( 315526 ) 2025/08/12 06:06:42 1 00 日本では、訪日外国人が増加する一方で、日本人の海外旅行者が減少しており、パスポート保有率も低下している。 |
( 315528 ) 2025/08/12 06:06:42 0 00 自宅の引き出し奥にしまってあった筆者のパスポート。一度は更新したがそれっきり2016年で有効期限が切れていた=渡辺豪撮影
訪日外国人(インバウンド)が増える一方、日本人の海外旅行者(アウトバウンド)が伸び悩んでいる。その弊害はさまざまな分野に波及しそうだ。
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「日本人の海外渡航者は2019年比で7割にも満たず、パスポートの保有率も約17%と主要諸外国に比べて極めて低い現状にあります」
こう嘆くのは、約1170社の旅行会社を会員にもつ一般社団法人「日本旅行業協会」(東京都千代田区)の髙橋広行会長(JTB会長)だ。
同協会が外務省などの資料をもとに集計したデータによると、2024年末時点で有効なパスポートの累計は約2077万冊(公用旅券を除く)で保有率は17.3%。24年の保有率は50~80%といわれる主要諸外国と比べても大きく下回っている。ちなみに、日本人の保有率が過去最高だったのは05年で27.7%。もともと海外主要国の中では少なかったが、近年はそれが一層際立つ状況が続いている。
なぜこうなったのか。背景要因について髙橋会長は「コロナ禍」「円安」「物価高」の三つを挙げる。
「円安、物価高による旅行代金の高騰、また、コロナ禍で海外旅行ができず冷え込んだ海外旅行へのマインドが戻ってきていないということが挙げられます。加えて、コロナ禍で旅行会社の店舗が激減してしまい、相談できる窓口が減少してしまったことも要因の一つと考えられます」
訪日外国人(インバウンド)が増える一方、日本人の海外旅行者(アウトバウンド)の低迷が続くアンバランスの弊害も小さくないという。
「国際交流は双方向交流が基本であり、国が目標としている訪日旅行者数6000万人を目指すためには、受け入れ体制の整備を進めるだけではなく、出国側・入国側双方に安定した需要が必要です」(髙橋会長)
日本人の海外旅行が活性化しないと航空便を増やすこともできないからだ。
では、パスポートを保有しない個別の要因はどうなのだろう。AERAのアンケートで意見を募集したところ、日本人のパスポート保有率の低さについて「知らなかった」という声もちらほら目についた。
神奈川県の会社員女性(41)は「知らなかったのでびっくりしました」と反応し、こんな感慨を漏らした。
「自分が子どもの頃と比べて、海外への憧れや世界に出ていきたいという希望を持つ人が減ってきているような感覚は確かにあります。円安も進み、海外旅行をする金銭的な余裕も減ってきているのかなと思いました」
コロナ禍を機にパスポートを更新していない人や、今後は更新しないつもりという人も目立った。コロナ禍前まで年1~2回海外旅行に出かけていたという京都府の大学事務職員の女性(41)は「コロナ禍明けにパスポートの有効期限が切れていることに気が付きましたが、海外旅行はもういいかな、と思っています。円安の影響で魅力も感じないし、海外に行って値段を気にして行動するぐらいなら国内でぜいたくしたほうが魅力に感じます」と吐露。宮城県のパート女性(49)は「パスポートを更新する際、発行までの期間が長いと感じます。発行される場所まで行くのも手間ですし、海外旅行に行く予定がなければ持っていなくても差し支えないものなので、もうすぐ有効期限が切れますが、更新する予定もありません」と明かした。
ほかに、有効なパスポートを保有していない人からはこんな意見があった。
「良くも悪くも持たなくても支障がない国ということだと思う。普通に生きる分には行かなくてもキャリアに影響があるわけでもなく、仕事で行く人を除けば、経済的に余裕のある人が行きたければ行くというイメージしかありません」(東京都の接客業の40代女性)、「運転免許を持たないので以前は身分証明のためとも思い保有していましたが、今は円安や物価高で海外に行く機会がなくなったことに加え、マイナンバーカードの普及で身分証明書としての価値が低くなったことも大きいと思います」(東京都の大学教員の50代女性)。
これまで一度もパスポートを保有してこなかったという大阪府のシステムエンジニアの男性(39)は、その理由について「海外旅行に行けるほどの長期休暇を連続取得できないことに尽きます。それなりにまとまった休暇が取得できるのは年末年始やゴールデンウィークぐらいですが、その時期は日本発の旅行費用が高騰するので費用面でも海外旅行に行くことは不可能です」と説明。「海外旅行よりも国内旅行を推進して国内で経済を回すほうが経済的にも良いのでは」との認識を示した。
一方、「海外旅行をすると、日本が本当に貧しくなっていると実感します」と吐露する長野県の公務員女性(49)はこんな懸念を寄せた。
「私が若い頃は世界を知りたいと思って海外へ出ましたが、今の若者はスマホで何でも分かるから海外へ出る気にならないのではないでしょうか。こぢんまりした若者ばかりになると、日本の競争力はますます弱くなっていく気がします」
確かに海外旅行の需要喚起のカギを握るのは10~20代の若者だ。とはいえ、歴史的な円安や物価高などで経済的余力のない若者の海外旅行のハードルはますます高くなっている。これは「海外修学旅行の見合わせ」という形でも表れているという。自治体によっては公立学校の修学旅行の費用に上限を設けているところもあるからだ。海外に出る日本人の長期留学生も04年の約8万人をピークにコロナ禍で落ち込み、いまだにコロナ禍前の水準を超えられていない。前出の髙橋会長は言う。
「日本の若者の国際教育や国際交流の機会が著しく失われています。こうした状況は将来、日本の国際競争力にも大きく影響するのではないかと強い懸念を持っています。海外修学旅行の費用負担や国際交流体験の促進を積極的に行う自治体も出ていますが、予算の制約もありごく一部に限られています」
筆者も気になって、引き出しの奥にしまってあったパスポートをチェックしたところ、2016年で有効期限が切れていた。実際、社会人になってからは仕事で数回、台湾に行ったきりだ。いまの自分の心情からはかけ離れていて想像もつかないが、これでも1980年代後半~90年代前半の学生時代に海外旅行にはまり、中国やヨーロッパをバックパックで旅行した。当時はどこへ行っても日本人の若者のバックパッカーがいて、情報交換したり、しばし共に旅したりした。
中国では体調を崩したり、盗難に遭いそうになったり、安宿で虫にさされたりとつらい経験もしたが、長距離バスや列車で移動するたび周囲の中国人から質問攻めにあい、お菓子や料理をおすそ分けしてもらい、その都度疲れたが、元気が出た。ヨーロッパではスペインのバルセロナからフランスのパリへ向かう寝台列車で知り合ったパリの大学生と仲良くなり、パリに着いてから毎晩食事を共にし、拙い英語で熱く語り合った。
学生時代の海外旅行経験が今の仕事に直接、役に立っているという実感はない。ただ、何者でもなかった学生時代にからだ一つで海外に出て感じた不安やワクワク感、新鮮な風景、匂い、会話の断片は30年以上が過ぎた今もふとした瞬間に思い出すことがある。あの経験がなければ、いま都内で暮らしていて毎日のように出会う外国人に対する印象や向き合い方は、かなり違うものになっていたようにも思う。
(AERA編集部・渡辺豪)
渡辺豪
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