( 316636 )  2025/08/16 06:55:44  
00

広陵高校は、部員の暴力問題を受けて甲子園大会の出場を辞退した。

校長は会見で謝罪し、指導体制の見直しを約束したが、監督に関する責任問題は解決されていない。

一方、元部員のA君は集団暴行とパワハラを受けて転校し、保護者は学校の対応に不満を持っている。

SNS上で問題が広まり、さらに報告書の内容に不一致が指摘され、事件は収束しなさそうである。

保護者は謝罪会見を求めているが、学校側は依然として問題の認識に違いがある。

指導者の対応が問われている。

(要約)

( 316638 )  2025/08/16 06:55:44  
00

広陵高校の中井哲之監督(左=産経新聞社)と堀正和校長 

 

 夏の甲子園大会に出場していた広陵高校(広島)が出場辞退を発表した。部員の暴力問題をめぐりSNS上で批判が相次いでいたが、問題は出場辞退では収束しなさそうだ。部内で暴力の被害を受けて現在は転校した元部員の父親が、メディアの取材に初めて口を開いた。ノンフィクションライター・柳川悠二氏がレポートする。 

 

* * * 

 雨天によって1回戦2試合、2回戦2試合が中止となった8月10日、春3度の甲子園制覇を誇る広島県の名門私立・広陵高校の堀正和校長は甲子園球場を訪れて日本高等学校野球連盟に出場辞退を申し入れ、13時から開いた会見でこう謝罪した。 

 

「本校硬式野球部をめぐっては、過去に日本高等学校野球連盟に報告をした部員間の暴力に伴う不適切な行為だけではなく、監督やコーチから暴力や暴言を受けたとする複数の情報がSNSなどで取り上げられています。こうした事態を重く受け止め、本大会への出場を辞退した上で、速やかに指導体制の抜本的な見直しを図ることにいたします」 

 

 1回戦・旭川志峯(北北海道)に勝利した広陵は、2回戦の津田学園(三重)戦を前にした出場辞退の判断をもって、開幕直前からSNSを中心に明るみに出た1年生部員に対する集団暴行問題の幕引きを図りたいのだろう。 

 

 しかし、まだ大きな問題が残っている。甲子園通算41勝を誇る中井哲之監督の責任問題だ。 

 

 前述したように会見ではSNSで中井監督や、その長男である中井惇一部長から部員に対して暴力や暴言があったとする情報に言及しておきながら、堀校長はその後にこう補足した。 

 

「(監督の暴力行為という部分に関しては)確認はしましたけれども、そういったこと(暴力や暴言)は一切ございません。抜本的に野球部の運営体制や環境を把握し、精査し、その上で改善すべきことは改善したい。そのためにしばらくは中井監督には指導から外れてもらうということは伝えておりますし、監督本人も承諾をしております」 

 

 と、あくまで中井監督によるハラスメント行為はなかったと強調した。 

 

 本当だろうか――。 

 

 

「広陵高校で上級生から集団暴行を受け、中井哲之監督からパワハラを受けて退部し、転校した生徒がいる。相談に乗ってほしい」 

 

 私がある高校野球関係者から連絡を受けたのは大会開幕前の8月1日で、これが今回問題となった被害者A君の話だった。さっそくA君の父親に連絡を入れて話を聞いたところ、今年1月に複数の加害生徒から暴行を受け、さらに中井監督からもハラスメントと受け取れる言葉を投げかけられたと説明した。 

 

「息子は集団暴力を受け、別の学校に編入することになりました。暴行事件の事実を加害生徒や学校、広島県高野連も認めてくれたことで、編入直後から試合に出場することも可能な状態となっています。 

 

 私たちが収まらないのは、中井監督や広陵高校の対応に対する怒りです。どういうことかというと、監督の長男である中井部長が作成し私たち保護者に渡された“報告書”と、高野連に提出した“報告書”には大きな相違があるということです。また、息子に対して放った暴言、パワハラはとても許すことはできません。中井監督と堀校長に謝罪会見の実施と再発防止策を求めたい」 

 

 ここで出た“報告書”の相違については後述するが、この最初の取材の翌日、事態は予想外の方向に向かう。被害者A君の母親がSNSに野球部で起きた集団暴行事件の詳細を綴り、今年6月には広島県警に被害届を提出したことを公にしたことで、大きな反響を呼んだのだ。被害届は受理されたが、A君の母親は警察から、高校側が警察の捜査よりも野球部の活動を優先し、捜査ははなかなか進まなかったと聞いているとも投稿している。堀校長は10日の会見で「(警察には)全面的に協力しています」と説明したが、主張は大きく食い違っているわけだ。 

 

 大切な息子が野球部の仲間から暴行を受け、指導者たちの対応に不信が募るなか、事件発覚の発端となった投稿をSNSに書き込んだ母親の心労も大きかったことだろう。 

 

 

 SNS上では、暴行の時系列が記された文面が広く拡散され注目を集めたが、その中でも重要になってくるのが、学校側がA君の保護者に渡した「報告書」の内容だ。 

 

「中井部長が作成し、我々保護者に渡した報告書です。中井部長は『中井監督、そして広陵高校校長の確認を経ている』と言っていた」(A君の父親) 

 

 この報告書をもとに問題の経過をおさらいしておく。今年1月20日、A君ともう一人の1年生部員B君が寮の部屋で禁止されているカップラーメンを口にしたことから始まる。その様子を先輩が見つけ、ふたりを口頭で注意する。 

 

 翌21日、A君は複数の先輩部員から殴る・蹴るの暴行を受け、22日には先輩部員から呼び出しを受け、「本当に反省しているのか? 反省しているなら便器なめろ。○△(部員名)のチンコなめろ」と命令されるなどしている(A君は「靴箱舐めます」と拒否)。そして9人の部員が居合わせるなか、そのうち6人の先輩部員から集団暴行を受けた。1月23日未明、A君は寮を脱走。母親にSOSの連絡を入れた。その後、中井部長らと幾度かのやりとりを繰り返し、集団暴行の事実確認が始まった。 

 

 加害生徒ら食事の時間をずらすなどできる限り接触しないように配慮した上で、「戻ってきて欲しい」と中井部長が提案し、A君は母親と共に一度は寮に戻っているが、問題はその後に関する記述だ。 

 

 上記の暴行事案の報告書とは別に、両親の側がA君に聞いた話をもとに学校側の対応不備について質問を投げかけ、学校側が回答した報告書がある。そこにはA君が寮に戻った1月26日以降に中井監督と面談した記述がある。コーチ3人も見守る中でのやり取りについて、両親の側は次のように記している。 

 

監督「高野連に報告した方がいいと思うか?」 

A君「はい」 

監督「2年生の対外試合なくなってもいいんか?」 

A君「ダメだと思います」 

監督「じゃあどうするんじゃ」 

A君「出さない方がいいと思います」 

監督「他人事みたいに…じゃあなんて言うんじゃ。出されては困りますやろ」 

 

 このやり取りについて、学校側は事実関係を否定していない。学校側は報告書上で、この会話の前に「よく帰ってきたことを認め、これから一緒に頑張っていこう」「上級生が一番悪い 事の重大さについては、部員全員にも伝えている」といったことをA君に話したと説明。 

 

 そのうえで、今回の件でA君の反省すべき点についての話題になり、〈事の重大さや今後の部活動での立ち位置についての見通しがよく想像できていないように感じ、上記の発言になった〉〈こちらとしては、野球部という大きな組織の中で動く以上、規則を破ることや寮を出てしまうことが、多くの方面に多大な影響を与えているということを改めて自覚してもらいたかったという思いがある〉〈当然、高校野球連盟に報告をしている〉としている。 

 

 

 広陵高校は公式コメントで中井監督とA君のこのやり取りについて言及してこなかった。広陵高校に質問状を送付すると、このやり取りについて中井部長がその場に同席したコーチに確認したところ、「被害生徒保護者の主張する中井監督の発言について聞いておらず、主張される文言とおりのやりとりはありませんでした」と回答。ただ、その場でA君の規則違反について自覚を求める発言などがあったことから、保護者の主張する発言を否定せずに返信したと説明した。また、このやり取りの時点で学校は高野連に対して暴力事案を報告済みで、A君も中井監督も承知していたとし、「前後関係から見て、口止めをしようとする動機がない状況です」と説明した。 

 

 A君の父親はこう語る。 

 

「他にも息子が寮に戻るにあたり『加害生徒と食事やお風呂の時間をずらす』という中井部長による約束は守られませんでした。さらに息子とは別の棟に移して隔離する約束だったはずの加害生徒のひとりが、隣の部屋に移ってきたという。加害生徒のなかには、息子に謝罪する選手もいたといいますが、加害生徒ではない上級生の中にも食堂で体当たりをしてきたり、風呂場で『クソがっ』と罵倒したりする人もいたと息子は言っています。暴行事件の報告書を提出し、2度と起こらないようにしっかり対策を協議し、速やかに保護者会を開いて改善策を提案すると中井部長は約束していたが、息子が野球部にいる間に開かれることはありませんでした」(A君の父親) 

 

 そうしたなかでA君は自主退学を決断した。両親にもうこれ以上、野球部にいることが難しく、「誰も信じられない」と告白。A君は「コーチ3人は、誰も中井監督を止めてくれなかった。コーチが監督を怖がって、顔色を窺って誰も守ってくれない」と話していたという。 

 

 また、A君の両親が7月11日に広島県高野連に連絡したところ、学校側から示された上述の報告書と、学校が県高野連に提出した報告書では加害者の人数など含め、内容が異なっていることもわかったという。堀校長は10日の会見になって、両親に示したのは「途中経過の報告」であるため、最終的な報告と内容が異なると釈明した。その点の事実関係も解明されるべきだが、そうした対応により不信が募ったことは確かだろう。 

 

 A君の父は改めてこう言った。 

 

「これまで私たちは、中井監督や堀校長から謝罪を受けていません。中井監督には自らの言葉での謝罪会見を開いてほしい。息子のような事件が二度と起こらないことを願っています」 

 

 高校野球を取材していれば、部員同士トラブルというのは少なからず起こるものであり、全員が寮生活を送る広陵のような強豪校ではなおさらだ。そして、先輩から後輩に対する暴力や同級生同士のいざこざが起きた時こそ、指導者の力量が問われるというものだ。高野連への報告義務が伴うのが高校野球であるが、現在はよほどの事象でないかぎり、かつての部全体の連帯責任によって最後の夏が奪われる(大会出場を辞退する)ような最悪の事態となるケースは稀だ。だからこそ、指導者は問題が起きた時に適切に対処する手腕が求められ、隠蔽したり、実力のあるメンバーを厚遇するような対応をしてしまえば、それ以外の生徒や保護者から大きな反発を受ける。今回のケースもそれに該当するのではないだろうか。 

 

 出場辞退を公にした8月10日、広島に戻った中井部長に電話を幾度も入れたが反応はない。指導の自粛を言い渡されている中井監督も電話に出なかった。中井親子が口を開かぬ限り、事件が収束することはない。 

 

♦︎取材・文/柳川悠二(ノンフィクションライター) 

 

 

 
 

IMAGE