵を切ろうとした自民党が大敗を喫し、減税を主張している政党が大勝したのはその現れである。 

 

 だが、インフレのプラス効果は着実に現れている。2025年現在、財政収支は劇的に改善している。英『フィナンシャル・タイムズ』誌によれば、モルガン・スタンレーMUFG証券は、2025年第1四半期には財政収支が30年ぶりに「均衡」に近づいたと分析しているという。 https://www.ft.com/content/3be5e654-805c-4f56-a34c-1fa12569d92d 

 

 これは、物価と賃金の上昇により、消費税収や所得税収などが大幅に増加していることが背景にある。2024年度の税収総額は過去最高を更新し、企業業績も堅調。政策金利は0.5%まで引き上げられ、金融政策の「正常化」がようやく始まった。 

 

 また、政府債務のGDP比は、2020年の258%から2025年には235%へと大きく改善された。インフレによって名目GDPが増加した結果、政府債務が相対的に縮小したのである。 

https://www.bb.jbts.co.jp/ja/historical/main_rate.html 

https://en.wikipedia.org/wiki/National_debt_of_Japan 

 

 表面的には健全な財政状況に向かいつつあるが、それに呼応して「真の課題」が表面に現れつつある。 

 

● 真の課題は 実質賃金が上がらないこと 

 

 最大の懸念点は、賃金の上昇が物価の上昇に追いついていない点である。経済学的に言えば、「実質賃金の低下」が続いている。これは、家計の生活苦を直接的に引き起こす要因であり、消費の停滞につながる。 

 

 さらに、企業は収益を伸ばしているが、その恩恵が労働者に十分に還元されていない。内部留保が増え、名目賃金は大企業を中心に大きく上昇しているものの、実質賃金は物価に見合っていない。 

 

 この構造が放置されれば、「企業だけが儲かり、家計は苦しい」という二極化が進行する。 

 

 

 先の参議院選挙において、自民党が歴史的大敗を喫した背景には、インフレに伴う家計の悪化に対する不満の高まりがある。 

 

 インフレは、財を持つ者にとっては資産価値の上昇効果がある一方で、持たざる者には日々の生活コストの増加としてのしかかる。結果として格差が拡大し、社会的不安が高まっていく。 

 

 参議院選挙での自民党の大敗の原因の一つは、インフレに苦しむ人たちの自民党に対する反発という面もあったのだろう。 

 

● 減税やバラマキでは 根本的な解決にならない 

 

 こうした状況を受けて、政権は追加給付や減税の議論を進めている。だが、ここには大きなジレンマがある。 

 

 減税やバラマキによって家計支援を図れば、短期的には一定の効果があるだろう。しかし、それは財政収支の悪化につながり、同時にインフレを悪化させる要因になる。せっかく改善された債務状況が再び逆戻りしかねない。 

 

 インフレがもたらす累積債務の縮小は、日本経済に対する信頼回復と金利低下につながる。円安、金利安、インフレ基調のすべてが揃えば、日本経済は完全復活に突き進むことができるのである。 

 

 だが、30年債の利回りが過去最高を記録した背景にあるのは、「またバラマキに戻るのでは」という市場の疑念だろう。まかり間違って長期金利が急騰すれば、金融機関は保有国債の価格が大幅に下落し、自己資本比率が低下して「貸しはがし」を始める可能性がある。 

 

 そうなれば、あのバブル崩壊の悪夢に逆戻りである。 

 

 やっと脱却したデフレに逆戻りという可能性も否定できない。私たちはデフレに慣れすぎて、あの過剰流動性からくるバブル崩壊の怖さを忘れている。 

 

 また、減税やバラマキのような短期的な支援策では、実質賃金の上昇という「根本的な課題」には対応できない。むしろ、企業が利益を労働者に還元しない限り、家計の可処分所得は増えない。 

 

 本当に必要なのは、賃上げを後押しできるような経済政策である。 

 

 少子高齢化、労働人口の減少、地方の疲弊、社会保障費の負担増など、日本には数々の構造的な課題がある。政治がこれらに真正面から向き合わず、目先の財政出動だけで対応していては、将来世代にさらなる負担を強いることになる。 

 

 これまで「日本企業の生産性が上がらないから賃金が上がらずデフレが続いていた」と言われてきたが、実際はデフレマインドから脱却できず、商品の値上げができなかったことが原因だった。 

 

 多くの日本人が値上げを曲がりなりにも受け入れ始めた今こそ、実質賃金を上げて、消費を喚起するような政策が必要になっている。 

 

 

● インフレ期に必要なのは 「成長の再分配」 

 

 現在の日本経済には、数十年ぶりの好機が訪れている。インフレによって名目成長率は回復し、税収も堅調、累積債務は縮小し、企業収益も拡大している。これはかつてない「追い風」である。 

 

 しかし、この流れを「国民生活の向上」に結びつけられるかどうかが、今後の最大の焦点である。もし企業が利益をため込むだけで、労働者に還元しないのであれば、社会的な不満はますます高まり、経済は逆流し始めるだろう。 

 

 インフレ期において重要なのは、単なる減税や給付金ではない。むしろ、「成長の果実」を広く分配する制度設計、すなわち賃金や社会保障、税制の再構築である。 

 

 そのためには、企業が賃上げをした場合に優遇を受けられる税制度、家計の可処分所得を高める所得控除の見直し、再分配機能を強化する社会保険改革など、総合的なアプローチが必要だ。 

 

 もちろん、減税やバラマキは一部導入すべきである。たとえば、水準以上の賃上げを実施した企業に対する法人税減税と、インフレで苦しむ中流層未満の人たちへの現金給付や減税措置は「再配分政策」としてやるべきだ。 

 

 インフレは、財を持つ者が得をし、財のない者が損をする。その格差を埋めるような方策が必要である。ただし、富裕層を含むすべての人たちを包括するような減税は、日本経済の復活をかえって遠ざけることになる。 

 

● 財政の正常化は 日本経済完全復活の「通過点」 

 

 日本の財政赤字は、コロナ禍と世界的インフレという特殊な環境によって、劇的に縮小した。だが、それは「結果的にそうなった」だけであり、「意図的に成し遂げた成果」ではない。 

 

 いま必要なのは、このチャンスを生かし、実質賃金の向上と持続的な成長戦略を実行に移すことだ。減税やバラマキのような政策で国民の歓心を買うばかりでは、日本経済にはかえってマイナスになる。 

 

 産みの苦しみのこの時期こそ、覚悟をもって根本的な分配と成長の制度設計を進めることが、次なる日本経済の飛躍のカギとなる。 

 

 (評論家、翻訳家、千代田区議会議員 白川 司) 

 

白川 司 

 

 

 
 

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